【バレンタイン】マリちゃんのバレンタイン

■ショートシナリオ


担当:小椋 杏

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 99 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月12日〜02月15日

リプレイ公開日:2009年02月20日

●オープニング

 天界では、この時期『バレンタイン・デー』なるお祭りがあるらしい。
 大事な人とカードやお菓子を贈り合うのだとか。
 アトランティスの人々は、お祭りが好きである。『バレンタイン』の噂を聞いた耳の早い人の間では、早くもそれに倣おう――と、お菓子を作ったり、カードを用意したりしている様子。読み書きが出来ない人は、代書屋に頼むやら絵を描くやら。アトランティス風に細部が変更された『バレンタイン』は、派手ではないがそこかしこに浸透しているようで。
 そしてその余波で、思いがけず忙しい思いをしているのが、手紙を届けるシフールたちである――。


 ティオリオも、『思いがけず忙しい思い』をしているシフールの一人だった。
 商売繁盛はいいことだけど――
「ああああああもうっっっ! おいら頭がこんがらがりそうだよう〜」
 本日十二通目の手紙を届け終え(もちろん、配達しているのは『バレンタイン』のカードだけではない)、そうぼやきつつ次の配達先を確認し、ひゅーんと飛び始めた、その時だった。
「ティオりーん!」
 呼ばれて、辺りをきょろきょろと見回す。他の人間に声をかけられようものなら、「仕事のジャマだいっ」と無視を決め込むところなのだが。この呼び方。この声。ティオリオには無視なんて出来ない。それどころか、忙しさで強張っていた表情が、でろーんと緩むのが、自分でもよく解った。
「ティオりん! よかった〜、みつかって」
 マリこまってたの〜、と、あまり困ってもいないような言い方に、けれどティオリオはめろめろだった。
「マリちゃん! どうしたのさ?――っていうか、ひとり?」
「うんっ!」
 マリ――本名はマリアルディアという。もうすぐ五歳になる――は、元気に頷く。
「あのね、あのね。ティオりんに、おねがいがあるの〜」
「お願い?」
 こくんと頷いて、マリは話を続けた。
「あのね。ばれんたいんって、しってる? マリね、ばれんたいんに、おてがみをだしたいひとがいるの。それでね、ティオりんに、とどけてもらいたいの」
 バレンタインに手紙――と聞いて、ティオリオは軽い眩暈を覚えた。マリちゃんが――マリちゃんが。
「‥‥相手は、誰?」
 ショックをひた隠し、ティオリオは尋ねた。にこにこと屈託のない笑顔で、答えるマリ。
「ええとね、ソユールおにいちゃん!」
 答えを聞いて、ティオリオは少しほっとしていた。ソユールはマリの、年の離れた兄である。少し優しすぎる感はあるが、とても気のいい青年だ。
「‥‥って、マリちゃん。ソユール兄ちゃんにお手紙出すんなら、別においらが運ばなくても――」
 自分で渡せばいいんじゃないの?――と、続けることは出来なかった。なぜならマリは、その科白の途中から顔をくしゃくしゃにして、瞳からは今にも涙が溢れそうになったからである。
「ごめんごめん、解ったよ、マリちゃん。おいらが届けるから――」
「ほんと?!」
 もう笑っている。ティオリオはそっとため息をついて。
「で? もうお手紙は書いたの?」
「ううん。だってマリちゃん、じがかけないの〜」
「‥‥‥‥‥‥えっと。じゃあ、どうするの、かなあ?」
「う〜ん、どうしたらいいのかなあ?」
「‥‥‥‥‥‥」

 ――そんなわけで。

 シフールと幼女という、やや変わった取り合わせが冒険者ギルドにやって来たのは、そのすぐあとのことだった。
「あの‥‥‥‥‥‥それでは、どうしましょうか。バレンタインのカードを作るお手伝いをして欲しいと――そういうことでよろしいのでしょうか?」
 困惑気味に問い返す受付嬢に、マリはうんっ、と元気に頷いた。
「うんとね、マリちゃんね、ソユールおにいちゃんのおかおをかいてね、おにいちゃんだいすき、ってかきたいの」
「‥‥‥‥‥‥はあ」
 ――それくらいなら、ご家族にお願いすればいいんじゃないですか。
 ひそひそとティオリオに確かめる受付嬢に。
 ――家族にも内緒にしたいって言うんだもん、しょうがないでしょっ。
 これまたひそひそとティオリオが返事をして。
「それからね。おかしもつくるの! おにいちゃんはね、やきがしがだいすきなの〜」
「――――――んんっ?! お菓子も作るんだったのっ?!」
「うんっ♪」
 にこにこと満面の笑みを浮かべるマリ。ティオリオは苦笑いにため息をおり混ぜて。
「‥‥‥‥‥‥それもお願いできるかなぁ?」
「‥‥‥‥‥‥は――はあ。では、カード作りとお菓子作りのお手伝い、ですね?」
「うんっ」
 元気いっぱいに頷くマリ。受付嬢はマリに笑いかけて、さらさらとペンを動かし始める。はたと何かに気がついたように、受付嬢の手が止まった。
「ご家族にも内緒――となると、どこでお作りになるんでしょう?」
「あ――――――。どこだろ‥‥? ね、マリちゃん、どこで作ろう?」
「おうちじゃだめなの。ないしょにして、みんなをびっくりさせちゃうんだもん!」
「いや、それは解ってるんだけどさ。‥‥それも頼めるのかな?」
「‥‥‥‥‥‥駄目で元々、でしょうか。依頼書に書いておきますね‥‥」
「おねがいします!」
 ティオリオと受付嬢の苦悩を知ってか知らずか、マリはやや真剣な表情で、ぺこんと頭を下げたのだった。

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1466 倉城 響(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb4750 ルスト・リカルム(35歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ec1984 ラマーデ・エムイ(27歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

 依頼を受けた冒険者の一人・倉城響(ea1466)の棲家にて――
 ティオリオと共にやって来たマリに、しゃがみこんで視線を合わせる響。
「倉城といいます。今回は宜しくお願いしますね♪」
「ルストよ。よろしくね」
「こんにちはマリちゃん。おねーさんはラマーデって言うのよ。よろしくね☆」
 ルスト・リカルム(eb4750)、ラマーデ・エムイ(ec1984)も自己紹介。
「こんにちは。マリちゃんですっ。よろしくおねがいしますっ」
 ぺこりと頭を下げるマリを、優しく見つめる面々。
「バレンタインデーに大好きなおにいちゃんに似顔絵とお菓子のプレゼントかあ‥‥うん、ほほえましいねえ」
 アシュレー・ウォルサム(ea0244)がにこにこしている。
 ティオリオが布袋を差し出しながら言った。
「そいじゃおいらは仕事があるから‥‥、必要な物は、これで。適当な時間に迎えに来るんで、よろしくお願いします。じゃ、頑張ってね、マリちゃん」
「うんっ!」
 マリは元気に返事をして、仕事へ向かうティオリオを見送った。


 マリの希望から、作るお菓子はクッキーと決めてあった。材料の他、包装用の布袋にリボン、カードにする木片を買いに市場へと向かう。必要な材料と、失敗しても作り直せるように五枚の木片を購入したところで、ティオリオに預かった金はほぼ底をついた。
 買い物を終え響の棲家に戻ると、早速お菓子作りに取りかかる。
 とは言っても、今日はマリに教えながらの試作品作りだ。
「せっかくだから、これをつけてね」
 そう言ってアシュレーがマリにつけたのは、ふりふりエプロン。
「わあ。かわいい〜〜」
 ご満悦のマリ。さらに自分もエプロンをつけて
「さあ、レッツクッキング♪」
 気合充分だ。
 響とルストも並んでお菓子作りのお手伝い。小麦粉をふるい、卵、ミルク、蜂蜜を混ぜ、こねる。料理が得意ではないラマーデは、見学だ。
「ま〜ぜま〜ぜ、たのしいな♪」
 ばふばふと小麦粉が舞うのも構わず、大胆に手を動かすマリ。
「上手だね。そうそう、その調子」
 アシュレーが褒めてマリのやる気を高める。しかし程なくマリの手が止まった。
「あのね〜マリちゃんね〜、おててがつかれちゃったの‥‥」
「料理は愛情だからね、しっかり思いをこめて一手間一手間惜しまず作るのがコツだよ」
 アシュレーが励ます。
「それに、お兄ちゃんにおいしいクッキー、食べてもらいたいわよね?」
 ルストが言うと、静かにこくりと頷いて。
「じゃあ、少し休んで、それからまた頑張りましょう」
 響の言葉に、マリは黙って頷き、再びこね始めた。
 その間、ルストは釜の火を調節し、響は焼き上がりを待つ間にマリを風呂に入れるべく、その準備を始めた。
 アシュレーの手助けもあって生地がこねあがった。次は成形。
「どんな形にしようか?」
「んっとね、ひよこさん!」
「工作ならあたしも得意よ」
 ラマーデも参加し、色んな形のクッキーが出来た。天板に並べ、ルストが調整した火加減を、アシュレーが確かめる。
「火の具合はいいね。じゃあ、焼いてみよう」
「どうやってやくの? ここにいれるの?」
 ためらいなく釜に手を伸ばしたマリが、ひゃっと悲鳴を上げた。
「あついよう〜〜〜」
 指先を火傷したらしい。すかさずルストがしゃがみこんでマリの手を取ると、リカバーをかけた。
「‥‥どう? 痛いの消えたかしら?」
「うん! おねーさんすごいねー。ありがとう!」
 すぐに笑顔に戻った。
「火は熱いから気をつけましょうね。焼くのは私達がちゃんとしますからね」
 響が優しく叱ると、マリは素直にうん、と頷いた。
「少し汚れたので、お風呂入りましょうか?」
「うんっ、はいるの!」
 マリは響と一緒に、とたとたと風呂場へと向かった。


「それにしても――見事に汚れたわね」
 響がマリを連れて行った後、キッチンの惨状にルストが小さく息をつく。風呂場から届く、きゃっきゃと楽しそうなマリの声を聞きつつ、掃除に励む三人。
「今日は試作よね? ってことは、本番もこうなる、ってことよね」
「それも仕方ないんじゃない? よく頑張ってるし」
「カード作りのときも、気をつけてあげなくちゃね」
 ルストの呟きに応じるアシュレーとラマーデ。
 やがて――クッキーの焼ける甘くて香ばしい匂いが辺りに漂って。
「楽しみだね。うまく出来てるかな」
 心から楽しそうに言うアシュレーだった。


 マリと響が風呂から上がり、頃よくクッキーも焼き上がり。試作品なので、皆で試食してみる。
「マリちゃんが作ったひよこさん! いただきまーすっ!」
 さくり。
「おいし〜〜〜〜〜♪」
 満面の笑みでマリが言って。四人も次々に手を伸ばした。
「うん、これなら」
「上出来上出来♪」
「おいしいわね」
「もっとたくさん作ってもいいですね」
 そんな風に楽しい試食が続いた。


「どうだった? マリちゃん」
 迎えに来たティオリオに、マリは笑顔で頷き返した。ルストは無言でティオリオの肩をぽむり。
「いやね。大変よね、と思って」
「んー‥‥まあ。でも、いいんだ」
 健気なティオリオだった。マリは「またあしたね〜」と手を振って、ティオリオに連れられて帰って行った。


 翌日。今日は似顔絵入りカード作り。
「マリちゃんはお兄ちゃんの事が大好きなのねー。よーし、おねーさん達と一緒に頑張ろっか!」
 絵を描く道具や絵具はラマーデが用意した。マリにはふりふりエプロンをつけさせる。教えるのはラマーデとアシュレーだ。
「お兄ちゃんはどんな顔かな?」
「んーっとねえ、とってもかっこいいの」
「そう。髪は何色‥‥?」
 二人が声をかけ、楽しそうにお絵描きに励むマリ。その様子を響とルストが見守る。
「こういう風にすると、上手にできるよ」
 アシュレーが筆の使い方を教え、それを真似てどんどん描いていく。
「あ‥‥‥‥‥‥。マリちゃん、まちがえちゃったのー」
 半分べそをかきながらマリがラマーデに助けを求める。
「うん? そうかな、おねーさんは上手に描けてると思うわよ」
 マリはぶんぶんと首を振った。
「このいろじゃなかったの‥‥」
「そっか‥‥。それじゃ、こっちに描いてみよう」
 ――そんなことを繰り返しつつ、使った木片は三枚に。やっとマリが納得するものが描け、メッセージはラマーデが代わりに書き入れた。
「出来た! お兄ちゃん、かっこいいのねー」
 ラマーデがマリの頭を撫でながら言うと、マリはえへへー、と照れ笑い。
「ねぇマリちゃん。ティオりんのお顔も描いてあげたらきっと喜ぶわよー?」
 カードを作り上げ満足そうなマリに、こっそりラマーデが耳打ちすると、マリはうん、と頷いて、新しい木片にティオリオの似顔絵を描き始める。
「上手ね」
「本当」
 ルストと響にも褒められ、マリはまたも照れくさそう。
「じゃあ、メッセージはどうする?」
「ティオりんだいすき。ありがとう、って」
「解ったわ。ティオりん、だいすき、ありがとう――マリより、と――」
 出来上がったカードは、念のため一晩響の棲家で預り、完全に乾かすことにした。忙しいティオリオが仕事の合間に迎えに来るのを待ち、やがてマリは、ティオリオと共に帰った。


 バレンタイン、当日。
 勝負は今日――である。
「よし! 今日も頑張ろうね」
「うん!」
 皆に声をかけられて、一段と気合が入るマリ。マリと一緒に響も小麦粉をふるいにかけ始めた。響の旦那様や、友人達に配る分をこっそり作ろうと思ったのだが――その目論見はルストとアシュレーにあっさり見破られた。
「でもまあ、いいんじゃない?」
 今日のマリは、一昨日とは様子が違う。楽しそうではあるものの、表情は真剣そのもの。そして一番の違いはすぐに「つかれた」だの「できない」だのと言わないこと。
 皆で協力して成形まで終わらせたクッキーは、一度に焼き切れないほど。最初に焼く分を釜に入れ、響がマリを風呂に入れている間に、三人で掃除を終わらせておく。
 二人が風呂から上がってからも、残りを次々に焼いて行った。冷めて完成したクッキーから布袋に詰め、リボンをかけて――。
 可愛らしく包装されたクッキーの、出来上がり。
「やったあ。できたの〜!」
 マリが満足そうに言った。焼いている間に形が崩れたり、焼け方にムラがあるものは、皆でおいしく食べて、ティオリオの迎えを待った。
「マリちゃーん。迎えに来たよ」
 やって来たティオリオに、似顔絵入りカードを渡す。
「すごい! よく頑張ったね〜。じゃあ――帰ろうか」
 ティオリオに促され、マリは立ち上がった。玄関で見送る四人をくるりと振り返ると、ぺこりと頭を下げた。
「おにーさん、おねーさん、ありがとう!」


 嬉しそうなマリの後姿を見送って、ソユールの喜ぶ姿を直接見られないのを残念に思う四人だった。
「これ、忘れ物?」
 そう言ってルストが手にしたのは、ティオリオの似顔絵入りカード。
「あ‥‥」
「帰りにシフール便に頼んで行きましょ♪」
「それじゃ、お疲れー。響、ありがとうね」
「いいえ、こちらこそ。便乗させていただきましたから」
 四人は口々に言うと、そこで解散したのだった。



 ――マリの帰宅後。
 ティオリオが改めてソユールにカードを届けに来て、マリがクッキーを手渡した。ソユールは驚きつつも、喜んでそれを受け取った。三日間の経緯を知ったマリの両親は驚いて、ティオリオと、見ず知らずの冒険者たちにしきりに感謝するのだった。
「それじゃあ、マリちゃん、またね!」
「うん、またね、ティオりん!」
 マリに手を振り、家に帰るティオリオ。
(「‥‥それにしても、ああ――疲れたぁ」)
 へとへとに疲れて、報われないような気がした。けれど、マリの笑顔が見られたんだもん、よかった、ってことにしておこう――そう、自分を慰めるティオリオだった。


 その時はまだ、ティオリオは知らなかった。
 疲れも吹き飛んじゃうような思いがけない贈り物が、彼を待っていることに――。