Wolf Hunt

■ショートシナリオ&プロモート


担当:大神ゆり

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月29日〜11月03日

リプレイ公開日:2006年11月03日

●オープニング

 暗い夜。うすく欠けた月が雲の切れ間にのぞいて、ほのかに地上を照らしている。星は見えず、凍りつきそうな空気がゆっくりと流れている。その風に揺られて、森の木々がひそやかにざわめく。枝葉にさえぎられた森の奥に、月明かりがとどくことはない。木々の間を縫って走るのは黒い影。金色に光る二つの瞳が、闇の中にある。規則ただしい四つ足の立てる音と呼吸音。

 やがて森を抜けたその影を、月明かりが照らし出した。月光の下でなお黒い、それは一頭の狼だった。吐き出される呼気だけが白く流れて尾を引き、溶けるように消えてゆく。森を抜けて速度の増したその足は、まっすぐに開拓民の集落へと向けられていた。人の足では半日かかる距離でも、狼にとってはあっというまである。じきに集落へたどりつくと、彼はようやく足を止めて獲物を物色しはじめた。鼻を高くもちあげて空気の流れを読み、次に鼻をさげて大地に残された肉の匂いを追った。

 いずれの家屋も、固く扉が閉ざされていた。彼がこの集落を訪れたのは初めてではなかった。すでに何度か、住民を牙にかけている。彼は警戒されていた。それでも、命知らずな者はどこにでも存在する。あるいは、単なる愚か者。

 道の先を、よっぱらいが歩いていた。小太りの中年男だ。背後から迫る狼の足が徐々に速くなり、やがて弾丸のように走りだした。よっぱらいの男は足音に気付くと振り向いて短く悲鳴をあげ、不格好に駆けだした。たったの三歩。それが限界だった。背後から喉首を噛みちぎられて、男は血の海に倒れた。

 狼は、金色の双眸で男を見下ろしていた。男は言葉を発することもなく、ただ小さく痙攣するのみだった。そうして男の体が完全に動かなくなるまで見届けると、狼は真っ黒な尾をひるがえして森へもどっていった。最後にひとつだけ遠吠えを残して。




 五日後、キエフの冒険者ギルドに一件の依頼が持ちこまれた。北方の開拓民からの依頼で、内容はこういうものだった。

 集落が狼に襲われている。退治してほしい。
 特徴は真っ白な毛並みで、なぜか人の肉は食わない。
 普通より賢いのか、罠にもかからない。素人にはお手上げだ。
 宿と食事はこちらで用意する。よろしくたのむ。

●今回の参加者

 eb2235 小 丹(40歳・♂・ファイター・パラ・華仙教大国)
 eb5617 レドゥーク・ライヴェン(25歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5662 カーシャ・ライヴェン(24歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb8537 チロル(22歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

 静かな夜だった。断ち落とされたような半月は夜空の中央にあって青い光を放ち、森や大地、それに人の姿をも、暗いコバルト色に染め上げている。
 かすかに流れる微風の中、金色の髪が青白く蛍光しているかのような姿で彼は歩いていた。レドゥーク・ライヴェン(eb5617)。その髪の色も、真っ白な肌の色も、ハーフエルフの血を証明する見本のようにみごとなものだ。手にはランタン、腰には一振りの剣。酔っぱらったような千鳥足で、どこへともなく歩いている。
 その足が、ふいにぴたりと止まった。ゆるく流れる夜気の中に、獣の匂いが混じっていた。レドゥークは、ゆっくりと振り返った。青黒い月光に照らされて、雪のように白い狼の姿がそこにあった。
 レドゥークの右腕が、そっと剣の柄に伸びた。その表情には、どこか哀れむような色があった。あるいは、悲しむような色。カチリと鞘が音をたてた。その音に反応したかのように、狼が走りだした。レドゥークは腰を沈めて剣を抜き放ち──



「いやぁ、どうもどうも。よく来てくれた」
 キエフから訪れた五人の冒険者を、集落の長は満面の笑顔で迎えた。よく晴れた午後で、その晴れ空と同じぐらい陽気な笑顔だった。
「詳細はギルドのほうにしらせたとおりだ。すでに三人殺されている。我々もどうにか退治しようとしたんだが、どうにも賢いうえにすばしこくて手に負えん。こういうのはアンタたちみたいな連中にまかせたほうがよかろうと、まぁそういうわけだ」
「それはかまわないのですけれど‥‥」
 冒険者の一人、リン・シュトラウス(eb7760)は碧色の瞳を向けた。ハーフエルフの女性らしい、高く澄んだ声。ほっそりしたその手は、ボルゾイ犬の頭をなでている。
「お話によると、狼は襲った人を食べないそうですね。ということは、何か目的があってこの集落を襲っているのではありませんか?」
「目的というと?」
「狼の恨みを買うようなことをしていませんか?」
「恨みねぇ。我々だって、この土地を開拓するのに何人もの犠牲をはらっている。近くの森には狼やら熊やら、見たこともないような化け物も住んでいるからな。狼なぞ日常的に退治しているよ。獣どもの恨み? いちいち考えていたら何もできん」
「まぁ、正論ですね」
 レドゥークが、つまらなさそうにうなずいた。
「しかしですね‥‥」
「ほっほっほ。ま、やれることをやるしかなかろ」
 リンが反論しようとするのを、小丹(eb2235)が笑顔で遮った。パラには似つかわしくない老け顔。魔法のかけられた眼帯に片目を隠し、華国風のドジョウ髭を風になぶらせている。
「そっちのパラは話が早いな。その調子で、しっかり仕事をしてくれ。集落の者たちも協力は惜しまんよ。では、よろしくな」
 集落の長は気さくに五人の肩を叩いて立ち去った。
 カーシャ・ライヴェン(eb5662)は叩かれた肩を手で払い、「それで、どうしましょう」と夫レドゥークを見つめた。
「まずは情報を集めましょうか」
 静かな口調で、レドゥークは答えた。



『うーん。ダメだぁ。みんな、だんまりだよ。協力は惜しまないとか、ウソばっかりだ』
 おおげさに落胆した表情を浮かべて、チロル(eb8537)は頭をかいた。東方の民の血を引く、黒い髪と黒い瞳。言葉はジャパン語だ。ロシアで広く使われているゲルマン語ではない。
『うまく話を聞けんのう』
 と、こちらは余裕の笑みで応じる小丹。同じくジャパン語で、リンの視線に気付くとゲルマン語に言い換えた。
「この集落の人たちは本当に何も知らないのかな」
「かもしれんのう」
「でも、もしかすると何かを隠してるかもしれないよね」
「かもしれんのう」
「どっちだと思う?」
「わからんのう」
「あぁ、もぅ」
 チロルは肩を落として空を見上げた。
「ほっほっほ。‥‥まぁ、わしの見たところ、狼だけでなく人間たちも悪いことしたんじゃろうなぁ」
「たとえば?」
「そこまではわからんのう。ただ、狼だってヒマではないのじゃ。目的もなく人を殺すなんてこと、するわけなかろ?」
「そうだよね。でもせめて、何のために集落を襲ってるのかぐらい知っておきたいなぁ」
「世の中、知らぬほうが良いこともあるんじゃがな」
「そうかもしれないけど」
「もしかすると‥‥」
 リンが口をはさんだ。
「集落のだれかが、狼の子供をさらったとか殺してしまったとか」
「そんなところかもしれんのう」
「だとしたら、子供を返してあげればいいんじゃないでしょうか。もし死んでいたとしても、骨を返してあげれば納得してくれるかも」
「しかし、それを集落の者にたずねても話してくれそうにはないのが問題じゃよ」
「ちょっと、ためしてみたいことがあるんです」
 そう言って、リンはペットのボルゾイを呼んだ。その首筋をさすりながら、ていねいに言い聞かせた。
「ショコラ、いい? 狼の匂いをさがして。あなたたちの仲間よ。見つけてくれたら、ごほうびをあげる」
 リンの言葉を正しく理解したのか否か、ボルゾイは鼻をひくつかせて歩きだした。リンとチロル、それに小丹の三人は顔を見合わせ、あわててボルゾイの後を追った。
 じきに彼らは集落の中央、一軒の家の前で足を止めた。
「ここは、先刻の長の家じゃな」
「そうですね。‥‥あ、ちょっと!」
 リンが止めるより早く、彼女の愛犬は裏庭へ入っていった。三人はふたたび顔を見合わせると、足音を殺してボルゾイの後にしたがった。ボルゾイは、納屋の前で足を止めた。引き戸の隙間に鼻を押しつけて、すんすんと音をたてている。
 躊躇する二人を尻目に、小丹が引き戸を開けた。薄暗い納屋の中には、二十体ほどの剥製が所せましと並べられていた。熊、鹿、猪、狼──それに鳥類の剥製も含まれている。その中に、ひときわ目を引く剥製があった。それは、白と黒のあざやかな縞模様を持つ狼の剥製だった。



「どうやら、事態があきらかになったようですね」
 三人の話を聞くと、レドゥークはつぶやくようにそう言った。
 宿の部屋。すでに日は落ちている。開け放たれた窓の向こうから差しこむのは、仄明るい月の光だった。
「でも、まさか剥製にするなんて‥‥」
 リンの声音は、かすかに震えていた。犬や狼が好きな彼女にとっては、衝撃的な事実をつきつけられた形だった。怒りとも悲しみともつかない表情が、そこにあった。
「よくある話ですよ。一部の好事家には高値で売れることもあるとか。縞模様の狼というのは珍しいですからね。良い値がつくでしょう」
「でも‥‥」
「ともかく、依頼は済ませなければなりません。狼には同情しますが、人を殺してしまったのは事実です。かわいそうですが、報いを受けなければならないでしょう」
 レドゥークの口調は厳しかった。反論を許さない強さが、そこにはあった。
「レッド‥‥」
 カーシャが声をかけた。レドゥークとリンの顔を順に見つめて、それから言葉をつなげた。
「狼を殺さずに話をつけるということはできないかしら。うまく生け捕りにしてどうにか」
「それなら、私がスリープの魔法で」
 リンの声が高くなった。
「やってみる価値はあるかもしれませんね。殺さずに済むなら、それに越したことはありませんから」
 レドゥークは鷹揚にうなずいた。そして、言った。
「では、私がおとりになりましょう」



 ──狼は真っ白な直線を描いてレドゥークに飛びかかった。獲物の首筋を狙った、恐ろしく正確な攻撃。レドゥークはかわしきれず、左腕で受け止めた。金属製の篭手が硬い音をたて、数本の牙が肘のあたりに食い込んだ。反射的に剣を突き出そうとして、しかしレドゥークはとっさに手を止めた。
 次の瞬間、物陰からリンが飛びだした。片手に精霊魔法の印を結び、詠唱を終えた刹那。銀色の淡い光とともに、月の力を持つ魔法が撃ち放たれた。あらゆる生物を眠りの世界に誘う魔法。成功すれば即座に勝敗が決する。
 狼は、しかしなにごともなかったかのように軽く跳躍し、再びレドゥークに牙をむいた。今度は足元だった。レドゥークは剣を突き下ろして狼の動きを遮った。一瞬、狼とレドゥークの間に睨みあいがあった。
 視線をそらしたのは狼だった。斜めに空を見上げると、バネのようにその場を跳びのいた。一瞬遅れて、白くきらめく矢が地面に突き立った。カーシャの星天弓から放たれた、魔法の矢だった。
「それを避けるんですか‥‥」
 驚いたようにレドゥークはつぶやいた。
 狼には怒りの形相だけがあった。白い尾を逆立てて、静かにレドゥークの隙をうかがっていた。しかし、そうしていたのはごく短い時間だった。ふと何かに気付いたようにくるりと体の向きを変え、轟然と走りだした。その目にはチロルの姿が映っていた。
 あっというまだった。狼の牙がチロルの首元に届く寸前。気配を殺していた小丹の手から鞭が伸びて、狼の足をからめとった。
「ほれ、つかまえた」
 小丹は、いつもどおりの笑顔を浮かべた。狼はもがきながら逃げようとしたが、小丹のにぎる金鞭はそれを許さなかった。
「うまくいきましたね」
 ふぅと溜め息をついて、カーシャが言った。
 その直後、狼が高く吠えた。その、大気を震わせるほどの音──。わずかの間をおいて、石壁の向こうから金色の双眸が現れた。闇よりも黒い狼が、そこにいた。
「もう一頭いたんですか‥‥!」
 カーシャは一歩あとずさって、弓に矢をつがえた。
 黒い狼の動きは、それより数段早かった。闇の中に残像を溶かして走り、突風のようにカーシャに跳びかかった。
「そうはさせませんよ」
 レドゥークが、黒狼とカーシャの間に割って入った。
 狼の牙はレドゥークの篭手をとらえた。今度こそ、レドゥークは容赦しなかった。右手ににぎった獣殺しの剣──ベガルタを黒狼の胸に突き立てた。ずぐりと、両刃の剣先が血と獣毛をからみつかせて背中から突き出た。そのまま、うめき声を発することもなく狼は倒れた。冷たい闇の中で金色の瞳はつかのま光を宿していたが、それもすぐに消えた。



 翌朝。五人はなかば追い立てられるように集落を後にした。仕事が終わったら用はないだろうというのが、長の言い分だった。白い狼は彼の手にわたり、五人は正当な報酬を受け取った。
「でも、やっぱり納得いきませんね。あんな人に狼を引き渡してしまうなんて」
 帰途、リンは浮かない顔だった。
「あのとき、私の魔法がうまくかかっていれば‥‥」
「終わったことをくよくよしても仕方ないんじゃよ」
 小丹は明るく言った。
「私たちは、やれる範囲で最善をつくしたと思いますよ」
 と、カーシャ。
「そう、ですね」
 リンは、なにかを振り払うように声を高くした。
 そのとき、どこか遠くで狼の遠吠えが響いたが、風に吹き消されて五人の耳に届くことはなかった。