【物資補給阻止】脅威はヒトの外に
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■ショートシナリオ
担当:小倉純一
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:01月15日〜01月20日
リプレイ公開日:2007年01月23日
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●オープニング
●止まらぬ流れの中で
「ラーンス様!」
深い森の中を捜索していた騎士は、見つけ出した円卓の騎士を呼んだ。ラーンス・ロットは振り向くと共に深い溜息を吐く。
「またか‥‥いくら私を連れ戻そうとしても無駄です」
「連れ戻す? 私どもはラーンス様と志を同じくする者です。探しておりました。同志はラーンス様の砦に集まっております」
「砦だと!? 志を同じく?」
端整な風貌に驚愕の色を浮かべて青い瞳を見開いた。
騎士の話に因ると、アーサー王の一方的なラーンスへの疑いに憤りを覚えた者達が、喜びの砦に集まっているという。
喜びの砦とは、アーサー王がラーンスの功績に褒美として与えた小さな城である。この所在は王宮騎士でも限られた者しか知らないのだ。
状況が分らぬままでは取り返しのつかない事になりかねない。ラーンスは喜びの砦へ向かった。
――これほどの騎士達が私の為に‥‥なんと軽率な事をしたのだ‥‥。
自分の為に集まった騎士の想いは正直嬉しかった。しかし、それ以上にラーンスの心を痛めつける。
もう彼らを引き戻す事は容易ではないだろう。
「ラーンス様、ご命令を! どんな過酷な戦となろうとも我々は立ち向かいましょう」
――戦だと? 王と戦うというのか?
ラーンスは血気に逸る騎士達に瞳を流すと、背中を向けて窓から覗く冬の景色を見渡す。
「‥‥これから厳しい冬が訪れる。先ずは物資が必要でしょう。キャメロットで食料を補給して砦に蓄えるのです。いいですね、正統な物資補給を頼みます」
篭城して機会を窺う。そう判断した騎士が殆どであろう事に、ラーンスは悟られぬように安堵の息を洩らした――――。
「アーサー王、最近エチゴヤの食料が大量に買い占められていると話を聞きました。何やら旅人らしいのですが、保存食の数が尋常ではないと」
円卓の騎士の告げた報告に因ると、数日前から保存食や道具が大量に買われたらしい。勿論、商売として繁盛した訳であり、エチゴヤのスキンヘッドも艶やかに輝いていたとの事だ。
「‥‥王、もしやと思いますが、ラーンス卿の許に下った騎士達が物資を蓄えているのでは‥‥」
「あの男は篭城するつもりか‥‥」
苦渋の思いに眉を戦慄かせるアーサー王。瞳はどこか哀しげな色を浮かべていた。そんな中、円卓の騎士が口を開く。
「冒険者の働きで大半は連れ戻しましたが、先に動いた騎士の数も少なくありません。篭城するからには戦の準備を進めていると考えるのは不自然ではないでしょう」
――戦か‥‥本気なのか。出来るなら戦いたくはないが‥‥。
「ならば物資補給を阻止するのだ! 大量に買い占めた者から物資を奪い、可能なら捕らえよ!」
難しい命令だった。先ずはラーンスの許に下った騎士か確かめる必要があるだろう。全く無関係な村人や旅人が聖夜祭の準備で買う可能性も否定できない。保存食というのが微妙だが‥‥。
それにこれは正しい行いなのか? 否、そもそも王を裏切ったのだから非はラーンス派にある。王国に戦を仕掛けるべく準備を整えるとするなら、未然に防ぐのは正当な行いと言えなくもない。
――なぜ戻って来ないラーンスよ。おまえの信念とは何だ? なぜ話せぬ‥‥。
聖夜祭の中、王国の揺れは終わりを迎えていなかった――――。
●くしゃみハナミズ鼻づまり。
「すまないが‥‥また頼まれてくれないかな?」
穏やかな声に顔を向けると、そこには円卓の騎士ウィルフレッド・アイヴァンホーが立っていた。
しかし‥‥係員は彼の様子に何処か違和感を覚える。
首を傾げる係員に気づき、ウィルフレッドは、うん? と小さく首を捻りつつも話を進めた。
「実はね‥‥ある村で酷い事に、薬草の強奪が起こりそうらしくてねぇ‥‥しかも、強奪をしようとする山賊たちが、案外身なりが良い連中らしくてね‥‥!」
彼にしてはえらく皮肉げな物言いに、係員は眉を顰める。
「身なりの良い、山賊‥‥? 強奪が起こりそう‥‥? もしかして‥‥?」
季節柄、どうしても風邪等、病気になりがちである事もあり、備えとして必要とする者もいるだろう。
「多分、君の思う通りだと私も思うよ。彼らは最初風邪に効く薬草を買い取ると言って来たそうだ。だが、村には最低限の備蓄しかなく、ソレを断ると『村を滅ぼされるのと、大人しく薬草渡すのどっちがいい? 暫く時間をやるから考えておきな』と言って去ったそうだよ。そんな事が許せるかい? 私は許せないね‥‥!」
民の生活を脅かしてまで、そこまでする必要があるかい? 我々の責務は民を護ることであり‥‥と長々と語り始める。
その視線は時折宙を彷徨っている。
よくみれば、顔が赤い。
「‥‥もしかして、ウィルフレッド様、酔って‥‥?」
「いないよ。酒精は全く入っていない」
確かに、ウィルフレッドはやたらと生真面目な部分もある。そんな彼が依頼という、状況をきちんと説明しなければならない場面において、思考を鈍らせるような事をするとは思えない。
――ならば‥‥?
係員がウィルフレッドから視線を離した瞬間、目の前から、クシュン、というかわいらしい音がした。
言い表わすならば、猫のくしゃみのような‥‥?
「‥‥?」
顔を上げるとそこには係員の視線に胡乱げな表情を向けるウィルフレッドがいるばかりだ。
「それで‥‥どういたしましょうか?」
場を取り繕うように、係員は尋ねる。
「そうだね、その山賊全員の捕縛を。今回は、一切手段を問わないよ‥‥正直私は怒っているのでね‥‥」
更に彷徨う彼の視線。そして‥‥クシュンという、先ほど聞こえた音。勿論音の主は係員の目の前に立つ人物だ。
「‥‥ウィルフレッド様、風邪でも引きましたか?」
「そんな事はないよ。きちんと日々身体も鍛えているし、風邪なんて引いている場合ではないし、引くわけにもいかない」
きっぱりと言い放つ彼。だが、しかし‥‥。
「今回も、私も同行する予定だ。ともあれ、よろしく頼むよ」
一通り話を聞いた係員は羊皮紙にペンを走らせる。
ある村にやってくるという「山賊」の捕縛を。手段は問いません。
追記:ウィルフレッド卿の体調を多少気をつけて差し上げてください。
羊皮紙を貼りだそうとした瞬間、クシュンというえらく愛らしい音がギルドの内部に響き渡った。
●リプレイ本文
●くしゃみは止まらず
クシュン、という可愛らしい音が響いた。
冒険者達が音の元を見れば、そこにはウィルフレッドが立っている。
「久しぶりってほどでもないかな、今回もよろしく頼む。しかしずいぶんと無茶をしてるな」
見かねたようにラディオス・カーター(eb8346)が話しかけると、彼はギクリと動きを止め、曖昧な笑みを浮かべた。
「どうかしたか? 俺は山賊のことを言ったんだが?」
ラディオスの返した言葉に、彼は僅かに安堵する。だがその隙をついてアレクセイ・ルード(eb5450)が語りかけた。
「さて、少し真面目に行こうか。風邪を侮らない事だ。君のように薬が買えて、栄養のある食物を取れる人間には分からないだろうが、貧しい農民にとって風邪は命に関わる病気だ」
いつものように柔和な声音だが、言われた当人からは動揺の色が見て取れた。
「私は侮ってはいないし、風邪では‥‥」
アレクセイはその言葉を封じる。
「否定するのは構わないが、村人が風邪で倒れたらたらそれは君のせいだ」
「‥‥ッ」
彼は既に他の冒険者からも無理をするなと釘を刺されていた。そして、その言葉は彼自身が以前冒険者達へと言ったものでもあった。
手をきつく握りしめ押し黙る彼を眺め、朱鈴麗(eb5463)はその強情さに苦笑し、トレーゼ・クルス(eb9033)は考える。
(「この情勢で『身なりの良い山賊』か‥‥対外的なこともあるだろうが、騎士が薬草を奪いに来ているとはっきり言えばいいと思うのだがな」)
先ほどの風邪に関する考え方の違いからも、ウィルフレッドも騎士の名誉が村人の命より重いと思ってる騎士『様』ということか、と彼は心の裡でため息をついた。
だが、自分達が何とかすれば良いだけかと考え直し、出発を促す。
――例の村を目指して。
●熱急上昇?
冒険者達はウィルフレッドを庇いつつ進む事となった。特に柊静夜(eb8942)がこまめに世話を焼き、それを見た猫小雪(eb8896)とフィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)が何かと冷やかす。
更にフィオナは小雪の懐に入り込み、彼女の胸の品評まではじめる始末だ。
馬車を借りる事については、ウィルフレッドが許可を出さなかった。彼は、備蓄も満足に出来ない小さな村に見慣れぬ馬車があれば、山賊に警戒される可能性があると主張し、力になれず申し訳ない、と俯き詫びる。
途端、熱が上がりでもしたのか身体が揺らぐ。
「ウィル様、無理はなさらないでください」
「いいわね〜、アツアツの新婚さんみたい♪」
そっと支えた柊にフィオナが告げると、両名は頬を赤く染めた。
そんな彼らを微笑ましく眺めつつ、ディディエ・ベルナール(eb8703)がひっそりと薬草を集める。
身体を温めるもの、寝つきの良くなるもの‥‥全てはウィルフレッドの為だが、それを騎士本人は知らない。
「あっ! 見えてきたよー!」
少しばかり先行していた小雪が振り返り、皆へと声をかける。
彼らの前に姿を現した村は、どこか灰色を思わせるものだった。
村長宅へと通された彼らは小屋を1つ利用する許可を取り、山賊を迎え撃つ準備を始めた。
「さて、私も頑張らねばね」
腰を上げたウィルフレッドを一同が制する。
「風邪引きは足手まといじゃ。第一、現状で円卓の騎士がラーンス卿派の騎士達に害されたとなれば、どうなるかは想像できるであろう? ウィル殿が万全の状態であればともかく、その状態ではとても戦わせるわけにはゆかぬ」
朱の放った厳しい言葉は彼を打ち据え、愕然とさせた。
「私は‥‥騎士でありながら、何も出来ないのか‥‥」
「‥‥責任感が強いのは悪いことではないが、少しは人に頼ることも覚えた方が良い」
がくりと肩を落す様を見て朱は表情を和らげ、穏やかに続けた。
「今お前さんがくしゃみすると、イギリスが風邪をひきかねんからな。今回は俺らを信頼して任せてくれや」
「騎士たるもの貴方様だけのお体ではないのです。私達を信頼なさって下さいませ」
更に重ねられたラディオスと柊の言葉に彼ははっとする。
皆が自らを信じて努力してくれているのに、名誉や信念らしきものに振り回された自分の愚かしさに気づいたのだ。
ばつの悪さに頭を垂れた彼に、ディディエが薬草で作った茶を差し出す。
「大人しくここで休んでもらえますか? それとも‥‥」
彼が告げた言葉に何かを察したウィルフレッドは茶を受け取りつつ微笑する。
「スリープならまだしも、スタンアタックなどをされたら流石に私も嫌だからねぇ」
慣れていても痛いのは嫌だから大人しく従うよ、という冗談めかした言葉に一同は僅かに安堵する。
「それじゃあ、ウィル卿の看病は静夜さんに任せて、自分たちは待ち伏せの準備でもするか」
トレーゼが外に向かい、他の者も続く。
ふと思い出したようにラディオスは柊に囁きかける。
「後はよろしく‥‥チャンスは逃さないようにな」
頬を染める柊にフィオナも「頑張ってね〜」と手を振った。
●つける薬もない
「こちらでございます、御入用なだけお持ちになって下さい。そのかわり村の者に乱暴だけは‥‥」
村長の命令――という名目で、6名の山賊達を案内したディディエは、怯えたようにオドオドと礼をした。
山賊は騎士で間違いないだろう。纏ったマントは粗末だが、その下には立派な鎧が鈍く輝いている。
村にある全てですので、御自分の目でお確かめください、というディディエの言葉に頷き、彼らは小屋へと入っていく。
そして中央付近まで歩みを進め――。
「ッ!?」
ずぼり、と足元が沈んだ。
「何だこれはッ!?」
罠である事に気づいた者が転進しようとする‥‥筈が、そのまま室内中央へと突撃した。
フィオナのコンフュージョンが確りと掛かったらしい。
隠れていた冒険者達が姿を現した事に動揺し、彼らは口を滑らせた。
「まさか、アーサーの‥‥!」
「ラーンス卿派の騎士確定だね!」
彼らの言葉を遮り、接近した小雪が眼に見えない気を撃ち込む。
「自分達の守るものを見失ったばかりか、逆に脅しをかけるとは最悪だな!」
ラディオスも手にした直刀で彼らの身体を薙ぐ。
朱とディディエが詠唱を行い、アレクセイが彼らを逃がさぬよう、唯一の脱出口である扉の前に立ちふさがり、戦う。
「足元を見ないからそうなる、二重の意味でな」
落とし穴から足を抜こうとする敵にトレーゼは冷徹な視線を投げかけ、手にした剣を振り下ろした。
抜け出せず半ば自棄になり、近くに居たトレーゼやラディオスに剣を振り回す者もいたが、2人は難なくかわす。
そして抜け出し、少しでも脆そうなところを狙い攻撃しようとした者はフィオナのコンフュージョンにより手近な仲間へと切りかかった。
再び小雪が気を撃ち込み、ラディオスは動ける者へと踊りかかる。
ディディエが敵の動きを阻害し、朱がコアギュレイトを用いて呪縛し動きを止める。
多少血は流れたものの、一同は騎士達の捕縛に成功したのだった。
「差し出がましい事を致しました、ですがその状態では動かれるのは無理ですよ」
濡らした手ぬぐいで額を冷やしてやりながら柊はウィルフレッドへと声をかける。
「いや、身の程をわきまえなかった私が愚かだった」
力なく彼は笑む。
「だが出来る事なら‥‥自分の手で、人を救いたかった。民の為なら、私は命を投げ出す事も厭わないつもりだっ‥‥」
「ですがウィルさま、私のように貴方様を心配する人の事も考えて下さい!」
柊は咄嗟に口をついて出た言葉に赤面する。
「今はそんな事は思っていない。出来る限りしぶとく生き延びて、少しでも皆の為に尽くさねばね」
彼が告げた直後、扉が荒々しく開かれ、小雪が飛び込んできた。
「騎士達を全員捕まえたよーってちょっとタイミング悪かったかな?」
「弱者を守るのは騎士の義務であろう? 村人を脅しその命綱である薬草をとりあげようとする者が騎士であるわけが無い。どのような大義名分をかかげていようと、それはただの卑怯者じゃ」
縛り上げられた騎士達に朱が不愉快そうに言うと、憎悪と怒りの篭った視線を返ってきた。
それを見ていたアレクセイが告げる。
「怒る前に考えてみるといい、なぜ君達が捕らわれたのか。分からないようなら此処で息の根を止めてあげよう。それとも守るべき民を死に至らしめた汚名を背負って生き延びるかい?」
優雅に朗々と紡がれた言葉はこの上なく厳しく、騎士達は息を飲む。
「天下のイギリス騎士がこれなんて、まるで悪魔にでもとり憑かれたみたいね」
あきれたようにフィオナが言い、トレーゼが同意するように頷く。
「元々はどうあれ、結末だけを見れば害悪でしかないな‥‥いや、まだ結末ですらないか。原因が解決されるまで村人の喜びも砂上の楼閣か」
漸くやってきたウィルフレッドへとディディエが加減を尋ねると「君のおかげで大分楽になったよ」という言葉と笑顔が返ってきた。
「さて、彼らをつれてキャメロットへと戻らねばね」
こうして、一同は帰還をする事となったのだ。
●微熱風味?
「ねぇ、フレッドは好きな人とかいないの?」
「私は全ての民が大好きだよ」
帰還中、フィオナのからかい半分の言葉に、彼は迷い無く答えた。
あまりの見当違いっぷりに冒険者達は脱力しそうになるのを堪えたが、柊だけは揺らぎもしない。
「ウィルフレッドさま、またご一緒できる事を祈っております」
頬をほんのりと朱に染める彼女と、その前に立つ騎士に他の者達は温い視線を送る。
「またお会いできると嬉しいね」
意図に全く気づかぬ犯罪的なニブさに業を煮やしたフィオナが彼の耳元で何事かを囁く。
「え‥‥? まさか‥‥?」
見る見る彼の顔が更に赤くなる。そして、更に生温く見守る一同。
動揺のあまり、彼はよろめき、柊が必死で手助けをする。
「ウィルフレッド卿の最大の敵は女性かもしれないねぇ‥‥」
少し離れて様子を見ていたアレクセイが楽しげに呟いた。