あなたのソバで蕎麦打って
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■ショートシナリオ
担当:小田切さほ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月30日〜06月02日
リプレイ公開日:2009年06月17日
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●オープニング
信州信濃のそばよりも 私ゃあなたのそばがいい −−−都都逸より
そこは、とある道場。もともとは剣術の道場であったのを、さる趣味の会の人々が買い上げて手入れをし、別な道場として利用している。
それすなわち、『蕎麦打ち道場』。
この道場に入門し、うまい蕎麦を打ちたいという人がひきもきらず、そろそろ気候が暖かくなり、盛り蕎麦の美味い季節になろうという頃、蕎麦打ち道場は盛り上がるのだった。……
「それでは皆さん、手はよく洗いましたね?」
道場の、畳の上。
この道場の主らしき三十路ばかりの男が、にこやかに声を投げる。
「はーーい!!!」
道場に集まった人々が元気良く声を返す。
板張りの道場内には、5〜6台の調理台が設置されており、その1台ごとにだいたい3、4人の蕎麦道場入門志望者が陣取って、それぞれに粉や道具を割り当てられており、道場主の指導をうけつつ蕎麦を打とうという段取りになっているらしい。
道場主は続けた。
「はい、結構です。それでは今から、蕎麦打ちを指導いたします。私、本道場の師範で、坂巻退助と申します。よろしくお願いします。今日もたくさんのかたがたがお集まりいただき、心より歓迎いたします。行き届かぬところもあるかと思いますが、私の三人の愛弟子達が皆様のお手伝いをします」
「よろしくお願いしまーす」
師範・坂巻を囲むように立っているガタイのいい男達がぺこりと頭を下げた。
人々も同じくお辞儀を返す。
「さて、それでは早速、蕎麦を打って行きたいと思います。皆さんの前に、一人ひとつずつ『こね鉢』が用意されています。その中にはそば粉と小麦粉が8対2の分量で……」
「ちょ、ちょっとその前に……質問いいですか?」
入門者の中の背の高い青年が一人、遠慮がちに手を挙げた。
「はい、なんでしょう?」
にこやかに坂巻師範。質問者は言葉を選びつつ問いかけた。
「先生とお弟子さん達って……どうして 褌 一 丁 スタイルなんですか?」
確かに。
坂巻師範と弟子三人は髪型はきちんとしているし足袋は真っ白で清潔だし、人品骨柄卑しからずといえそうなんだが、なぜか服装が褌いっちょである。
が、師範は何事も無かったかのようににこやかに声をあげた。
「それでは粉を混ぜていきまぁす♪」
「全力でスルーですかーー!?」
思いっきり質問を流された青年が驚きの声を上げ、周囲は気の毒そうに青年を見やる。
が、そんなことあ知ったこっちゃないと言わぬばかりに、褌いっちょの師範はあくまでさわやかに、流れるように説明に入る。
「粉の割合は、5対1でもいいのですが……これを『外2』と呼びます……その分、つなぎとなる小麦粉が少ないのでうまくこねないとしなやかさに欠け、上級者向けです。この粉を……」
質問をスルーされて愕然状態からまだ立ち直れない青年に、隣に居たおとなしそうな若者が囁いた。
「ここのお師匠はん、どうも変わったお人らしおすな。まあ、蕎麦の味はええという評判ですよって、粛々と蕎麦の打ち方だけ教わるしかないんちがいますか」
「僕も、味の評判だけ聞いて入門した口です。エイシャといいます」
先ほど質問した青年が自己紹介。
「千之助いいます、よろしゅうに」
染物やの店主だという若者も名乗った。
「とりあえず、粉を混ぜるんですな」
エイシャ君と千之助のいる調理台にいた、もう一人の入門者である男が、がっしがっしと豪快な手つきで粉をまぜた。
粉がこね鉢の周囲に飛び散る。
すかさず、坂巻師範の声が飛んだ。
「そこのあなたっ! 蕎麦愛が足りません!!!」
「蕎麦愛」って何だと人々が突っ込む前に、粉をこぼした男の両腕を、褌いっちょの弟子達ががしっと抱える。
「蕎麦に謝って来なさい!!」
坂巻師範の凛然たる声。粉こぼし男はどこかへ連行された。
「ちょ、粉をこぼした位どうってこと……うわあああ!」
悲鳴を残し男は道場外に消えていく。
凍り付いている入門者達に、坂巻師範は何事もなかったかのように、にこやかにぽんぽんと手を叩いた。
「さ、皆さんは蕎麦愛を込めて、粉を混ぜてくださいね〜〜♪」
「は、はい」
なんなんだこの道場、と呆然としている最中に師範と運悪く目が合っちゃったエイシャ君、めちゃくちゃ緊張してぎこちなく粉を混ぜている。
「ん〜〜? もっと満遍なく混ぜて下さいね〜〜」
師範に手元を覗き込まれ、エイシャ君は心臓バクバク状態。
次の瞬間、道場の空気が凍りついた。
師範が自分の褌の中にやおら手をつっこんだのである。
「あわわわ」
が、師範、褌から打ち粉用の刷毛を取り出してにっこり。
「たとえばこーゆう道具を使うと粉が混ぜやすいですよ〜?」
「ごご、ご忠告ありがとうございます」
引きつったエイシャ君はなんとかかすれ声で返事した。
「な……なんや帰りとうなって来ました」
「ちょっ、千之助さん! 僕を一人にしないで下さいよ」
逃避しかけた千之助の袖を、エイシャ君が引っ張って止める。
「はーい♪ 皆さん、だいたい蕎麦粉を混ぜ終えたようですね? ではっ、いよいよ粉に水をくわえてこねていく作業、『水回し』に入ってゆきます。……の前に」
坂巻師範、朗らかに声を張り上げた。
「蕎麦を愛し、蕎麦を食してこそ世は平和! ハイみんなで唱和!」
「「「そ……蕎麦を愛し、蕎麦を食してこそ世は平和!」」」
その場全員にマジフェチ宣言強制ってどうなんだ。
そんな中。
「僕……普通に美味しい蕎麦打って家族を喜ばせたかっただけなんですけど」
「僕かて、同じどす。……蕎麦だけは普通に美味しく作れることを祈って、習うしかおへんのと違いますか」
エイシャ君と千之助が囁きあっている。たぶんこの二人もまとも。だと思う。
☆補足事項1〜蕎麦打ちの工程
粉を混ぜる→水回し→こねて麺棒で薄く延ばす→細切りにして茹でる
出汁や薬味、混ぜものや具はお好みで。
☆補足事項2〜登場NPCという名の皆さんのお手伝いつかスケープゴート
●エイシャ君(アシュリー・エイシャ):診療所勤めの栄養士さん。
●千之助:染物屋店主。通称「はんなり千之助」
●リプレイ本文
●奥様は魔女?
蕎麦道場の、講習開始前……
巫女服姿の清楚な人妻・明王院未楡(eb2404)がいつもの如く褌一丁で道場を開こうとする坂巻師範を呼び止めた。丁寧に今日の入門者である旨と自己紹介をし、
「下着姿で蕎麦打ちをされるのでしたら……常に清潔な物を着用してでないとお蕎麦に申し訳ないですわ。ご用意させて頂いてますから、お着替えになられては如何ですか?」
洗濯したての褌を差し出す。だがその心配りは、
「お気遣いはまことにありがたいが、私とて蕎麦道場師範。私の褌は常に清潔に保たれております。洗濯後、酢で消毒しさらに日光で乾かしております故」
と、断られた。しかし美人奥様が洗濯してくれた褌ももったいないと、弟子がとんでもないことを提案した。
「むしろ貴女が着けたらどうなんです。っていうか、着て下さい!」
何か妄想したらしい弟子は、目の色を変えて未楡に迫っていたとかいなかったとか。
「せ、清楚な奥様に褌……是非! 褌奥様ハァハァ」
この後の未楡の対応は残念ながらギルドへの報告があがっておらず、記録に記すことは出来ない。
だが、近隣住民から、奥様一般人にスマッシュEXらめぇぇ! という男性のものらしき悲鳴が聞こえた旨、通報が寄せられている。
なおかつ、この日を境に坂巻師範の弟子は三人から二人になった模様である。
●フンドシック・アドベンチャー☆
「あの……ほんとにその服で大丈夫? 師範とそのお弟子さんって褌だし、その……」
「そうですよ、上に何か羽織った方がよくありませんか?」
蕎麦道場に入ってきたステラ・デュナミス(eb2099)に、アシュリー・エイシャ(ez1045)とシルキー・ファリュウ(ea9840)夫婦が心配げな視線を向ける。
「郷に入りては郷に従えっていうけど、私には褌姿は無理だものね」
と、その心配にやや斜め上な返答をするのは水魔法の使い手、ステラ・デュナミス(eb2099)。
彼女の服装はといえば、胸の膨らみをサラシのような短い布片で覆っただけの上半身に、スカート。ふわふわと風になびき、突風でも吹けば目の保養、じゃなかった、危険な感じのスカート。
褌男が徘徊する道場にその無防備な姿で切り込むというのに、彼女はいつもどおり静かな自信に満ち溢れている。多分方向性は間違ってるが。
「露出度では褌に劣るかもしれない。でも動きやすさとインパクトでなら褌には負ける気がしないわ」
うふふとほくそえむステラさん。なぜ彼女が褌に対抗意識燃やしてるのかは謎。
夫妻とステラは、道場に入ると道場主の坂巻師範に挨拶した。
「き、今日はよろしくお願いします」
シルキーは褌一丁の師範に戸惑いつつも、懸命に笑顔を浮かべて挨拶した。
(「き……きっと、蕎麦打ちで粉まみれになって洗濯が大変だから、初めから脱いでおくっていうだけで、この人きっと変態なんかじゃ」)
心の内で自分に言い聞かせながら。だが決して坂巻師範と視線を合わせようとしない。
まずはそば粉を小麦粉と混ぜ合わせる作業。
「ぱふっ……けほっけほっ」
緊張のあまりか、褌の祟りか、粉まみれになるシルキー。その彼女に、にこやかに坂巻師範が近づいてくる。失敗をとがめられるのかと思いきや、
「粉にまみれる快感をご存知なようですな。ぜひ我らと同じ褌姿になり、全身そば粉まみれになる快感を追求されては……」
「むっ無理! 無理だからっ!」
超笑顔で変態に勧誘され、ドン引きのシルキー。涙目で夫の背中に隠れていやいやと首を振る。
「ちょ、坂巻師範! 僕の妻が褌姿にだなんて、そんなあられもない姿は僕だけが見て楽しm、いやその、とにかく駄目です!」
妙に楽しげに怒ってるエイシャ君。
そんな夫婦をよそに、ステラは調理技術がないために同じく粉を撒き散らしてしまい、そこを弟子二人に挟まれ注意を受けている。といっても、調理についての注意ではない。
「その肌の露出具合、全身の粉まみれ具合。蕎麦粉まみれの快感を知る蕎麦道求道者と見た。そこまで蕎麦を愛しているなら、いっそのこと褌一丁になり、全身をそば粉にまみれさせ、蕎麦を全身で感じなさい!」
「断るわ」
胸を張って堂々とステラが拒否り、その勇気と毅然とした態度に道場がざわめく。
「なぜだ!? なぜ褌よりもその姿が上と言えるのだ」
「答えられぬなら我らの手で制裁をっ……」
じりじりとステラに迫る弟子達。あわやステラは褌コスプレ姿にされてしまうのか? しかし。
「なぜなら、褌には『谷間』がないからよ」
スッパリ切り返したステラ。
「うぅっ……確かに、そ、その通りだ! 我々の敗北ぅっ!」
がっくりうなだれる弟子達と坂巻師範。
変態の間にもモラルのようなものがあり、谷間はもっこりに勝るらしいのだ。詳細は記録係も知らず。しかしそのやりとりで、
「…………谷間…………」
なぜかシルキーにもダメージが及ぶ(コラ)。
「大丈夫、君だって実は意外と豊kわっ、な、なんで怒ってるの!?」
慰めたエイシャ君はなぜか片頬に紫色の手形がついた。
そんな波乱の道場に、ドンドンと戸を叩く音が響いた。
「頼もー!」
がらりと戸を押し開けて登場した白翼寺涼哉(ea9502)。
「ど……道場破り!」
坂巻師範・弟子二人とも顔色を変えた。
「しかもなぜ、褌一丁で!?」
お前が聞くなと普通の状況なら切り替えされるだろう。だが、ここで斜め上に進むのがホンモノというものだ。いろんな意味で。
涼哉がさらりと浴衣を脱ぎ捨て、純白に輝くエターナルフンドーシ一丁の姿になる。入門者……主に女性陣の悲鳴が上がる。びしりと涼哉は坂巻師範に指を突きつけた。
「褌道を極めんとする漢がいる道場と聞いて来た。だが、お前らの褌道はまだまだ甘い! よってここの道場主に褌勝負を申し込む! 俺が勝ったらこの道場は、褌道場とする!」
「むぅ……聞き捨てならぬ! ならば褌対決だ!」
坂巻師範も受けて立つ。
これより涼哉VS坂巻師範の、「褌対決」……つまり「極限まで食い込ませ対決」「せくしーぽーず対決」、最後に綱引きならぬ褌の一端を結んで引き合う「褌引き対決」、などが敢行された。
が、いずれも甲乙つけがたい変t……もとい、褌男前っぷりであるため、勝負がつかず、ついに両者は互いの攻防をたたえつつ、引き分けと相成った。
「いや、久々に燃えました。しかし、白翼寺殿は医師でありながらここまで褌道を究められるとは、ある意味私などよりもはるかに褌の似合う男なのやもしれませぬな」
と雪白の褌姿の坂巻師範が涼哉を称えれば、輝く初夏の太陽を背に、純白の褌をなびかせた涼哉が(シャキーン)さわやかに応じる。
「しかしそちらこそ、蕎麦打ちと褌愛好を見事に兼ね備えた見事な変態っぷり、感じ入った。これからはお互いに『褌師匠』『蕎麦師匠』と呼び合うことにしよう」
「わかりました、褌師匠」
「よろしくな、蕎麦師匠」
ともあれようやくまともに蕎麦打ち指導の始まりである。
道場全体に、いい香りが漂い始める。
涼哉の手伝いについてきた陽 小娘が落し蓋で丁寧に油揚げを出汁で煮ているのだ。蕎麦粉と小麦粉を混ぜ終え、一同は粉に水を混ぜていく。ステラは水魔法の使い手でありながら敢えて魔法を使わず、一般人のように汲み水を手のひらで混ぜていく。
混ぜる時、やや前かがみになるためかステラの周囲にいた男性入門者が次々に鼻血を噴いてぶっ倒れ、道場の奥の休養部屋に運ばれる。
「木の芽どきのせいかしら。皆さん、早く回復されるといいけど」
ステラは心配げに彼らを見送るが、自分の胸に聞いてみろと小半時問い詰めたいものである。
そして皆は水がしみ込みまとまった粉を、こねて行く。
未楡の呼びかけで、打ちあがった蕎麦を地獄に赴き戦う人々を鼓舞するためにも差し入れようと言うことになり、なおのこと、蕎麦打ち道場は盛り上がった。
「なれど、どのように地獄へ運ぶのでしょうか」
不安げな人々に、未楡がにっこりと、責任を持って軍馬に積み、防衛線で戦う仲間を経由して戦士達に届けると請け合い、人々を驚かせた。
「こんな優しそうな奥様までが地獄に赴くんだから、俺たちも気合入れて美味い蕎麦打たないとな」
入門者達の魂に火がついたようで、今までと違う熱気が道場を取り巻く。
涼哉が力強くそば粉を練りながら、何事かつぶやいている。
「俺が地獄に行くは、世界の為、仲間の為、自分の為………。俺が蕎麦を練るは、義の為、褌の為、俺の為……」
褌いっちょでむき出しの腰をせくしーにひねりながら力強く捏ねていく。。
涼哉の周囲をうろうろしていた、長い黒髪の美青年がその蕎麦打ちにちょっかいを出そうとして、涼哉に呪縛魔法されて固まったまま蹴りだされた。
「こうやって、丸く玉にしてそれをつぶして、また玉にして繰り返すといいんだよ」
「やっぱりアシュリーは手際がいいね」
「だってシルキーが蕎麦が好きになったって言うから、はりきっちゃってさ」
エイシャ君とシルキーは寄り添うようにして調理に励んでいる。
未楡がそんな若夫婦をにこにこと見守っている。坂巻師範もその様子には和んでいるようだ。
「夫唱婦随の蕎麦打ちですか。結構ですな。いつも料理はお二人でされるのですか?」
シルキーがちょっぴり頬を染めて答えた。
「う、ううん。今回はね、蕎麦だけにそばで一緒にそばうちーーなんちゃって」
「…………」
新妻のギャグにより一瞬道場は吹雪状態。というハプニングもありつつ、入門者達は順調にこねた蕎麦を麺棒でのばし、切り、茹でてゆく。
「では皆さん、蕎麦を茹でる間に、各自お好きな種物や薬味をご用意下さい。ちなみに私はすりつぶしたクルミをつゆに混ぜます」
坂巻師範の言葉に、それぞれが好きなものを準備にかかる。
涼哉はどこからともなく葱を取り出した。が、涼哉の動作を見ていたエイシャ君が質問した。
「……あの、その葱どこから出てきたんですか?」
「やはり彩りには葱かねぃ。おい小娘、これ小口切りな」
「りょうかーい」
「すいません、その葱どこから出てきたんですか?」
「おっ、そっちは手長エビを茹でたやつか。一口くれ」
「いいですけど、その葱は一体どこから」
不毛すぎる会話をよそに、葱のつんとくる香り、それにシルキーが蕎麦に混ぜた梅の香りが漂い始める。
「私は山椒を効かせて……あら」
ステラが自分用に持参した山椒を取り出そうとした瞬間ハプニング発生。露出の多い服装故、小物をしまうべき懐がない。仕方なく胸の谷間に詰め込んでおいたのだが、それを取り出そうとした瞬間、胸だけを覆う短い胴衣がずれた。
あ……っ」
あわやぽろりかけた瞬間、ステラの傍に居た妖精さんが言霊の魔法で食い止めたが、目撃していた千之助が固まった。
「千之助君、千之助君!」
「ちょ、誰だ、石化魔法かけたの」
大騒ぎの中、なんとか千之助を除く全員が蕎麦を完成させた。
●あなたの傍で
丹波宗哲医師の診療所。
エイシャ君とシルキー夫妻を含む冒険者達が、患者と医師、それに助手にと打ちあがった蕎麦を差し入れたので、ちょっとした茶会の趣である。
エイシャ君とシルキーは、妹に子供を預けて来たせいもあったか、恋人同士に戻ったように、話し込んでいた。
「ジャパンのお料理って、シンプルでもおいしいものが多いよね」
「ジャパンに来てよかった?」
「そうじゃなくて……」
首を横に振って、シルキーは夫の目を見つめて言った。
「……あなたと結婚してよかったって、言いたかったんだけどな」
なんかこの蕎麦あま〜〜〜い!!
一方、ステラに懐かしげに近づいてきた秋山廉乃丞は、医師を志すようになった理由をとつとつと語る。
「このたびの戦で、身近な人間を亡くしまして……自分は力も弱く、剣の筋も良くありません。戦って敵を倒すよりも、味方の命を救い、強める方が私にとって有効な戦術だと気づいたのです」
「そうね。味方を支援するのも立派な戦術だもの。少し成長したわね」
「お褒めにあずかり恐縮です」
ちょっぴりからかうようなステラの言葉に、廉乃丞はまじめに反応している。
その後廉乃丞は、傍で蕎麦を肴に杯をなめている涼哉に近づき、折り目正しく挨拶した。
「秋山廉乃丞と申します。名高き白翼寺先生にお会いすることができました。ぜひこの機会にお近づきになりとうございます」
そんな堅苦しい挨拶はいらん、それよりお前どんな褌はいてんだと涼哉はあさっての方角からツッコミをかまし、ステラが助け船に割り込んだ。
「ああいう悪い大人になっちゃダメよ? 真面目な子を見るとああやって汚そうとするんだから……あら? 廉乃丞君?」
助け舟ついでにステラが廉乃丞の肩を抱くようにしたので、豊かな胸が密着し、一人の少年に不幸が訪れた。
「廉乃丞君? 廉乃丞君!」
「ちょっ、誰だ、石化魔法かけたの!」
やっぱり固まったらしい。
「久々に未楡さんの手料理が食えるとは、嬉しいのう」
診療所の主、宗哲も団欒の場に混ざるが、処置が必要な患者がいるからと、あわただしく席を立った。
蕎麦を肴に、杯をなめていた涼哉がぽつりと言った。
「ジジイ……ちょっと痩せたな。無理すんなって伝えとけ。こんなご時世だからって気合入れすぎると、身がもたんぞ」
「その言葉そっくり白翼寺先生に返す、って言われますよ、きっと」
エイシャ君がほろ苦く笑って、言い返した。
奥の部屋では、未楡が甲斐甲斐しく患者達に給仕している。
「蕎麦道場の皆さんが、人々の安寧と幸せへの祈りを込めてお蕎麦を打ってくれましたから……どうぞ」
「うわあ、天ぷらなんて食うの久々だなあ!」
「俺、宗哲先生にしょっぱいもの止められてんだけど」
顔色の悪い患者が心配そうに言うと、未楡がにっこり請合った。
「患者さん用に薄味にしましたから……大丈夫ですよ」
鉄人の鍋を使って、薄味でも旨みを感じられるよう、コトコト気長に出汁をとったのだと説明し、患者達も安心して平らげた。
その向こうでは梅干入り蕎麦を妊婦達にすすめながら、シルキーが励ましている。
「つわりでも、少しずつ食べれば大丈夫だからね。梅蕎麦、どうぞ?」
「ありがとね、バードさん」
賑やかに育児談義が始まったようだ。
エイシャ君は、隣で呑んでいる涼哉をかえりみた。
「未楡さんの言うとおり、みんなの祈りがこもった蕎麦、言うなれば『祈り蕎麦』ですよね。食べたらきっと皆無事に戻ってきますよね、白翼寺先生?」
「俺、今度の戦いが終わったら褌道場に居座るんだ……」
遠い目をしてそう呟く涼哉はたぶん聞いてない。
翌日。
ガラガララ……
赤っぽい茶髪の青年が、冒険者酒場に大量の蕎麦を積んだ台車を引いて訪れた。
「すいませーん。酒場に蕎麦の差し入れ持って来ました」
今、手打ち蕎麦が熱い! 蕎麦好きは冒険者酒場にGO!