それは奇跡じゃない
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:小倉純一
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月20日〜08月25日
リプレイ公開日:2006年08月27日
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●オープニング
夢枕に立つ母。
1週間前に死んで、きちんと埋葬されたはずなのに。
悲しそうに、それは悲しそうに泣いて。
「お父さんを、お父さんを助けてあげて」
母は何度も繰り返していた。
でも、その理由はすぐにわかった。
死んだはずの父が私のもとに帰ってきたのだから。
ギルドにやってきたのは1人の少女だった。
名前をドナという。
無残にも着衣は破れ、右肩から血を流しているという姿だ。
「私の村を‥‥助けてください」
彼女の様子をみたギルドの係員は上着を貸すと、話を聞く。
ドナの言い分はこうだ。
数日前の事、彼女の村はモンスターに襲われ、なんとか撃退はできたものの数名が命を落としたという。
その中には彼女の両親も含まれていたと。
小さな村にしては大人数が亡くなった事もあり、村では司教を呼び大規模な葬儀を行ったという。
しかし。
その夜から、彼女の夢の中には死んだ母親が現れるようになったという。
そして夢の中で、悲しそうに涙を流し、早く逃げなさいと言うのだと。
夢に母親が現れた翌日、すぐに墓地に向かってみると、先日埋葬したはずの人々の墓が掘り返されたようになっていたという。
しかも外側から掘り出したのではなく、内側からあけたかのように。
中に入っていたはずの遺体は既になくなっており、誰かが盗んだのか、それともズゥンビとなり甦ったのではないかと村の中では噂された。
予感はあたっていた。
彼女の家には死んだはずの父が歩いて帰ってきたのだから。
「最初はお父さんが帰ってきた事が嬉しかったのです‥‥でも、お父さんは‥‥既に、私のお父さんではなくなっていたのです。人の血肉を求めて動く死体に‥‥」
そこまで言うと彼女は泣き出した。
村の中はその後阿鼻叫喚の渦に巻き込まれたという。
死して返りし者達の手によって。
彼女の傷もそのときに負ったものなのだろう。
なんとか、彼女はキャメロットまで助けを求めに逃げてきたという。
度々夢枕に立つ母親の指示に従って。
「夢枕に立つ? どういうことですか?」
ギルドの係員の言葉に、涙を拭き、彼女は続ける。
「何故か、お母さんが夢に出てきて、アドバイスをしてくれるのです。ここに来るように教えてくれたのもお母さんなので‥‥」
係員は首を傾げる。
死んだ母親が夢枕に立つ?
「君のお母さんはいつ頃亡くなったのですか?」
不躾だと思いつつも係員は彼女に聞く。
「お母さんは‥‥1週間前に病死したんです‥‥だからかな。それから村にこんな事が起こったからお母さんが何か悪い事を引き込んだみたいに言われるんです‥‥」
半ば村八分のようにされてここに来たのだと。
「ここに来る前に、村の葬儀をしてくださった司教様にもお会いようとしたのですが‥‥できませんでした。『アンデッドに襲撃された村からただ1人逃げ延びるという事が起こるとは、それも死んだ母親に導かれたなどとは、それは奇跡じゃない』と言われたらしくて‥‥」
「それは奇跡じゃない‥‥?」
係員の頭の中は疑問符だらけであった。
あるべくして起こった出来事だという意味だろうか。
それとも、何か邪悪なものが働いているという意味だろうか。
ドナは寂しげに目を伏せる。
「どうか、どうか村の皆を、お父さんを、お母さんを安らかに眠らせてあげてください」
それが彼女の願いだった。
●リプレイ本文
●惨劇の地へ
夏の終わりだというにもかかわらず、寒々しい雰囲気を持つ村が、冒険者達の前に現れた。
「ここが、ドナ殿の村か?」
タウルス・ライノセラス(eb0771)の言葉に、ドナは無言で頷く。
「奇跡ではない、か‥‥」
どういう意味であろう? とメアリー・ペドリング(eb3630)は首を捻る。
ドナは怯え、劉麗成(ea7978)にしっかりとしがみつく。
ナセル・ウェレシェット(eb3949)が励ますように、そっとドナの肩を叩く。
村の中を、腐り、崩れ落ちかけた足を引きずり、ゆっくりと動くものが見える。
――ズゥンビ。
「早く神の元へ送って差し上げないと」
サクヤ・クロウリー(eb5505)は決意を固めるように、言う。
まだ、ズゥンビ達に見つかってはいない。
ドナから聞いた数から考えても、正面から戦えばただではすまない。
冒険者達は気づかれぬようそっと、村へと潜入した。
●思い出の彼方に
話は少し前へと遡る。
場所はキャメロット。
メアリーは図書館で調べものをしていた。
(「ドナの母親のような‥‥夢枕に立つなどという事があるのか?」)
「私の考えとしては、ドナさんのお母さんはゴーストなんじゃないかと思うわね」
様子を見ていた劉がメアリーへと話しかける。
「ゴーストか‥‥」
再びメアリーが書物へと向かおうとしたとき、ナセルがそっとやってきて、耳打ちした。
「ドナさん、村に向かう覚悟が出来たみたい」
彼女はこれまでドナの説得をしていたらしい。
村の事を思い出すと恐怖で足がすくむ、というドナに、ナセルは「お母様の真意を確かめるために同行して欲しい」と話したらしい。
そして、一緒に説得にあたったサクヤが、ドナの事を護ると宣言した事により、恐怖が拭いきれない様子ではあるものの、了承をしたようだ。
「そろそろ向かおうか」
タウルスが皆へと話しかける。
「わしらが向かう間にも被害が増えていなければよいのだがな」
どんよりとした曇り空に僅かな不安を抱えつつも、冒険者達はドナの住んでいた村へと向かう事にした。
「ねぇ、ドナさんのお母さんってどんな方だったの?」
途中の野営で、劉は隣に座るドナへと話しかけた。
「私の母は、わりと厳しくて‥‥常に向上する事や、完全である事を願っていました」
彼女は小さくため息をつく。
メアリーがそれを聞き、彼女に話しかける。
「ジーザス教〈黒〉を信仰していたのか?」
ジーザス教〈黒〉が美徳としている条件に当てはまる、という事が気にかかった。
「ええ、そうです‥‥村の人の殆どは白を信仰していたから、母は珍しがられました。‥‥本当に、小さな村だったから、変な噂も流されましたし」
こういうのを差別っていうのかな、と、ドナは少し悲しそうに遠くを見る。
ナセルは取り繕うように別の事を聞く。
「お父様はどんな方だったの?」
「凄く優しい人でした。キャメロットにたまに出かける事があって、そのときはいつもお菓子を買ってきてくれて‥‥母が病に倒れたときも、一生懸命看病して‥‥」
ドナはしゃくりあげ、涙を流す。
そんな彼女の背をナセルが軽く撫で、落ち着かせるようにする。
「ちょっと私も亡くなった両親を思い出しちゃうわね」
さらりとナセルは言ったが、その言葉はドナをハッとさせた。
「ごめんなさい! 悲しい事を思い出させてしまって‥‥」
彼女は慌てて詫びる。
ナセルも、それを軽く流した。
彼女達のやり取りを見て、サクヤはドナへ話しかける事を躊躇った。
だが心を決め、ドナへと問いかける。
「ドナさん、お母さんが亡くなる前に、何か変わった事はありませんでした?」
ドナは首を傾げ考え、自らの死期を悟っていたようだったと語った。
「‥‥それでも『お父さんとは仲良くやっていきなさい』っていつもいつも言っていました」
無言で聞いていたタウルスも、その言葉にしんみりとする。
「さて、そろそろ眠るといい。英気を養っておかなければ、村につく頃にはへとへとになってしまうぞ」
タウルスはドナに促す。
ドナは気遣ってもらえた事に喜び、毛布に包まるとじきに寝息を立て始めた。
劉が再び口を開く。
「ドナさんのお母さんは、何か伝えたいのかもしれないわね」
そうだとしたら、また何か新しい事がわかるかもしれない、と彼女は続け、手元にあった枯れ枝を、闇を照らす焚き火へと放り込んだ。
翌朝。
目が醒めたドナは涙を流しながら冒険者達に懸命に訴えていた。
「‥‥お母さんが、このままじゃ村が全滅しちゃうから‥‥早く助けに来てもらってって‥‥」
冒険者達の間に動揺が走る。
今できることは、ただ、急ぐ事のみ。
そして、どれくらいの時間が経っただろうか。
彼らの前に人気の無い村がその姿を現した。
●死闘の果てに
「それでは、この家を拠点としましょうか」
サクヤの言葉に一同は頷いた。
ここはドナの家。多少は資材もある。
タウルスが家にあった村の地図を見て、比較的見通しの良い場所を選び、戦う場所を決める。
そして、ナセルはここに来る途中でつくった罠を持ち、その場所の近くに仕掛ける。
足を取る程度のものではあるが、時間稼ぎには有効だろう。
時折村人の死体が転がっている。噛みちぎられた跡があるのが痛々しい。
劉はなるべくそれらがドナの目に止まらぬよう、彼女の視界を遮る。
だが、もっと酷い出来事が起こるのは解っている。
生者の気配に引かれたのか、ズゥンビ達が姿を現した。
その数8体。
ドナの息をのむ音が聞こえる。
「大丈夫です。ドナさんには指一本触れさせはしません」
サクヤは彼女を護るようにして、愛剣を鞘から抜く。
劉が身構え、タウルスは淡く輝き、サクヤの武器へとオーラを付与する。
それまでに詠唱を終えていたメアリーとナセルも淡く輝き、それぞれグラビティキャノンとサンレーザーを発動させた。
それが戦いの引き金となった。
グラビティキャノンが向かってくる途中のズゥンビ1体を転ばせ、サンレーザーが更にそれを焼く。
残ったズゥンビ達は目の前で転んだ者を気にせず冒険者達へと襲い掛かる。
ある者はナセルが仕掛けておいたロープの罠にかかり転倒し、他の者はやはりそれには見向きもせず冒険者達へと寄ってくる。
1体が劉へと爪で引っかこうと襲い掛かってくるも、彼女はタイミングを計り、素早くズゥンビの脚部をなぎ払う。
グシャリという嫌な音を立て、ズゥンビは倒れ伏すが、そのままにじり寄ってこようとする。
更に別の1体がドナを狙おうとするが、サクヤが斬撃を浴びせ、腐汁を飛び散らす。
タウルスが仲間の武器にオーラを付与し、メアリーのグラビティキャノンが別のズゥンビを転倒させる。
相手は多勢。少しでも足を止めてその隙に叩いていこうという方向だ。
腐汁に塗れ、死闘は続いた。
タウルスがファングブレードを振り下ろし、グシャリという嫌な音を立て、半壊していたズゥンビの身体を叩き潰した。
「これで終わりのようだな」
タウルスは手に持った武器についた腐汁を拭き取り、言う。
一同の意見で、完全に動かなくなった彼らをきちんと葬ろうと話が決まった。
メアリーが墓地を調べたいと言った事もあり、墓地へ全ての遺体を運び、サクヤの意見で火葬にする事が決まった。
「生き残った村人さんに、ドナさんがギルドに知らせてくれたことを伝えて来るわ」
ナセルが人々へと伝えようと走ろうとした。
その途端、ドナの悲鳴が響き渡った。
振り向いたナセルの視界には、完全に倒したと思っていた1体のズゥンビが立ち上がり、ドナへと手を伸ばそうとしている姿が映った。
近くに居た劉が素早くそれに向かい、杖に全力を込めて殴る。
手を伸ばしたまま、崩れ落ちるズゥンビ。
動かなくなったのを確認し、劉はそのズゥンビを墓地へと運んでいった。
●それは奇跡じゃない
墓地では、既にサクヤが火葬の準備をしていた。
「皆様が、迷う事なく神の元へと向かえますよう」
彼女は祈りを捧げると、積み上げられた遺体へと火を放つ。
メアリーは墓地の土を調べ、何か儀式の後などが無いかを調べるが、ズゥンビ達は自然発生したのではないかという結論に達した。
黒い煙が空へと上がっていくのを見ながら、彼女はなんとなく思う。
もしかしたら、このズゥンビ達も何か想像を絶する思い残しをしたのではないかと。
「‥‥このようなことが繰り返されねば良いが」
寂しげに、彼女は呟く。
同じく空を見上げている劉へと、ドナが話しかける。
「最後のズゥンビ、私のお父さんだったんです」
ぽろぽろと涙を零すドナ。
「でも、これでお父さんも、村の人達も、安心して眠れるんですね‥‥お母さんも、きっと‥‥」
村人へと全てを伝え戻ってきたナセルが、ドナへと話しかける。
「報酬はドナさんの今後に役立てて」
しかしドナは首を振る。
ナセルは考え、こう話しかけた。
「じゃあ、せめて踊りを見に来てもらえたら嬉しいわ。それで少しでも楽しい気分になって欲しいの。今すぐとは言わない‥‥それにご両親もドナさんが悲しんだままでは心配で、安らかに眠れないと思うから。強く生きてね」
無言で見ていたタウルスがそっとドナの涙を拭き取ってやる。
「また何かあったら、ギルドに尋ねてくるといい」
タウルスの言葉に、ドナは懸命に微笑んだ。
村を離れてから劉は小さく呟いた。
「ドナさんに助言していた母親がゴーストであったとしても、それは本当に奇跡じゃないのかな」
母親の話だけではなく、彼女にはズゥンビ化した父親の最期が、まるで何かを訴えるかのように見えていた。
「自分の子供を護ろうとしたというのは、愛情なのかもしれません」
同じく、呟くようにサクヤが答える。
奇跡は、そうそうにありえるものではない。
だが、愛によって奇跡のような出来事を起こす事はできるのではないかと彼らは考える。
何故なら、全員がそれを実感したのだから。