幽霊部屋奇談
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■ショートシナリオ
担当:小笠原リョク
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月09日〜05月12日
リプレイ公開日:2005年05月18日
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●オープニング
キャメロット南東部に位置する商店街。
この裏路地の突き当たり一画に怪しげな一件の店があった。その店の外側だけみると食堂のようだが、ここはれっきとした小病院なのである。病院といっても小さな町医者なのでお医者さんはただ一人。それも、かなり腕のいい東洋美女であるらしい。華仙教大国からこのイギリス王国に来たのはかなり昔のことだ。そしてこの商店街で病院を開業しているのだが、この病院が普通と違うところは元気な冒険者たちの姿が出入りしているところだろうか。
この医者の専門は薬学らしく店内に入るといたるところに見たこともない乾燥した薬草や球根がぶらさがり、壷詰めにされた珍しい爬虫等がズラリと並び、華仙教大国の雰囲気満載の怪しげな雰囲気が充満している。おまけに風水、占星術等の魔術道具、魔法道具らしきものがごちゃまぜに置いてあり、どうみてもインチキ呪い屋にしか見えない。
ロックシードは不安気な表情を浮かべて居心地悪そうに店の中を見回した。
「噂以上にすごいところだ‥‥」
ロックシードは唾をゴクリと飲み込み、呟いた。
その時、小さな黒い物体がこれまた黒い翼をハタハタと羽ばたかせ、部屋の奥から飛んでくるとロックシードの頭の上に停まった。頭に鈍い重みが掛かる。
「コレ客人」
頭上から声がする。
「コレヨリ、ユエルン様ガココニイラッシャル。クレグレモ粗相ナドセヌヨウニ」
「どうでもいいけど、オレの頭の上に停まるな」
ロックシードは手を伸ばし自身の頭の上に鎮座ましている空飛ぶ物体の足を掴もうとしたがそれより早くその物体は翼を震わせ飛び立った。
「人殺シ! 人殺シ!」
やかましい声をあげて黒い物体は宙を低く旋回する。そこではじめて、ロックシードはその物体が九官鳥である事に気付いた。
「なにごとじゃ、騒々しい」
ハスキーな声が室内に響いた。音楽でいうならばコントラルトといったところか。ロックシードは顔を上げると部屋の中に入ってきた華国服をまとった女と視線がぶつかった。透き通ったような白い肌。長い睫に縁取られた漆黒の瞳。そして腰にややかかる長い黒髪。洗礼されたスペシャル級の美女であることをロックシードも認める。
月龍はロックシードの顔をジッと見つめた。美女に見つめられる事に少し照れくささを感じつつ、コホンと咳払いなどしてから改めてロックシードは口を開いた。
「えと‥‥あなた月龍女医??」
「かわいそうに‥‥呪われておる」
月龍はポツリと云った。
「は?」
「お主ほどの凶相の持ち主は滅多にない。100年一度の凶相の持ち主じゃな」
「ほっとけっつ!!」
「しかしどうじゃ。当たっていないわけでもなかろう」
月龍は涼しい顔してデスクに腰を落とした。
「最近、引っ越した家の中で怪奇現象が起こって困るんだよ、なんとかしてくれ」
「怪奇現象? お主の家の怪奇現象がどうして私に関係ある?」
「報酬さえ払えばどんな大事件でもチャッチャッと解決してくれる凄腕の先生がいるって聞いてきたんだけど、それってアンタの事だろ?」
「一部、事実が歪曲されて伝わっているようじゃがな‥‥」
凄腕なのは事実だが、としっかり付け足す。
「しかし今は都合が悪いのぅ。あいにく、忙しい身でな。まぁ、話ぐらいは聞いてやらんこともないが」
「あんたを頼りにしてここまできたんだぜ。これであんたに見放されたらオレ、もうどうしていいかわかんねぇよ」
ロックシードは疲れた表情を浮かべ息をつくと、やがてゆっくりと語りじめた。
「まず、オレがあの部屋に住みはじめて2週間ぐらいたつんだが。初日の夜に部屋の中から女のすすり泣く声が聞こえた。そして現在進行形で今もなお続いてる。閉めたはずの扉や窓が開いてたり、誰かが部屋ン中を歩きまわるような足音が聞こえるのなんてもう日常茶飯事。天井は鞭でぶっ叩いたみたいにピシピシ鳴るし、部屋の中の物は最後に置いた場所と必ず違う場所に置かれていたり、極めつけ皿やコップが意志でもあるかのように宙を飛び交い壁にぶち当たって粉々に砕け‥‥それからまだある!」
ゼェゼェと肩で息をつき、どうだといわんばかりにいきりたつと月龍のデスクをぶっ叩いた。
「よし、分かった!」
しばしの間をおいて月龍は云った。
「助けてくれんの!?」
「話はきいた。私も忙しい。出直してくるがよい」
「ホントに話きくだけかよ!!」
「お主のいう部屋は、川の向こう岸にある緑の屋根の家じゃろう。あそこはここ界隈じゃ有名な幽霊部屋じゃ」
「当たってる! マジでか? どうりで家賃が安いと思ったぜ」
あんのアホ大家!ろくでもない家を安く売りつけおって、と悪態付きつつロックシードは拳をギュッと握り締めた。
「あの部屋は因縁曰く付きなのじゃ」
月龍は言葉を次ぐ。
「1年位前かのぅ。あの部屋には騎士見習いとその恋人が住んでいたようじゃ。しかし、騎士見習いの若者は魔物討伐に出かけそのまま行方不明。恋人はその帰りを独り、いつまでも待っていたそうじゃ。しかし恋人は間もなくして病死。それでも魂は留まり、今でも恋人の帰りを待ち続けておるのだろう。つまりその者にとってはお前は二人の聖地に勝手に土足で踏み込んだ不埒な侵入者という事になるな」
「部屋に上りこむときは俺だって靴ぐらい脱いで‥‥」
言いかけたが、そういう意味ではない!と八卦刀で頭部を殴りつけた。
「大体、オレ、そういう超現象っての信じるタイプじゃないんだけどね。どっちにしろ早くなんとかしてくれよ」
「なんとかといわれてものぅ。お主がその部屋を出たらどうじゃ?」
「オレがぁ? 冗談じゃない。あそこはオレの部屋なんだぜ! 契約したのもオレ! 家賃払ってんのもオレ! なーんで、たかだか幽霊ごときに追い出されなきゃならん!! もっともオレは幽霊なんて信じてないけどな」
「そう、オレオレ喚くな」
月龍は呆れた表情でロックシードをチラと見遣る。
「それで、お前の望みはなんじゃ? 」
「あの妙な怪現象の数々の原因を探って、そういったことがおこらない健全な部屋にしてほしい。これだけだ」
「ふむ‥‥と、なるとこれは冒険者たちの仕事じゃな」
「冒険者ぁ?」
「冒険者ギルドに依頼を斡旋してやろう。ところでお主、報酬は払えるんであろうな?」
「バカにすんな。これでも一応、錬金術師だ」
「この世界において錬金術とな。お主も相当、変っておる」
月龍は笑いだした。
「これからは錬金術の時代だ。魔法だけに依存していたら人は堕落していくばかりだ」
「なるほどのぉ‥‥」その偏屈さも運を遠ざけている一因かのぉ、と月龍はロックシードに聞こえぬように独りごちる。
「ところで‥‥冒険者ってのは雇い主が選べるのか?」
「選ぶ?」
「ナイスバディのかわいいおね〜ちゃんが‥‥」
そこまで言いかけて八卦刀で殴られたのは言うまでもない。
「と、いうことで幽霊部屋の幽霊退治者を募集したい。ひねくれ者の雇い主の部屋から幽霊を追い出し、平和な部屋に戻せばそれで仕事は成立じゃ」
しっかり流し目で微笑みかける月龍であった。
「それと、ナイスバディの‥‥」
「もう、ええっちゅうんじゃ!!」
●リプレイ本文
●幽霊部屋へ
「ありがとう。今日は僕の為に来てくれて嬉しいよ」
ロックシードは丁寧に挨拶するクウェル・グッドウェザー(ea0447)の横をすり抜け、クリムゾン・コスタクルス(ea3075)の手を両手できつく握り締め握手する。そして手を差し出すクウェルの前をすげなく通りすぎると嬉しそうに手を伸ばしジェラルディン・テイラー(ea9524)に抱擁を交わそうとするがジェラルディンはロックシードの足をおもいっきり踏みつけた。
「いっでぇえええ!」
「あら、ごめんあそばせ、依頼人さま」
ジェラルディンはニッコリと微笑む。その瞬間テーブルの上の木製の皿が宙を飛び交いロックシードの後頭部に激突した。
「なるほど、確かに心霊現象があるようですね」
クウェルは納得したように頷いてみせる。
「ところで幽霊に関する情報を聞きたいんだけどね」
心霊現象というやつを目の当たりにしたクリムゾンは、やや驚きの表情浮かべつつロックシードをみた。彼女はモンスターの知識に長けている。幽霊の種類を特定できれば対策も練りやすいというものだ。
「幽霊に関する情報ねぇ」
ロックシードは考えこむように独りごちる。
「まず美人だった」
「そんな事じゃなくてあたいは幽霊の特徴を聞いてたんだよ」
「グラマーだったな」
「あんた、そ〜いうところしか見てねぇのか!?」
クリムゾンは頭を抱えつつ、聞いたあたいがバカだったぜ、と呟く。
「でも美人だってわかるって事はその幽霊さんの顔はみた事があるのでしょうか?」
マヤ・オ・リン(eb0432)はロックシードに問いかけの視線を投げ、次にクリムゾンを見た。
「クリムゾン様、先程大家さんから幽霊さんとその見習い騎士様の絵を借りてきたとおっしゃっていませんでした?」
そういえば‥‥と、言いつつクリムゾンは一枚の小さな油絵を取り出してみせた。その油絵を皆は興味深げにのぞきこむ。その絵には一人の少女と精悍そうな少年が肩を寄せ合い幸せそうに微笑んでいるのが描かれていた。
「この少女があなたの見た少女に間違いはありませんか?」
クウェルはロックシードを見る。しかしロックシードは何も答えない。
「ロックシードさん?」
ロックシードの輪郭が2重にぼやけてみえた。クリムゾンは何かに気付いたようだ。
「それは確かに、わたくしと、わたくしの愛しい人に違いありませんわ」
ロックシードは云った。しかし姿形はロックシードで中の人が幽霊の少女。違和感バリバリである。ロックシードの中の人は自らをレイチェルと名乗った。
「レイチェルさん。どうしてあなたはこの家で怪奇現象をおこしたりなさるんでしょう。何か理由があるなら話していただけませんか?」
クウェルは真摯な眼差しでレイチェルを見つめる。
「ここは私と彼の家です。この人が家の中にいると彼が帰ってこれなくなります。だからこの人には悪いのですけれど出ていっていただきたかったのです。私はただ彼に会いたいだけなのに」
なよった仕草で両手で顔を覆いシクシクと泣き出した。
「なぁ、ここ笑うところなのか?」
クリムゾンはひきつった笑いを浮かべつつ、クウェルに視線で問いかける。
「幽霊さんはいたって真面目みたいですけど」
クウェルはコホンと咳払いし、口を開いた。
「彼の居場所を探しだすことができたら、この部屋から出ていってくれますか?」
「本当に? 本当に彼を探してくれますの?」
「約束します。僕達はそのためにここに来たんですよ」
「ありがとう」
そしてレイチェルはマヤに抱きついた。もちろん抱きついたのはロックシードの意志ではない(潜在意識が働いてるかどうは不明だが)。その瞬間、マヤの内部に衝動が沸き起こった。髪が逆立ち美しいブルーアイズが赤い色へと変化してゆく。ハーフエルフであるマヤの狂化条件は異性に触れる。マヤの危険信号が激しく高鳴り反射的にロックシードを力まかせに突き飛ばす。バランスを崩し派手にうしろに倒れたロックシードは背後の棚に倒れこみ錬金術の道具の雨を容赦なくその身体に浴びる事となった。
「オレ、一体どうしちまったんだ。妙に悲しい気分になったんだけど?」
起き上がろうとするロックシードにキラリと光るものが飛んできた。首先すれすれに柱に突き刺さったもの。それはマヤが放ったナイフである。
「それ以上、近寄るんじゃねぇ!!」
マヤはぜえぜえと肩で荒く息をつくと鋭い声で一喝する。しかししばらくすると我に返り、あ、あら? レイチェルさんが私にも乗り移ったのかしら、とすかさず笑ってごまかすマヤであった。
●見習い騎士の行方
オフィーリア・ベアトリクス(ea1350)はレイチェルの情報を元に見習い騎士の家族の元へ行く事となった。家族に面会し、見習い騎士の情報について得られたら、とオフィーリアは考えていたのだ。そこで部屋の主であり依頼人であるロックシードも連れて行く事となった。彼の父親は奥深い山の中へ分け入る猟師として生計を立てていた。
丁度キャメロットへ帰ってきているとのことなので、父親と対面するもその10分後‥‥
「とっとと帰りやがれ!」
騎士の父親はロックシードとオフィーリアを怒鳴り飛ばした。
「云われなくたって帰るさ! 融通のきかねぇところも頑固なところも、てめぇの狭い物差しでしか測れねぇところも、あんた、オレの親父そっくりだ」
「なんだとぉ!? 貴様、誰だ!」
「あ、あの‥‥依頼人様‥‥ロックシード様〜!」
「おめぇなんぞに話す事は何もねぇ! このガキ! とっとと帰れ!!」
そうして、ほとんど聞き出す事ができないままに二人は見習い騎士の家を追い出される形となる。オフィーリアは困惑した表情でため息をついた。
「云っとくけど‥‥あんたの方から誘ったんだぜ?」
「それは確かにその通りなのですけれど‥‥」
ほとんど冒険者の邪魔をしている依頼人であった。
一方、バーゼリオ・バレルスキー(eb0753)は冒険者ギルドに向かっていた。1年以上前に魔物討伐退治がなかったか、その情報を仕入れるのが目的である。
「それだとコボルトの族長討伐かな。ちょうど1年ぐらい前にあったな」
「コボルト族長?」
「見習い騎士もいれたかなり大掛かりな討伐退治だった。もちろん前線には見習い騎士なんざ派遣できやしない。だがな。前線からはずれて見張りにあたってた見習い騎士ンところにコボルト族長が流れてきた。見習い騎士隊はほぼ全滅してる。行方不明者もいる。どっちにしろ、深い谷底だろ」
「たぶん、それかも知れないですね‥‥となると、やっぱり見習い騎士は死んでるって事でしょうかね」
バーゼリオは途方に暮れたようなため息をつく。
「喜劇になるか悲劇になるか、どっちに転ぶかわからない状況ではありましたけど、これでは悲劇におわってしまいそうだ」
一方、ジェラルディンとフェルトナ・リーン(ea3142)は情報集めに酒場へと向かっていた。普段、酒場で働いているジェラルディンは大概の酒場情報には詳しい。どの酒場でどういった情報が集められるのかアテはあった。
「フェル。ここってスケベ親父が多いから、気をつけてね」
ジェラルディンは気遣わしげにフェルに声をかけたが、肝心のフェルは既に酒が入っており頬を桃色に紅潮させて上機嫌で各テーブルを飛びまわっていた。
「フェル‥‥‥‥」
呆然とするジェラルディンを尻目に、にっこり笑って客達に色っぽい視線を送りしなだれかかったりしているのだ。
「ねぇ? おに〜さん! 私、おに〜さんに聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「なんだい、美人ねーちゃんは歌姫か? 一曲うたってくれよ」
フェルトナの竪琴をみて勘違いしたのか、客から期待の拍手がおこった。
「よぉし、じゃ、フェルさまが歌ってあげちゃうぞ〜〜♪」
中央のテーブルの上にダンッ! と乗りあがると、そのまま腰をおろし、フェルは歌いはじめた。
長寿院文淳(eb0711)も酒場へと情報収集しに来ていたが、そこに偶然フェルトナの姿をみつけ思わず他人の振りモードにはいる。
「あら、あんたも来てたの?」
ふいに背後から声をかけられた。ジェラルディンの姿を認めると長寿院は笑みを浮かべる。
「ここの常連で罠抜けのマックスって呼ばれてる冒険者がいないでしょうか? その人がなにか情報があるらしいと路地裏の酒場で聞いてきたのですが」
「罠抜けマックスならあそこよ」
ジェラルディンはカウンターの隅に視線を投げる。そして長寿院と共にカウンター隅へと移動していった。
「前にあんた達と同じような依頼を受けた事があるな」
二人から代わる代わる簡単に状況を説明された男は、やがて話しはじめた。
「似たような依頼‥‥? ですか‥‥?」
長寿院は男を見た。
「魔物の討伐に参戦し行方不明になった恋人を探してほしいって依頼だったね。その時は見つからなかった。しかし先月ぐらいかね。依頼人の探してる男とそっくりの奴を見かけた。依頼はもう打ち切らてるし教えてやる筋合いもねぇんだが、そん時の必死な彼女の様子が気になってな。教えてやろうしたんだ。しかし既に遅かったな」
「依頼人は亡くなってた?」
どうして知ってる? と男は好奇心度85%の視線をジェラルディンに向ける。
「いちおう冒険者のはしくれですものね」
ジェラルディンは片目をつぶり可愛くウィンクをしてみせる。
●勇気とは‥‥
とうとう3日目のタイムリミットであるが情報は得られなかった。あとは酒場組の冒険者達の情報に期待する他はなかったがロックシードは既に諦めムードである。気持だけが焦りジリジリする中で、漸く酒場に情報収集に当たっていたもの達が戻ってきた。
「みんなに会ってもらいたい人がいます」
長寿院は部屋の中にいる冒険者達とロックシードを見た。不思議そうな表情浮かべる冒険者を前にして長寿院は部屋の外にいる一人の青年を招きいれた。ジェラルディンに付き添われるようにオズオズと部屋の外から現れた青年。どこかで見た顔だと、ここにいる者全員が思った。そしてあの絵の中に描かれていた見習い騎士の顔だと思いあたった。
「見習い騎士さん!?」
「生きてたの!?」
部屋の中から驚きの声があがった。
「もう僕は見習い騎士ではありません」
「てめぇ、一体、どういう事なんだ!?」
ロックシードは冒険者を押しのけ見習い騎士の前に進み出た。そして二言目を口にしようとしたが、その瞬間ロックシードはフリーズしたように黙り込む。次に口を開いた時、それは明らかにロックシードの口調ではなかった。
「アナタハ‥‥」
皆がギョッとする中、ロックシードの姿と重なり女性の面影が現れた。その面影はやがて、はっきりとある一人の女性の姿となって浮かび上がった。
「レイチェル‥‥」
見習い騎士はかぶりを振り、呆然として呟く。
「あなた、生きていたのですね」
レイチェルは強い瞳で見習い騎士を見つめた。
「すまない。あの時、討伐に参加した僕は‥‥死ぬのが怖かったんだ。恐ろしくて‥‥だから仲間が襲われているのを見捨てて逃げた。自分一人で逃げだしたんだ! しばらく遠くの町に隠れていた。勲章を与えられた事も、風の便りでキミが死んだ事も知った。気になってこの町に戻ってきたけど、この部屋に入る勇気はなかった。人に自分の姿を見られるのが怖かったんだ」
見習い騎士の瞳から涙が溢れでる。
「僕は卑怯だ。卑怯な臆病者なんだ」
レイチェルは手を伸ばすと見習い騎士の頬にそっと触れ、見習い騎士の頬に流れる涙を拭ってやる。
「あなたは‥‥今まで‥‥ずっと苦しんでいたのね」
レイチェルは慈悲溢れる優しい眼差しで、見習い騎士を見つめる。
「あなたは確かに卑怯です‥‥」
「でも、わたしは‥‥あなたが生きていてくれたことが‥‥とても嬉しい」
「わたしの分まで、どうか幸せに‥‥」
「レイチェル‥‥」
レイチェルは見習い騎士の身体を抱きしめた。その瞳から涙が零れ、頬を伝う。そして、霧が晴れてゆくようにうっすらとレイチェルの身体は薄くなり‥‥。
「ウギャアアアぁあああッっつつつ!!」
ロックシードは我に返ると自分の腕の中にいる見習い騎士に気付き反射的にその身体を思いっきり突き飛ばした。見習い騎士はふっとび棚にぶち当たりそうになるが咄嗟にクウェルに身体を支えられる。
「ナ、ナ‥‥なんで!? ナンデ、オレ、野郎に抱きついてんだ」
「彼女‥‥天に還っていったのかな」
パニクるロックシードをその場に残し周りの者たちはシンミリムードで事件が終わりを告げた事を実感していた。
そうして見習い騎士は部屋から去り、自らが仕える領主の元へと向かっていった。自らの罪を告白する為に。
事件解決を祝いジェラルディンとフェルトナが酒場に行くというので他の冒険者達もそれに習って酒場へと繰り出す事になった。因みにフェルトナはあの時の事を何も覚えていないらしく、「よっ、歌姫!」と気安く客達から声をかけられてもそれが自分の事だとは思わない。
「敵前逃亡罪は逃れられないかもしれないですね」
クウェルは呟く。
「まぁ‥‥オレには奴に石を投げる資格はねぇよ。オレがあいつの立場だったら、もしかして同じように逃げ出してたかもしれねぇしな」
ロックシードも肩をすくめてみせる。
「自分の罪をさらけだす勇気があるんです。彼ならきっと立ち直れるでしょう」
バーゼリオは明るい声で言葉を綴る。皆はしんみりと頷いてみせるがそこには既にロックシードの姿はない。
「ジェニ〜〜!! 私、あなた方にお会いできて本当に嬉しかったワ」
ジェラルディンの姿をみつけたロックシードは祈るように両手を組み合わせるとキラキラと瞳を輝かせた。
「もう彼女、成仏したのではありませんか?」
マヤは呆気にとられてロックシードをみた。
「かなり、しらじらしいですね」
クウェルは呆れて呟く。
ロックシード、いやさレイチェル嬢はジェラルディンに抱きつこうとするがその瞬間、何すんのよっつ!! と鋭い一声と共にバキッツ!! と派手な音が室内に響いた。酒場の皆を注目を浴びる中、ショートボウを手にしたジェラルディンがいた。
「お手柔らかに頼むぜ。オレ、依頼人だぜ?」
「依頼人? おあいにくさま、もう仕事は完了してますわよ」
「そんなに成仏できなけりゃ、あたいが天昇させてやるぜ」
クリムゾンは椅子から立ち上がり、シルバーダガーをちからつかせると、ロックシードを追い回した。
酒場の中から明るい笑い声が響きわたり、その賑やかな宴は一晩中続いていたという。