飽食の応酬
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:小倉純一
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月13日〜10月18日
リプレイ公開日:2006年10月20日
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●オープニング
彼は良い人間であった。
心根は常に優しく、他者を傷つけるような事はしなかった‥‥はずだった。
そんな彼にも1つだけこだわりがあった。
それは‥‥食べる事。
彼は様々な美食を食べ続けた。
各地域の珍しいものにも手をつけた。
サウザンプトンのものを、ストラウドのものを、チェスターのものを。
それは少しずつ範囲を広めていった。
ノルマンのものを! ロシアのものを! ジャパンのものを!
人が普通に食べるものだけでは、彼は物足りなくなった。
バグベアはあまりに普通の肉の味だった。スクリーマーはあまりに普通のキノコだった。ローパーはクラゲに包まれた牡蠣のような味で、食感が好ましくなかった。
彼の食は悪食とも言えるものへと、かわっていった。
そして彼は‥‥手を出してはいけないものへと、手を出したのだった。
ギルドの係員はその日、晩御飯の支度へと思いを馳せていた。
そこに1人の酷く怯えた感じの女がやってきた。
年齢は‥‥40代くらいであろうか?
彼女は恐る恐る係員に声をかける。
「あの‥‥冒険者の方へのご依頼は‥‥こちらでよろしいのでしょうか‥‥?」
ええ、そうですよと係員は彼女に話しかける。
「実はうちの主人が7日程職場から帰ってこないもので‥‥」
「職場から、と言われますと‥‥?」
係員の疑問に彼女はこう答えた。
彼女の夫は、ある貴族の調理場を任されている料理人だという。
それだけなら特に問題はないのだが‥‥この貴族、相当な美食家であるらしい。
更に、美食家であるという理由からか、ここのところ奇妙な噂が出ているのだという。
――この貴族は、人間を調理し、食べているのではないか、と‥‥。
「旦那さんはその噂については何か言われてましたか?」
係員の言葉に女性は俯き、首を振った。
「いえ、なにも‥‥ただ、この話題を振ったときは、少し‥‥青ざめていたように思います」
ふむ、と係員は首を捻る。
「その貴族のところには、旦那さんが居なくなった事は伝えたんですか?」
「伝えました‥‥けれども『7日前に帰宅させてから、こちらにも来ていない』といわれまして‥‥」
噂ばかりでは、証拠が足りない。
これでは流石に貴族の館へと踏み入るわけにも行かないだろう。
「それでは‥‥行方不明の旦那さんを探す‥‥という事で依頼を出せばいいですか?」
彼女は首を振る。
「いえ‥‥貴族の館に入って、夫を助けだして欲しいのです」
係員は訝しげな顔をした。
何故、貴族の館に確実に夫が居ると言い切るのだろう? と‥‥。
それが露骨に表れていたのだろうか。彼女は、僅かに補足をした。
「‥‥帰ってこなくなった日から、誰一人、館の外で夫を見たものがいないのです」
仕事で仕入れ等も行うため、外に出る事もあるはず。それなのに誰も見かけていない。
また、彼女が夫を探しはじめた頃から、何者かが、自分の後をつけているような感じがするという。
「‥‥きな臭いな‥‥」
係員は一言不愉快そうに呟くと、羊皮紙へとペンを走らせた。
●リプレイ本文
子供が路上で遊び、婦人はのんびりと会話をする。
表面上の平和さに隠れ、裏では何が起こっているかなどわかりはしない。
「もしも、夫が帰ってこなかったら‥‥」
大鳥春妃(eb3021)は目を細めると小さく呟く。
「わたくしにも、教会で生涯を誓わせていただいた相手がおりますので‥‥想像すると、恐ろしいですわ」
早く依頼人さんの不安を解消して差し上げたいですわね、と彼女は言った。
それを聞き、グラン・ルフェ(eb6596)が腕を組み、眉根に皺を寄せる。
「夫を心配する依頼人が気の毒‥‥ということもあるけど、人肉云々とは、あまりにも物騒な噂だな。是非とも真相を知っているだろう料理人から話を聞きたいものだ」
噂が真実であるのならば、その調達方法は、そして罪過はどれほどのものであるのか。
極楽司花朗(ea3780)は、むぅ、と考える仕草を見せたものの、すぐにそれを諦めた。
「あんまり複雑に考えすぎても頭の中がうにになっちゃうしぃ」
今は、とにかく思考よりも行動、だ。
「とにかくシンプルに行ってみよ。まずは御屋敷の中を見て来なきゃだよね」
さっさといってみよー! と言い出す極楽司を乱雪華(eb5818)が制した。
「あれ? 乱くんどうしたの?」
「私の仲間が調べてくれたのですが‥‥」
依頼人を尾行していた人物は、確かにいたと彼女は言う。
だが、尾行者は乱の仲間の存在に気づくと尾行を止めたと。
「それは、屈強そうな男だったとの事です‥‥嫌な事にならなければ良いのですが」
乱は不安そうに呟く。
「でも、行かないわけにはいかないだろう?」
グランは不安がとけるよう、微笑みを向ける。
それを見た乱は、大きく頷く。
「よーし! それじゃあ裏口に向かって出発だーっ!」
忍者のくせに潜入ってものすごーく始めてな感じがするけどね、と極楽司は笑顔を見せ、猫のるるちゃんと共に歩みはじめた。
宵闇に紛れ、極楽司とグランが館へと近づく。
大鳥と乱は少し離れたところで様子を見守った。
「依頼人の旦那さんが料理人ってことを考えても、厨房を覗くのは意味があるよね」
極楽司がグランへと問い、彼は小さく頷き返す。
依頼人は貴族の館内部に関する事は殆ど知らなかった。
仕事内容を聞く事はあっても、彼女自身は踏み入った事はないのだ。
音を立てないよう気をつけ、鍵を開けると、2人は館へと入り込む。
「‥‥あまり警備は厳しくない、かな?」
周囲を見渡したグランが言う。入り口に門番が2名、それ以外は人気が感じられない。
「食料貯蔵庫があるようなら、そっちも見てみたいなぁ‥‥」
ぽそりと極楽司が呟く。
「いや、大体の間取りもわかったし‥‥」
(「グラン様、館の前に人が‥‥屈強そうな男と、身なりのよさそうな男ですわ」)
大鳥の思念がグランへと届く。
「‥‥まずいね。引き上げないと」
館の主が帰ってきたみたいだ、と彼は呟いた。
調べていないのはあと三分の一程。
「あそこ、厨房みたい‥‥ちょっと見てくる」
極楽司はその場所へと近寄り、そっと中を覗く。
1人の男が何かの肉を切っているところだった。
「館に人が入ってきたみたいだ。撤収するよ」
大鳥から再度連絡を貰ったグランが声をかける。
極楽司がそれに頷くと、2人は闇に紛れ立ち去った。
翌日。
一同は依頼人から聞いていた複数の搬入業者を訪ねていた。
だが、業者は皆、彼らを邪険に扱った。
決して冒険者達に対する嫌悪によるものではない。
殆どが「あの貴族は金払いがいいから付き合ってはいるものの、出来れば余計な刺激はしたくない」と言うのだ。
困りつつ、最後の店へ向かう。
「今日の食材搬入をやらせていただけませんか?」
乱が店に居た男に声をかけると、これまでと同じく、胡乱げな表情をされた。
「なんでだ? あんたら見たところ冒険者みたいだけど‥‥」
詳細を話すわけには、と一同は言いよどむ。
「‥‥まぁいいさ、今手が足りないんだ。ここも今日で終わりだしな」
「どういう事だ?」
グランの問いに男が答える。
「娘があの貴族に食料を届けに行ってから、帰ってこないんだよ。途中で何かにあって行方がわからないのか、それとも‥‥噂の通り食われちまったのか‥‥どっちにしろもう大分経つし、ここにいるのは辛いから、適当な田舎にでも引っ越そうと思ってな」
「食われた、ってどういう意味ですか?」
様々な内容を考えて、乱が問いただす。
男は苦々しい表情をした。
「あんたら噂聞いた事ないか? あそこの貴族、人間を料理して食っちまうんだとよ」
話は終わった、さあ行った行った、と男は食料の入った木箱を渡す。結構なサイズだ。
「あ、最後にどうしても聞きたい事が‥‥!」
必死で大鳥が声をかける。
「今、厨房の外回り、仕入れなどの担当を現在されている方はどのような方かおわかりですか?」
男は一瞬だけ動きを止めた。
「‥‥なんか、ゴツくて荒事に慣れてそうな感じのするヤツだったよ。いつも剣を持ち歩いていたしな」
外見の特徴を聞き出すと、あの追跡者と似ている気がする。
「もしかしてこの人、昨日の夜見かけた方では‥‥?」
乱の言葉に大鳥も同意する。
「とにかく行こうよ! あんまり悩んでると頭が〜」
箱を必死で運びながら、極楽司が叫ぶ。
だが、彼女は恐ろしい事を思いついてしまっていた。
昨日の夜潜入した時に、料理人の男は肉を切っていた。もしかしたら、それは‥‥。
懸命に頭を振り、その考えを追い出す。
自分の目で確認をするまでは、それは想像でしかないのだから。
「こんばんわ。食材の搬入です」
門番へと愛想よく乱が話しかけた。
彼女の姿をみた門番は思いのほか穏やかに声をかけてきた。
「ああ、お疲れさま。厨房に届けてくれ‥‥場所はわかるか?」
ええ、大丈夫ですと乱は答え、他の皆と共に木箱を運び込む。
「昨日の様子からすると、依頼人の旦那さん、厨房にいると思うんだ。だから早く行こう」
極楽司が急かす。
周囲の様子を伺っていたグランは特に罠は無さそうだと断定した。
厨房の扉を開けると、そこには青白い顔をした生気のない男が黙々と料理を行っていた。
グランは彼に近寄ると小さく囁く。
「貴方がここのところ家へと帰っていない料理人か? 奥さんが心配していたんだが」
料理人は驚いたようにグランの瞳を見据えた。
「助けに来てくれたのか‥‥?」
つい声が大きくなった料理人に静かにするように促し、グランは頷きつつ話を続ける。
「何故奥さんの元に戻れなかったんだ?」
「それは‥‥」
「言えるわけないよな?」
嫌な感じの男の声が厨房に響く。
乱と大鳥の2人が昨日の夜見かけた、屈強そうな男。
「あんたの奥さん、あんたが逃げたりヘタな事したら殺しちまうぞ、って言われてんだもんな」
男はギロリと冒険者達を睨む。
「それにしても、今日入った食材の点検に来たらこれかよ‥‥あんたらか? ここンところ俺らをかぎまわってるってのは」
まあ、俺も他人を追跡すんのは得意じゃないんだけどな、と彼は豪快に笑う。
「貴方が今仕入れ担当をしている方ですの?」
男の粗雑な行動に大鳥は不快感を隠せない。
「ああ、そうだよ嬢ちゃん。こう見えても食べ物を見る目には自信があってね。おっ? そこのねぇちゃん綺麗だなぁ‥‥これならアイツにも喜んでもらえそうだ」
乱をじろじろと眺め回し、男は言う。
「というわけだから、大人しく食材にならねェ?」
相手を人として見ていない、酷く不快な発言。
「そんなこと、できるわけないじゃないかっ!」
極楽司が憤慨しながら訴える。
仲間が狙われている事、そして、先ほど想像した事が真実である可能性が上がったのも、憤慨する理由に繋がったのだろう。
「同感だね。俺も許せない」
料理人を護るように立ち位置を変えつつ、グランが言う。
「わたくしも、悲しい人を増やすようなことはしたくありませんわ」
大鳥の言葉に男はフッと鼻で笑う。
「残念。とは言え、俺はここでは暴れられないし、あんたらも人が集まるとヤバいだろ? それに、俺を殺っても、俺の代わりに誰かが食材を集めて、ソイツを殺るぜ?」
「‥‥それがあなたの交渉?」
苦々しげに乱が言う。
「そういう事だ。ベストが無理ならベター位は狙いたいもんさ」
あんたらに料理人をさらわれたっつったら、失点になるしな、と彼は話す。
「でも、こちらにも方法があるのですわ」
大鳥がスリープの魔法を紡ぐ。
「お休みなさい」
睡魔が男を襲い、彼は膝を付く。
「くっ‥‥そ‥‥ッ!」
抗えない睡魔に、男は眠りについた。
「さて、他に人がいるような事も言っていたし、証拠を得る事はできないけれど‥‥料理人さんから話を聞けば何もかも解りそうだし、ここは脱出、か?」
一同は料理人を持ってきた空の樽へと詰める。
生ゴミのふりをして外に持っていこう、という乱の策だ。
意外にも他の者へと遭遇する事も、門番に咎められる事もなく、館からの脱出は成功したのだった。
料理人の話は、ある意味予想通りのものだった。
貴族はモンスターだけではなく、人すらも調理し食べていたのだと。
そしてその調理を任されていたのは、他ならぬ彼であると。
「私は‥‥殺してはいません。ですが私のやった事は許される事ではない‥‥妻を盾に取られていたと言っても‥‥!」
彼は流れる涙を拭う。
「貴族を告発するわけにはいかないのか?」
グランの主張を聞き、彼は首を振る。
「私は私の方法で、贖罪をしたいのです‥‥冒険者の方への依頼は、ギルドで行えば良いのですよね?」
「うん、そうだよ」
極楽司の返事に、料理人はほんの僅かに微笑む。
「それよりも、まずは、奥様に会いに行ってあげてください」
大鳥の言葉に感謝をしつつ、彼は言った。
「助けていただいた事、本当に感謝致します。このケジメはきちんとつけますから」
彼の覚悟を決めた贖罪はこの一言から始まったのだった。