便りがないのは――?
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■ショートシナリオ
担当:小椋 杏
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月27日〜02月01日
リプレイ公開日:2009年02月03日
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●オープニング
近頃、おばあちゃまの様子がおかしい。
何かの折に物思いに耽り、かと思うと深い深いため息をついて。
見ているこちらが苦しく感じてしまうほど、おばあちゃまの苦しみは深い――ように見える。
だからあたしは思い切って、窓辺に佇むおばあちゃまに尋ねた。
「おばあちゃま。何か心配事‥‥?」
おばあちゃまはあたしをゆっくりと振り返り、静かに三度、瞬きをした。そうして。
「‥‥いやねえ。心配事なんて――」
何かを続けかけて、おばあちゃまは手にした杖の柄を、ぎゅう、と強く握り締めた。微かに目を伏せると、ふう、と小さくため息をつく。
「――いいえ、確かに心配事には違いないわ。ティーラは何もかもお見通しなのね?」
少女のように悪戯っぽく笑って見せたけれど、その瞳にはいつもの輝きはなかった。
「あたしでよかったら――話、聞くけど‥‥?」
おばあちゃまは嬉しそうにあたしを抱き寄せて、静かに話し始めた。
おばあちゃまがあたしくらいの頃に、とても仲のよいお友達がいたこと。
そのお友達は、木こりの青年と劇的な――それこそお芝居みたいに派手な恋に落ちたこと。周囲の反対を押し切り、実家と縁を切ってその人のお嫁さんになったこと。
それでも二人の友情は壊れなかったこと。それからずうっと、月に数回、シフール便でお手紙の遣り取りをしていること――。
「それがね」
おばあちゃまはそう言葉を切ると、思い切ったように続きを話し始めた。
「ここ三か月くらい、お手紙が来ないのよ」
おばあちゃまが言うには、三か月ほど前までは、少なくとも月に一度は手紙が届いていたそうだ。けれどそれが届かなくなって、もしや彼女の身に何かがあったのでは、と心配しているのだそう。
「近頃では何かと物騒な話も聞きますからね。何事もなかったみたいに、案外明日あたりに、ひょっこりお手紙が届くかも知れませんけれど‥‥」
ふふ、っと笑って、けれどやっぱり、おばあちゃまは元気がない。きっとそう思うことで、自分を慰めているのに違いない。
あたしは言葉にする代わりに、思い切りおばあちゃまを抱きしめた。
元気を出して。
――そう、気持ちを込めて。
* * *
「‥‥それで、おばあさまのご友人の消息を確かめて欲しい、と?」
受付係が確かめると、ティーラはこくん、と頷いた。
「その方はね、ご実家とも疎遠だし子宝にも恵まれなく、木こりだったご主人にも先立たれて身よりもなくて、お一人で山の中でひっそりと暮らしているそうなの。お友達といえるのはあたしのおばあ――祖母だけで」
受付係は頷きながら聞いている。
「今まで届いていた便りも届かない――となると、もしかして彼女に何かあったのかしら、って思うのが、当然のことだと思うの。最近祖母は食欲もないみたいで、両親も心配しているの。両親と相談して、それじゃあこちらにお願いしてみましょうか、と言うことになりまして」
「そうでしたか」
「それで――万が一の時には」
ティーラは微かに、喉を上下させた。
「彼女を保護していただくことも、出来ますでしょうか‥‥?」
受付係は頷きを返した。
「その旨もしっかりと伝えておきますから、ご安心ください」
ほっとしたように、ティーラの肩の力が緩む。
「では、ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
深く頭を下げながら、ティーラは言った。
●リプレイ本文
依頼人・ティーラの家の前には馬車が用意され、ティーラとフォンティーニが並んで冒険者たちを待っていた。
「お友達にお手紙を出せない理由‥‥思い付くだけでも色々とありますけれど、天涯孤独の身の上とお聞きしました‥‥心配ですわね」
レラ(ec3983)の言葉にイシュカ・エアシールド(eb3839)も頷きながら
「‥‥本当にご心配なことですよね‥‥」
と口にする。
「お初にお目にかかります。医者のゾーラクと申します。恐れ入りますがシュリーズ様の特徴をお教え頂けますでしょうか?」
ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)に尋ねられ、フォンティーニがおおよその特徴を伝えた。それを踏まえてゾーラクがファンタズムで映像化する。
「まあ、彼女とそっくり。賢そうな目の辺りなど、特に」
その映像を一同もしっかりと目に焼き付ける。
「‥‥シフール便を運ぶシフールの方が襲われているとか行方不明になったとか‥‥そういう事はなかったのでしょうか‥‥?」
「そこまでは、さすがに――」
イシュカの問いに、力なく首を振るフォンティーニ。
「皆様、どうか彼女を――シュリーズをお願いします」
深々と頭を下げるフォンティーニに、ティーラも習う。ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)は連れて来た軍馬に跨り、言った。
「少し調べたい事がありますので、一足先にセラブロンディルで参ります」
フォンティーニたちの見送りを受け、四人は出発したのだった。
深夜に麓の町に到着したジャクリーンは、宿で休み、翌朝から聞き込みを始めた。
まず郵便屋へ。
「シュリーズさんですか?――そういえば近頃、お見かけしませんね」
はっとして言葉を返す受付の女性に、さらに尋ねる。
「では係の者が受け取りに行っていたのではなく、シュリーズ様が御自身で手紙を預けに来ていたのですね?」
「はい」
「最後に会われた時に何か変わった様子はありませんでしたか?」
「――いいえ、特には」
ジャクリーンは礼を述べ事務所を出た。それから市場などを回り、近頃山で狼に襲われ、怪我をした者がいると言う話を聞いた。肝心のシュリーズについては変わった噂もなく、一度宿屋に戻って仲間の到着を待つことにした。
宿屋で落ち合った四人は、得た情報を元に今後の相談をした。
「‥‥麓の町が無事でなによりでした‥‥。‥‥町に異常があればお手紙は出せないでしょうし‥‥と思っていたのです‥‥」
イシュカが呟く。
「でも狼が目撃されているとなると――」
レラが心配そうに言うと、ゾーラクが頷いた。
「狼に襲われて怪我をしている可能性もあるでしょうね」
「‥‥ならず者が占拠している――ということは考えられないかしら?」
ジャクリーンが心配顔で言う。
「‥‥様々な状況を想定して‥‥シュリーズ様のご自宅の付近で偵察をしてはいかがでしょうか‥‥。そのまま伺ったら、シュリーズ様が危険に晒されるかと‥‥」
「そうね。じゃあ――私とイシュカさんで空から偵察しましょう」
イシュカの提案をゾーラクがまとめた。それから馬車を宿に預け、それぞれのペットを連れてシュリーズの住まいへと向かうことにした。
山道を、ゾーラク、レラ、イシュカ、ジャクリーンと続く。先を急いでいると、ペットたちの様子に変化が見られた。
「――狼、でしょうか?」
「おそらく、ね」
レラの不安げな呟きにゾーラクが応じる。
「‥‥まさか襲ってくることはないでしょうが‥‥」
「少し脅かしましょう」
ジャクリーンは言うと先に進み、木立の奥を狙い矢を放った。じっと様子を伺う。どうやら狼は遠ざかったようだ。
やや開けた場所に出たところで、イシュカはフライングブルームに、ゾーラクは空飛ぶ絨毯に乗り、偵察に向かう。ほぼ円形に木が払われた土地の中央に、一軒の家が見えた。しかし温かみの感じられない、物寂しげな佇まいだった。本当に人がいるのだろうか――偵察の二人は思った。
「‥‥ならず者がいるのであれば‥‥暖房くらいは使うはずです‥‥」
イシュカが家の様子を話し終えると、ゾーラクが不安そうな表情で続けた。
「万一の場合も考えないといけないかも――」
その言葉にレラが小さく身震いをする。
四人は急ぎ、玄関の前に立った。
「恐れ入ります、どなたか、いらっしゃいませんか――?」
ノックと共に声をかける。返事はない。四人は互いに頷き合い扉を開けた。
室内の、戸外とほぼ変わらぬような肌寒さに、思考も悪い方へと傾く。まずゾーラクが、続いてジャクリーンとレラが踏み込み、最後のイシュカが扉を閉めた。暖炉にはすっかり小さくなった熾火が見えた。
「――誰かがいるのには違いない、みたいだけど」
「こっちはお台所みたいですね」
向かって右手に進み、間仕切りの奥を覗いたレラが言った。
「じゃあ、こっちが――」
皆の視線が一斉に反対側の扉に向かった。と、その扉が静かに開いた。
「――あなた方は‥‥?」
扉に縋るように立ち、眉を顰めて問うた老女こそ、シュリーズその人だった。ゾーラクがファンタズムで映像化した彼女を、さらに老け込ませたような印象だった。
「‥‥シュリーズ様でいらっしゃいますね‥‥?」
イシュカの問いに彼女は目で頷く。
「実は私たちは、ご友人のフォンティーニ様に依頼されて、こちらまで伺ったのです」
ジャクリーンが、フォンティーニ、という名前を出すと、シュリーズは焦点の定まらない目で天井を仰ぐ。――と、つう、と一筋、涙を零した。
「‥‥‥‥‥‥」
誰もが無言だった。
ゾーラクが診察した結果、やや栄養不良気味だが、病気や怪我の所見はなかった。灯りをつけ暖炉に火を入れ、とりあえずは何か食事を――ということで、イシュカが材料を提供し、薄味のスープを作った。
「――これは?」
見慣れない白い具材にシュリーズが問う。
「‥‥餅と言いまして‥‥大変珍しい食べ物です。‥‥米から作られるのですよ‥‥」
「へえ――」
シュリーズは言葉も少なにスープを食べている。半分ほど食べたところでスプーンを置いて、改めて一同を見回した。
「すっかりご迷惑をおかけしまして。東屋ですが、どうぞごゆっくりお休みくださいまし」
四人はシュリーズの申し出を、ありがたく受けることにした。
「ところで、麓の町で狼の噂を聞いたのですが」
レラが尋ねると、シュリーズは上品に笑った。
「彼らの領域を侵さなければ、むやみに襲われることもないのですよ。何十年もこの山で生きてきたのですもの、共生の知恵はすっかり身についておりますわ」
――そんな風に、雑談には気軽に応じるシュリーズだったが、肝心な話になると言葉を濁す。四人は無理に追及するのを諦め、その夜は早めに休むことにした。
翌日。朝から皆でシュリーズの手伝いをした。
ゾーラクとジャクリーンは買出しに出かけ、イシュカとレラは薪拾いや水汲み、掃除などをした。買出しの二人が戻った頃にはすっかり暗くなっていた。遅くなった夕食の席で、思い切ってレラが言った。
「‥‥よろしければ、私たちと一緒にウィルまで行かれませんか?」
「フォンティーニ様は大変心配なさっていましたし、宜しければ一度お会いになられては如何でしょうか?」
続けてジャクリーンも提案したが、シュリーズはそっと首を振った。
「‥‥それでは、せめてフォンティーニ様へ消息をお知らせする手紙など、預らせて頂けませんか‥‥?」
イシュカの言葉にも、やはりはっきりと返事をしないシュリーズだった。
「‥‥私ももう、長いことはないと思いますのよ」
突然、シュリーズが言った。
「昨年の秋でしたわ。私、驢馬を連れて薪拾いに山に入りましたの。一抱え集めて戻ってみると、驢馬が蹲って動こうとしませんの。彼女も、私と同じく老いておりましたから、寿命だったのでしょうね。長い間私にこき使われて、ほとほと疲れた――というように、眠るように息を引き取りました。その日の朝までは元気だったのに‥‥」
ほう、と小さく息をついて。
「それから、すっかり出かけるのが億劫になって――。いろいろと考えましたの。――私は、本当に幸せだと思っておりますのよ。素晴らしい伴侶を得て――子宝に恵まれなかったのは寂しいことですけれども‥‥フォンティーニにもずっと親しくお付き合いしていただいて、ありがたいと思っておりますの。ただ‥‥彼女と私では、もう何もかもが違ってしまって――」
その言葉の先を続けようかどうか、彼女は少し、迷ったようだ。そして。
「――今まで親しくしてきたからこそ、もう、そっとしておいて欲しいのです。‥‥なんて、お若い方たちには、きっと解らないでしょうね――」
シュリーズはどこか諦めたような表情で語った。まるで影のようにシュリーズにつきまとう、言いようのない寂しさ――。それを知らせないのもまた、親しい友人故の気遣いなのだろうか。――彼女は静かに笑むと、寝室へと下がったのだった。
翌朝早く、帰り支度をしている四人に、シュリーズが二通の手紙を差し出した。
「これを――、お願いできまして? こちらはフォンティーニに、それからこちらは町のシフール郵便屋に」
フォンティーニには無事を知らせる手紙、そして馴染みのシフールには、月に一度ほど、手紙を受け取りに来て欲しいと頼む手紙だった。
「これで万が一の時にも、フォンティーニに知らせが届くでしょう?」
「ええ、それなら安心だと思います」
レラがにっこりと頷いたにも関わらず、やはりどこかシュリーズの表情は暗かった。
「大変お世話になって、ありがとうございました。フォンティーニにくれぐれもよろしくと、お伝えいただけますかしら?」
「もちろんですとも」
ゾーラクが応え、四人はシュリーズの家を後にした。
依頼は無事に果たせたと言えるだろう。おそらくフォンティーニも安心するに違いない。しかしどこかすっきりとしないものが、それぞれの心に残ったのだった。