村の留守を頼みます

■ショートシナリオ


担当:小椋 杏

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月15日〜10月20日

リプレイ公開日:2008年10月21日

●オープニング

 王都から離れること徒歩で一日ほどに、小さな村があった。村――というよりは、集落という方が、より近い。人々は農業で生計を立てており、今はまさに秋の収穫の真っ最中だった。収穫作業が落ち着いたあと、人々にはもうひとつ、大事な催しが控えていた。
 村の娘、ティファカの婚礼の宴である。彼女は隣村の青年デュロンの元に嫁ぐのだ。
 ティファカは気立ての優しいおっとりとした娘で、そして何よりも働き者だった。彼女の結婚が決まったとき、人々はまるで我が事のように喜び、日々の作業の合間にもその話題が口にのぼり、皆を幸福な気持ちにさせるのだった。
 隣村もこの村同様、農業に携わる者がほとんど。デュロンとティファカはこの春婚約したが、農作業との兼ね合いもあって、婚礼の宴は晩秋に、と話がまとまっていた。いつもは村ごとでささやかに行っている収穫祭だが、今年に限っては彼らの結婚を祝い、二つの村で共に行おうということになった。宴はもちろん、ふたりのこれからの生活の場となる隣村で催される。
 そこまではすべてが順調だった。
 そして、その宴を目前に控え、人々はある問題に突き当たった。
 盗賊である。
 ここ数年、収穫の時期を迎えると、決まって村の近隣で盗難騒ぎが起きていた。狙われるのは収穫を終えた作物や、それらを売ったことで得る、わずかながらの現金。そして当然のように、深夜に事件は起こる。さすがに怪我人や死人が出たことはないものの、どこの村でも盗賊を警戒し、若い衆が自警団を組み、交代制で夜の見回りなどに出ていた。それでも奴らは隙をついて、盗みを働くのである。わずか数日のこととはいえ、ティファカの婚礼のために村が空っぽになってしまうと――盗賊に目をつけられはしないか。ああいった手合はそういうことにはやたらと鼻が利くものだ。


「かといってなあ。若い衆に居残ってもらったんじゃあ、かわいそうでならんねえ」
「そうじゃそうじゃ。あいつらは真面目に仕事するばっかりで、若いってだけでほれあっちの種まきだこっちの草取りだ、間引きだ水遣りだ収穫だ‥‥果ては自警団だ、じゃろう? それに今年は収穫祭もやらんじゃあ、なんの楽しみもなかろう。わしら年寄でも留守番が務まればいいんじゃがのう」
 村の長老に数えられる二人は、揃ってため息をついた。


 宴には当初、村をあげて参加する予定だった。なにしろ隣村まで歩いても半日もかからない距離。幼子や年寄など歩くことに不安のあるものは台車に乗り、隣村へと赴き、皆でティファカの門出を祝い、収穫を祝う。数度の話し合いを重ねた後、年寄のうち幾人かと若い母親たちが、隣村行きを辞退した。それぞれに理由を口にしたが、一番の気がかりは若者たちの負担になりたくない、ということだった。それでもしきりにともに行こうと勧める若者たちに、ひとりの若い母親が言った。
「たしかにね、ティファカのお祝いはしてあげたいし、宴も楽しみたいわ。だけど、わたしも結婚する前はお年寄や子どもの事なんか気にせず、いろんな事を楽しんだ。あんたたちがそういうことを気にせずに楽しめるのなんて、今しかないじゃないの。こういうことは持ち回りよ。わたしたちのことは気にせず、行ってらっしゃいな」
 その言葉で、場は収まるはずだった。しかし居残り組に決まった老婆が、ある不安を口にしたのだ。
「せっかくの楽しみに水を差すようで悪いんじゃがの――」
 それが盗賊の件だった。村人総出で出かけたとあらば、盗賊に目をつけられるに違いない。そう案じた上での発言だった。彼らは思案し、結局若い衆のうち数人が、留守番を買って出たのが、一昨日の晩のこと。彼らは笑顔で口々に言った。
「この村はおれたちの村だ。おれたちの手で守らんで、どうする?」
「そうだ。ティファカなら解ってくれるさ」
「皆は思う存分宴を楽しんできてくれ。おいらたちの分も」
 どの笑顔も無理をしているのが解る、どこか切なげな痛々しいものだった。


「何とかならんかのう‥‥」
「のう‥‥」
 揃って項垂れた二人だったが、そのうちにふとひとりが顔を上げた。
「そうじゃ――!」
「‥‥なんじゃ?」
「ギルドじゃ。冒険者ギルドに留守番を頼んではどうかのう?」
 そうすればわしら年寄や女子どもだけでも、留守番になるんじゃなかろうか――そう提案した老人に、もうひとりが頷いた。
「そうじゃなあ。しかし、金の工面だけでも骨が折れるのう」
「皆が少しずつでも出し合えば、何とかなるじゃろ。早速若い衆と相談しよう」


 そうして二人の若者が村を代表して、ギルドへとやって来た。
「では、ご依頼は村の警護という事で、よろしいですね?」
 確認のため問い返す受付嬢に、二人はおずおずと頷いたのだった。

●今回の参加者

 ea8029 レオン・バーナード(25歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ec4600 ギエーリ・タンデ(31歳・♂・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)
 ec5004 ミーティア・サラト(29歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

「ご足労、誠にありがたいことですじゃ」
 日暮れ前に到着した三人を出迎えたのは、ジュアイルとマルス。ギルドに依頼してみては、と提案した二人である。そのうちに人が集まり、あっという間に人だかりができた。その中から、二十歳前後と思われる女性が歩み出て、深々とお辞儀をした。
「この度はわたしたちのために、本当にありがとうございます」
 花嫁のティファカであった。
「ご結婚おめでとうございます。折角の祝い事なのに盗賊だなんて、不粋な事ね」
 ミーティア・サラト(ec5004)の言葉に対して、ティファカはええ本当に、と頷きを返す。
「まずはご結婚、心よりお慶び申し上げます。では花嫁の美しさを称える詩を一篇――」
 調子に乗って詩を披露しようとしたギエーリ・タンデ(ec4600)の口を、横からむぎゅっと押さえ込んだのはレオン・バーナード(ea8029)。
「おいらはレオン。よろしくな」
「今夜はわしの家で休んでくだされ。大したもてなしもできんが、ゆっくり休まれるといいじゃろう」
 マルスが声をかけると、大仰な身振りと口調でギエーリが返す。
「いえいえ! 僕たちは村の警護のためにやってきたのですから、自警団の皆さんがいるうちに、普段のやり方をご教授いただきたいと」
「そうね。そうすれば見回り方なども考えられますし」
 ミーティアも賛同する。
「おいらも夜の見回りに備えて、建物の配置とか周りの地理を覚えておきたいな」
 レオンが言って、ひとまず村内を見て回ることになった。


 自警団の一員であるザガンとネオルを先頭に、民家が点々と並ぶ通りを過ぎ、村のほぼ中央にある広場までやってきた。
「いつもはこの広場に大きめの篝火を焚くんだ。倉庫や番小屋はこっちにある」
 ネオルが言いながら先へ進む。やがて番小屋に着くと、隣の小さな物置を示しながらザガンが言った。
「中の道具類で使えそうなものがあったら、好きに使ってくれ」
 中には農作業に必要な物や縄、麻袋などがあった。外の壁際には薪が堆く積まれ、番小屋で暖を取る他篝火にも使っているそうだ。少し離れて倉庫が二棟、収穫物が保管してある。夕暮れが迫り辺りが暗くなってきたので、随所に篝火を焚きつつ一回りを終えた。
「とにかく見回りを重点的にして欲しいんだ」
「そうすると盗賊も派手にやれないみたいだしな」
 ネオルとザガンが口々に言った。
「家畜小屋の家畜は? 売れば一財産だからいたらちゃんと守ってやらないといけないし、世話も要るだろうから餌のこととか教えてくれ」
 レオンが言うとザガンは首を振った。
「家畜の世話まで頼めないよ。そっちは爺さんたちに話してあるし」
「でも、餌の準備だって大変だろ?」
 結局二人はレオンの申し出をありがたく受けることにした。
「それじゃあ、後でマルス爺さんに聞いてみてくれ」
「解った」
 それから二人は、マルスの家まで三人を案内した。
「今夜はゆっくり休んでくれ」
 三人はその言葉通り、翌日からの警護に備えてゆっくりと休むことにした。


 翌日の早朝、村長が村にある現金を取りまとめて、三人に託しながら言った。
「よろしければ番小屋をお使いください。仮眠用の寝具もありますゆえ」
「非力なる身ではありますが、精一杯留守居を務めさせて頂きますとも!」
「頑張って留守番を務めるわね。道中お気をつけて」
「留守番はおいらたちでばっちりするから楽しんできてくれよ」
 三人は口々に言って、村人たちを送り出した。中でも一番丁寧に頭を下げて行ったのは、ティファカとその両親だった。


「さて。おいらはまずは、家畜の世話を手伝ってくるよ」
 レオンはさっと家畜小屋へ向かった。ギエーリとミーティアは、物置から必要な道具類を持ち出し、広場で夜に向けての準備を始めた。そのうちに留守番の者たちが一人、二人と集まって来た。
「秋の空は〜澄んで〜らら〜らぁ〜」
 ギエーリは鼻歌交じりで実に楽しそうだ。若い母親たちも乳飲み子をあやしながら、彼の歌を聴いたり、歌ったりしている。方やミーティアは作業の傍らで老人たちと話していた。
「時間があれば、収穫にしっかり働いた農機具の手入れもさせて貰いたい処ね」
 うずうずした様子で言うミーティアに、ジュアイルが笑う。
「お前さんはよほどその生業を愛しておるのじゃなあ」
 ――村の時間は穏やかにゆっくりと過ぎていく。
 やがて戻ったレオンを加え、三人は墨染めの縄に、薪を細工して作った鳴子を取り付けたものを、人が入って来そうな場所を選んで括りつけた。不思議そうに作業を見守る老婆に、レオンが声をかけた。
「婆ちゃん、そこ、気をつけてな」
「――何じゃね、これは?」
 尋ねる老婆に三人は、に、っと笑顔を見せた。


 いよいよ辺りが薄暗くなると、空の民家に明かりを灯して回った。広場に篝火を焚いて早めの夕食を取る。提供してくれたのは、若い母親たちである。ジュアイルとマルス、それに加え数人が見回りの手助けを申し出る。ミーティアが嬉しそうに応じた。
「人の目があれば防げる事もあるものね」
 番小屋には必ず誰かが残り、合間の仮眠もそこで行うことにした。現金の保管も一緒にすれば、もし盗賊が現れても奪われる心配はないだろう。
 レオンが自信満々に胸をどん、と叩く。
「一番体力あるのはおいらだからな。任せとけって」
「慣れぬ不寝番でも途中でうたた寝は困りもの。村の御老を含め共に見回る方々の興味を引くような語りにて、眠気を覚ますと致しましょう」
 どこか歌うような口調のギエーリに、村人たちは笑顔を見せた。
 それからは交代で見回りをする。その際、民家の軒先で会話をする振りをしたり、灯りをランダムに消したりなどした。少しでも人気を多く見せかけるためだった。村人たちには先に休んでもらうことにし、三人は交代で休みつつ警戒を続けた。不審な物音ひとつせず、夜は淡々と静かに更けてゆくのであった。


 夜が白々と明ける頃、番小屋でミーティアが欠伸を噛み殺しつつ、言った。
「どうやら何事もなかったようね」
「まずは一安心ですね」
 ギエーリもほっとした様子で呟く。レオンが見回りから戻って、二人に報告する。
「怪しい人間が出入りした形跡はなかったよ」
「それでは、明るくなったことですし、しばしの休息といたしましょうか」
 ギエーリは言うや否や、その場にそっと横になった。ミーティアもいそいそと寝具に包まる。
「おいらは家畜の世話を手伝ってくるから、先に休んでてくれ」
 レオンはそう言い残すと再び番小屋から出て行った。


 やがてレオンも戻り、皆ゆっくりと身体を休めた。そろそろと夕暮れが迫る頃、三人は再び動き出した。預かった現金をそれぞれに身につけ、前日と同じ手順で家々に明かりを灯し、篝火を焚き‥‥広場で夕食を取っていると、手伝いの人々も集まってきた。
「今頃向こうの村では、盛大に祝っているんじゃろうなあ‥‥」
 ジュアイルの一言に、ややしんみりとした空気が場に流れる。
「あら。私たちが留守番してるから、向こうだって楽しめるのよ? ねーえ」
 一人の母親が赤ん坊に語りかけるように言うと、皆の顔に笑みが戻った。
 夕食を終えて番小屋に移る。交代で見回りを続けるうちに、夜も更け、村人は一人、また一人と帰って行く。残された三人はそのまま警戒を続けるのだった。
 そうして大事なく朝を迎え、三人は安心して休むことにした。もちろんレオンは今朝も家畜の世話を手伝ってから――だったが。


 どれくらい休んだ頃だろうか――何やら賑やかな雰囲気を察してミーティアがそろそろと起き出すと、レオンとギエーリも目を覚ましたようだった。どうやら広場の方からわいわいと人の声がする。
「今夜の準備か? おいらも手伝うよ!」
 レオンは言いながら走って行く。ミーティアは村人の一人に声を掛けた。
「村長さんはどちらかしら? 預かった現金をお返ししないと」
 彼女は村長を訪ね、現金を返すと農機具の手入れを申し出た。遠慮する村長を説き伏せ作業にかかったミーティアに、彼は何度も「申し訳ない、ありがたい」と繰り返した。広場から風に乗ってギエーリと子どもたちの声がする。ミーティアは微笑を浮かべながら、作業を続けるのだった。


 夜。
 広場に集まった人々を前に、村長と三人が並んで立った。
「えー、この度はティファカの婚礼の宴も盛大のうちに恙無く済み、本当によかった。こちらの皆様に、まずは礼を申し上げよう」
 村長が頭を下げ、三人も思い思いに応じる。
「留守の者にも世話になった。礼を言おう。今夜は皆で楽しく過ごすとしよう!」
 村長の音頭で人々にわっと歓声が起こり、宴が始まった。輪に加わった三人に
「ありがとうございました」
「この料理をどうぞ」
「酒もどんどんやってください」
 ――と声がかかる。
 広場で赤々と燃える篝火の下、どの顔も嬉しそうに輝いて見える。
「ここはひとつ、今宵を無事迎えられたことを祝い、精霊を称える詩を一遍、ご披露いたしましょう」
 ギエーリが高らかに宣言して、朗々と詩を紡いでいく。終えて一礼した彼を賞賛の拍手が包んだ。広場の中央で歌と手拍子に合わせて踊りが始まり、レオンがその輪に飛び込んで行った。それを見ながらわいわいと酒を酌み交わす一団に、ミーティアはいた。
「本当にありがとうございました。おかげさまで無事、宴を済ませられました」
 改めて声をかけて来たのは、ティファカの両親。父親は心なしか寂しそうだった。
「それは何よりです。留守番の甲斐がありましたわ」
 ミーティアはそう答え、母親が勧める酒を杯に受けた。
 ――そうして賑やかなうちに夜は更けてゆく。三人も無事に依頼を終えた安心からか、心から宴を楽しむのだった。


 翌朝。
 三人は皆に別れを告げると、村を後にした。
 昨晩の酒と疲れが残り、足取りはやや重いものの、人々の感謝と晴れやかな笑顔に見送られ、大きな満足感に包まれて帰途についたのであった。