泉に映る墓碑
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:長 治
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:01月01日〜01月06日
リプレイ公開日:2007年01月09日
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●オープニング
年の瀬も近いある日のこと。いつものごとく、冒険者ギルドに依頼人がやってきた。
身なりのしっかりとした、3〜40代の男性だ。男性は礼儀正しく一礼すると、受付に依頼の内容を伝えた。
「冬の森に花束を届けに行く、ね」
依頼用掲示板に張り出された用紙をなぞりながら、一人の冒険者がつぶやいた。
示された森は、紙に書いてあることが正しいなら、冬でも野生の動物たちが闊歩している場所だ。
野ウサギやキツネなどの無害なものが大半だが、オオカミなどの、襲われたら危険な動物もいる。
そんな場所に、なんでまた花束を。
「お墓参り、だそうですよ」
首をかしげている冒険者の疑問に、受付が答えた。
振り返った冒険者は、夢見心地にぼんやりしている係員に問うた。
「なんでまた、そんな場所に? これを見た限りだと、依頼人は結構な金持ちだろ」
つまり、金持ちなのに、何故街の近くではなくあんな辺鄙な森の中に墓を作ったのか、と聞きたいらしい。
意を汲み取った彼女は、ほやんとしたまま続ける。
「依頼人の方が、あの森の泉で、奥さんにプロポーズしたんですって。
でも、その奥さんは一年前に亡くなってしまったらしいの。
で、奥さんが死ぬときに『わたしは、貴方と誓いを交わした場所で眠りたい』って‥‥ロマンチックな話よねぇ」
そんなもんかねぇと、係員に聞こえないように呟く冒険者。
「そんなロマンを解さない人でも、依頼はお受けになれますよ? もちろん、依頼人の前で不遜な態度は取らないでくださいね、信用問題に係わりますから」
ばっちり聞こえていたらしい。だが冒険者は、慌てることなくこう返した。
「残念だが、女性からの予約がいっぱいでね」
そう言い残して、冒険者は去っていった。後に残されたのは、一瞬風ではためいた依頼用紙。そこにはこう書かれていた。
『依頼:
ある森にある墓までの護衛、及び荷物持ち。目的地に、花束を届けに行きます。
移動には数日かかりますが、日数分の保存食はこちらで準備いたします。
森には肉食の動物が多数生息している可能性高』
●リプレイ本文
●旅のお供に
寒風吹きすさぶ寒空の下。
白銀の雪が積もった森の中を、冒険者と依頼人は歩いていた。
複数の足音と、馬の蹄が大地を蹴る音だけが響く。
既に中継地の村を出立し、今は墓の場所へ向かっている最中。
静かな、とても静かな森。雪が音を吸い取り、こんなに静かでも、かすかな足音なら消し去ってしまいそうな。
2交代制にしているので、今の見張りは猫小雪(eb8896)、ロキ・ボルテン(ec0168)、サスケ・ヒノモリ(eb8646)の3人だ。
防寒具はしっかり着込んでいるし、移動補助の履物を履いたりしているおかげで、普通と比べればかなり快適な旅になっている。
(「だが、静かにしているよりも何か話しているほうがいい、か?」)
獣と言うのは、基本的に人間を怖がるだろうし。
依頼人の側についているレット・バトラー(eb6621)は、1歩前を歩いていたクランドに声をかけた。
「なぁ、クランドさん? よかったらいろいろ聞かせてくれないか、奥さんとの思い出」
そうするとクランドは、目を細めてうなずいた。
「ええ、いいですとも。何か話したくて、ちょっとうずうずしてたいたもので」
柔らかい笑みをうかべたクランドは、少しずつ話を始めた。
「ここに来るのも、半年ぶりですね‥‥」
「昔は、奥様とよく来られたのですか?」
懐かしそうに語るクランドの言葉に、相槌を打つブリード・クロス(eb7358)。
「ええ。妻はこの森が好きでして。そのときも、冒険者の方々にお世話になったのですがね」
あの時は幸い、獣には襲われませんでしたが。とクランドは笑いながら辺りを見回する。
時折、遠くで小動物達が動くような微かな音が聞こえ、消えていく。
「妻は、こんな、動物たちがたくさんいるところが好きでした‥‥」
とつとつと語る様子を見て、ブリードは安堵していた。
彼は依頼人に心労をかけさせまいと気を張っていたのだが、この様子なら平気だと感じたのだ。
「夜、星が見える中で、二人で語らったこともありました。あの時の星は、まるで降ってくるかのようでした」
「ロマンチックだな、そういうのいいんじゃないか。俺は恋人いないけど、いつか出会ってみたいものだな、そんな関係になれる人と」
クランドの言葉を、一つ一つ、かみ締めるように聞いているレット。
彼にも、そのうちいい人が見つかる‥‥といいですね。
ブリードは、話に耳を傾けながらそう思った。
●森の動植物
途中に休憩を挟み、見張りを交代して先に進む一行。
まだ日は高く、太陽の暖かさで溶けた雪がドサ‥‥と落ちる音が、遠くで聞こえる。
交代後も、和やかに話が弾んでいた。
「ねぇ、奥さんはどんな人だったの? 僕もお話を聞いてみたいな」
「そうですなぁ。一言で言うなら、月並みですが、優しい女性でしたよ」
小雪の問いに、クランドは先ほどと同じ話や、また別のことを交えて語る。
「生まれたばかりの子をあやしている姿は、今でも目にやきついていますよ」
「ほう。子どももいたのですか。今おいくつで?」
隣を歩いていたサスケもその輪に加わった。ちなみに、今回は早急な移動を主軸においたため、彼のペットであるゴーレムは家で留守番をしている。
「いえ、親戚の子だったのですけどね。私たちにも、子どもが欲しかったんですが、子宝には恵まれませんで」
苦笑するクランド氏の顔は、少しだけ、寂しそうだった。
「うーん、残念」
小雪は肩を落としてうなだれていた。せっかくイギリス王国博物誌を持ってきたのだが、季節は冬。植物はあまり生えておらず、珍しい動物も見つからないのである。
もっとも、小雪が博物誌を読めたかどうかは怪しいのだが。
「まぁまぁ、そう気を落とすな」
皆の馬を引いていたロイが、小雪を慰める。彼女、隊列から外れない程度にあちこちを歩き回るが、どうも面白いものがみつからない。
「もっと暖かければ、色々と面白いものもあったのでしょうけどねぇ」
植物の採取をしょっちゅう行っているサスケも、少し残念そうだ。
「あー、もう! せっかく色々見ようと思ってたのに!」
ぐるんと振り返って、大声で叫‥‥ぼうとした小雪の動きが、止まった。
その様子を見ていたロイとサスケが問い詰めようとしたそのとき、小雪がすっと指を持ち上げた。
「あれ、狼じゃない?」
指差した先には、真っ白な大地に伏せ、こちらを伺っている2匹の獣の姿。そしてその獣は、気づかれたと知るや否や、矢のように飛び出してこちらに向かってきた!
●狼の領域
「お出ましになったぜ! 全員備えろ!」
レットの号令が飛び、全員が戦闘体制を整える。
「お、狼ですか?」
「クランドさんは自分から離れないでください。大丈夫。自分たちがお守りいたします」
「あ、ありがとうございます」
驚くクランドの側に立ち、彼を庇うように周囲を索敵するブリード。
「逃げてくれれば良いのですが‥‥」
軽いパニックを起こしている馬たちを御しながら、呟いた彼の瞳には、2頭の狼がこちらに接近してくる姿が映る。
「この、さっさとどっかに行けい!」
「やあっ!」
向かってきた狼の片方に、掛け声と共に攻撃を繰り出すロイと小雪。怯まずに突っ込んできた狼も、2人同時に相手をするのは不利と悟ったか、一旦距離をとる。
一方の抜けてきた狼の前には、レットが立ちふさがった。
「村で聞いてた通り、狼が2匹。間違いなかったな」
唸り声を上げる狼の前に、敢然と立ちはだかるレット。長いリーチを持つホイップで敵を牽制しつつ、周囲の確認をしている。これ以上敵が増えられても困るからだ。
「この辺りには、この2匹以外の敵はいなさそうですよ!」
依頼人の側でバイブレーションセンサーの呪文を唱えたサスケが大声で報告するのを聞いて、皆の意識が前の敵に集中する。
続けてテレパシーの呪文を行使しようと準備に入るサスケ。彼を厄介だと思ったのか、狼がそちらに向かおうとするが、レットに阻まれうまくいかない。
その間にも、小雪とロイのペアがもう一匹の体力を削っていく。小雪の蹴打、掌打が軽快に命中。ロイがブリードから借りた斧のおかげで、狼がうまく動けないせいだ。
しかし、敵もやられているばかりではない。大きな体が跳躍し、小雪の体に体当たりをする。
「くぅっ」
うめき声を上げて膝をつく小雪。ロイの攻撃で一旦引く狼だが、ジリジリ近づきながらこちらの様子を伺っている。
レットの方も、少なからず傷を負っていた。流石に、大型の肉食獣相手に無傷と言うわけにはいかないようだ。
そして、サスケの呪文が完成、狼とのコンタクトを行う。
『引いては貰えませんか?』
『ここ、縄張り。出て行け。それなら 襲わない』
『この先にある、墓まで生きたいのです。それまで見逃してもらえないでしょうか?』
必死の説得に、狼もしばし動きが止まる。
緊迫した空気が流れる中、狼が再び、その意思を伝えてきた。
●墓の前には泉があって
クランドは、墓の前にじっと立ち尽くしている。そこには、小さな苗木が植えられている。冬の寒さにも負けず、すくすくと育っている。
妻の遺言で、墓標には木を植えて欲しいといわれたのだ。
雪かきをした墓の前には、花束が一つ置かれていた。自らが手向けた、妻が好きだった花である。
あの後。狼たちは、食料と引き換えに通行を許した。豊富に食料を準備していた冒険者たちは、交渉を飲んで先に進んだのだ。
「僕も、花をお供えしてもいいかな?」
遠慮がちに切り出した小雪に、ゆっくりと頷いて返すクランド。その目じりには、涙の跡が光っている。
2つ目の花束から一本をそっと抜き取り、墓前に供える。
他の面々も、自然と、同じように花を供えていた。
「奥さん、幸せだよ。こんなに愛されているんだ」
レットも、静かに冥福を祈る。
ふと墓から目を逸らせば、薄く氷が張った泉が見える。きっと、動物たちもこの泉で喉を潤すのだろう。
そして、この泉の前で。クランド氏と、彼の奥方は将来を誓い合ったのだ。
「さて、そろそろ帰りましょうか。そうしないと日が暮れてしまいます」
クランドが最初に切り出したことに、皆が目を丸くした。
「別れは、もういいのかい?」
ええ、とロイに向かって頷くクランド。
「もう、十分話しましたから」
その笑顔に、後悔の念は無かった。それに、と彼は続ける。
「また、合いたくなったらお願いしますから」
帰り道。
遠くで狼の遠吠えが聞こえる雪道を、冒険者たちは戻っていくのであった。