遅咲きで、薄桃色の。

■ショートシナリオ


担当:小倉純一

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月17日〜05月22日

リプレイ公開日:2007年05月23日

●オープニング

 その場所には今の季節になると綺麗な花が咲いていた。
 すぐ近くの村に住む人々は、毎年花が咲くのを楽しみにしていた。
 今年もまた、薄桃色をしたあの花が咲く――。
 しかし、期待をして行った村人の前に立ちふさがったのは、木の姿をしたモンスター、だった。

 ギルドの係員は、なんとなく春っぽい事がたまにはないかなぁ‥‥などと考えつつ今日も今日とて受け付けにいた。
「モンスター退治をお願いしたいんだべ」
 やってきたのは、素敵に田舎っぽいおっちゃんだった。
「えーと、詳細を教えていただけませんか?」
 係員の言葉におっちゃんは「んだな」と一言。そして説明を始めた。
「実はおらとこの村さ近くに小さな森があってだな‥‥」
 どうやらその村の近くにはこの時期になると薄桃色の花を咲かせる草の群生地があり、村では毎年その花が咲くと一日だけ休暇にしてのんびり花を見ながら過ごしたりしていたらしい。
 だが、今年村人がその森へと向かうと、普段通る道は倒木で塞がれ、仕方なしに迂回しようと思ったところ、蔦だらけの木が乱立する場所に出たのだと。
 以前通った時――それもかなり前の事だが――にはこんな木はなかったはず、と不審に思った村人の1人がその木へと近づいたところ、蔦に絡め取られ、そのままウロのような部分に放りこまれ、食べられてしまったそうだ。
「恐ろしくて恐ろしくてあわてて逃げ出した。だども、このままじゃおれらも花を見にいけね。何かの拍子に子供らが迷い込んで木に食われちまう可能性だってある。すまねえが、退治してきてくれねぇだか? 倒木はおらたちでなんとかするだから」
 今年最初に花を見るのは冒険者さんたちでええからよ、と依頼人は言う。
「ガヴィッドウッドってやつですかねぇ‥‥わかりました。依頼として出しておきます」
 係員は彼へと笑顔をむけると、羊皮紙へと依頼を書き綴った。

 ――ガヴィッドウッドを倒してきてください。なお、本依頼は綺麗な花も見られます。

●今回の参加者

 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7435 システィーナ・ヴィント(22歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7528 セオフィラス・ディラック(34歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 eb3173 橘 木香(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb8942 柊 静夜(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●穏やかで、翡翠色の。
 目にまぶしい程の新緑が茂っていた。
「おっはな〜み、おっはな〜み、う〜れし〜いな〜♪」
 橘木香(eb3173)がゆる〜んと歌いながら森を行く。
 彼女の頭の中はもうお花見一色であるようだ。
「綺麗な薄桃色のお花かぁ。どんなお花かな。綺麗なんだろうな、楽しみ」
 ジャパンの桜の花とかあんな感じかな? とシスティーナ・ヴィント(ea7435)は期待に胸を膨らませ、笑顔を見せる。が、ふと思い出したように彼女は表情を引き締めた。
「でもガヴィッドウッドをその前に倒さないとね」
「たしか人食い樹木でしたっけね。樹木の癖に動物を捕食するなんて、随分ワイルドな樹ですねぇ」
 彼女の言葉にフィーナ・ウィンスレット(ea5556)がふと思ったことを続ける。
 錬金術の材料にでもならないもんでしょうか? と考えるがどうにも良い使い方は思い浮かばない。
「蔦から切り刻んで、最終的には切り倒してしまえばいいわけだが‥‥」
 少しばかり厄介な、というセオフィラス・ディラック(ea7528)の呟きに柊静夜(eb8942)も頷く。
「複数ともなれば一筋縄では行きません、気を引き締めて参りましょう」
 いつの日か皆が安心出来る日が来る様、少しでも手伝いたいという決意を、彼女はしっかりと固める。今出来る事は小さな事かもしれない。だが、それが大きな安心に繋がると信じているのだろう。
 冒険者達を取り巻く空気に僅かに緊張が混ざる。
 しかし、今から緊張し過ぎればいざという時に完全に力を出し切れない可能性もあるだろう。
「お花見には障害があるほど燃えるものなのよっ‥‥って、何か違う?」
 シャンピニオン・エウレカ(ea7984)が首を傾げつつ告げた言葉は少しだけ緊張感を和らげた。
 ‥‥和らげた、だけなら、よかった。
「え〜んか〜い、え〜んか〜い、た〜のし〜いな〜♪」
 木香の更にゆるるんとした歌が響く。
 緊張感は和らぐを通り越して軽く崩壊した。いや、それでも依頼はきちんとこなすに違いない。
 歌いながらのほほんと歩いていた木香はふと足を止める。
「‥‥あれ、依頼ってなんでしたっけ?」
 漂う脱力感に耐えながら藤村凪(eb3310)が答える。
「ガヴィッドウッドの退治と、花見やね」
 密やかに花見も依頼の中に組み込まれているがあまり気にしてはいけないのだろう。
 それを聞いた木香はぽん、と手を打つと再び歌い始めた。
「おっはな〜み、おっはな〜み、う〜れし〜いな〜♪」
 ‥‥本当に大丈夫、なんだろうか‥‥?

●巨大で、枯茶色の。
「‥‥いますね」
 森林に詳しい為一同の先頭を歩いていたフィーナが足を止める。
 恐ろしく立派な古木が複数。その樹皮にはみっしりと蔦が生い茂っている。
 ここに来る前にシスティーナが村で聞いて来たガヴィッドウッドの居ると言われたあたりでもあるし、目的の相手である事は間違いないだろう。
 様々な工夫をした上での行軍であった為、幸いにも誰も疲労はしていない。
 若干不安があるとすれば静夜が普段と違い重装備であるため動きなれていないかも知れない、という程度だろうか?
 セオフィラスが気遣うようにそれを静夜に尋ねると、彼女は微笑と共に「少々勝手は違いますが、郷に入っては郷に従うと申しますし」と告げた。
 とはいえ、今回の相手には適した装備であるはずだ。
「それでは、行きますよ!」
 戦闘開始を告げると共に、フィーナはライトニングサンダーボルトを詠唱。耳を聾するような轟音と共に青白い雷光がガヴィッドウッドを燃やす。
 樹皮の焼ける臭いが漂い、大樹の表面に張り巡らされていた蔦はまるで苦痛に悶えるかのように蠢いた。
「いくで!」
「はい!」
 凪と静夜の2人がガヴィッドウッドの間合いへと飛び込む。
 凪の二刀の小太刀が陽光を受け宙に美しい弧を描き、更に相対するように静夜の手にした黒刃の直刀が中空を裂く。
 2人の攻撃はガヴィッドウッドの蔦を切り裂いた。
 しかしその後から別の蔦がゆらりと蠢く。
 シャンピニオンが後衛で呪文の詠唱を行い、木香は手にしたモーニングスターを振り上げる。
「えいや〜!」
 気の抜けた感じの叫びとともに振り下ろされたそれは樹皮を削り取った。
 セオフィラスとシスティーナがそれぞれの手にした武器を力を込めて振り下ろす。攻撃が命中したガヴィッドウッドはめりめりという音を立て裂けた。
 だが、未だ傷の浅い敵がその身に這う蔦を動かし、冒険者へと襲い掛かる。
 空気を切る鋭い音とともに静夜とセオフィラスに向かい蔦が振り下ろされたが、2人はそれぞれ手にした盾で防ぐ。ついで凪にも蔦が複数迫ったが、彼女はそれを軽々と回避した。
 そして、再びフィーナが稲妻を放つと、それは複数のガヴィッドウッドの表皮を爆ぜ、内部を抉る。
 未だ蠢くそれらを見て静夜の表情が険しくなった。
「流石にしぶといですね、あと何体いるのでしょうか?」
 一体は倒したものの、まだ明らかに多数だ。だが、ここで剣を振るうのをやめるわけにはいかない。
 確実に一体ずつ倒していくしか、と彼女は再び意識を集中する。
「斬る事に集中し過ぎない様に気をつけるんよ!」
 集中しすぎて一方しか見えんよーになると、死角が出来ると危険や、と凪も警告をしつつ再び小太刀を振るう。
「樹のくせに、ナマモノ好きなんて間違ってるーっ! これでもくらっちゃえー!」
 シャンピニオンの身体が淡く白い光に包まれると同時に、1体のガヴィッドウッドが動きを止める。
 彼女の放ったコアギュレイトの効果だ。
「モーニングスターだけに、星になれー‥‥なんちゃって」
 ゆる〜んと言いながら木香がぶん殴る。
 ふと難しい顔をして「星まで飛んでいけー、の方が良かったかなぁ?」と言い出したが、残念な事にそれに構っている余裕がある者はいないようだ。
「しかし、なんだな。これではまるきり木こりだな‥‥」
 僅かな苦笑を浮べつつ、セオフィラスは斧の重みを活かして思い切り振り下ろし、システィーナもそれに同じく続く。
 ばきばきという音を立て、冒険者達の集中攻撃を受けたガヴィッドウッドはただの動かぬ古木と化した。
 動きが鈍くなりつつある敵が蔦を振るうが、その大半は防がれ、または回避される結果となった。
 フィーナの放つ3度目の雷鳴が空気を焼き、確実にガヴィッドウッドの生命を削り取る。
 時折蔦に阻まれつつも、冒険者達は臆する事なく敵へと挑んでいく。
 完全に敵が倒れるまで時間はかかったものの、冒険者達は被害を最小限に抑え勝利する事に成功した。

●遅咲きで、薄桃色の。
「ふわ〜綺麗だねえ♪ 依頼人さん達が、わざわざ休暇取って慰労しに来る理由、わかっちゃうかも」
 目前に広がる薄桃色の光景に、シャンピニオンは嬉しそうな声を上げた。
 近づき、よくよく見れば一輪一輪、小さな花が咲いている。
「記念に、押し花用に1輪持ち帰れたら‥‥とかって思うけど‥‥折角ここで咲いてるんだし、また来年見に来たらいいよね」
 小さくとも必死で咲いているそれが少しだけいとおしく思えたのか、彼女は花弁に触れようとしていた手を引いた。
「て、皆お弁当とか持ってきたー?」
 気を取り直し、お花見にはやっぱお弁当デショ! そして宴会なのよー! と叫ぶ彼女に、木香が持ってきていた日本酒と甘酒を‥‥‥‥。
「‥‥すぴぃ〜‥‥」
 提供し、自分も呑みながら、ゆったりまったりお花見、のはずが渡す前に見事眠りについてしまったらしい。
「寝てません寝てません断じて寝てま‥‥むにゃむにゃ‥‥」
 これは立派な寝言である。本人は寝ていないと言い張っているが、彼女は確り眠っているのだ。
「綺麗なお花やし、御茶飲んで一服でもしよか〜♪」
 凪は近くから汲んで来たきれいな水でお茶を淹れると、皆へと振る舞う。とはいえ、眠っている者を起こすほど無粋ではない。
「この花のほかにも、この季節だと、キングサリあたりも見どころでしょうか?」
 受け取ったお茶を飲みつつ、フィーナがほら、あそこに見える黄色い花がそうなんですよ、と豆知識を披露した。
 ジャパンの藤や桜と似た花に囲まれ、静夜は目を少しだけ細め懐かしそうな表情を見せる。
 気づけば彼女の手は無意識のうちにドライフラワーの髪留めに触れていた。
「綺麗なものですね、故国を思い出しました‥‥次は、もっとゆっくりお花見に来てみたいですね」
「今度はあのひとと見に来たいものだ」
 少し離れた所で花を見ていたセオフィラスが、誰かを思い口にした言葉に静夜はつい振り返る。
 シャンピニオンはペットのモンブランと一緒に、ノスタルジックな感じの歌を歌いつつ、それにあわせたおやかに舞う。
 宴会はしたいが、静かにお花見をしたい人も居るだろうし、という彼女の配慮は皆の心を穏やかに癒した気がした。
「3〜4月は色々あったけど、こうして平和にお花見が出来るようになって良かったな」
 悪魔いるしまだ油断は出来ないけど‥‥と、お茶を飲んでほっと一息ついたシスティーナがぽそりと告げる。
 一同は黙し、風に揺れる花をのんびりと眺めた。
 暫く経ち、システィーナは勢いをつけ立ち上がると、他の皆へと告げる。
「さて、村に報告に行かなきゃ。お花の名前も教えてもらいたいし」
 倒木の片付けも手伝ってあげたい、と語る彼女に他の冒険者達も立ち上がる。
 ここに来る前に、一応倒木は運びやすいように小さくしておいた事だし、たいした手間にもならないだろう。
 ゴミ等を残していかないように、とシャンピニオンは皆へと注意を促し、自らも懸命に片付ける。
 来年も、この花が綺麗に咲きますように、と。
「‥‥来年も見に来たいな」
 去り際に、ぽそりとシスティーナが呟いた思いはきっと皆同じに違いない。
 
 冒険者達は薄桃色の花が群生する、小さな楽園を後にし、日常の戦いへと戻る。
 だが、小さな楽園は冒険者達に一時の安寧を与えたはずだ。