仲直りの方法
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■ショートシナリオ
担当:小椋 杏
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月22日〜03月27日
リプレイ公開日:2009年03月29日
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●オープニング
その日、ミラリスは朝から頭痛に悩まされていた。
頭痛の種は――十日前から彼女の家に滞在している従兄弟たち、ロロンとラスカ、ルシカである。
ロロン、九歳。
ラスカとルシカ、八歳。
悪戯盛りの年子と双子の三兄弟は、やって来た当初こそまさしく「借りてきた猫」状態だったのだが、次第にその本性を現し、今ではとても「手のつけられない」暴れっぷりである。ミラリスの両親、ガイサムとケイトが叱りつけようと怒鳴ろうと、はたまた拳骨のひとつでも落とそうと、とにかく、めげないのだ。ついにはガイサムもケイトも諦めた。結果、ミラリスの家では大嵐が暴れまわり、彼女は自室で頭痛に耐えているのであった。
そもそも、三兄弟が彼女の家に預けられた理由は。
三兄弟の母――ガイサムの妹のキャルロが、強引に預けていったのだ。彼女はどうやら夫君との喧嘩の果てに家を飛び出し、ガイサムを頼ってウィルまでやって来て、「住む所と仕事を探してくるから、それまで預かって欲しい」と言い残し、出て行った。
そして連絡もないまま――十日。
大嵐は日に日に勢いを増し――微かな不安がミラリスの脳裏を過ぎる。
このまま、迎えに来なかったらどうしよう――と。
彼女はベッドに潜り込むと、頭から布団をかぶって丸くなった。こうしていれば、少しは三兄弟のわあきゃあが遠くなる。そのうち、うとうとと眠ってしまったらしい。
*
ミラリスが目を覚ますと、あたりは既に暗くなっていた。部屋を出て居間へ行くと、暗い顔の両親が、ランプを挟んで沈黙のままに向かい合っていた。なんとなく声をかけそびれたミラリスが陰からじっと様子を伺っていると、ケイトが静かに口を開いた。
「‥‥どうするの? 甥っ子だから可愛くないとは言わないけど――、手に余るわよ、あれは」
「確かにな。慣れない街にやって来た上、母親もいないんじゃ、暴れたい気持ちも解らなくもないがな‥‥」
「それはまあ、そうなんだけど」
はあ――と、示し合わせたように同時にため息をついたガイサムとケイト。
「ソーラスには連絡がついたの?」
ソーラスとは、キャルロの夫である。
「さっき代書屋が来た。‥‥勝手に出て行ったんだから、もう戻って来なくてもいい――んだそうだ。呆れてるんだろう、ソーラスだって」
ガイサムも呆れ顔だった。
「何とかして仲直りさせて、家に戻るように説得したいがなあ――」
「今どこにいるのか解らないんじゃあ、ねえ?」
二人はまたも同時に、大きなため息をついたのだった。
*
翌日。
朝から三兄弟は元気に暴れまわっている。
まだ微かにきんきんと痛む頭で、ミラリスは冒険者ギルドへと向かう。
こんなこと――頼めるのかは解らないけれど。
とにかく。行動しなければ何も始まらない訳で。
頼むのは――叔母キャルロとその夫・ソーラスの喧嘩の仲裁。そうすればあの大嵐も去ってくれるに違いないから。自分たち家族の平穏を取り戻すため、彼女はひたすら、足を動かすのであった。
●リプレイ本文
依頼人宅で冒険者たちを出迎えたのは、ガイサムの怒鳴り声だった。
「こらァっ! いい加減にしろっ!」
続いてどたばたと駆け回る足音。ミラリスが「嵐」と表現したのも頷ける。応対に現れたミラリスに案内され居間へと移ると、待っていたケイトも彼らに頭を下げた。一通り挨拶を済ませ、本題に入る。――が、子どもたちがうるさくて話もできない。
「この悪者めっ!」
手にした棒切れで打ちかかるラスカの手を、笑顔のままはっしと受け止めた倉城響(ea1466)。
「あらあら。元気なのは良い事ですが、もう少し静かにできませんか?」
やはりそこは冒険者。ラスカは棒切れを引っ込め、いーっとあかんべえをして去っていく。
「えいっ!」
「たあっ!」
続けてロロンとルシカも挑んでくる。響はそれもかわし、二人はぴゅーっと逃げて行った。
「どうにも聞き分けがなくて」
恥ずかしげに詫びるガイサムに、フォーレ・ネーヴ(eb2093)が申し出る。
「私が三人兄弟の相手をするよ」
それから三人に
「う。ねえねえ、室内じゃなくて外で遊ぼうか。外で♪」
と声をかけた。三人はフォーレと共に外へと駆け出した。
「いや、助かります」
「いえいえ。お気遣いは無用ですよ」
そう応じるのはギエーリ・タンデ(ec4600)。改めて本題に入る。
「喧嘩の原因は何なの?」
ラマーデ・エムイ(ec1984)の問いに、顔を見合わせるガイサムとケイト。
「それが、詳しい話は聞いていないのです」
申し訳なさそうに告げるガイサム。
「仕事に慣れる事に精一杯で、皆に連絡出来て無いという事もあるよね」
モディリヤーノ・アルシャス(ec6278)の意見に、ケイトも頷いて。
「そうだといいんですけどね」
とにかく、お願いします――ガイサムとケイト、ミラリスに頭を下げられ、早速行動に移ることにした。
まずは外で遊んでいる子どもたちに声をかけた。
「おとーさんとおかーさん、よく喧嘩するの?」
ラマーデが問うと、子どもたちは首を振った。
「また皆で一緒に暮らしたいと思いますよね?」
屈み込んで視線を合わせたギエーリに、思い思いに頷く。
「‥‥心配しなくても、ちゃんとキャロルさんを見つけてきますから。大丈夫ですよ♪」
響が言うと、三人は少しだけ笑みを見せた。
「それじゃ、頼みます」
「う。皆も頑張ってね♪」
フォーレに子どもたちを頼むと、四人は出発した。
*
キャルロの捜索と説得を受け持った響とラマーデ。ラマーデが描いた似顔絵を頼りに、街へと聞き込みに向かう。最初に当たった不動産屋では空振りだったが、宿屋で住み込みの掃除婦をしている女性と似ているという噂を掴んだ。早速その宿屋を訪ねると、主人はすぐに彼女の元へと案内してくれた。
「‥‥あなたたちは?」
キャルロの表情は厳しい。
「初めまして、倉城と申します」
「あたしはラマーデ・エムイよ。あたしたち、あなたを探して欲しいって頼まれて」
「――そして、主人の所に帰りなさい、って?」
自分の立場を解っているためか、キャルロは二人の訪問の理由をすぐに悟った。その目に光るものを見て、響とラマーデは静かに顔を見合わせる。
「‥‥何があったのか、お聞かせいただけませんか?」
「子どもさんたちも、貴女がいなくて寂しいようよ?」
キャルロは涙を拭い、家出の理由をぽつりぽつりと語りだした――。
「そんな事情があったのね。家庭内暴力とか博打とかじゃなくて、ほっとしたわ」
語り終えたキャルロに、ラマーデが笑顔を見せた。
「もう一度きちんと、話し合うべきだと思うのですが」
響が言うと、キャルロは黙ってしまう。三人共に沈黙のまま、時が過ぎる。
「今日は帰りましょ。少し考える時間が必要よね」
「そうですね。また、来ますね」
ラマーデと響はそう言うと、その日は引き上げることにしたのだった。
*
一方、ソーラスの自宅へと向かうのはギエーリとモディリヤーノ。ワインを好んで飲んでいると聞き、手土産に上等のワインを持参した。
二人は町へ着くと、ソーラスを訪ねる前に近所で聞き込みをした。キャルロと子どもたちの姿が見えないことは噂になっていたが、夫婦喧嘩が原因でキャルロが出て行った――とは、誰も知らなかった。ソーラスは自宅の脇に作業場を構え、包丁や鎌、鍬などの手入れが中心の、鍛冶を生業としているという。近くまで行くと、金物を打つ音が聞こえた。
「こんにちは」
さっと視線だけ上げ、すぐに作業に戻るソーラス。
「あの‥‥ソーラスさん、ですよね?」
「そうだが‥‥今、忙しいんで」
それきり視線も上げず、作業に向かう。仕方なく二人は、ソーラスの作業が一段落するのを待った。
結局ソーラスは、夕方まで作業を続けた。
「少しお話を伺えませんか?」
片付けを済ませたソーラスに声をかけるが、返事はない。
「あの――」
「‥‥入んな」
それだけ言うと、自分はさっさと家に入っていく。二人はおずおずとついて行った。ソーラスは家に入るなり台所に直行し、ワインを杯に一杯、ぐっと飲み干した。
「遅くなりましたが、これは手土産です。ワインがお好きだと伺いましたので」
ギエーリが差し出したワインを無言で受け取るソーラス。どうやって話を切り出そうかと思い悩む二人に、ソーラスが新たな杯を持ってきた。
「おたくらもどうだ? ロクな食い物はないが」
その後三人は、キャルロの件には一言も触れないまま、深夜までワインを呑んだ。ギエーリが場を盛り上げようと様々な話題を提供し、気分をよくしたソーラスは、二人に自宅に泊まるように勧めた。
やがてお開きとなり、三人は床についたのだった。
*
翌日。
子どもたちはフォーレにすっかり懐いて、纏わりついて離れない。
「う。今日もいっぱい遊ぼ♪」
「うんっ!」
フォーレが三人を連れ出し、その間に響とラマーデはキャルロの「家出の理由」をケイトとミラリスに話していた。ガイサムは仕事で出かけていた。
「そうだったの。馬鹿ねえ」
それで家を出るなんて――ケイトはそう呟いた。
「後は――ソーラスさん次第よね。迎えに来てもらえれば一番いいけど」
ラマーデの言葉に、響も頷いて。
「キャルロさんにも意地があるでしょうからね」
外からは、楽しそうにはしゃぐ子どもたちの声が聞こえた。
*
ギエーリとモディリヤーノの滞在も、三日目の夜を迎えていた。昼間は仕事をするソーラスの様子を見、夜は共にワインを呑んで――という生活をしているうち、ソーラスの気持ちも解れてきたのか、少しずつキャルロの件も話題に上るようになっていた。
「――解ってるさ、あいつの考えは。だが、苦労したとしても、亭主が決めたことに黙ってついてくるのが、女房ってもんだろう?」
「それはそうかも知れませんが――もう少し話し合われてもよいのでは?」
「キャルロ殿を支えるのはソーラス殿しかいない。折角の家族。今、別れてしまったらきっと後悔する」
ギエーリとモディリヤーノの言葉に、考え込むように黙ったソーラス。
「共に迎えに行きませんか?」
返事はない。そのまま酒宴はお開きとなった。
*
依頼四日目、正午を過ぎた頃――。
響とラマーデと共に、ガイサムの家へとやって来たキャルロに、子どもたちが飛びついた。
「よかったね♪」
フォーレが子どもたちに語りかけると、それぞれに元気いっぱいに頷く。
「やっぱり――お母さんが一番だね」
毎日子どもたちの相手に全力を傾けたフォーレの言葉は、少し寂しそうにも聞こえた。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
そう詫びるキャルロに、ガイサムは何も言わなかった。
「おかーさん、もうどこにも行かないよね?」
「もうお家に帰ろうよ」
「おとーさんに会いたいよ」
無言でぎゅっと強く、三人を抱きしめるキャルロ。その時だった。
「――ソーラス」
ギエーリとモディリヤーノと共に、ソーラスが現れた。口ごもるソーラスを、後ろから二人が促した。そして――。
「まあ、その――なんだ。俺には――お前が必要なんだ。一緒に、帰るぞ」
「――あなた‥‥っ」
顔を覆って泣き出したキャルロの肩を、響が撫でた。「よかったね」と声をかけたラマーデに何度も頷く。ほっとした様子のガイサムとケイト、ミラリスに、ソーラスが「迷惑をかけて申し訳なかった」と詫びると、三人は笑顔で首を振った。フォーレは「よかったねー!」と子どもたちと一緒に喜んだ。
しばらく経って落ち着くと、キャルロは一旦、仕事場へと戻った。事情を説明し、辞めさせてもらうためだ。荷物を抱えて戻ったキャルロは、改めて家出を詫び、晴れて仲直りした二人だった。
一晩ガイサムの家で過ごしたソーラス一家は、何度も礼を言って町へと帰って行った。見送りに来ていた冒険者たちも、ほっとしたような、疲れたような表情を見せる。特に子どもたちの相手に明け暮れたフォーレは、疲れも寂しさも人一倍のようだった。
「う。ところで、喧嘩の原因って?」
一人詳しい事情を知らないフォーレに、響とラマーデが代わる代わる事情を説明する。
ソーラスは独身の頃、とある貴族専属の鍛冶師だった。ところがある時、あらぬ疑いをかけられ首になり、田舎に戻って今の仕事を始めたそうだ。その後結婚し子どもも出来、裕福ではないが幸せに暮らしていたところへ、その貴族の息子が、もう一度専属の鍛冶師を頼みたいと申し出た。彼の赴任先への単身で同行して欲しい、と――。昔の仕事に戻りたいものの、単身という条件に思い悩むソーラス。いっそ自分と子どもたちがいなければ、また以前の仕事が出来る――そう考えたキャルロは、わざとソーラスと喧嘩し、そして家を出たのだそうだ。
「そっかー。でも、無事に仲直りできてよかったね。子どもたちも嬉しそうだったし♪」
にこにこするフォーレの脳裏に浮かぶのは、楽しそうに走り回るロロン、ラスカ、ルシカの姿。「嵐」と呼ばれた三人が、一番の被害者だよね――そう感じたフォーレだった。