【男子厨房に乱入!?】月見舟でGO!

■ショートシナリオ


担当:小田切さほ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月22日〜09月25日

リプレイ公開日:2008年10月06日

●オープニング

 お祝いごとがあったとさ。
 京都の町の片隅の、小さな診療所のことだったとさ。
 いやいや、その診療所の主のじいさまじゃなく、じいさまの助手をしている青年に、子が生まれたとさ。
 青年ばかりかじいさままでも喜んで、何かお祝いをしようと話がまとまったとさ。
 ただ、そのじいさま、いたずらごとが大好きで‥‥
◆              ◆            ◆
「そんな、気を使ってくださらなくてもよかったのに」
 しきりに恐縮しているのは、アシュリー・エイシャ君という青年。
 ここは京都にある、小さな診療所。
 彼が礼をのべている相手は、診療所の主であり、薬草に詳しい小柄な老人。 その名を丹波宗哲という。
 この宗哲先生、貧しい人には薬湯代をただ同然に値引きしてくれたりと、医者としてはすこぶる良い人なのだが、いかんせん人間としては子供っぽいいたずらが大好きで、どうかと思うという評判。
 エイシャ君はその弟子で、根っからのお人よしが災いして宗哲先生の格好のおもちゃになっているわけだが、幸か不幸かかなり鍛えられて打たれ強くなってきた。
 そんなエイシャ君だが、子供が生まれたお祝いにと、宗哲先生がなんと月見の宴を催してくれるというので、素直に感激している次第。
 しかもその宴、桂川に船を出して、川岸の景色を楽しみつつ、酒食を楽しもうという、優雅なものだから、エイシャ君は師匠を見直すやら感心するやら。
「漕ぎ手や料理の仕出し人、歌や鳴り物で興を添えてくれる冒険者をよこしてくれるように、ギルドで頼んでおいたからの。にぎやかな宴になるぢゃろうて。ああそうだ、お前も友達を呼ぶがいい。10人は乗れるそうぢゃからの」
「ありがとうございます。‥‥ほんとにいいんですか?」
「ついでのことに、できるだけ別嬪をよこしてくれるように、頼んでおいたからの。舟の揺れと狭さで胸やらなんやら密着放題‥‥うっしっし」
「‥‥今なんて言いました?」
 宗哲先生の独り言に、思わず問い返すエイシャ君だが、そ知らぬ顔で宗哲先生は続ける。
「なんでもありゃせんわい。ともあれ、良い月をにぎやかに楽しく眺めよう、というわけぢゃよ」
「高い出費でしたろうに‥‥先生、感謝します」
 エイシャ君は瞳がうるうるしている。
 宗哲先生はまっしろなひげをしごきつつ、
「いやいや、費用のことなんぞ心配せんでよろしい。
 実はな、間借り人の京助にまた彫り仕事が入っての。其の注文が、たまたまわしを介してきたもので、その作料をピンハネ‥‥いやいや」
「今なんて言いました!?」
「楽しみぢゃのう。るったらった♪」
 思わず問い返すエイシャ君だが、その声をそよ風のように受け流して、宗哲先生はスキップで去っていくのだった。
 
 どっとはれ。

●今回の参加者

 ea9840 シルキー・ファリュウ(33歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb2975 陽 小娘(37歳・♀・武道家・パラ・華仙教大国)
 ec3983 レラ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec5601 中 凛(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●備えあれば
「えっと、ひいふうみい‥‥10人分こさえればいいかな?」
 宗哲の診療所、その厨房で、陽小娘(eb2975)は小さな体をきびきびと動かし、月見宴のご馳走を作っていた。
「いい匂い。何か手伝うことない?」
 抱いてきた赤子を夫に託し、シルキー・ファリュウ(ea9840)が厨房を覗き込んだ。明王院未楡(eb2404)がやんわり制止する。
「まだ、産まれて間もないですし‥‥昼も夜もなく、乳やおしめ‥‥とろくに寝る間もないでしょう? 今回は先生の折角の御心遣いですし、赤ちゃんの事は私達に任せてゆっくり息抜きをされては如何ですか?」
「ありがとう‥‥でも今は大丈夫。だんな様、赤ちゃんあやすのうまいんだ」
 とシルキーが言う通り、アシュリーは縁側で赤子を抱きつつ、まだ決まらない赤子の名前について、ステラ・デュナミス(eb2099)や明王院浄炎(eb2373)の助言を求めている。
「お二人の頭文字をあわせて『アナスタシア』はどうかしら」
「愛が結実、という意を込めて『雫』はいかがかな」
 と二人は助言するのだが、
「うーん、どっちも捨てがたい」
 候補が増えてさらにアシュリーは迷ってしまう。
 レラ(ec3983)は中庭で手持ち無沙汰そうにたたずむ居候の京助を発見し、
「またお目にかかれて光栄です」
 と礼儀正しく挨拶を送った。京助は狼狽して、
「いや、先日はとんでもない姿をお見せして‥‥」
「まあ、『みにすかーと状態』のことなら、忘れるよう努力しますから‥‥」
「い、言わないで!!!」
 レラの慰めに、京助は頭を抱える。
 赤子はやがて父親の腕の中ですやすや眠り始め、浄炎は音に気をつけつつ大工仕事を始めた。
 診療所の入り口の戸のたてつけを、かんなで削って開閉しやすくしたり、敷居の段差を低くしたりといった作業である。
「招待客なんだから、ゆっくりしてて下さればいいのに‥‥」
「あの、良かったら向こうで、未楡さんとお茶でも飲んでね?」
 シルキーとアシュリーが遠慮して口を挟む。
 だが、浄炎は作業の手を止めずに若い夫婦に笑いかけた。
「宴の準備ではさほど手伝える事もないのでな、折角の機会ゆえ日頃手の廻らぬ修繕や手入れがあればやらせて貰おうと思ってな。栄作殿が赤子を抱いてここを上り下りすることも増えるであろうし」
 父親としての経験から、診療所の修理を兼ねて安全策を講じてくれている配慮に、若い二人は感激の面持ちである。
 シルキーはため息をついた、
「見るのと、実際にやるのじゃちがうね‥‥親になるって大変だね」
「うん、大変なのに、なんでこんなに幸せなんだろうね」
「私もそう思うよ」
 微笑み交わす若い夫婦を眺めつつ、ステラは縁側でお茶を飲んでいる。
「八部衆の彫刻の時から気を揉んでいたのだけど、無事生まれてよかったわ」
「よかったついでに、独り者は独り者同士仲良くせんかの‥‥っ痛っ!!」
 ステラの肩に手をまわそうとした宗哲は、彼女のひざでうずくまる猫に噛み付かれて悲鳴を上げている。


●月見る月は
 翌日の夕暮れ時川岸から月見舟を漕ぎ出す手はずになっていたので、一行は桂川の岸に集まった。
「つまらないものだけど‥‥出産祝いよ」
 白いショールと5Gもの大金を、ステラが差し出したので、若い夫婦は口々にお礼を言った。
「ありがと‥‥すっごく綺麗」
「いいんですか? こんな大金を‥‥」
「そんなに遠慮しないで。もっと豪勢なものを‥‥とも思ったけど、こういうのは贈り過ぎて恐縮されても気まずいしね」
 白い頬にほんのり照れが見えたのは、夕暮れの光の悪戯か。
「では、私からもお祝いの舞を」
 レラが一礼して、舞を始める。
 本来なら船の上、月の光の下で舞おうという心積もりだったようだが、少人数の舟ゆえ、揺れが心配だというアシュリーの主張で、舟を出す前の舞となった。
 演目は「鶴の舞」。レラは小さな体をいっぱいに使い、優雅に舞い降りる鶴の動きを広げた衣装の袖で表現し、帯に結んだ神楽鈴が涼しい音を奏でた。ひらひらとレラの肩の上辺りにほのかな光を放ちつつ舞うのは、ペットである妖精の十六夜だ。赤子を夫に託したシルキーが、即興で竪琴の伴奏をつけた。
 ステラの肩の上にいた妖精・ミモザもレラの髪にまとわりつくようにして、ともに踊り始めた。銀の羽と、レラの神楽鈴が昇り始めた月の光を反射し、古き北の民の舞に神秘的な趣を添えた。
 舞い終えて、自然に沸き起こる拍手に、レラが丁寧なお辞儀で応えたが、ミモザは舞の余韻かくるくる回転しながら主であるステラの手元に戻った。
「うちのミモザも混ぜてくれてありがとう。月の妖精だから、月見の宴にも合うわよね」
「はい、十六夜も喜んでご一緒させて頂きました」
 ともに月の妖精の主たるレラとステラは微笑しあう。
 アシュリーと、浄炎の舵取りで小船は舫ってあった岸からゆらりと離れ、川へと漕ぎ出る。
舟の端っこに、レラと並んで京助が座っているのは、アシュリーが偶数人数で両側に座れば船のバランスが取れると主張したため。
「京助さんの体重が必要なんです、お願いします」
「つまり俺は、漬物石レベルの存在か‥‥」
 と京助はたそがれており、レラは笑いながら慰めている。
「慣れぬゆえ、さほど力になれぬかもしれんが‥‥」
 櫂を操りつつ、浄炎が言った。なるほど手つきはぎこちないが、力強い。オーラエリベイションの賜物だろう。
「急ぐ舟じゃなし、ゆっくり行きましょう」とアシュリー。
 赤子を風に当てぬようしっかり抱きしめているシルキーに、小娘が申し出た。
「未楡さんとあたしで赤ちゃんの面倒見てもいいかな? この時期の母親は大変だからさー」
「こんなに可愛らしい赤ちゃんですし‥‥何時も側にいて欲しい気持ちは良く判りますけど、根を詰めると後が大変ですよ」
 ためらうシルキーに、未楡が言葉を添えた。
「でも、招待したのに料理やら、赤子の世話までさせたんじゃ‥‥」
 アシュリーも遠慮するが、未楡も小娘も、子育て特に母親業は体力勝負でしかも長丁場、息を抜かないと保てないと諭した。
「ほんとうにありがと‥‥でも、ずっとじゃなくていいからね。時々は、だんな様と二人で月を眺めたいから、そのときだけこの子をお願い、ね?」
 シルキーは頬を染めながら赤子を託し、夫は彼女を労わる。
「お祝いの席なんだし、たまには甘えさせてもらおうよ。君は少しがんばりすぎだよ」
「うん。せっかくこうして来てるしね。貴方も今夜はゆっくりしたら?」
「僕は産みの苦しみを知らないからなあ。その代わりにできることは、なんでもするつもりだからね」
 ほんわかすぎると評判のアシュリーの顔も、そのときだけは父親らしい表情になった。
 一方小娘も未楡も、赤子の小さなぬくもりや表情に、自らの子らの記憶を重ね合わせて夢中だった。
「まあ‥‥お母さんと同じ、綺麗な碧の瞳‥‥」
「あ、爪が伸びてるから指に手ぬぐい巻いてあげよっか。顔、ひっかかないようにね」
 と、外見は少女ながら、マダム未楡と同等の、どう見ても経産婦な達者な子守ぶりを発揮する小娘はいったい何者だ。
 ともあれ、最初に未楡が豊かな胸の前に毛布でくるんで抱いて風から守り、交代した小娘は適度に赤子を腕で揺らして見事に眠らせ、寝顔を全員がかわるがわる眺め、祝福の言葉を贈る。 実に幸せな赤子であった。
「赤ちゃんの名前だけど、”アマンダ”ってどうかな」
 アシュリーが言った。
「ラテン語で『愛されるべきもの』の意味ね」
 とステラの言葉に、シルキーが笑顔で頷く。
 アマンダ・ファリュウ・エイシャは今はただすやすやと眠っている。
「なんかつまらん。わし帰るっ」
 未楡と浄炎、シルキーとアシュリーと、二組の幸せカップルに当てられた宗哲がすねた。
「そうおっしゃらずに、見てくださいな先生。岸に萩の花が、ほら満開」
 ステラがうまく話を逸らし、ついでに宗哲の杯に酒を注いだ。
「萩と月に、美人の酌。ええ月夜ぢゃ」
 うはははと宗哲はえびす顔になり、声を低めて舵を取るアシュリーに囁く。
「なるべく舟が揺れるように漕ぐのぢゃぞ。その隙にわしがステラたんに密着するからの」
「皆さーん、それじゃ萩の花の下で舟を止まーす」
 宗哲の陰謀をスルーしてアシュリーが宣言した。
「おのれ栄作〜〜〜」メラメラと宗哲は私怨を燃やす。
「萩の名は生命力溢れる『生芽(はえき)』に由来するから、出産祝いにもふさわしいのじゃないかしら」
 と植物に詳しいステラが説明する。舟が止まると同時に、未楡と小娘の給仕で食事が出された。
 新鮮な刺身は明王院夫婦の提供品で、未楡がもとめてきた鮮魚を、浄炎が豪快におろしたもの。衛生的な配慮から、竹の皮に包んで供された。
 小娘持参の団子と、レラが差し出したまんじゅうには、女性陣が歓声をあげて手を伸ばした。
「この稲荷寿司、美味しいですね。小娘さん、料理お疲れ様でした」
 アシュリーが徳利を差し出すが、
「その油揚げはね、夕べから一晩出汁に漬けといたんだー。ううん、お酒はいい。どうせあたしは月より甘味ー♪」
 小娘は断って団子をほおばる。
「じゃあ、お酒のいらない人は栗ご飯をどうぞ」
 アシュリーが勧める。
「もう少しこの子が大きくなったら、お弁当もって妹も一緒にお散歩に行きたいね」
「鴨川のときみたいに? いいね」
 シルキーとアシュリーは頬を寄せ合うようにして語り、その間で母親に抱かれて、赤子は母親ゆずりの碧の瞳をぱちくりさせつつ指を吸っている。
 赤みがかった茶色の髪は父親譲りで、月を見上げては歌うような声を出してご機嫌の様子からみて、どうも内面は母親似のようだ。

 幸せな人々をよそに、宗哲はしきりにステラをよいつぶそうとしている。
「ステラたーん、もそっと酒はどうぢゃ。未楡さんお手製の鰻の天ぷらが酒に絶妙に合うぞえ」
「ええ、頂こうかしら」
 とはいえあんまり酔う気配もないステラ。
 宗哲は背を向けてこそこそと懐から出した粉を杯に混ぜようとし、眼を光らせていた小娘にそれは何だと咎められ。宗哲はごまかしつつ、狭い舟の中をあとずさる。
「いや、毒ではない。ただちょいと酔いが速く回るだけぢゃ。そうでもせんとスキがないゆえ触れな‥‥あわわ」
「天誅ーっ!」
 ばっしーんといい音が響いて、小娘のハリセンが炸裂した。
 ほろ酔い加減で舟の舳先に追い詰められていたためバランスを崩し、宗哲はばっしゃーんと川に落ちる。
「い、いい酔い覚ましになったわい」
 ずぶぬれの顔を出し、強がりを言う宗哲(でも涙目)に、ステラが冗談とも本気ともつかぬ言葉を嫣然と投げかける。
「じゃあ、酔い覚ましついでにアイスブリザードはいかが?」
「‥‥え、遠慮し‥‥ふぁっくしょい!」
 宗哲は浄炎に半纏でくるんで助けあげられ、未楡のヒーターシールドが役に立った。レラは小さな声で蝦夷の子守唄を聞かせながら、赤子の無心の表情に、
(「この子が安心して暮らせるよう、‥‥一日も早く京の都に平穏が戻るよう努めなければ」)
 いまだ都を覆う騒乱の影に思いを馳せ。
 知ってか知らぬか、ステラがぽつりと呟いた。
「こういう夜、気兼ねなく、全ての人が過ごせるようになればいいわね」

 月は冷たく青白く、ただ静かに夜を照らすのみ‥‥