続く長雨、原因は――?

■ショートシナリオ


担当:小椋 杏

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月15日〜03月22日

リプレイ公開日:2009年03月23日

●オープニング

 その日、辺りがすっかり暗くなった頃に冒険者ギルドにやってきたのは、一人の青年だった。依頼書を整理していた受付係は彼に気がついて会釈をした。彼は同じように会釈を返すと、小走りでそのカウンターまでやって来た。受付係は、彼の様子に気を引き締めた。なぜならその顔色は青白く、表情も強張っていたからである。
「どうか――どうかご助力を、お願いいたします」
 開口一番彼は言い、深く頭を下げた。
「どうなさったんです? 確か――精霊様の祀りは無事に終わったのでは?」
 受付係は、先日届いた報告書の内容を思い返しつつ、尋ねた。彼は顔を上げると、ええ、そうなんですが――と、話を続ける。
「結局天候が回復したのは、二日間だけだったのです。三日目には再び空は雲に覆われ、四日目からは雨が‥‥。初めのうちは、それほど気にしていなかったのです、きっと偶然だろうと。けれど五日目、六日目と雨が続き、七日目にも雨が降ったときには、もう偶然などではないだろうと――」
 彼の話す内容に、受付係も難しい顔をした。確かに、そんな状況では、祀りが行われる前とほとんど変わりがない。
「もしかして湖の付近で何かが起こっているのではないか――と。雨が続く原因を調べてもらおうと、馬車を駆ってやってきた次第です。どうかご助力を――」
 受付係はさっと羊皮紙を取り出すとさらさらとペンを走らせる。
「すぐに依頼書を作りますからね。大丈夫です、きっと――」
 受付係がちらりと目を上げると、彼――ルアンは初めて、微かだが笑みを見せた。そしてふらりと立ち上がる。
「――ルアンさん? どうされました?」
「僕はこのまま、一足先に馬車で集落へ帰ります。どうか――よろしくお願いいたします」
 もう一度深く頭を下げると、ルアンはその場を後にした。

●今回の参加者

 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)
 ec5470 ヴァラス・シャイア(37歳・♂・鎧騎士・パラ・アトランティス)

●リプレイ本文

 集落へと向かうフロートシップの中で、三人の冒険者たちは互いに自己紹介をした。
「長渡 泰斗だ。ま、一つよろしく頼む」
「ウィザードの元馬祖と申します。よろしくお願いいたします」
「ヴァラス・シャイアです。よろしくお願いします」
 それから、話題は自然に依頼の件に移ってゆく。
「やっぱりカオスの魔物関連――でしょうか」
 元馬祖(ec4154)が思案顔で言うと、腕組みをした長渡泰斗(ea1984)が応えるように言った。
「おそらくそうだろうが――詳しくは現地で調べてみてから、だな」
「そういえばメイディアのほうで、雨を降らせるカオスの魔物がいて、これを退治したという依頼報告書がありました。今回も似たような魔物の仕業かもしれません」
 そう言ったのはヴァラス・シャイア(ec5470)。三人は共に、集落での長雨にはカオスの魔物が絡んでいると考えたのだった。



 迎えの馬車に乗り換えて移動すること半日ほど。雨の中にも関わらず、出迎えに集落の人々が居並んでいる。挨拶を済ませると、空を見ながら馬祖が尋ねた。
「今日もずっと雨ですか?」
 長のタヒムがこくりと頷いた。
「お聞き及びのことかとは存じますが、雨ばかり降っています。もしかして精霊様のお怒りに触れるようなことがあったのかも知れません」
「ルアンさんのお姿が見えませんが――」
 以前、祭壇への道の修復に関わったヴァラスが問う。
「急ぎの旅が祟ったのか、体調を崩しまして。皆さまの出迎えに、と申したのですが、無理は禁物と休ませました」
 その後、タヒムは三人を自宅に招き、食事を振舞った。移動による疲れを癒し、翌日からの調査に備え、三人は早く床についたのだった。



 翌朝。細かい雨が降る中、三人は湖へとやって来た。大変に美しい湖と言うことだが、雨のせいか暗い雰囲気が漂う。
「それじゃ、始めようか」
「気をつけて」
「お二人も」
 口々に言い、三人は調査に向かう。

 正午近くなり、三人は一旦、祭壇の付近に戻っていた。
「何か気になった点はありましたか?」
 ヴァラスが二人に尋ねる。
「特にないな」
 先に答えたのは泰斗。やや不満そうな面持ちだった。
「空からも特別な変化はないみたい。調査の範囲は広くなりそうだね」
 フライングブルームを使って空から調査をする馬祖も、首を振る。
「まあ、まだ初日のことだ。あせらずじっくりと進めよう」
 少し休憩してから再び三人は調査に向かう。

 すっかり暗くなるまで調査したが、特別な成果はなかった。
「明日は対岸へ回ってみましょう」
「そうだな」
 集落へ戻り夕食を取りながら、三人はそう話し合った。



 二日目からも、地道な調査は続いた。湖の祭壇側から対岸へと回り込む。湖の周辺には特別な変化はないと判明した。馬祖の持つ『石の中の蝶』にも変化はなかった。
 少しずつ調査の範囲を広げ、三日目には、普段集落の人々が立ち入らないと言う、湖の奥に広がる森へと踏み込むことになった。森の入口で三手に分かれる。

 空からの調査に向かった馬祖は、眼前に広がる景色に違和感を覚えた。
 何か――おかしい。じっと目を凝らして、違和感の正体に気がついた。
「まさか――そんなことが?」
 誰に言うでもなく呟いて、付近まで近づく。近づいて――愕然とした。そこにあるはずの木々はなく、ぽっかりと穴が開いているのである。彼女は、もしや夢でも見ているのではないか――と思った。それも、悪い夢。
 仲間と合流することが先決――と、馬祖は急いでフライングブルームを転回させた。

 徒歩で調査を続けるヴァラス。彼は自身の持つ隠密行動万能スキルを使い、慎重に辺りの様子を伺っていた。次第に雨脚が強くなり、視界が悪くなる。恨めしげに上空を見上げると、フライングブルームに乗る馬祖の姿が見えた。一直線に森の入口へと向かっているようだ。何やら胸騒ぎを覚え、ヴァラスも一度森の入口へと戻ってみることにした。

 他方、やはり徒歩での調査に当たる泰斗は、足元の泥濘に気を取られていた。
「おっと‥‥。気をつけないとな。――む?」
 降りしきる雨の中、はるか前方で何かの影がゆらりと動いた――ように見えた。そのまま近づくと、何かよからぬことが起きそうな――そんな気がした。ただの勘ではあるが。
「‥‥いや、先走るのはまずいだろうな」
 自身に語りかけるように言うと、泰斗は後退を選んだ。まだ調査の日程は残っている。他の二人と合流し、作戦を立て直した方が得策と踏んで、彼は迷わず森の入口へと戻るのだった。

 一足先に戻った馬祖は、大きな木の陰にかがみ込んで、泰斗とヴァラスが戻るのを待った。先に戻ったヴァラスが馬祖の様子を不審に思い、尋ねる。
「何か見つかったんですか?」
 言葉もなくこくりと頷いて、馬祖は自分が見たものを語ろうとした。語ろうとして――言った。
「泰斗さんが戻ったら詳しく話すね。まずは少し休もう」
 やがて泰斗も戻り、改めて馬祖が口を開いた。
「森の奥に――大きな穴があったんだよね」
「穴?!」
 驚く二人に、馬祖はしっかり頷く。
「あれは――カオス界への入口と、とてもよく似てた。ただ――規模は少し小さいみたい」
「思った通りでしたね」
「だとすると、俺が見たあの影も――」
 三人は顔を見合わせると、互いにしっかりと頷き合う。
「‥‥行くしかないな、その場所へ」
「一度集落へ戻って、作戦を立て直さない?」
「そうですね。万が一戦闘になった場合を考えると、その方が得策と思います」
 話が纏まり、三人は集落へと戻ることにした。



 しっかりと休息を取り、打ち合わせも済ませた三人は、揃って森の中を歩いていた。馬祖が見たと言うカオス界への入口と思われる、穴のあった場所を目指す。念のため馬祖は『石の中の蝶』の動きにも気を配る。今のところ、動きはなかった。天候は、相変わらずの雨だった。
 やがて――三人は目の前に広がる光景に、思わず息を呑んだ。通常ならばそこに広がるはずの森はなく――代わりにまさしく『穴』と呼ぶに相応しいものが、存在していた。そこを通り先を目指せば――間違いなくこことは違う『異世界』へと繋がっている。未だ『石の中の蝶』は反応していないものの、この先カオスの魔物と遭遇する可能性は、限りなく高い。
「――さて。行くとするか」
 泰斗が言った。
「こうして目の前にすると――緊張するよね」
 馬祖がやや硬い声で。
「ますます気を引き締めて行かないと――」
 ヴァラスは前方を見据えたまま、言った。
 そうして三人は、意を決してそこを潜り、異世界へと向かうのだった。

 黒い大地の上を、三人は言葉も交わさずに黙々と歩いた。ただ、三人共に周囲への警戒は怠らなかった。毒々しいまでに赤い空。彼方の上空を、いくつかの影が過ぎる。
 直近に魔物の姿はないようだ。『石の中の蝶』の様子からも、それは解る。しかし――自分たちを取り巻く異様な光景に、気を抜くことは出来なかった。

 しばらく行くと、遠くに人影のようなものを認め、ヴァラスが声を上げた。
「あそこに――誰かいます」
 誰か、という言い方になったのは、もう少し進むとそれがはっきりと人の形をしていたからだ。警戒しつつ近づくと、向こうも三人に気がついたようだった。
「キミたち、どこから来たの?」
 先に声をあげたのは――美しい少女だった。もちろんただの少女ではないことは、すぐに三人にも解った。
「あなたは――?」
「あたしはフィディエル。湧いて出る魔物たちを、ここで足止めしてるの」
 眉間に深い皺を刻み込んだまま、彼女は言った。
「キミたち、あの集落の人じゃないみたい?」
 三人はそれぞれに頷き、事の経緯を説明する。
「へえ。じゃあ――助けてもらえる?」
「助ける――とは、つまり、カオスの魔物と戦え、と?」
 フィディエルは頷いた。
「そ。あたしには、ここから向こうに行こうとするモノを操って、追い返すことしかできないし。でも、それももう限界ね。きっと奥には、人間たちの魂を集めるためにここを開いた魔物でも潜んでるんでしょ。そいつを倒して」
 いとも簡単に言い放つ精霊・フィディエルに、ヴァラスが問う。
「では、集落で続いている雨も、カオスの魔物を倒せば止むのでしょうか?」
「雨? 雨ですって? ――そうね、きっとあたしが魔物どもにかかずらってるせいね。雨が続いたくらいでそう騒ぎ立てることもないとは思うけど、まあ、止むでしょ」
「解りました――。では、もうしばらくの猶予をいただけますか? 援軍を募り、戻りますから」
 馬祖の答えに、フィディエルは不満そうに。
「そんなに長くは持たないわよ? 出来るだけ早く、お願い」
「奥に潜む魔物の正体は?」
 泰斗が問うと、フィディエルは派手に首を振った。
「解ってたらとっくに教えてるに決まってるでしょ。じゃ、お願いね」
 フィディエルの言葉を受け、三人は急いで来た道を戻り始める。
「あ。それから」
 背中に声を受け、三人は振り返った。
「この前の祀りで香木を焚いてくれたでしょ。あの時の香木、しばらく焚き続けて――って、集落の皆に頼んでおいて。あの香りがすると、気分が盛り上がるのよね」
 三人はしっかりと頷いて、ひたすら足を進めた。集落へ戻り、今の話を伝えるために。



 集落へ戻った三人は、人々に水精霊・フィディエルの言葉を伝えた。
「では取り急ぎ香木を持って、祭壇へ向かいましょう」
 長のタヒム以下数名が、祭壇へと向かう。十数名の若者たちは新たな香木を求め、森へと向かった。
「集落を代表して、どなたかウィルに同行してはくれないか。援軍を募るにも、窓口となる人物が必要だろう」
「では僕が――」
 泰斗にそう申し出たのは、病み上がったばかりのルアンだった。人々が止めようとしたが、その決意は固かった。
「解りました。行きましょうか」
「はい」
 三人とルアンは共に馬車に乗り込むと、フロートシップの停泊地まで急ぐのだった。