疑惑の宝石商を探せ!
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■ショートシナリオ
担当:小椋 杏
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月13日〜03月18日
リプレイ公開日:2009年03月21日
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●オープニング
リュカが奥様――ノートランド夫人・リザの使いで冒険者ギルドを訪れたのは、とある昼下がりのことだった。何故リュカが使いに出たのか、というと、今までも何度か依頼をしたことがあり、勝手が解っているだろうから――との理由から。
「こんにちは。いつもお世話になっています」
顔馴染みになった受付係のカウンターを一目散に目指したリュカは、そう挨拶するとぺこっと頭を下げた。
「どうもこんにちは。こちらこそお世話になっています」
彼もぺこりとして、それからリュカに椅子を勧める。
「はい、ありがとうございます」
リュカは静かに腰を下ろし、盛大にため息をついた。
「本日はどうなさいましたか?」
尋ねられ、リュカははあ、と返事をして。
「人を探して欲しいのですが」
「どなたを、でしょう?」
またか――とは思ったが、さすがにそう口に出すことはない。表情も一切変えずに尋ねる。
「宝石商の、パリオさんです」
「――――――はい? 確かその人は――」
「ええ、少し前に探して欲しいと頼んだ方の、雇い主さんです」
――その時の報告書では、確か彼は仕入れに行っているとかで、ウィルを離れているようだった。商人ギルドに籍もある、身分の確かな行商の宝石商ではなかったか。
「そうなんです、そうなんですけど‥‥」
リュカは泣いているような、怒っているような、困っているような表情を見せた。
「奥様が探しておいでなんです。実は――」
リュカの話を要約すると、こうなる。
宝石商のパリオから買った宝石の内、幾つかが『偽物である』と判明したのである。
それを偽物だと言ったのは、ノートランド家の先代から付き合いのある宝石商・ドイリーなのだが、彼もまた、それを売ったのがパリオだと聞くと、首を傾げたそうである。
「もしかしたら、何か手違いがあったのかも知れませんね――」
――とは言え、ノートランド夫人は不安になった。自分が偽物を買ってしまったのは、ある意味では自分の不注意である。しかし彼女は、自身の友人幾人かにパリオを「信頼できる宝石商」として紹介してしまったのだ。事を明らかにするのは容易いが、もし何かの手違いだったとしたら、パリオを罪人扱いすることになる。夫人には、パリオがわざと偽物を売りつけるような人物だとは、到底思えなかった。数日悩んだ末、やはり本人に問い質すのがよいだろうと思ったのだが、何しろ行商しかしない宝石商である、現在どこにいるものか――ということなのだ。
「‥‥どこをどう探してよいものやら、あまりに当てもなくて、お願いするのも申し訳ないような気がするのですが‥‥」
そう言って肩を落とすリュカに、受付係はふむ‥‥としばし考え込んで。
「‥‥しかし、仕入れに行っている――となれば、地道に聞き込みをすれば、行き先や次にウィルへやってくる時期も解るかも知れないですし。駄目で元々――失礼、少々言葉が悪いですが、依頼だけでも出してみてはいかがでしょう? すぐに見つからなくても、探していることがパリオさんにも解れば、お屋敷を訪ねてもらえるかも知れないですので」
――彼が悪徳商人でなければね――という言葉は、思っても口に出さず、受付係は言った。
「あの‥‥それでは、お願いできますでしょうか。お礼の方は、奥様が用意させていただく、とのことですので」
「解りました。では、依頼書を作りましょう。パリオさんの、詳しい外見の特徴などは――」
するとリュカは、ノートランド夫人から預かった羊皮紙を取り出した。
「これは以前、護衛さんを探して欲しいと頼んだときの、似顔絵の描き損じ――とかで。たまたま処分せずに残っていて、幸いでした」
「そうですか。ちなみに髪と瞳の色は」
「両方茶だそうです。髪は白髪交じりだそうで」
「なるほど‥‥」
そんな遣り取りを交えつつ、受付係がさらさらと流麗な筆跡ですぐに依頼書を作り上げると、リュカの瞳に浮かぶ不安の色もやや薄らいだようだった。何度も頭を下げてその場を後にするリュカを見送って、彼は依頼書を掲示するために立ち上がった。
*
掲示板から戻った彼の、隣のカウンターで。
う〜ん、と腕組みをする受付嬢がいた。それに気がついて、彼は気軽に声をかける。
「どうかしたんですか?」
「あ。ええ、この依頼なんですけど」
ぴらりと彼女が示したのは、一件の護衛の依頼書――なのだが。
「今日から十日間の護衛を依頼されて、それを受けてくださった皆さんが、指定された場所へ向かったんですが、もぬけの殻だったとかで――。どういうことなんでしょうね?」
彼女の手にある依頼書を見て、彼はうん? と首を捻った。
「『依頼人の氏名:匿名 外見の特徴:小太り、口ひげ、茶の頭髪に白髪交じり、目も茶。厚手の外套、肩から荷物の入った袋を下げている――』
何なんです? これは」
彼女は腕組みを解いて、彼に向き直った。
「――何でも、ちょっとまずいことがあって、身を隠しているのだと仰いまして。だけど、事情があって名乗れないと、そう仰るんですよ」
「へえ――怪しいですね」
「そうでしょう? それにね、護衛を、と仰ったんで、どちらかへお出かけになるのかと思ったら、しばらくはウィルから離れる予定はないのだ、と。ただ、万が一に備えて自分を守って欲しいって。どうにも不審な依頼だったんで、依頼人の外見の特徴を、私が書き加えておいたんです。だって名前も解らないんじゃ、指定の場所で落ち合えたとしても、依頼人かどうかの判別がつかないじゃありませんか」
「確かに」
「でも、指定の場所にいなかったなんて、どうしたんでしょうね。そこにいられなくなった事情でも出来たのかしら? 依頼を受けてくださった皆さんには、すっかりご迷惑をかけてしまいましたわ」
憤慨する受付嬢を宥めながら、受付係はその依頼書をじっと見つめていた。
「それにしても――」
――先ほどリュカから受けた依頼の、対象の人物と似ているではないか。もしかして、本人なのでは? するとパリオは、ウィルのどこかにいる――ということか?
「――考えすぎ、ですかねえ?」
独り言ちた彼を、受付嬢が不思議そうに見上げた。
●リプレイ本文
ノートランド邸・リザの私室にて。
「あの人のよさそうなパリオさんが、偽物を売りつけるなんて、到底信じられませんわ」
リザは静かな口調で語る。話を聞きながら、ラマーデ・エムイ(ec1984)は新たに似顔絵を描いていた。その手許には、以前の描き損じがある。出来上がった似顔絵にリザは感心した。
「冒険者さんは、何でもお出来になりますのね」
その横では、ネディールが運んできた数々の宝石を、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が鉱物知識スキルを用いて鑑定していた。
「‥‥確かに、こちらの二点は残念ながら偽物じゃ。これは間違いなくパリオさんから買い求めた品なんじゃな?」
ええ、と頷くリザ。
「パリオさんに勧められたのですか? それとも、奥様がお選びに?」
ディアッカ・ディアボロス(ea5597)に問われ、リザは答える。
「私が選びましたの。将来娘に譲ってもいいかと思いまして」
一通りの聞き込みを済ませると、三人は挨拶をして出かけることにした。
聞き込みに回る前に、三人は簡単に打ち合わせをした。
ユラヴィカは、偽宝石の出所の調査に。
ディアッカは、商人ギルドや酒場などに聞き込みに。
ラマーデは、パリオの護衛をしていたと言う姉弟に会いに。
その結果を持ち寄り、夕刻に酒場で落ち合おう、と決まる。
「あまり深入りしないよう、まずは情報を集めましょう」
「そうね。厄介なことに巻き込まれている可能性もあるしね」
「では、夕刻に」
夕刻――。
初日の調査を終えた三人は酒場にいた。
「ラクリアという宝石商の話を聞いたんじゃが」
ユラヴィカが友人に聞いたところによると、宝石商のラクリアという男が、裏で怪しい商売をしている、という。
「明日、訪ねてみてはどうじゃろうか?」
「そうね。その『裏稼業』との関係は解らないけど、同じ宝石商ってことで何か知っているかも知れないしね」
「方々で聞き込みをしましたが、パリオさんの評判は総じてよいものばかりでした」
ディアッカの言葉に、ラマーデも頷いて。
「護衛をしていたって言うご姉弟も、口を揃えてたわ。そんなこと出来るような人じゃない、って。あ、あと、これを預ったのよね」
言いながら取り出したのは、襟巻き。
「借りっぱなしで返しそびれたんだって。これで匂いを追えないかな?」
「そうじゃな。それも試してみよう」
ユラヴィカが賛同する。
「明日も派手に動いてみましょう。もしかすると接触して来る者がいるかも知れません」
「そうじゃな」
「了解」
三人は頷き、そこで解散した。
翌日――調査二日目。
三人はまず、ラクリアを訪ねた。
「パリオさん?‥‥ああ、あの行商の」
ラクリアは柔和な笑みを浮かべ、頷く。
「確かに何度か取引しましたよ。そういえば――近頃、お姿をお見かけしませんねぇ」
「そうですか。何か変わった様子や不審な振舞などありませんでしたか?」
ディアッカが問うが、ラクリアは首を捻るばかり。ユラヴィカの得た情報が確かで、彼が裏で怪しい商売に手を出していたとしても、それがパリオと繋がっているかは不明だ。ここは引くしかないだろう――と判断すると、三人は礼を言い、その場を後にするのだった。
次にやって来たのは、パリオと思われる人物が護衛を依頼し、待ち合わせに指定した場所。
「匂いを追ってみましょう」
ラマーデはオロに襟巻きの匂いを嗅がせた。オロがうろうろと匂いを探す間、ディアッカは日時を変えて数回、パーストを試みたが、手がかりは掴めなかった。そのうちオロが匂いを見つけ、それを追う。ユラヴィカとディアッカは、念のためペットたちに周囲の警戒を命じた。
匂いを追って歩いていくと、路地を縫うようにあちらこちらへと引きずり回された。
「恐らく追っ手を警戒して、やたらに歩き回ったのでしょう」
ディアッカが推測する。
「それだけでくたびれちゃっただろうね」
ラマーデはオロを追いつつ、呟く。三人はオロに導かれるようにうろうろと歩き回る。適当に休憩を取りつつ追うが、散々歩き回った末に同じ路地に戻ったときには、知らずため息をついていた。
「手がかりなし――じゃな」
匂いを追うのは諦め、ユラヴィカのサンワードで行方を尋ねるも効果はなかった。
時間だけが悪戯に過ぎてゆき、調査四日目の夕方となった。一日手分けして貴族街を回った三人は、しかし有力な情報もないまま、半ば途方に暮れていた。諦めの混じった表情で、今日はここまで――と帰ろうとしたところへ、三人に声をかけてきた男がいた。
「パリオを探してるんだって?」
男はパリオの呑み友達の一人で、グァラと名乗った。
「あいつ、やばいことになってるかもしれないぜ」
「え! それは本当ですか?」
ディアッカの問いに、グァラは頷き。
「こないだあっちの通りで会ったのよ。声をかけたら露骨に困った顔されてな。悪いけど急いでるんだ――って、ぴゅーっと通り過ぎちまったぜ」
「その後、どこかで見かけなかったじゃろうか?」
「いや。だから、やばそうだな、って」
「そうでしたか。ありがとうございました」
そして――調査最終日。
グァラの話からパリオを見かけた――という通りにやってきて、再びオロに匂いを追わせた。前回と同じようにあちこち歩き回るうち、周囲を警戒していたペットたちが何かを察したようだ。ユラヴィカが低い声で言う。
「どうやら――わしらにも追っ手がかかったようじゃ」
「――もう少し様子を見る?」
「あの辻――日が当たってますね。試したいことがありますので、あちらに」
小声で素早く打ち合わせると、さもオロに連れて行かれた風を装い、辻を曲がる。追っ手を待ち構え――ディアッカがシャドウバインディングで動きを封じた。男が二人、立ち往生する。
「な‥‥っ、何を!」
「それはこっちの台詞よ。何の用?」
尋ねたところで返事はない。ディアッカがリシーブメモリーでパリオに関する情報を探る。
ウィルの下町、北の外れの廃屋に監禁している。二人の見張りが傍にいる。
パリオの居所を掴み、三人は急いで下町へと向かうことにした。
「このままで済むと思うなよ!」
シャドウバインディングで動きを封じられたままで、二人の男は凄んだ。が、何の意味もない。術が解けて二人が自由の身になる頃には――パリオの救出も終わっていることだろう。
問題のアジトまでやって来た。ユラヴィカとディアッカが裏口へ回り、頃合を見てラマーデがプチ、ヘクター、オロの三頭をけしかけ、吠え立てさせた。見張りが気を取られた隙に二人が破れた窓から侵入し、素早く正面の戸口の鍵を開けた。犬たちと一緒にラマーデも突入。
「なっ――なんだ、貴様ら!」
狭い室内で三頭の犬が暴れ回る。ユラヴィカとディアッカも撹乱するように動き回った。縄で縛り上げられた男――それがパリオだった――も、ただ目を瞠るだけ。
「さ、行きましょ!」
ラマーデがパリオの縄を解き、急いで廃屋を出る。それを見届けたユラヴィカ、ディアッカ、そして犬たちも次々に外へ飛び出した。
「それじゃ、打ち合わせ通りに!」
「お気をつけて!」
「急ぐのじゃ!」
突入前に打ち合わせた通り、三人は別々の方向へ散った。パリオと行動を共にするのはラマーデだ。
「ノートランドさんのお屋敷まで、走るわよー!」
「は――はいぃっ!」
パリオも懸命だった。
*
――しばらく後の、ノートランド邸にて。
無事に逃げ切ったユラヴィカ、ディアッカ、ラマーデと、助け出されたパリオがリザの私室に集まっていた。リザの顔を見て、パリオは床に額をこするようにして詫びる。
「奥様っ! 大変申し訳ありませんでした!」
パリオが語った、事の真相はこうだった。
一年ほど前のこと、パリオはたまたまラクリアの宝石店を訪れた。店先に飾ってあった首飾りを購入したことが縁で、パリオはウィルに来ると必ずラクリアを訪ねるようになっていた。ラクリアは行商のパリオにも親切で、互いに宝石を売り買いする間柄になるのに、それほど時間はかからなかったと言う。
ある時、パリオはラクリアに頼まれて高価な宝石を十五ばかり仕入れた。納品の際はとても満足した様子だったが、納入の十日後、集金のために改めて訪ねると、全てが偽物だったと言われたのだ。パリオはそんなことはありえないと反論したのだが、その時の宝石だ、と見せられた品は、ことごとく偽物だった。確かに本物だったといくら反論しても通じず、パリオは借金を背負ってしまった。
ラクリアは自分の仕事を手伝えば、借金はなかったことにしようと提案する。それが「偽宝石売り」の仕事だった。手伝わなければ里の娘を借金の形に、と言われ、パリオは涙を呑んで偽宝石を売った。しかし、それも二月ほどのこと。
客を騙すことに耐えられなくなり、仕入を終えウィルに戻るとすぐ、パリオはラクリアを訪ねた。何としても借金は返すので、もう辞めさせて欲しいと懇願したが、聞き入れられず、一度は何とか姿をくらましたもののすぐに見つかり、以後監禁されていたそうだ。
「奥様にはご迷惑をおかけしましたのに、こんなによくしていただいて‥‥」
パリオがすすんで偽宝石を売っていたのではないと知り、リザはほっとしたようだった。パリオはリザに売った偽宝石を、売値で買い戻すと約束した。
「ラクリアという宝石商の件は、どうするのじゃ?」
パリオはきっぱりと言った。
「然るべきところへ訴え出ようと思っています。私もただでは済みませんが――悪いことをしたのも事実ですから」
ともあれ、パリオは無事に助け出された。
パリオが黒幕として事件に関わったのではないことが、救いと言えば救いだった。繰り返し礼を言うパリオと、彼の保護を申し出たリザの見送りを受け、ノートランド邸を出た冒険者たち。ラクリアの罪を立証するのは難しいかもしれないが、後は捜査当局の仕事。ひとまずの解決に、彼らは一様に満足そうだった。