猫はどこへ逃げた?
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:小椋 杏
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月06日〜11月11日
リプレイ公開日:2008年11月13日
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●オープニング
誰の目にも疲れきった様子の少女が冒険者ギルドを訪れたのは、とある昼下がりのことだった。彼女はとぼとぼという以外に表現のしようのない様子で受付までやって来ると、顔を上げた。
「先日は大変お世話になりました」
「――ああ。貴女はあの時の。探し物が無事に見つかって、何よりでしたね」
受付係はそう応じてにっこりした。しかし少女――リュカの様子はなにやら深刻で、受付係はすぐにその笑顔を引っ込めた。
「――それで、本日はどのような‥‥?」
受付係が尋ねると、リュカは大きなため息をついた。
「わたしったら、本当にもうどうしようもないどじで」
リュカはそう前置きをした。
「――また、探し物のお願いに来たんです」
受付係はしばらく言葉が出なかった。ようやく彼の口をついて出たのは、こんな科白だった。
「今度は、何を? また解らないなんて――そんなことは、ないですよね?」
見る間にリュカの瞳に涙が盛り上がる。
「いえ、あの。解らなくはない、んですが」
リュカはぽつりぽつりと、事の経緯を説明し始めた。
昨日、主人に頼まれて主人の友人宅に赴いたこと。そこで籠に入った三匹の猫を預かったこと。帰る途中、ちょっとした不注意で馬車にぶつかりそうになったこと。その拍子に籠を落としてしまったこと。怒鳴り散らす御者に何度も頭を下げたこと。はっと気がついて籠を拾い上げてみると空になっていたこと――。
「わたし、猫が逃げてしまったら大変だと思って、中を見なかったので、どんな猫だったのか解らないんです。周りにいた方に尋ねて、逃げて行ったという方向を探し歩いてはみたんですけど、何しろ三匹もいたものですから、一人では探しきれなくて。みんな虎模様で、それぞれ首にリボンを巻いていたとか」
「なるほど――」
「お屋敷に戻って正直にご主人様に話しますと、こちらにお願いしようということになりまして」
「――そうでしたか」
受付係が頷きながら言うと、リュカは付け加えた。
「実はその猫は、奥様とお嬢様方が欲しいと仰ったそうなんです。お三方は今、奥様のお里へ行かれていて、お留守なんです。ですからお三方が戻られるまでになんとか、探してはいただけないかと――」
受付係はふと疑問に思い、それを思わず口にしていた。
「‥‥こう言ってはなんですが、その猫でなくてはいけないのでしょうか? 愛玩動物として猫を飼っていらっしゃる方は相当おられますし」
その言葉にリュカは力なく首を振った。
「それが――どうやら模様がお気に召したとかで。他の方のお宅でもいろいろな猫をご覧になったそうなんですが、わたしがお預りした猫ほど具合のいい虎模様の猫はいなかったそうで。それもあの、全部毛色が違うんだとか」
「虎模様にも毛色があるんですか?」
リュカ同様、猫の毛色にはそう詳しくもない受付係は、思わず問い返していた。
「ええ、そうらしいです。シャンドレア様に伺えば、もっと正確に解るかと。――あ。シャンドレア様という方が、猫を下さった、ご主人様のご友人です」
リュカは答えてから、さらに付け加えた。
「ご主人様も奥様とお嬢様方のご希望ですから、なんとしても見つけてもらいたいと仰って。今回の報酬はご主人様が用意させていただくとのことでした。――お願いできますでしょうか?」
この広い王都でたった三匹の猫を探すのは、そう簡単なことではない。見つかったとしても、期限に間に合うかどうか。しかしここに集う冒険者なら、あるいは――。
「――前回も申しましたが、絶対に、という保証はできません。できませんが、心強いことは確かです」
貴女もそう思ったからこそ、こちらへお見えになったのでは?――そう問われて、リュカはこくんと頷いた。
「では、依頼書を作りましょう。今回は――動物の扱いに慣れている方がいいかもしれないですね」
受付係が微笑みながらそう言うと、リュカは「お願いします」と深々と頭を下げたのだった。
●リプレイ本文
三匹の虎猫探しの依頼を受けた三人――正確には、三人と彼らのペットたち――は、まずはリュカに話を聞くべく、彼女が働くノートランド家へと向かう。
「箱の次は猫か。今度は生き物だから早めに探さないとな」
ややあきれた様子で言ったサイクザエラ・マイ(ec4873)に、リュカは情けない顔をした。
「‥‥すみません。よろしくお願いします」
「早速で悪いんじゃが、猫を運んでいた籠はこちらにあるのかのう?」
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)が尋ねる。
「わたしがお預かりしていますが‥‥どうしてですか?」
「猫の匂いが残っていれば、犬に追わせることもできるかと思いまして」
そう付け加えたのはディアッカ・ディアボロス(ea5597)。リュカは傍に控える二匹の犬に視線を転じ、それから頷いた。
「すぐに持ってきます」
しばらくの後、リュカは息を切らせながら、一抱えもある大きな籠を持って来た。サイクザエラがそれを受け取りながら、猫を逃がした場所と時刻を詳しく聞き出した。さらに元の飼い主であるシャンドレアの屋敷を教えてもらい、まずはそこで詳しい猫の情報を得ることにした。
シャンドレアの屋敷に着くと、ふさふさの白毛の猫を抱いて、やや小太りで人のよさそうな中年男性――シャンドレアが現れた。見ると屋敷の中にも外にも数え切れないほどの猫がいる。
「リュカさんに預けた猫の姿を思い浮かべてください」
言われるがままに記憶を辿るシャンドレアの前で、ディアッカの身体が淡く銀色に光る。
『チャトラ。首には赤いリボン。キジトラ。リボンは黒。サバトラ。ピンクのリボン』
ディアッカはそれを元に今度はファンタズムを使う。まるで目の前にいるように、三匹の虎猫の幻影が現れた。
「ほほう。こりゃあすごいね。そうそう、この三匹だ。虎模様が素晴らしいだろう?」
シャンドレアはどこか嬉しそうに幻影の猫を見ている。
「チャトラとかキジトラとかいうのは、猫の名前ですか?」
「いやいや、猫の模様のことさ。知り合いの天界人が教えてくれてねえ。他にもハチワレとか三毛とかくつしたとかいるんだが、見るかい?」
心なしかシャンドレアの瞳がきらきらと輝いている。三人はそれを丁重に辞退し、猫が逃げた街角へと向かったのだった。
途中、市場に立ち寄ってサイクザエラは干し魚を購入した。件の街角に着くと、早速ユラヴィカが金貨を手にサンワードを使い猫の行方を尋ねたが、似たような猫が何匹かいるようで、あまり効果はなかった。テレスコープで探ってみたものの、やはり結果は同じ。結局リュカから預かってきた籠をプチとヘクターの鼻先に持って行き、匂いを覚えさせ、後を追ってみることにした。二匹は辺りの匂いを注意深く嗅ぎ、やがて同じ方向へと進み始めた。
とある屋敷の門前で、二匹が吠えた。
「ここ数日の間に、猫を拾わなかったじゃろうか?」
ユラヴィカが使用人に尋ね、同時にディアッカがファンタズムを使う。彼は、ああ、と頷いた。
「この灰色っぽい猫が、先日坊ちゃまが拾われた猫とソックリです」
事情を説明して連れて来てもらうと、それはサバトラと呼ばれていた猫だった。
三人は互いに頷き合うと、サイクザエラが猫を受け取り、預かった籠に入れた。
屋敷を出ると、ユラヴィカが再びテレスコープを使った。四つ向こうの通りにある、やや小さめの屋敷の裏手で、若い女性が数匹の猫に餌を与えている姿が見えた。中にはチャトラと呼ばれていたのと、よく似た猫がいる。
「そろそろ日暮れも近い。急ごう」
ユラヴィカの話を聞いたサイクザエラが言って、三人は先を急いだ。途中からプチとヘクターの動きが忙しくなる。
「わん、わんっ」
「わんわんわん」
屋敷の手前で二匹が揃って吠えた。ユラヴィカがテレパシーでプチを、ディアッカはインタプリティングリングを使ってヘクターを宥める。その間に一足早く、サイクザエラが屋敷の勝手口へと回りこんだ。そこには幾つかの器が点々と置かれ、数匹の猫がのんびりと毛づくろいをしている。その様子を穏やかな表情で見守る女性がいた。
「ちょっといいだろうか。猫を探しているのだが」
サイクザエラが声をかけると、女性が振り返る。そこへディアッカとユラヴィカも合流した。早速ファンタズムを使うと、女性はじいっとそれを見つめた。
「‥‥この茶色い虎模様の猫ちゃんかしら? ええっと――ああ、あそこにいますわ」
女性が庭の向こう側で小さく丸まっている猫を示す。
「ここ四、五日前から見かけるんですけど、餌を食べているのは見たことがないの。警戒しているみたいだわ」
そこでディアッカがメロディーを使った。
かわいいかわいい虎猫よ
どうぞ こちらへ おいでなさい
おいしいおいしいお魚を
どうぞ こちらで お食べなさい
その歌声に誘われるように、少しずつ寄って来て餌を食べ始めた。サイクザエラが静かに歩み寄って、ひょいと抱えあげると、抵抗することなくおとなしく籠に入った。サイクザエラは自分が持っていた干し魚を籠に入れてやった。
「どうもお邪魔したのじゃ」
女性に向かってユラヴィカが礼を言うと、彼女はにこりと微笑んだ。
「いいえ。無事に見つかって何よりでしたわ」
ディアッカとサイクザエラも丁重に礼を述べ、その屋敷を後にする。
「残りは一匹だな」
その言葉にユラヴィカとディアッカは頷きを返したものの、空は暗さを増していた。
「――残念ですが、今日はもう諦めましょうか」
ディアッカが言った。
「そうだな――まだ時間はあることだし」
「猫が心配じゃが‥‥まあ、しょうがないじゃろう」
サイクザエラとユラヴィカも賛同し、まず無事に保護したサバトラとチャトラをリュカに引渡して、初日の探索を終えたのだった。
翌朝。
三人は出来る限りの手を駆使して、最後の猫の行方を追った。
サンワード。
テレスコープ。
プチとヘクターに探させる。
周囲への聞き込み――等々。
しかしこれといった情報は得られない。肌寒い季節ということもあるし、また日向ぼっこでもしていればサンワードで居所が掴めるだろう、ということで、ユラヴィカがウェザーコントロールを使い、なるべく日が差すように天候を調節してみる。物陰にそれらしい生物がいないかと、サイクザエラが時折インフラビジョンを使い探ってみるが、どれも空振りだった。
三人は徐々に捜索の範囲を広げながら、地道に聞き込みをして回る。時間だけが徒に過ぎていき――キジトラの尻尾も掴めないまま、あっという間に五日目の夕暮れが迫ってきた。
「――もう暗くなるな。どうする?」
期限が翌日に迫り、三人は焦っていた。
「徹夜も覚悟で探すべき――じゃろうかのう?」
「猫が逃げ込んだ場所が確実に解っているなら、それもいいのでしょうが‥‥」
三人が思案顔で街外れに佇んでいると、一人の中年過ぎの女性が駆け寄ってきた。先程近くの屋敷で彼らの応対に出た女中だった。
「ああ、よかった。まだこの辺にいて」
女性は三人を代わる代わる見ながら、続けた。
「あそこの奥の袋小路でさ、『猫の集会』があるんだけど、誰かに聞いたかい?」
「――猫の集会――と、いいますと?」
ディアッカが問い返すと、女性は早口で答えた。
「辺りが薄暗くなるとさ、近所の猫たちがどこからともなく集まって、顔を付き合わせて蹲ってる、ってだけのことらしいんだけどね。もしかしたらあんたたちが探してる猫もいるかも知れないって」
「しかし、さっきはそんなことは言ってはいなかったが?」
サイクザエラが言うと、女性はからからと笑う。
「そりゃあそうさね。私もさっきまで知らなかったんだもの」
「‥‥はい?」
「あんたたちのことを、何の気なしにお嬢様にお話したのよ。そうしたらお嬢様が、猫の集会のことは知っているかしら、って。まだこの辺を探しているようなら、お知らせしてはと仰るもんだから」
「そうでしたか。大変助かりました」
ディアッカが丁寧に礼を言うと、そろそろ始まるそうだよ、と女性が付け加える。三人は急いで教えられた袋小路へと向かった。
まだ猫は集まっていないようだった。
念のため干し魚を何ヵ所かに置いて、三人は身を潜めた。やがてどこからともなく猫が集まってきて、思い思いの場所に蹲り、あるいは置いてある干し魚を食べたりしている。猫が逃げないようにメロディーを使いつつ、一匹ずつ確かめると、他の猫から少し離れたところで、キジトラが蹲っていた。巻かれたリボンが少し汚れてはいるものの、色も間違いなく黒だった。
「‥‥なんとか見つかったな」
サイクザエラがため息混じりに呟いて、最後の一匹を捕まえ、籠に入れた。
三人を出迎えたリュカは籠を受け取り、何度も何度も礼を言った。
「人の事は言えないが、これから頼まれ物を運んだり預かったりする時は誰かに同伴を頼んだり見ていてくれるよう頼んだ方がいいと思う。それが無理なら、『自分はこれこれこういう仕事をしている』と常に周囲に伝え続けて、何かあったときの周囲からのフォローができるようにしておいたほうがいい。あんまり一人で物事を抱え過ぎて失くし物や失敗が続くと『リュカには大切な物事は頼めない』と思われてそのうち本当に暇を出されることになるぞ」
サイクザエラのやや厳しい言葉を、リュカは神妙な面持ちで聞いていた。
「まぁまぁ、猫たちも無事に見つかったことじゃし、お説教はそれくらいでいいじゃろう」
「時には失敗もつきものですからね。あまり気を落とさず、お仕事に励んでくださいね」
ユラヴィカとディアッカに慰められ、リュカはこくん、と頷いたのだった。
こうして無事に見つかった三匹の虎猫たち。
翌日、リュカは奥方とお嬢様方が戻るまでに、猫たちのシャンプーをしたりリボンを調えたりと、迷子になっていた形跡を消すため、目の回るような思いをしたとか、しないとか――。