水精霊を祀って
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■ショートシナリオ
担当:小椋 杏
対応レベル:8〜14lv
難易度:易しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月23日〜02月28日
リプレイ公開日:2009年03月03日
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●オープニング
冒険者ギルドにやって来たルアンは、にこやかな笑顔の受付係に迎えられた。
「今回はお世話になりまして、本当に助かりました」
おかげ様で、無事に道は通じました――と、ルアンは深々と頭を下げる。
「いえいえ、それも依頼を受けた皆様のお力ですから。私共は、単なる仲介役に過ぎません」
受付係はそつなく答え、ルアンが顔を上げるのを待った。
「それで――またお願いがあるのですが」
「はい、何でしょうか?」
「実は――」
ルアンは、集落の長・タヒムの言葉を思い出しつつ、話を続ける。
「僕達の集落では、いつもならもう水精霊様の祀りのための準備も、祀りそのものも終えている時期なのです。今年は思いがけない長雨で、さらに土砂災害も起きてしまって、祀りまでも遅れてしまいました」
受付係はええ――、はい――、と、適度な相槌を打ちつつ青年の話に聞き入った。
「ですから、一日でも早く祀りを行うため、準備を手伝ってくださる方がいらっしゃらないかと――」
「準備とは、具体的には何を?」
「夜通し焚くための香木を集めることと、祭壇の清掃です」
「ほう」
受付係はそう声をあげ、思わず尋ねていた。
「精霊様を祀るために、香木を焚くのですか」
彼は仕事上、様々な儀式や祭祀には詳しい――という自負があったが、香木を焚く、というのは初めて聞いた。ルアンはそれが当然だと思っていたので、受付係の反応に逆に驚いたくらいだ。
「僕達の集落では、ずっとそうしてきたそうです。その香木も、一月ほどかけて少しずつ集め、乾燥させて使うのですが――今年は雨で湿気ているので、火を焚いた小屋で乾かして使うことになりそうです。それで精霊様に満足してもらえるかは解りませんが、精一杯、出来る限りのことをしよう、と。こうしている間にも、集落では香木集めをしていることでしょうが、とにかく時間が足りません。少しでも人手も多い方が助かります。それで――」
「協力者を募ろう――と。そういうことですね?」
「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
●リプレイ本文
水精霊を祀るための香木集めと、祭壇の清掃――冒険者の手を煩わせることもないような、そんな依頼。
しかしその集落の人々にとっては切実な願いだった。その願いを叶えようと集まった冒険者たち。
「初めましてだね。私、フォーレ。よろしくね♪」
にっこり笑顔で挨拶したフォーレ・ネーヴ(eb2093)に、ルアンは丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「今頃集落の方々は、作業を進めているのでしょうね?」
リュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)に尋ねられ、ルアンはええ、おそらく、と控えめに答える。続けてルスト・リカルム(eb4750)が聞いた。
「どんな形でお手伝いすればいいのかしら?」
「長のタヒムの判断ですが、たぶん、一緒に作業してもらえれば、それで」
「現地に着いたら、しっかり打ち合わせしましょう」
アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)の言葉に、ルアンはありがとうございます、と深く頭を下げるのだった。
辺りが薄闇に包まれる頃、一向は集落に到着した。空からぽたりぽたりと大粒の雨が落ちてきたのと、ちょうど同じ頃だった。
「遠いところをよくぞ‥‥助かります」
出迎えに居並んだ集落の人々の、先頭に立ってそう言ったのは、長のタヒム。
「ご面倒な願いを聞き届けてくださり、ありがたいことです」
「出来る限りお手伝いさせていただきます」
「皆さん、よろしくね」
一通り挨拶を交わした後、タヒムが言った。
「明日からに備え、今夜はどうぞ、ごゆっくりなさって下さい」
翌日は、朝から雨だった。
「濡れると余計に冷えますから、身支度はしっかりお願いしますぞ」
出発前にそう声をかけられ、冒険者たちはそれぞれに防寒着を着込んだ。
香木集めは、森へ向かう人々を三組に分けて行っていた。その他の残った者たちで小屋に火を焚き、香木を乾かす作業に就く。
「私は小屋の番をしましょう。暑い中の作業で万一体調を崩されても、対応できますし」
ルストが申し出て、アレクセイ、フォーレ、リュドミラの三人は香木集めに加わることになった。
「その香木は、焚かなくても特別な香りがするものでしょうか?」
アレクセイが尋ねた。
「アーシャに‥‥いや、私の飼っている忍犬ですが、香りを覚えさせれば探す手助けになるかと思いまして」
「私にも貸していただけますか?」
リュドミラも言い、フィローは香木を二人に手渡した。リュドミラはそれをしげしげと眺めた。植物知識スキルを持つ彼女にとっては、見本があれば香木を探すのに大いに助けになる。
「いざ、森へ出発!」
フォーレが言うと、集落の人々も笑顔を見せた。それぞれに森へと分け入った。
森へと入ったフォーレは、道中で香木を見分けるコツを聞いていた。
「見分けるコツかあ‥‥。あ、ほら、あそこ」
同じ組にいたシャンドルという少年が、たたっと小走りになる。
「こんな風に、枯れ枝が落ちてるでしょ? で――ほら、これがそうさ」
フォーレも似たような枯れ枝を拾い上げた。
「これもそう?」
「ううん、似てるけど違う」
フォーレには見分けがつかない。
「似たような枯れ枝をどんどん集めてよ。違ってたら、こっちで選別するから」
「う。その方が早いかも。お願いするね」
一方のリュドミラ。彼女は見本を片手に次々と香木を拾い集めていた。
「俺たちよりも早いくらいだね」
同行のフィローが感心する。
「植物知識が役に立って何よりです。さあ、どんどん集めましょう」
リュドミラは言うと、さらに作業を続けた。
「よし、俺たちも負けてられないな。がんばるぞ」
「おおうっ!」
アレクセイは森の中で、アーシャに香木の香りを嗅がせた。駆け出したアーシャを、自身はユニコーンのアリョーシカに乗って追う。早速見つけた枯れ枝を拾い上げると、さっと取って返して同行のルアンに尋ねた。
「これで間違いないですか?」
「ええ、大丈夫です。すごいですね、犬は」
見た目で判断するより確実ですね――ルアンは作業を進めながら、アレクセイに応じる。
「あっちの奥にもこの香木はあるのかしら?」
「ええ、この森の至る所にありますから」
ルアンの返事に、アレクセイはよし、と頷いて。
「それじゃあ、私はもっと奥まで行ってみますね。ある程度集めてから合流します」
「解りました。お気をつけて」
ルアンに見送られ、アレクセイはアーシャの後を追う。
森へ入った人々は、一まとめずつの香木を次々に集落へと運び入れた。それを小屋で乾かすのは、集落に残った者の役目だ。
「‥‥この作業が一番大変だったのかしら?」
ルストが流れ落ちる汗を拭いつつ漏らすと、傍で香木を並べていたミュイという少女が、くすっと笑った。
「きっとそうですよ。明日は香木探しに加わったらどうですか?」
「大丈夫よ。皆さんのためにも、弱気なことは言ってられないわ。――具合の悪い方など、いらっしゃいませんか?」
作業の合間にも周りに気を配るルストだった。
一日目の作業が終わった。香木集めでかなりの成果を出したアレクセイとリュドミラ、小屋の番ですっかり集落の人々と親密になったルストの三人を見て、フォーレは一人こっそりとため息をつく。
フォーレが「これ」と思って集めた枯れ枝の三割ほどは、別の枯れ枝。落ち込む彼女を励ましたのは、シャンドルだった。
「おいらなんて初めてのときは、ニセモノのばっかり集めちゃってさ。それに比べたらフォーレねーちゃんは、ちゃんと本物も集めてるじゃないか。ぶつぶつ文句も言わないしさ」
白い歯を見せ、無邪気に言うシャンドルに、フォーレはこくん、と頷いて。
「う。明日はもっと、ちゃんと集められるようにがんばるよ」
「その意気さっ! じゃあ、明日もよろしく」
二日目も同じ役割で作業を続けた。香木はどんどん集まり集落の人々も驚くほどだった。夜が近づき森へ入った人々は集落へと戻った。小屋に集められた香木に、彼らは口々に言う。
「いや、正直、たった四人くらい手伝う人間が増えたところで‥‥って思ってたけど」
「さすが冒険者さんだなあ。何しろ手際がいい」
「明日の清掃も心強いな」
「よろしくお願いしますね」
そうして三々五々解散する。乾燥が間に合わない――ということで、それだけは交代で引き続き行われることになった。
「私はもうひと頑張り、ね」
ルストは帰っていく皆に手を振り、気を取り直して作業に当たるのだった。
三日目。清掃用の道具や、準備の整った香木、宴に使用する天幕、篝火用の薪などを荷車に積んで、湖の畔へと向かう。
「今日は雨が小降りでほっとしましたな」
タヒムが歩きながら空を見上げる。
「一日持ってくれればよいがのぅ」
祭壇は、小ぶりの物置小屋ほどの大きさだった。屋根はかかっているが壁はなく、中央に大きな香台が据えられている。祭壇の四隅には大きな燭台がある。
皆は早速清掃を始めた。祭壇内を掃き清め、丁寧に拭き上げ、祭壇の付近に茂った雑草を抜いたり、枯葉を拾い集めたり。香台の周辺は、特に念入りに清掃する。昨年の祀りの際に残った灰汁をきれいにすくい、燃え残った香木や塵を取り除いてから改めて灰汁を平らに入れ直した。
「祀りの後には清掃はしないのですか?」
尋ねるリュドミラに、タヒムがうむ、と頷いた。
「水精霊様が残り香を楽しまれるから――と、祭壇には手をつけずに置いておくのが習わしなのです」
祭壇の清掃を続ける傍らで、宴の準備も整えていく。やがて集落の女たちが、宴で饗されるご馳走を運び入れる。天幕を張り、周囲に何箇所か篝火を焚き、夜を待った。
「では――そろそろ始めようかの」
タヒムが言って、男たちが四隅の燭台に篝火を焚いた。タヒムが礼をし、祭壇へと進む。手には一切れの香木を持ち、祈りを捧げると火をつけ器に入れた。ふわり――漂う煙と共に、芳しい香りが風に乗って流れる。集落の人々が次々に香木を手に、祭壇へと向かう。火をつけ器に入れ――を繰り返し、小さな祭壇に香りが満ちた。
「みなさんもこれを」
ルアンに香木を手渡され、アレクセイ、フォーレ、ルスト、リュドミラの順に香木を捧げた。
「では――宴の始まりじゃ」
タヒムの言葉を合図に、人々はワインを酌み交わした。アレクセイが持参したどぶろくを差し出すと、タヒムは不思議そうに尋ねた。
「これは?」
「米から作られた酒ですよ。珍しいでしょう?」
「うむ‥‥なかなかにうまいものじゃな」
ご馳走も振舞われ、やがて人々の輪から陽気な歌声が響き始めた。若い女たちの踊りが始まると、アレクセイはアンクレット・ベルを付け、軽業による回転技や跳び技を絡めた踊りを舞うと、喝采が起こった。フォーレは楽しそうに歌の輪に加わり、リュドミラは宴を楽しむ人々と共に、ワインを片手に歌や踊りを見ていた。
賑やかにわいわいと宴が続く。人々は思い思いに祭壇に向かっては香木を捧げた。ルストもまたそれに習い、香木を絶やさないように気を配る。夜も更けて来ると、ルストは傍らにヴォルケスを連れ、篝火の傍や天幕の下で身を寄せ合う人々にも目を向けるのだった。
「おお‥‥! 雲が――!」
深夜を過ぎた頃――それまで空を覆っていた厚い雲が割れ、清かな光が湖面を照らした。
「きっと、水精霊様もお喜びなのでしょう」
「さあ、呑もう呑もう!」
――そうして賑やかな内に、宴は続いていく。
湖の畔は、楽しげな歌声と、香木の香りに満たされているようだった。
夜が明けて――湖の畔は、数十日ぶりに陽精霊のもたらす温かな光に照らされていた。
最後に皆で順に香木を祭壇に捧げ、祀りは無事に終わった。
タヒム以下集落の人々に、感謝と共に見送られた冒険者たちは、来たときと同じように馬車に揺られ、集落を去るのだった。
夜通し宴に参加したため、瞼は重く身体にも疲れが残っている。しかしそれは、充実した心地よい疲れであった。