黒騎士の悩み→聞いてやる
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■ショートシナリオ
担当:小倉純一
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:06月02日〜06月07日
リプレイ公開日:2007年06月10日
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●オープニング
酒場にいた一人の吟遊詩人は竪琴の調律を行なうと静かに唇を開いた。
――白磁の如き肌、漆黒の髪。黒曜石を思わせる瞳が濡れ、唇からは吐息が漏れる。
その身は熱に浮かされ、腕が求めるかのように宙をかく。
彼と、彼の望んだ者は2人きりで夜を過ごす‥‥ただ、相手のみを思って――
ギルドの受付嬢は先日友人から来たシフール便の内容を思い出していた。
「あのね、ラーンス様の裏肖像画を手にいれたの! もうね、フンドーシが超眩しくって素敵でー☆★☆」
フンドーシ姿のラーンス卿想像し、彼女はにやけそうになるのを必死に堪える。
だが、そんな彼女の前に1人の騎士が現れた。
「や、やあ。すまない。依頼をしたくて来たのだけれども‥‥」
「あっ‥‥ウィルフレッド様‥‥」
驚く彼女に声をかけたのは円卓の騎士、ウィルフレッド・アイヴァンホーだった。
‥‥しかし、視線は時折宙を彷徨い、どこか落ち着かない様子だが‥‥?
とりあえずそれに関してはあまり深くは追求せずに、彼に用件を尋ねる。
「どのようなご用件ですか?」
「じ、実は、私に関する話を歌にしている吟遊詩人がいるらしいのだけれどね、その人にそれを止めて貰うように言ってほしいのだよ」
受付嬢は首を傾ける。
詩人の歌を何故止めなければならないのだろう、と。
英雄譚なら、彼とて喜んで見守るだろう。
「‥‥どんな歌を歌うんですか? その詩人」
その言葉にウィルフレッドは視線を中空に漂わせる。
「女性の詩人らしいのだけれどね‥‥‥‥」
耳打ちされた内容に、受付嬢は頬を赤く染める。
「それ、本当なんですか? ある意味王妃様を好きになるより上じゃないですか? 禁断の愛??」
好奇心につい尋ねてしまったが、ウィルフレッドはそれを否定した。
「まさか‥‥いくらなんでもそんな趣味はないよ? そもそも同僚なんて‥‥ともあれ、その詩人は主に女性の多いところで歌っているらしいのだよ。それで、女性の皆様の好奇心を満たしているわけだね。まだ私1人がネタにされるならまだしも、他の皆まで巻き込まれては困ってしまうからねぇ‥‥」
それに、ヘタにプライドの高い者が自らをネタにされた歌を聞いたら彼女自身が危機に晒される可能性もあるだろう‥‥と彼は語る。
「ウィルフレッド様本人が言った方が効果が大きいんじゃないですか?」
彼女は胸中に浮かんだ疑問を投げかけた。だが、それはすぐに却下される。
「いや、私が出て行って『歌は本当の事なんだ! だからウィルフレッドは黙らせにきたんだ!』とかいわれてはたまらないからねぇ‥‥それにしても‥‥うら若き女性はこういう歌が好きなものなのかね?」
「‥‥え」
私は好きですよ。特にウィルフレッド卿は受けだと‥‥と言いかけて彼女は慌てて言葉を飲み込む。
「ええと、冒険者の皆さんへと資料として歌の内容は掲示しても‥‥よくないみたいですね」
視線があらぬ方向を彷徨いだしたウィルフレッドを見て、彼女は呟く。
「ともかく頼んだよ。私もこのままでは‥‥」
言いかけて、また視線が彷徨う。よほどショックであったらしい。
「ウィ、ウィルフレッド様、しっかりしてくださいっ!」
心ここに有らずな彼を見て、適度に腐った受付嬢は円卓の騎士もたいへんなんだなぁ、と内心呟いた。
●リプレイ本文
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「くくっ‥‥あっはははは」
高らかに響く笑い声。その側には、怒りを滲ませた柊静夜(eb8942)、そして複雑な表情のウィルフレッドが居た。
笑い声の主――アレクセイ・ルード(eb5450)は笑いすぎで苦しみつつウィルフレッドへと話しかける。
「実に面白いね、君は本当に退屈しらずだ」
だが、むっとした表情の静夜を見て「いや、失礼」と軽く詫びる。
「あいかわらず苦労しておるようじゃのう」
朱鈴麗(eb5463)が告げると、ウィルフレッドは軽く苦笑する。
「まあ吟遊詩人に謡われるのは親しまれておる証拠じゃ」
ころころと笑い、皆嘘と判った上で面白がっておるだけじゃと告げると、彼は少し安堵の表情を見せたが、アレクセイと鈴麗が同時に鋭いツッコミを入れた。
「ところでウィル殿のお相手はどなたなのじゃ?」
「それで君のスイートハニーは誰なんだい?」
言葉に詰まり、視線を泳がせた先にいた空木怜(ec1783)が助け舟に話を切り替える。
「ウィル卿、俺は移動診療所ってのを立ち上げることにしたんだが、いい名前はないかな」
話題がかなり別の方に行ったが、ウィルフレッドは彼の話に耳を傾け、暫し考える。
「父上と母上の遺志をついで作る診療所なのだから、君自身が確りと考え、名づけた方が思いいれも一入ではないかな」
君の活躍に期待しているよ、とウィルフレッドは笑顔を見せた。
余裕を取り戻したのを見て、怜が話を元に戻す。
「さて‥‥男の尊厳は命を賭けて守るべし、だ。この国の男の模範たる円卓の騎士のそれなら尚更だ」
アレの対象にされるのはつらいよなぁ、と身に覚えでもあるのかのように語る彼。
倫理的にも医者的観点で見ても、愚の骨頂だってのに。とぽそりと告げた所静夜が激しく同意した。
「根も葉もない作り物の醜聞を事もあろうに衆人の前で歌うなどと!」
「悲しい事に彼女の歌は全ての人々を幸せにする事は出来ないでしょう」
幸せにするどころか、誹謗中傷のきっかけを与える歌であるという事でカノン・レイウイング(ea6284)としては許せないものであるらしい。
「ところで、どのような歌なのでしょうか〜」
ディディエ・ベルナール(eb8703)は首を傾げる。
「まだ聞いたこともない訳ですし判断のしようも無いですねぇ‥‥とはいえ、ウィル卿の困惑ぶりから察するに想像の遥か彼方をイッテル歌なんでしょうかね〜分かりませんが」
解らないならどうするべきか。答えは1つしかない。
「ウィルフレッド様には大変申し訳ないのですけれど‥‥こういう歌は滅多と聴けるものではありませんし、説得の前に1曲聞いてみようかと思っています」
笑顔で述べたユリアル・カートライト(ea1249)に、アレクセイは力強く頷くとウィルフレッドと静夜の方をちらりと見やる。
「勇敢なる有志諸君で件の歌を聞きに行こうか。面白い話の種になること受けあいだ。もっとも貞淑なるご婦人と高潔なる騎士の前では話題にしないのが無難だろうね」
「百聞は一見にしかずと申しますし〜皆で詩人さんが現れそうなところに行ってみませんか?」
ディディエが考えを述べると、セシルロート・クレストノージュ(ea8510)がやる気を思い切り見せて勢い良く告げた。
「酒場を巡って知人兼同士の腐った女性詩人達に今回の詩人の話を聞いてみるわ」
よく歌っている場所とか禁断の詩の嗜好とか知りたいのよときっぱりと言う。
「静夜嬢の抑え役は頼んだよ、少しは良い所を見せたまえ」
やたらと爽やかに笑んだアレクセイはウィルフレッドへと静夜の背をそっと押した。
●
聞きつけた情報からセシルロートが噂の『腐った』女詩人の居場所を探り出した。
詩人は歌声を高らかに響かせ、ドドメ色のオーラを纏っていそうな女性達がそれを囲む。
歌詞は頻繁に「秘めやかな箇所が」だの「えろえろがちゅーん」等という言葉が含まれている。
「世の中様々なニーズがあるのですねぇ」
ディディエはあっさりとした感想を述べたが、鈴麗とアレクセイの2人は涙を堪えつつ笑っている。どうやらリアルに想像してしまったらしい。遠目に見れば感動のあまり肩を震わせているようにも見えなくはない。
少し離れた所で様子を見ていた静夜は唇を噛みしめ必死で堪える。
(「このような不貞の輩は、本来ならば見つけ次第即刻切り捨る所ですが、ウィルフレッド様がそれをなさらない以上、私が先走る訳には‥‥」)
演奏が終わったのを見計らい、セシルロートが詩人へと近寄り声をかけた。
「素晴らしい歌のお礼に奢らせてもらえない?」
「え? いいの? じゃあ、萌え話でもしながら♪」
同志だと思われたらしいセシルロートは、ここからが正念場だわ、と決意を新たにした。
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「ラーンス様は表の顔は優等生、裏の顔は腹黒イメージ! ウィル卿は受け以外に認められない!」
「ラーンス卿受けもイケルと思うわ。攻めは‥‥」
酒場の端で白熱するセシルロートと詩人のカップリング論争。
「少しよろしいかな? お嬢さん。君の歌について少し話したいのだがね」
アレクセイが声をかけると、詩人はぽそりと言葉を漏らした。
「‥‥攻め!」
彼の外見や物腰を見て速攻で「攻め」と判断したらしい。その熟練ぶりはある意味賞賛に値する。
ひょこりと顔を出した怜が核心の部分をいきなり語った。
「男どーしでやると‥‥受け側はほぼ間違いなく痔になる。しかも、滅茶苦茶に不衛生だし、それでポックリ逝ってしまったりとかも珍しくはないんだ」
男として聞きたくない宣告をされる前に言葉を封じなければと彼は必死で続ける。
「妄想で飾られた華やかなイメージとはかけ離れているんだよっ!」
「それくらい気にしないわッ!」
きぱりと言い切る勢いに怜が退いた。
「でも、往来で謡うのは良くないね。良識ある御仁は眉を顰めるだろう。それに本気で怒った円卓の騎士達に追いかけられるのは君だっていやだろう?」
それに、この手の物語がなぜ面白いのかといえば、隠されているからだよと、アレクセイは何時もどおり優美に語る。
「名誉ある方に恥をかかせる行為、言語道断ですわ!」
公にしなければ大目に見てくれるだろうという彼に反し、静夜は怒り顕わに刀へ手をかける。
「円卓の騎士に追いかけられるのは嫌ね。でもそれってあたしの歌がホントだったりするからじゃない?」
「相手が迷惑に思ってる事は考えないのですか!」
「面白がる人が多いなら良いじゃん?」
静夜と詩人の言葉の応酬が繰り広げられ、ぶちり、と何かがキレた気がした。
「もう我慢出来ません! そこにお直りなさい、斬鉄の錆にして差上げます!」
刀を抜こうとした刹那、彼女の身体がその場へと崩れる。
「すまないが、ここで騒乱を起こさせるわけにはいかないよ」
ウィルフレッドが倒れた彼女をそっと抱き起こしたのを確かめ、鈴麗が告げる。
「吟遊詩人殿、先ほどの歌は実に見事であった。しかし残念ながら題材に少々難があってのう」
意味ありげに静夜へと視線をやり、彼女は続けた。
「実はウィル殿にはすでに相思相愛の恋人がおるのじゃ。吟遊詩人殿に罪は無いが異国人同士、身分違いの障害の多い恋ゆえに、この様な歌が流れると不安にかられるようでのう」
「じゃあ、ウィル卿以外なら良いのね?」
ため息をつく鈴麗。
「恋愛は自由じゃが、他者を傷つけるようなやり方は感心できぬ。恋歌もまた同じじゃ」
「実在の人物で誤解を招くような歌は、ご本人にも迷惑だと思うのです。たぶん、歌の内容は全て想像の産物でしょう?」
ユリアルが事実を調べるなり、裏を取るなりしているのでしょうか? と問い詰めると詩人は項垂れた。
「証拠なくこういう歌を歌うと、高貴な方のプライドを傷つけることになりかねません。それは、皆を楽しませる吟遊詩人として、やってはいけないことだと思います」
「わたくしは吟遊詩人としてこの歌の存在を否定します」
カノンが言い切ると詩人は動揺を見せる。
「ただ貴女の心の中の思索や趣味を否定をするつもりはありませんよ」
付け足された言葉にも、未だ動揺を隠し切れない。
「発想を変えてみましょう。歌うことの意味を無くせば良いのかもしれません」
ディディエが告げると詩人は俯く。
「歌う意味がなくなったらあたしは‥‥」
「この歌よりもっと腐な方々の興味を引く歌を流行らせればよいのではないでしょうか〜?」
「どうしても男性同士の恋の歌を歌いたいのであれば、オリジナルの詩を作ってみてはいかがでしょうか? 遠い見知らぬ他国での出来事‥‥とすれば良いのです。ますます幻想的で良い歌になると思うのですが」
ディディエとユリアルの出した案に、詩人は顔を上げる。
「あ‥‥だからと言って、私達をモチーフにするのはやめてください‥‥ね?」
ユリアルが笑顔で告げ、セシルロートも適度にぼかすのも詩人の腕の見せ所だと教え込む。
「では、私は腐な方々が歌に求めているものを調べてきましょう〜」
ディディエは皆へと告げると一旦酒場を出て行った。
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「会ったばっかりなのにありがとね」
詩人は一同へと頭を下げる。
「貴女の腕ならば架空のお話でも十分に素敵な歌を奏でられるはずですからね。歌は人の心を温かくする優しく素敵な魔法ですよ」
笑顔でカノンが告げ、リサーチをして歩いたディディエも笑む。
一方では静夜がウィルフレッドへと頭を下げる。
「申し訳ありません、醜態をお見せしてしまいました‥‥場所もわきまえず刀を抜くとは‥‥私も精進が足りないようです」
自分の心なのに、思い通りにはいかないものですねとため息をつく彼女に、ウィルフレッドは「その想いが嬉しいよ」と告げた。
頬を赤らめる静夜。その後ろではカノンが2人の歌を歌っていたりする。
「いつまでもお二人の邪魔をするのも野暮であろう。そろそろ報告に行こうではないか」
鈴麗がギルドの帰還を促し、残された静夜とウィルフレッドの2人は顔を見合わせると、照れたように笑った。