探し物は何ですか
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:小椋 杏
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 99 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月12日〜10月15日
リプレイ公開日:2008年10月19日
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●オープニング
その日、誰の目にも明らかなほど蒼白な顔色の少女が冒険者ギルドを訪れたのは、既に日暮れも近い頃だった。少女ははあはあと荒くなった息遣いを整えるのももどかしく、受付まで駆け寄ってきた。
「あの‥‥こちらでお願いすれば、何でもお手伝いしてもらえると伺ったんですけれど」
何でも、とはまた大袈裟な――彼は内心で苦笑を浮かべたが、少女が安心するようにと隙のない営業スマイルで応じた。
「ご依頼の内容にもよりますが‥‥まあ、ある程度のことならば」
少女はほっとしたように息をついた。
「それじゃ、あの、探し物、なんていうのは‥‥?」
「ええ、大丈夫だと思いますよ。人手が必要と言うことでしょうか?」
ぶんぶんとやや大仰に、少女は首を左右にした。
「あ。いえ、人手はそれほど必要ないと思います。探す場所は離れの中だけですし。せいぜい五、六人もいれば充分だとは思うんですけど――」
少女はそれきり口を噤んだ。暫く黙ってその先を待ったが、彼女は思案顔のまま、言葉を発しようとはしなかった。仕方なく彼は、控えめに彼女を促した。
「けど――、と申しますと?」
ややあって、思い切ったように彼女が言った。
「‥‥‥‥‥‥解らないんです」
「はい?」
「あの、だから‥‥解らないんです、何を探したらいいのか」
「はいぃっ?!」
思わず頓狂な声が出た。ギルド内の視線を一身に浴びて、彼は身が縮まる思いだった。それは少女も同じだったに違いない。実際に彼女は首をすくめ身を縮めていた。
「――すみません。しかしそれでは、探しようがないのでは‥‥?」
少女の瞳が見る見る潤んでゆく。
「自分でも無茶なお願いをしているってことくらい、解ってます。でも、あの、ご主人様からお預かりした、大事な大事なものなんです。これくらいの大きさで、厚みがこれくらいで――」
話しながら少女は身振りを交えた。長さはおよそ二十センチ、厚みはせいぜい五、六センチといったところか。
「絹布に包まれた箱みたいなもので。預り物なので勝手に中を見てはいけないと思って、はっきり確かめなかったんです。まさかなくなるとは思いもしなくて」
それから少女は、簡単に事の経緯を語り始めた。彼女の主人が昨晩、それも深夜になってから彼女を含め使用人たちが寝起きしている離れにやってきたこと。たまたま主人の訪れに気がついて、応対したのが彼女だったこと。主人が件の品物を渡しながら「自分が戻るまで預かって欲しい」と告げたこと。彼女は主人の言いつけを忠実に守ろうと、それを自室に持ち帰ったこと。今朝までは確かに部屋の机に置いてあったこと。午前中の仕事を終えて一旦部屋に引き上げたときには、もう見当たらなかったこと。それから今までずうっと、方々を探し廻ったこと――。
「思いつく限りは探しました。けれど見つからないんです。ご主人様がお戻りになる八日後の夕方までに見つけないと、わたしきっと、お暇を出されてしまいます。それだけは困るんです。やっと見つかった仕事なんです。どうか、どうかお願いします」
そうしてぺこりと頭を下げた。
彼自身が少女の手伝いをするわけではないので、安易に大丈夫だとか任せておけなどとは言えないが、思わずそんな言葉で彼女を励ましたいと、彼は思った。それほどに少女は困り果て、弱りきっているのだ。
それに彼は少しほっとしていた。少女の話をよくよく聞いてみると、まるきり見当のつかないものを探すわけではないようだし、それに第三者の立場でじっくり考えてみると、失くしたというよりはむしろ、誰かが悪意を持って持ち去ったようにも思える。
考え込んでいるうちに、難しい表情を浮かべていたのだろう。少女はますます不安げな様子で、彼を見つめていた。彼は努めて明るい笑顔を浮かべた。
「絶対に、という保証はできませんが‥‥一人で悩んだり探したりするよりも、心強いことは確かです。早速依頼書を作りましょう」
彼の励ましの言葉にも、しかし少女の不安そうな表情は消えなかった。
「あの、それと――報酬なんですけど。本当に少ししかお渡しできないんです。蓄えが僅かしかないもので‥‥」
「その点はご安心を。貴女の出された条件を承諾した者が、お手伝いに参りますので」
応えながら彼は依頼書にペンを走らせた。それでやっと、少女は少しだけ落ち着いた様子を見せたのだった。
●リプレイ本文
屋敷の通用門の脇に、せわしなく辺りを見回す一人の少女が立っていた。おそらく彼女が依頼人に違いない。歩み寄る三人に気がついて慌てた様子で駆け寄ってきた。
「あのっ‥‥冒険者のみなさまですかっ?」
それぞれに頷く三人に、少女は丁寧に頭を下げた。
「リュカと申します。よろしくお願いします」
それからリュカの部屋に移って、少し話を聞いた。彼女の主人はロイ・ノートランド、五十三歳。歳の離れた妻と二人の娘、母親と暮らしている。件の探し物に話が及ぶと、リュカの表情が暗くなった。
「大変だったわね。出来るだけ頑張るから落ち着いてね。慌てると見つかる物も見つからないわ」
言いながら少女の頭を軽くぽんぽんしたのは、ミーティア・サラト(ec5004)。
「部屋に届け物をした際に、間違えて持って行ったなどの可能性はないんですか?」
続けて尋ねた富島香織(eb4410)に向き直り、リュカは答えた。
「届け物があったという話は、特に聞いてないです」
「それじゃあ、普段この部屋に入ってきそうなのは、同部屋の――?」
「セアラさんです。彼女は小さいお嬢様のお世話係をしています」
「誰かが部屋の掃除をした時、見慣れないものだからと一時預かって、そのまま当人が忙しくて預かった事を忘れたとか、不要なものだと思って物置に持っていったとか、 そういう可能性はないのかな?」
サイクザエラ・マイ(ec4873)に尋ねられて、リュカはうーん、と首を傾げる。
「確かに三日に一度くらい、この離れを使っている使用人が持ち回りで掃除をしてますけど、誰もそんなことは言ってませんでした。物置も探しましたけど――」
リュカは首を振って、申し訳なさそうに言った。
「あの、わたしもそろそろ仕事に行かないと――」
「安心してください。見つけますね」
力強く宣言する香織と、それぞれに頷いて見せたミーティア、サイクザエラにもう一度深く頭を下げて、リュカは部屋を出て行った。
「まずは地道に聞き込みをしましょうか?」
香織の提案にサイクザエラが頷く。
「これは願望というか、館の誰かが悪意で箱を持ち去ったとは、思いたくないんでね。そうするのが一番だろう」
「それじゃ、早速行動しましょう」
ミーティアが言って、三人は部屋を出た。
聞き込みに回る――とは言っても、リュカの立場を考えると屋敷に立ち入ることもできないので、休憩などで離れに戻る使用人たちを捉まえては尋ねることになった。幾人かに尋ねたが、誰も知らないとの答え。しばらく待って、ようやくセアラが戻ってきた。
「白い絹に包まれた箱を見なかったかな? リュカの机の上にあった、という話だが」
サイクザエラに尋ねられて、セアラはぽんと手を打ち合わせた。
「――ああ、あれですか! わたしったら、リュカに言うのを忘れちゃって」
三人は顔を見合わせた。セアラは朗らかな口調で先を続ける。
「小さいお嬢様――メイ様なんですけれど、お人形のお洋服が欲しい、って仰って。手ごろな布がないかと探しに戻ったら、ちょうどいい布があったんで、つい」
「それじゃあ、中身はどうしたんですか?」
香織の問いにセアラは真面目な顔で答えた。
「‥‥リュカが片付けたものだとばっかり。布のことも何も言わないから、いらないものだったのかと思って。――もしかして大事なものだったのかしら?」
呑気な答え。思わずはあ、っとため息をついて、ミーティアが尋ねた。
「それで、中身はなんだったのかしら?」
「普通の木の箱でしたよ」
それじゃ忙しいんで――そう言い残して、セアラは再び屋敷へと戻って行った。
今度は質問を「木の箱を見なかったか」に変えて、やはり聞き込みを続ける。するとサメラという使用人が、こう答えた。
「木の箱ですか? ええ、わたし、物置に片付けましたよ。掃除当番だったから。リュカったらしょうがないなあ、って思って。いけなかったのかしら?」
今度は香織がため息をつく。サイクザエラは「やはりそうか」といった表情で頷いている。サメラの言葉に従って物置に向かうと、話に聞いていた通り、さまざまなものが雑多に押し込まれていた。しばらくあちらこちらを引っ掻き回してみたものの、結局それらしい箱は見つからなかった。
喜んだのも束の間、やや落胆気味に肩を落として物置を後にし、もう一度聞き込むことにした。しかし「そんな箱は見ない」との答えばかりで、徒に時間だけが過ぎていく。やはり屋敷に潜入し、聞き込むべきか――そう考え始めた頃、長女の世話係を勤めるユーサが、いともあっさりと答えた。
「それってもしかしたら、あたしがサキ様にお渡ししたものかしら? サキ様が、筆記具を整理できるようなトレイが欲しいと仰いましてね。手ごろだと思ったものですから」
「では本体はまだ物置にあるのか? それらしいものを見た覚えはないが――いや、それよりも、ユーサ、箱には何か入っていなかっただろうか?」
サイクザエラが尋ねると、きょとん、としてユーサが答えた。
「いいえ。空っぽでしたよ。だから蓋だけもらっても問題ないかと」
香織とミーティアが顔を見合わせた。
「‥‥どういうことでしょう?」
「――さあ。いずれにしてもそれを見つけなくては、ね。ありがとうユーサさん」
再び物置の捜索へと向かう。しかし扉を開けてすぐに、三人は異変に気がついた。
「‥‥いつの間に――?」
やや顔色を失ったミーティアが言う。慌てたように物置に飛び込んで、香織が言った。
「この辺の棚の物と、あとこっちの棚の物も。少しだけど減っているみたいです。手前の棚なんて、こんなにがらがらではなかったはず――ですよね?」
それぞれに探してみたが、木の箱などやはりどこにもない。やや呆然と入口付近に佇んでいたサイクザエラの背中に向かって、先ほどのユーサが声をかけた。
「そう言えば少し前に、物置の中からお女中頭のネディール様の声がしましたよ。少しは整理整頓を実行なさい、とかなんとか」
「整理整頓!?」
声を揃えた三人に、ユーサはええ、と頷いて。
「ネディール様は時々、物置を整理するんです。物置だからって、何でもしまっておけばいい訳ではない、って。不用品はさっさと処分しないと、物置が溢れてしまうでしょう――あたしたち、もう何度そうやってお叱りを受けたことか。でも実際、自分達の仕事で手一杯で、ここを整理する時間が取れるのって、ネディール様くらいなんですけどね」
最後の方は声を潜めて、ユーサが笑う。
「蓋のない本体だけの箱――なんて、やっぱり不用品になるのかしらね?」
ミーティアが不安そうに言う。
「物によるとは思いますけど――。整理整頓がモットーなら、不用品かも、ですね」
香織が応じる。やや青ざめた顔色で。
「ここでは不用品というのは、どうやって処分するのかな?」
すかさずサイクザエラが尋ねると、ユーサは簡単に答えた。
「大抵のものは、台所で煮炊きに使います。屋敷の裏手で焚き付け用に細かくしているはずですが――」
「ありがとう、ユーサ。――急ごう」
サイクザエラが先頭に立ち、教えられた屋敷の裏手へと急いだ。初老の男性がまさかりを片手に不用品を叩き割っている。その傍では中年を少し過ぎた女性――どうやら彼女がネディールらしい――が、二人の若い女性に厳しい口調で話しながら不用品の選別をしていた。二人はネディールを手伝いながら、お小言を頂戴している最中らしい。
「お取り込み中、すみません!」
ミーティアが声をかけると、その場にいた四人が一斉に振り向いた。
「ちょっと待ってください! 大事なものが紛れているかも知れないんですっ」
香織の言葉に男性が動きを止めた。手には木製の箱のようなもの。今まさに、叩き割られようとしていた。サイクザエラが歩み寄る。
「すまないが、ちょっとそれを見せてもらえないだろうか?」
「‥‥あ、はい」
それは、蓋さえあればリュカの探し物と同様の大きさになる。念のためその場に居合わせた使用人たちに、中身はなかったかと尋ねてみたが、誰もが「空だった」と答えたのだった。
「‥‥ちょっと待って」
ミーティアが手を伸ばす。箱の本体にしては――少し違和感がある。
「――あ」
「それって――」
サイクザエラと香織も同じことに気がついたらしい。ミーティアが底板を調べると、二重底になっており、中から赤い宝玉のついたネックレスと髪飾りが出てきた。
「きっと、これだったのね」
「ああ。間違いないだろう」
「間一髪、でしたね」
何が起こったのか理解しかねている使用人達を他所に、ミーティア、サイクザエラ、そして香織はそれぞれにほっと胸を撫で下ろした。
「一体、何事ですの?」
ネディールの問いに、三人は口々に事の経緯を説明した。もちろん主から預かったもの――という点はうまく伏せたままで。ネディールはあきれたように呟いた。
「全くあの娘は。肝心なところで抜けているんだから」
しかしその言葉の中にも、悪意は感じられないのだった。
「本当にありがとうございました! このご恩は一生、忘れません」
胸に大事そうに木の箱を抱えて――蓋は、事情を説明してサラから返してもらった。インクの染みくらいは、許容範囲、だろうか――、リュカは何度も頭を下げた。
通用門からリュカに見送られ、帰る道すがら、香織がふと疑問を口にした。
「それにしても――どうしてご主人はあんな形で預けたんでしょうね?」
「万が一中を見られても、ばれないようにしたかったのかも知れないわね」
ミーティアが答える。
「案外愛人への贈り物だったのかもな」
サイクザエラの呟きに、もしかして他に意図があったのかも、と想像を逞しくする香織だった。
――事の真相はどうであれ、探し物が見つかったことには変わりない。絹布はもう人形のドレスになっていたのでどうしようもなかったが、箱と、それから中身は無事だったのだから、リュカが暇を出されることもないに違いない。