想い人はいずこ?

■ショートシナリオ


担当:小椋 杏

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 99 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月04日〜02月07日

リプレイ公開日:2009年02月10日

●オープニング

 はあ、っと大きなため息をついたのは、同部屋のセアラ。
「――――――はあ‥‥っ」
 再びため息。そしてもう一度――。どこか遠くを見つめて繰り返しため息をつく同僚を、リュカは髪を梳きながら、横目でちらちらと見ていた。
「――――――はあ‥‥っ」
 それが四度も続けば、さすがのリュカも不審に思う。
 思って――思い切って、尋ねた。
「‥‥セアラ、どうかしたの?」
 当のセアラは、声をかけられたことにも気がついていない模様で。
「ねえ、セアラ――? セアラったら!」
 僅かに声を高くされて初めて、セアラはリュカを振り返ったのだった。
「あ――――――、ごめん、何?」
「ため息ばっかりなんだもの、どうかしたのかと思って」
 髪を梳き終え、真っ直ぐにセアラに向き直ったリュカが言うと、セアラはどこかばつの悪そうな表情を浮かべる。
「‥‥リュカにそんな心配されるなんて、ちょっと意外、かも」
 遠慮のないセアラの科白に、リュカは怒る――どころか、きょとん、としてセアラを見つめ返していた。
「意外? どうして?」
 瞳をくりくりとさせて問い返すリュカに、セアラは思わず苦笑い。
「それで、どうかしたの? どこか具合でも悪いの?」
「具合が悪い――か。うん、そうなの、かも」
「えっ?! そうなのっ?! 大丈夫? 何ならお休みを――」
 畳み掛けるリュカに、セアラは再び苦笑した。
「いやあね。そういうんじゃないったら」
 そうは言ったものの、その先をどう続けるべきか――セアラは逡巡する。
「――ねえ、リュカ。リュカは――――――」
 セアラの言葉を真剣な面持ちで待つリュカに、セアラは思い切って、言う。
「‥‥好きな人って、いる?」

「――好きな人――?」
 問い返すリュカに、セアラは少し恥ずかしそうにこくん、と頷いた。
「ほら、このお屋敷にも出入りしているでしょ? 宝石商のパリオさん」
 言われてリュカは記憶を手繰るが――うまくいかなかった。第一宝石商が出入りしていることすら、リュカは知らなかった。
「そのパリオさんが、セアラの好きな人、なの?」
「やだ、違うわよ。パリオさんが、護衛として雇ったって言うステキな人がいてね、顔を合わせれば挨拶もお話もするようになってて、次に会ったら絶対お名前を伺おう、って決めてたんだけど――」
 そこでセアラの表情が曇った。
「その人――突然辞めちゃったんだって」
「――それじゃあ、もうその人には会えないってこと?」
「そういうこと――かなあ? パリオさんの話では、ギルドを通じて紹介してもらったらしいんだけど」
 そこでまた、セアラはため息をついた。リュカはぴん、と閃いた。
「なら、ギルドに行ってみたら? きっとすぐに見つかるわよ」
「――もう行ってみたわ。この前のお休みのときに。そうしたら、ねえ‥‥そんな話は聞いたこともありません、って」
「‥‥どういうこと?」
「――さあ? よく解んないわ。ただギルドの受付さんが言うには、宝石商から護衛の依頼は度々あるけれど、そんな名前の宝石商から依頼を受けたことはない、って、はっきり言われたの。だからもう、絶望的――かな」
 ため息も出ちゃうわよ――ため息混じりにセアラはそう呟いて、立ち上がるとベッドに潜り込んだ。
「‥‥でも、ありがとうね、リュカ。話を聞いてもらえただけでも、ちょっとすっきりした。――んじゃあ、おやすみ」
「ん。おやすみなさい」
 リュカもそう返すと、ベッドに入った。入ったけれど――胸の辺りがもやもやした。



「ですから、そのような方から護衛の依頼を受けたことはないんですよ。ご記憶違いではないですか?」
 困惑気味の受付嬢にそう言われると、リュカには返す言葉がない。ご記憶も何も――自分自身がパリオという宝石商と顔見知りな訳ではないし、そもそもパリオのことすら知らないのだから。隣に座るセアラは、半分以上諦めたような顔つきで黙って座っていた。
「‥‥あの――、横槍、よろしいですか?」
 似たような遣り取りを繰り返すばかりで進展のないリュカたちの様子を見かねて、そう声をかけたのは、以前リュカからの依頼を受けたことのある、受付係だった。
「それならば、こういう依頼をしてみてはどうでしょう? 宝石商のパリオ氏の護衛をしていたらしい人物を探してくれ――と」
「――そんな漠然とした依頼、通ります?」
 リュカとセアラよりも先に受付嬢が言った。
「ギルド――と言っても、ギルドはここだけではありませんからね。宝石商なら商人ギルドへの出入りが普通でしょうから、もしかするとそちらの伝手で護衛を頼まれたのかも知れないですからね。まさか貴族のお屋敷に出入りするような宝石商が、身分その他を偽っていることなどもないでしょう」
 ――盗賊の類が商人に化けていれば話は別ですが――とは思っても口には出さない受付係だった。
「何もしないで諦めるよりはいいかと思うのですが。どうでしょう?」
 問われてリュカはセアラを見た。セアラはこくん、と頷いた。
「では、そういうことで。依頼書、作って差し上げてくださいね」
 私は忙しいので、これで――と、颯爽と去っていく受付係。受付嬢は軽く肩を竦めると、改めて二人に確かめる。
「それでは――宝石商パリオ氏の護衛をしていた人物を探して欲しい、と言うことで、よろしいですね?」
 リュカとセアラは視線を交わし「はい!」としっかりと頷いたのだった。

●今回の参加者

 eb4333 エリーシャ・メロウ(31歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4402 リール・アルシャス(44歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec5004 ミーティア・サラト(29歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

 想い人を探して――という切ない依頼を聞き入れ、エリーシャ・メロウ(eb4333)、リール・アルシャス(eb4402)、ミーティア・サラト(ec5004)の三人は、依頼人の元へと向かった。
「お久し振りね、リュカさん。元気そうで何よりね」
 ミーティアにそう声をかけられて、リュカの表情がぱっと明るくなった。
「名前も、まだ都にいるかも不明‥‥中々に難しい話ですが、冒険者ギルドはこういった漠然とした話の最後の引受けどころでもあります。確約は出来ませんが全力を尽くしましょう」
「一歩踏み出そうとした所、想い人と会えなくなるとは、辛いな。何とか見つけよう」
 エリーシャとリールの言葉に、セアラの表情もなんとか明るくなる。
「ところでセアラさん、上手く見つけた時はどうしたらいいかしらね? 居場所だけ調べてご自分で会いに行く? それとも貴女が会いたがっているという事を伝える方がいい?」
 戸惑う様子のセアラに、エリーシャが言った。
「セアラ殿は字は書けますか? 三日間では身元が判っても会えるとは限りませんから、手紙を住まいに残したり知り合いに託すのも手段です。代筆しても構いませんし、先方が読めずとも代書屋もありますから」
「それでは――代書屋さんに、お手紙を書いてもらうことにします」
 セアラの考えを確かめた上で、三人はまず二人が仕える屋敷へと向かった。ノートランド夫人と女中頭のネディールに会い、パリオと護衛の特徴を聞く。それを元にリールが用意してきた羊皮紙に似顔絵を描いた。さらにリールは同じ絵を別の羊皮紙にも描き、エリーシャとミーティアに配った。


 三人が真っ先に向かったのは商人ギルド。似顔絵を見せるとすぐに幾人かが、ああ――と声を上げた。
「パリオさんですねえ。ええ、こちらに属していますよ。行商人なので、滅多に顔を見せませんが」
 そこに別の商人が割って入る。
「パリオなら、ここよりも酒場にいることが多いよ」
「そうでしたか。ちなみに、こちらの方をご存知でしょうか?」
 エリーシャが護衛の似顔絵を見せると、その場に居合わせた者たちは、示し合わせたように揃って首を傾げた。
「いやぁ‥‥知らないなあ」
「見覚えがないね」
 三人はやや落胆し、商人ギルドを出た。


 酒場が開くまでしばらく時間があるので、先に傭兵ギルドに立ち寄ることにした。まずギルド職員に声をかける。
「さあ‥‥? このような方には見覚えがありませんが‥‥」
 数人の職員に聞き回るも、結果は全て同じだった。続いてギルドに属している傭兵達にも声をかけるが――全て空振り。
「誰も知らないということは、こちらへの出入りはないようだな」
 リールが残念そうに言うと、エリーシャも頷いた。
「手がかりはこの似顔絵だけですから。根気よく聞き込むしかないでしょう」
「そろそろ酒場が開く頃ね。行ってみましょうか」
 ミーティアが言って、三人は酒場へと向かうのだった。


「おお、よく描けてるなァ」
 酒場に着いて早々に、一人の男が杯を片手に似顔絵を覗き込み、言った。
「パリオさんをご存知で?」
「ご存知も何も。呑み友達ってヤツだ」
 男はがははと笑った。
「あいつぁ里に家族がいるんでね、だから行商なのさ」
「はあ、そうでしたか。今はどちらにいらっしゃるか、ご存知ですか?」
 所在を尋ねると、男は事も無げに答えた。
「一昨日――だったかなあ、発ったのは。いつもの仕入れさ」
 がっかりしている暇はない。続けて護衛の似顔絵を出す。
「あ。こいつ、たまにパリオと呑んでたな」
「ああ。護衛だったのか?」
「そんな強そうには見えなかったけどな」
 遅くまで粘ったが、似顔絵の人物がパリオの護衛だったことは解っても、名前や住まいまでは解らず終いだった。



 調査二日目。
 三人は夕方には町の食堂で落ち合うことにし、手分けして聞き込みに回った。


 貴族街の東側を回るのはエリーシャだ。パリオとその護衛を見た――という話は、あちこちの屋敷から聞かれたものの、肝心なことはほとんど解らない。パリオは知っていても、護衛の名前まで知る人間はなく。そんな中、ある屋敷の使用人が言った。
「この女の人、何とかって宝石商の護衛をしていた人ですよね?」
「――女の人?」
 実は最初に話を聞いたときに、エリーシャの頭に浮かんだのがそれだった。自分と似たような外見から、もしや男装した女性なのでは? と。それで似顔絵の人物を男性とは限定せず、聞き込みをしていたのだった。
「確かですか?」
 その問いに、使用人は少し不安そうな表情で。
「いえ――あの、声を聞いて女の人と思っただけですが、多分」
 エリーシャはしばし言葉を失った。不審そうに見つめられていることに気がついて、改めて礼を言い、さらに聞き込みに回る。


 貴族街の西側を受け持ったリールも、やはり多数の情報を得ていた。ただ「当たり」と言えるものは、ある屋敷で、初老の女主人から聞いた話のみ。女主人は似顔絵を見て直ぐに言ったのだった。
「あら、この方。パリオさんの護衛の」
「ご存知ですか!」
 思わず力が入った。
「近々里帰りするんだと、嬉しそうに話してらしたわ」
「里帰り――」
「ええ。もうじきお母様のお誕生日だから、って」
 女主人の楽しそうな表情から、その人物に好感を持っていたことは解った。
 思うように情報が集まらないことに焦りつつ、落ち合う時間までは――と、根気よく聞き込みを続けるリールだった。


 ミーティアは朝から鍛冶師ギルドの同業者を順に尋ねて回った。午後一番に尋ねた鍛冶屋で、店主は似顔絵をじっと見て。
「確か、これを預けて行った人だよ。名前は――そう、リカリアさんだ」
 店の奥から持ってきた短剣と、その柄に括られた木片を見ながら話す店主に、ミーティアは重ねて尋ねた。
「――ということは、女性ですか?」
「うん、そうだよ。近々これを取りに来るはずだけどね」
「その短剣、わたしに届けさせていただけませんか?」
 絶対にご迷惑はおかけしませんから――と、ミーティアは根気よく彼を説得し、何とか信用を勝ち取ると、短剣を預かり店を出たのだった。


 合流した三人は、手に入れた情報を整理した。
「――女性だったのか。そうは聞かなかったが」
 二人の話を聞き、信じられない、という表情を浮かべるリール。
「いずれにしても、リカリアさんを訪ねてみれば、きっとはっきりするわね」
 ミーティアが言うと、エリーシャも頷いて。
「とにかく明日、先方へ伺ってみましょう」
 そこに話は落ち着いて、その日の調査を終えることにしたのだった。



 調査三日目。
 三人はまず、セアラを訪ね手紙を預かると、その足でリカリアの住まいを訪ねた。
「リカリアさん――ですね?」
 女性が頷いた。確かに似顔絵とよく似ている。ミーティアが鍛冶屋から預かった短剣を差し出す。
「こちらは、貴女が手入れを頼まれたものですよね?」
「ええ、そうよ。明日にでも取りに行こうと思っていたんだけど――」
 少し警戒したように硬い表情を浮かべるリカリア。無理もない。
「実は貴女を探している方がいらっしゃいまして」
 リールが口を開く。リカリアは不思議そうに首を傾げた。
「宝石商のパリオさんの、護衛をされていましたよね?」
 エリーシャが問うと、リカリアはああ、と頷く。
「それは弟のことね」
「弟――?!」
 驚いて声を上げた三人に、リカリアは笑った。
「双子の弟なの。マクリムって言ってね、今でもたまに間違えられるのよ」


 訪問の理由を知ると、リカリアは三人を家へと招き入れ、茶を振舞った。
「弟にそんな人がねえ――。お見合いの席なんて設けるんじゃなかったわね」
 リカリアも茶を一口飲んでから、話を続ける。
 ――傭兵ギルドに登録してもらおうと出かけたマクリムと、護衛を探しに来ていたパリオが、たまたま居合わせたことがきっかけで、マクリムはパリオの護衛として雇われることになったそうだ。金が貯まるまで――という約束で。
「お金も貯まったし、改めて辞めます、って言ったら、そんな突然――って驚いたんですって、パリオさんは。あの人って案外、抜けてるのよねえ」
 リカリアは悪戯っぽく笑う。
「それは、どういう――」
 リールの言葉に、リカリアはさらに笑いながら。
「あたし、マクリムのふりをして、何度か護衛をしたことがあるの。もちろんマクリムに頼まれたからよ。でも、ばれなかったから」
 その答えに驚いて、言葉もなく三人は顔を見合わせた。
「ところで、お見合い――と言うのは?」
 心配顔でリールが確かめると。
「知り合いに紹介してくれって頼まれて。母の誕生日は本当だけど、それにかこつけて強引に里帰りさせた、って訳。先方の顔もあるから、断り切れなかったみたい。でもマクリムにはそんな気ないと思うわ。だって、しばらく骨休めしたら、またウィルに戻るって言ってたもの」
 その話に、三人は心からほっとしたように視線を交し合ったのだった。セアラからの手紙をリカリアに託すと、丁寧に礼を言ってその場を後にしたのだった。


 その帰り道。三人はリュカとセアラの元に立ち寄った。
「マクリムさんは、またウィルへ戻られるそうですよ。手紙もしっかり、預けてきましたので」
 リカリアの住まいでの出来事をエリーシャが細かに報告した。
「今後は――まあ、彼とセアラさん次第、ってことね」
 ミーティアが微笑みながら言い。
「セアラ殿、リュカ殿も我々も応援しているぞ!」
 ぐっ、と強くセアラの手を握り締めるリール。
「はい。がんばって、みます。ありがとうございました」
 セアラは深く頭を下げた。
「よかったね、セアラ。相手がちゃんと見つかって。やっぱり冒険者さん、って、すごいわ」
 帰っていく三人を見送るリュカの瞳は、きらきらと輝いている。そこに現れる文字は『尊敬』の二文字。
 リュカの脳裏には完全に『探しものなら冒険者ギルド』という図式が出来上がっている――かも知れない。