【黙示録】枯れた水源――湧き出すは魔物
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■ショートシナリオ
担当:小椋 杏
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月30日〜12月05日
リプレイ公開日:2008年12月07日
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●オープニング
その日の夕刻、ユアラウムの元にもたらされた報告は、彼を愕然とさせた。
水源地にあった泉の底に、大きな地割れが出来ていた――というのである。もちろんのこと、水は一滴も残ってはいなかったそうだ。
「それにしても、なんだかおかしなことがありましての」
ドワーフの長、リッドが代表して話し出す。
「昨日、薄暗くなってから泉に着き、すぐに地割れに気がついたんじゃが、さすがにそれから山を降りるのは危険じゃろうということで、まずは地割れがどんなものか調べようと、近づいたのですじゃ――」
地割れの大きさは、長さが十メートル弱、幅は三メートルほどといったところだった。ランタンで確かめつつ、ロープを使って降りてゆくと、少しずつ幅は狭くなり、七、八メートルほどまでしか降りられなかった。ランタンをかざすと、どうやら十メートルもいかないところで、地割れは閉じているように見えた。辺りを見渡すとやや離れたところに縦横二メートル弱の横穴のような亀裂があり、そこから入って少し歩くと、洞窟のような場所へと通じていた。洞窟は緩やかに下る一本道で、奥は深そうにも思ったが、特にこれといった変化もなく、それ以上の探索は不要と判断し、戻ることにした。
「――それから野営の準備を終え、食事も終えてそろそろ休もうかと思ったとき、地割れに降りていく不審な人影のようなものを見たのですじゃ」
リッドはやや興奮気味に、話を続けた。
「その影がどうやら振り向いた――と思ったら、急に眠気に襲われましての。はっと気がつくと、わしはデュロンに揺り起こされておりました。わしの他にも、ばたりと倒れこんで眠ってしまった者が幾人かおったんじゃが、眠ったものは皆、人影を見ておりました。そして眠らなかった者たちは、そんな影には気がつかなかった――と、そう申すのですじゃ」
ユアラウムはリッドの話を聞き、新たに井戸を掘る算段を考えつつ、もうひとつ別なことを考えていた。彼の娘、メルシュアのことである。
先日の大地の揺れ――遅れて発覚した、街の井戸の異変。取り急ぎ数名のドワーフたちを水源地の調査へと向かわせたのが、昨日の早朝。そして今朝――。
ユアラウムの娘、メルシュアが、自室の窓辺で倒れていたのである。
それを発見したのはメイドのレイミだった。いつもはメイドたちが朝食の準備にかかる頃には起き出すメルシュアが、朝食が終わっても姿を現さないことを不審に思ったレイミが、部屋に入って発見し、大騒ぎになった。
慌てて駆け寄って様子を伺うと、特に外傷があるわけでもなく、ただ眠っているだけのようにも見えたのだが――問題は、その眠り方であった。
いわゆる昏睡状態だったのだ。
すぐに医者に往診してもらったものの、やはり目立った外傷はない。体内で何かしらの病変があるにしては、顔色も悪くはない。昏睡の原因はまるで不明だった。
今なお、メルシュアは眠ったままである。
ユアラウムはメルシュアを心配しつつも、井戸の件などで忙殺されており、手が回らなかったのである。しかしリッドの報告を聞いて、彼は確信した。
大地の揺れと、大きな地割れ。そしてメルシュアの昏睡には、カオスの魔物が関わっているのではないか――と。
メルシュアの部屋の窓――ちょうど彼女が倒れていた場所から、真っ直ぐ北の直線上に、水源の泉があった。地割れから現れた魔物が、メルシュアを昏睡させているのでは――?
だとすると、このまま放っておけば、娘の命が危ういかもしれない。
ユアラウムは強い危機感に迫られ、急ぎ部下に命じて、王都へと馬車を駆らせたのだった――。
●リプレイ本文
すっかり日が暮れた頃に、ようやく馬車は目的の街へと到着した。依頼主のユアラウムが彼らを出迎える。
「遠いところご足労頂き、感謝いたします」
ユアラウムが礼と共に言うと、リール・アルシャス(eb4402)が応じた。
「いえ。ご令嬢の事と街の事と、ユアラウム殿もお辛いでしょう。全力を尽くします」
セシリア・カータ(ea1643)もユアラウムに一礼し、口を開いた。
「早速で恐縮ですが、メルシュアさんに面会することは出来ますか? 調べたいことがあるのですが」
さらにディアッカ・ディアボロス(ea5597)が付け加える。
「何が起こったのかを魔法で調べたいのです。何かよからぬ物が関わっている可能性がありますので」
「そういうことでしたら、ご案内いたしましょう」
ユアラウムが先に立ち、一同はメルシュアの部屋へと向かった。
メルシュアは、寝台の上で静かに横たわっていた。部屋の片隅に控えていたメイドのレイミに、彼女が昏睡に陥ったと思われる日時を確かめてから、ディアッカが何度かパーストを試みた。本人が昏睡している以上、その間のことを調べるためには、少しずつ時間をずらしてパーストを使うしかなかった。幾度目かでやっと、問題の場面を見ることが出来た。
メルシュアは深夜に寝台から身を起こすと、ガウンを羽織って窓辺へと歩み寄った。窓から外を伺う。数瞬の後、窓辺に人影が見えた。それは、はっきりとメルシュアに向き直った。――と、彼女の身体が、力を失って崩れ落ちたのである。
「白い玉はなかったか?」
巴渓(ea0167)に問われ、ディアッカは静かに頷いた。
「それでは、魂を抜かれた訳ではないのですね」
リールが言うと、セシリアはそっと顎に指を沿わせる。
「魔物に眠らされているのでしょうか」
「だとすると――リッドの証言と辻褄は合うのう」
ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)はリッドの証言を思い返していた。
「ところで、ユアラウム殿。地割れの奥の洞窟について――ですが、状況によっては塞いだ方が得策かと思われますが」
リールの申し出に、ユアラウムはううむ、と唸った。
「確かに、魔物が関わっているとあらば、それも考えておかねばならないでしょう。水源地の調査もまだ進んではおりませぬ故、手が回るようなら、洞窟だけなら塞いでも構いません」
「解りました」
「では、今夜はゆっくりとお休みください」
ユアラウムは使用人に部屋を用意させ、彼らはそこで休むこととなった。その前にリールはユアラウムに頼んで、羊皮紙を調達したのだった。
翌朝。早朝に屋敷を出発し、馬車に揺られること半日ほどで、水源のある森の入口へと到着した。案内役のリッドが先頭に立ち山へと分け入る。次第に険しさを増す道中で、幾度かの小休止を挟みつつ、黙々と先を急いだ。夕暮れが差し迫る頃に、ようやく枯れた泉の畔に着いた。
「何と言うか‥‥ある意味見事だな」
渓の言葉を聞きつけてリッドが応じた。
「わしも最初に見たときは、さすがに驚きましたわい」
亀裂の淵から一本、ロープが下がっている。それを認めてリールが確かめた。
「洞窟というのは、あの下ですか?」
「ああ、そうじゃ」
「とにかく、今夜は早めに休みましょう」
セシリアが言って、それぞれに手際よく野営の準備を始める。渓が持参した簡易テントを設営し終え、火をおこして夕食をとりながら、翌日の打ち合わせを済ませた。
「夜間の見張りはわしらに任せておくのじゃ」
ユラヴィカが言い、その言葉とともにディアッカも頷いて見せた。
翌朝。その場で待機することになったリッドが、心配そうに見守る中、彼らはロープを辿って次々と洞窟へ入っていった。
中へ入り、改めてランタンでかざしてみる。
「かつては地下水脈のようなものだったのかもしれないな」
リールは羊皮紙と筆記具を片手に、そう呟いた。
「行きましょうか」
ディアッカが言って、洞窟の奥を目指して歩き始めた。
暫くは、やや下りながらの一本道が続いた。ユラヴィカが時折エックスレイビジョンで先を確かめつつ進んだため、それほどの危険もなく奥へと入っていく。ディアッカの持つ『石の中の蝶』の動きにも特に変化は見られなかった。渓が『龍晶球』を使ってみる。
「‥‥ん?」
ほんのりと宝石が光った。警戒しつつ先へと進む。『石の中の蝶』の羽ばたきが次第に激しくなったかと思うと、前方から魔物がわらわらと現れた。鉛色で、コウモリの羽に、尖った尻尾。耳まで裂けた口にはぞろりと牙が並んでいる。その数――三体。
「お出ましだな。行くぞ」
リールとセシリアが素早く踊りかかる。渓は防御に回り、ディアッカとユラヴィカを守る。
「はあっ」
両手のノーマルソードで斬りかかるセシリアに、魔物は一瞬ひるんだように見えた。リールもショートソードで応戦する。爪での攻撃を交わし、受け流し、隙を突いて斬りつける。二体は倒したが、一体は素早く逃げ出してしまった。
「‥‥あいつらが黒幕――ってことは、ないよな」
渓の呟きにリールが応じる。
「おそらくは。少し休んで、先を急ぎましょう」
その後も同じ魔物に遭遇すること、四回。前衛を務めるリールとセシリアも、一度に多数と戦うため、いくらかダメージを受けつつも撃退した。その後しばらくして、今度はユラヴィカが『龍晶球』を使うが、反応は見られなかった。どれくらい進んできたのか――洞窟は緩やかな下りから縦穴へとつながっていた。ディアッカとユラヴィカが偵察に降りると、高さはおよそ六メートルで、さらに奥へと続いているようだった。ロープを張って縦穴を降り、そこで回復のための小休止を取るのだった。
行動を再開し、さらに奥へと進む。ディアッカが『石の中の蝶』に目を遣ると、ゆっくりとだが羽ばたいているのを認めた。
「魔物が近づいているようです」
しばし足を止め、辺りの様子を伺う。渓がランタンをかざすが、先はまだ続いている。警戒しつつゆっくり進むにつれ、蝶の羽ばたきが激しさを増す。と――。
ランタンの光に、微かにぼうっと、蹲る影が見えた。緊張が高まる。
「‥‥なにやら騒がしかったのは、お前らのせいか」
ゆらり――と立ち上がったのは、道化の格好をした魔物。リールとセシリア、渓が目配せを交わす。じりじりと間を取りつつ、まずセシリアが動く。その間に渓はリールにオーラパワーを付与。セシリアの攻撃は爪で受けられたが、あとに続いたリールのスマッシュが命中し、魔物が呻いた。ぎらりとリールを睨み付けると、爪を振りかざす。かわしきれずにリールは地に叩きつけられた。
「ううっ」
身体を起こしかけたリールに魔物が正対したかと思うと、突然彼女の身体が崩れた。一瞬動揺したセシリアだったが、リールに攻撃させまいと再び攻撃に転じた。
「やあっ」
その間にさっと後衛の三人がリールに駆け寄った。
「リールっ! 大丈夫かっ?」
慌てて揺り動かすと、リールははっとしたように正気に戻った。
「すまない、急に眠気が――」
「リッド殿の話に聞いたとおりじゃな」
「一瞬のことでよく解りませんでしたが――奴の能力の一種でしょう」
オフシフトで攻撃をかわし、カウンターアタックを決めたセシリアがその輪に戻る。
「間を与えてはまたやられるかもしれません。手を休めずに行きましょう!」
セシリアの攻撃に魔物が体勢を崩しているうちに、リールが飛びかかる。セシリアも自らオーラパワーを使い、さらに攻撃する。それらを受け、魔物は爪で応戦するも、思うようにいかないようだった。さっと飛んで距離を置いた。
「――食らえっ!」
「!!」
今度はセシリアが膝を着いた。それに気がついて、素早く後衛組が駆けつける。その間にリールがフェイントアタックを繰り出す。
「くうっ――」
魔物は攻撃を受け、体勢を崩した。よろりと立ち上がり、攻撃に転じようと構えたが、それよりも一瞬早く、正気を取り戻したセシリアが斬りかかった。
「うぐわああぁぁぁっ――」
その攻撃が致命傷となり、魔物は断末魔を上げた。
「‥‥厄介な能力だったな」
リールの言葉に、セシリアも頷く。
「今の魔物が複数で現れたら、大変なことになるでしょうね」
「さしずめ『眠りに誘う道化師』――というところじゃな」
ユラヴィカが魔物が消えた辺りを見下ろしつつ、呟いた。
それから一同は念のため辺りを調べ、程なく最奥へと行き着いた。そこに更なる地割れを見つけたが、シフールでもやっと通り抜けられるか――というほど細い上、相当深いようだった。
「これ以上の調査は無理ですね――。戻って報告しましょう」
ディアッカが言った。
「うむ。メルシュア殿の容態も心配じゃしの」
ユラヴィカが応じ、彼らは休む間も惜しんで引き返す。
洞窟を出て、最後に渓が入口付近で渾身のオーラショットを放ち、岩を崩落させて仮に封鎖したのだった。
翌日の夕方、ユアラウムの元に戻った彼らを、無事に昏睡から目覚めたメルシュアが迎えた。事の経緯を聞かされ、ぜひとも会いたいとのことで、無事の帰りを今か今かと待っていたという。ひとしきり礼を述べると、メルシュアは改まって言った。
「実は、皆さまにお話ししたいことが――」
彼女は昏睡に陥る少し前、妙な夢を見て目を覚ましたのだという。姿はよく覚えてはいないが、ある女性が彼女に、こう告げた――というのである。
混沌が迫っています――と。
目覚めたメルシュアは、妙な胸騒ぎを沈めようと窓辺に立ち、そこで不運にも魔物に遭遇したのだという。
「混沌――か」
繰り返されたその言葉に、メルシュアは不安げに表情を曇らせたのだった。
一晩ゆっくりと屋敷で休ませてもらった一同は、ユアラウムやメルシュアに見送られながら、馬車に乗った。依頼は無事に成功し、メルシュアを救うことは出来たものの、重い空気が場を支配している。
それぞれに、迫る混沌の意味を考えているのであった。