Swamp of The Dead

■ショートシナリオ&プロモート


担当:大神ゆり

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月05日〜11月10日

リプレイ公開日:2006年11月13日

●オープニング

 夕刻。おだやかな秋の空気の中に、薄闇が忍び入ってくる時間。
 夜の冷気と男たちの熱気が交錯する冒険者ギルドのかたすみに、彼女は立っていた。年は三十前後。喪服のようなロングコートをまとって、とおりすがる冒険者をつかまえては何事か話しかけている。その必死な様相に、足を止める者も少なくはない。しかし、彼女の話を聞くと皆首を横に振って立ち去った。彼女の言うことが、あまりに現実味を欠いていたのである。
 それは、こういう話だった。



 ‥‥私たち夫婦は、つい先日まで行商を営んでおりました。大陸のあちこちを旅して名産品を商う仕事です。さいわい夫は商才に恵まれておりまして、夫婦二人暮らせるほどの蓄えがございました。‥‥あれは五日前のことです。遥か東の村からキエフにもどる途中でした。荷馬車にはたくさんの交易品‥‥いえ、全財産が載っていました。いま思えば無用心ですが、夫には剣の心得がありましたから山賊ぐらいは追い払えると‥‥。

 その日は雨のせいで道はぬかるみ、霧も出ていました。けれど夫は、霧ぐらい大したことはないと馬車を走らせ‥‥気がつくと、街道をはずれて道に迷ってしまったのです。そのうち、馬車は沼の淵にはまってしまいました。すると、そこへ死体の群れが襲ってきたんです。ああ、思い出すのも恐ろしい‥‥。夫は剣をとって戦ったんですが、最後は‥‥。私は逃げることしかできませんでした。夫とともに死ぬべきだったかもしれませんが、でも死んでしまっては何もなりませんもの。それに私は剣も魔法も使えない、ただの女ですし‥‥。

 聞いたところ、動く死体に襲われた者は同じように動く死体になってしまうそうですね。だとすると、私の夫も死体となって沼地をさまよっているのではないかと。‥‥お願いです。あの人を、夫を、安らかに眠らせてやってくださいませ。証明として、夫の結婚指輪を持ってきてくだされば‥‥。あの無数の死体たちの中から夫を見つけ出すのは難しいとは思います。それに、お礼もあまりできません。けれど、他にたよるところがないのです。どうか、お願いします‥‥。



 涙ながらに訴える女の姿は必死なものだった。冗談や酔狂ではない。彼女は本気で、無数のズゥンビの群れの中から夫を見つけ出してくれと言っているのだ。くわえて、安い謝礼金。冒険者のだれもが相手にしなかったのは道理である。彼女は、しかし同じ懇願を繰りかえしつづけた。
 いつのまにか夕刻の薄闇は消え去り、夜の黒さが街全体を覆いはじめていた──。

●今回の参加者

 eb5076 シャリオラ・ハイアット(27歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb5763 ジュラ・オ・コネル(23歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5856 アーデルハイト・シュトラウス(22歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb5887 ロイ・ファクト(34歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb6853 エリヴィラ・アルトゥール(18歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7143 シーナ・オレアリス(33歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)

●サポート参加者

アド・フィックス(eb1085

●リプレイ本文

「今日は寒くなりそうですね」
 灰色の空を見上げて、シャリオラ・ハイアット(eb5076)は真っ白な息を吐いた。聖十字の刻まれた上衣に防寒着を羽織り、どこか退屈そうに髪をさわっている。細い指先に金色の髪をからませながら、「まぁロシアの冬が寒いのはあたりまえですけれど」とつづけた。
 キエフから東へ一日。針葉樹がまばらに茂る森の中だった。朝食と呼ぶにはやや遅い食事を終え、六人の冒険者たちは露営地の焚き火をかこんでいた。
「気温が低いと、ズゥンビの動きも鈍くなったりしないのかしら」
 思いついたように、アーデルハイト・シュトラウス(eb5856)が問いかけた。シャリオラと対照的な銀色の髪が、さらりと流れる。黒の上着に映えるその色は、金属のように落ちつきのあるきらめきを放っている。
「どうなんでしょうね。聞いたことがありませんけれど」
 と、シャリオラ。
「どうせ、もともと鈍い連中さ」
 ロイ・ファクト(eb5887)は、興味のなさそうな口調で言い放った。アーデルハイトと似たような、銀色の髪と青の瞳。その視線を空に向けて、短く言った。
「それより、雨が降るかもしれんな」
「沼地で雨なんて、最悪ね」
 アーデルハイトの眉が小さくゆがんだ。その手は、愛馬のユニコーンをなでている。
「俺の読みが外れるといいんだが‥‥」
 そう言って、ロイは腰を上げた。がっしりとした長身に、薄青色のサーコートが似合う。脇にさげた剣──ラハト・ケルブが小さく音をたてた。
「ま、雨が降るまえにかたづけようか」



 さらに東へ進み、日が暮れるころには雨が降りだした。かるく濡れる程度の霧雨だったが、視界が悪くなるのには六人とも閉口した。空気は凍りついたように冷たくなり、彼らはほとんど無言のまま森の中を歩きつづけた。
 いつしか森が切れ、ひらけた空間に黒い湿地が広がった。タールのようにねばつく泥土の中から、朽ち欠けた木々がのぞいている。その黒い表土を覆うガスのような靄は、沼の底から湧き出る瘴気のようでもあった。
「依頼人さんの話だと、ここになるのかな」
 エリヴィラ・アルトゥール(eb6853)は、だれにともなく問いかけた。六人の中では極端に背の低い彼女だが、常に先頭を歩いている。その足が止まったのを機に、全員の足が止まった。
「たぶん、そうですね」
 こたえたのは、シーナ・オレアリス(eb7143)。いかにもウィザードらしい軽装で、疲労の気配を見せることもなく優雅な笑みを浮かべている。どことなくゆったりとした口調で、彼女はつづけた。
「でも、ズゥンビさん一人もいらっしゃいませんねぇ」
「うーん。もっと先なのかな」
「けれど、これより先には進めませんね。迂回するにしても、この沼ずいぶんと広いようですし」
「こまったね。ただ、ここでぐずぐずしてても‥‥」
「静かにしろ」
 エイリヴィラの言葉を途中でさえぎって、ジュラ・オ・コネル(eb5763)が前に出た。ロシアの冬にはそぐわない褐色の肌が人目をひく。黒い髪は雨に濡れて黒曜石のような色を照りかえし、鳶色の瞳は強い眼光をもって靄の彼方をにらみつけている。左手の指先が、ハーフエルフの特徴であるとがった耳をなでていた。
「聞こえたのか?」
 ロイが隣に立った。まだ剣は抜いていない。しかし、その全身から漂う緊張感は先刻までの雰囲気とは違うものだった。
「空耳でなければな」
 ジュラは短く答えた。
「俺にも聞こえた。‥‥ということは空耳ではないな」
 やれやれとでも言いたげな様子で、ロイは腰の剣を抜き放った。赤銅色に波打つ刀身は、一見して通常の武器でないことが知れる。
「雨の下では、こいつもただの長い剣だな」
 皮肉げにつぶやいて、ロイは肩の上に剣をのせた。
 ジュラはどうでもよさそうにロイを一瞥し、右手に丸めた鞭をばらりとほどいた。泥の飛沫が彼女の髪に跳ねたが、気にする様子もなかった。
「ねぇ、二人とも。何が聞こえたの?」
 エリヴィラが、よくわからないという顔をした。シーナも同様だった。
「何かが泥の上を歩く音が聞こえるんだよ。それも、一つや二つじゃない。だんだん近付いてきている。‥‥聞こえないのか?」
 ロイに言われて、エリヴィラたちは耳をすませた。
 そして、ようやく顔色を変えた。



 雨と靄につつまれた視界の向こうから、不気味なうめき声がとどいた。泥を踏む無数の足音は、いつのまにか前後左右から聞こえるようになっていた。ロイはシャリオラとシーナを守るように立ちはだかり、アーデルハイトはユニコーンに騎乗して脇をかためた。
「さて、おでましだ」
 ロイが言うのと前後して、ズゥンビの姿が靄の中から現れた。最初の一体が見えると、その数は際限なく増えていった。いずれも泥まみれで、体のあちこちが腐り落ちている。もとは生きていた人間だが、衣服の残っているものは少なかった。
「たしか、深緑色のコートでしたわね」
 確認するように、シーナが問いかけた。
「そうです。見つけたら優先的に凍らせてください」
 答えて、シャリオラは十字架のネックレスをにぎりしめた。それから、ゆっくりと神聖魔法の呪文を唱えはじめた。やがて彼女の体が淡い黒の光につつまれると、右手から闇色の輝きが一直線にのびてズゥンビの胸に命中した。
「一発では無理みたいですね」
 その言葉どおり、シャリオラの放ったブラックホーリーはズゥンビの足をわずかに止めたものの、停止させるには至らなかった。
「ああ見えて、なかなか頑丈さんですからねぇ」
 と、シーナ。
「面倒な相手ね」
 あまり面倒ではなさそうに言って、アーデルハイトは右手にベガルタをかまえた。髪についた雨粒を払うように強く首を振り、
「行くよ、ローラント」
 ユニコーンの手綱をしぼった。
 走りだしたユニコーンの勢いそのままに、彼女の剣はたちまち二体のズゥンビを斬り倒した。ズゥンビの緩慢な攻撃は彼女の体をとらえることはなく、斬り飛ばされた腕とともに沼の淵へと沈んでゆく。
「あぁ、もうちょっと慎重にやったほうが‥‥」
 エリヴィラはそう言ったが、すぐにその余裕がないことに気付いた。すでに彼女たちは四方をズゥンビに囲まれ、敵の数もわからないという状況だった。くわえて、この悪天候である。
「悠長にやっているヒマはないな」
 断言するように言って、ジュラは右手の鞭をうならせた。ズゥンビの足にからめて引きずり倒し、その手を確認する。指輪がないと見て取るや、ロイの剣がとどめをさした。
「しょうがないな、もう」
 エリヴィラはファントムソードを抜くと、手近のズゥンビに突き立てた。無造作な感じの一撃だが、その紫色の刀身はアンデットに対して大きな威力を発揮する。しかし、それでも一撃では倒れないのがズゥンビだった。
「しぶといなぁ」
 げんなりしたように言いながら、エリヴィラは腐った爪の反撃をかるくかわした。二打目のファントムソードと、シャリオラのブラックホーリーがそのズゥンビを沈めた。
「簡単には見つからないみたいですねぇ」
 淡々とアイスコフィンの詠唱を繰りかえしながら、シーナは誰にともなくつぶやいた。間延びした口調とはうらはらに、エメラルド色の瞳は真剣な輝きを帯びてズゥンビの群れを凝視している。
 徐々に雨は強くなり、日が傾くにつれ靄も濃くなっていった。六人はそれぞれの武器と魔法を駆使してズゥンビを斬り伏せ、薙ぎ倒していった。ズゥンビにおくれをとる者はいなかったが、やがて疲労が彼らを蝕みはじめようとしていた。──と、そのとき。
「いた」
 ふいに、ジュラが指さした。と同時に、驚くほど身軽なステップで彼女は走りだした。ズゥンビの攻撃をかいくぐりながら、まるで踊るように。その鞭の先は、正確に一体のズゥンビをとらえた。泥にまみれた衣服は既に原形をとどめてはいなかったが、その色はたしかに緑だった。間髪を入れず、シーナのアイスコフィンが飛んだ。たちまち氷の塊が人の形を成し、ズゥンビはその中に封じられて動きを止めた。雨に濡れて光る水晶のような棺の中で、ぼろ布と泥をまとった男の死体は、どこか悲しげだった。



 その後、氷を溶かすのに苦労しながらも彼らはズゥンビの指を切り落とし、目的の指輪を手に入れた。日が傾いたせいもあり、荷馬車の捜索は断念した。ズゥンビの包囲を突破するほうが優先だった。撤退に際して何人か傷を負ったが、軽症のうちにおさまるものだった。
「‥‥あぁ、ありがとうございます。これで夫も浮かばれるというものです」
 ガーネットの指輪を手にして、依頼人は涙を浮かべた。
「できたら、馬車の荷物もどうにかしたかったんですけれど‥‥」
 申しわけなさそうに、エリヴィラが頭をさげた。
 依頼人は、あわてて手を振った。
「いえいえ、めっそうもない。これだけで十分でございます」
「そうですか。なら良かったんですけど」
「それで、夫はどうなりました?」
「ちゃんと天国に送ってきました。安心してください」
「一応、祈りもささげておきましたしね」
 と、シャリオラ。
「そうですか。かさねがさね、ありがとうございました」
「ああいう祈りはあまり得意じゃないんですけどね。ま、まあ、仕方がありませんから祈っておきましたよ」
 シャリオラは、早口に言ってそっぽを向いた。
 依頼人は彼女のそんな様子に気付く気配もなく、こんなことを口にした。
「ほかに、何かお気付きになったことはありませんでしたか?」
「いいえ?」
 エリヴィラはシャリオラと顔を見合わせて、そう答えた。
「そうですか」
 その瞬間、依頼人の表情にふっとかすかな笑みが浮かんだ。が、それに気付く者は誰もいなかった。あるいは、気付いたとしても何の意味もなかったが──。