厨(くりや)に並んで、ほころんで。

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 4 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月13日〜10月28日

リプレイ公開日:2007年10月22日

●オープニング

 畑に金色の実りが頭を垂れた。重たそうに穂を持ち上げた稲が風にそよぎ、秋の深まりを肌に知る。稲刈りの季節だ。この頃の村の毎日は駆け足に過ぎていく。賑わしさの中に、誰も胸弾む心地が混じるのには訳がある。もうすぐ秋祭り。この一年、待ち遠してきた村祭がもうじきやって来る。


「この一年の野良仕事の労が報われるのです。村人たちは、それはもう秋祭りを楽しみにしております。特に、祭りの目玉でもある、めおと茶碗の奉納はこの村には欠かせない行事。これなくして、村祭りはありません」
 訪れた実りに感謝するとともに、村の末永い繁栄を祈願して、遠い昔から続いてきた村のならわしだ。
 神職と巫女とがめおとに扮し、揃いのめおと茶碗をこしらえる。それにこの秋に採れたばかりの初米を盛って、今年はじめの一杯をカミに捧げるのだ。
「めおと茶碗は、2人そろって、土を採るところから焼き上げるまでをやり遂せねばならぬ決まりです。焼き物には、山間に分け入った特別な場所で採れる土が必要です。毎年、この時期が来るとそこへ巫女を連れて神事の準備を始めるのですが‥‥」
 肝心の巫女に不幸があったのがつい数日前のこと。
 足を挫いてしまい、しばらく立つことも出来ぬという。山へ入るなどはとんでもない。
 村はこの通り、稲刈りの真っ最中。村人の手は借りられない。誰かがこの役目を果たさねばならぬ。こうして、ギルドへ依頼が舞い込むことと相成ったのである。
「土を採るのは、村の東の川を遡った先にある小山の中。水源を辿れば滝にぶつかります。滝つぼに溜まった柔らかい泥土の底に、白い粘土の層があるのです。詳しい場所は私が知っておりますので、心配はいりません」
 神事を行うふたりのほかに数人の従者を連れて土を運ぶ手はずだそうだが、この急事でまだその手配もできていない。
 同時に焼きの用意も済ませておかねばならぬ。
「もう日がありませぬ。無理難題を申しておきながらたいした額はご用意できませが、祭りの準備が済めば、村で作った碗を皆様へお贈りしましょう」
 祭りの最後には村の者も余りの土でめいめいに焼き物を作ってよいということになっている。
 特にこの土で作られためおと茶碗は夫婦円満のご利益があるとも言われ、その年結ばれた夫婦は碗を厨にならべて験を担ぐならわしだそうだ。
「これくらいしかお礼ができぬのが心苦しくはありますが。ですが他にすがるところもありませぬ。冒険者の皆様方。どうぞ。村をお救いください」

●今回の参加者

 ea0285 サラ・ディアーナ(28歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1484 鷹見沢 桐(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec3734 鋼乃 刃(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec3755 沢良宜 命(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec3934 ディアブロス・シルヴァリィ(24歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec3950 矢部 彦馬絽(32歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec3952 ブルース・ウェイン(24歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3963 紅千 闘神(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 賑わしいさまを見ると血が騒ぐのが性分なのか、村へ着いてからこっち、朱雲慧(ea7692)は気持ちが逸って仕方ない様子だ。
「実りの秋の祭事はどこに行ってもえぇもんやな。よっしゃ、祭りは必ず成功させたろな!」
「目玉の行事が出来なくなるんは一大事やものね〜」
 巫女の代役は心得のある沢良宜命(ec3755)が務めることが決まり、すぐにも土運びへ出発することとなった。道のりの確認や旅具の準備は大急ぎで済ませた。仲間が借りてきた荷運び用の籠を、ディアブロス・シルヴァリィ(ec3934)が慣れた手つきで驢馬の背へと結わえて留めると、これで準備は完了だ。
『さーて、初めての依頼だぜ。ちょっと緊張するけど頑張るか!』
 はるばる海の向こうから日の本へ渡って来たという彼は、これが冒険者としての初仕事。江戸へはまだ来て間もないため言葉には不自由しているが、幸い同郷のサラ・ディアーナ(ea0285)が通訳を買って出てくれたおかげで意思の疎通には不自由はない。
『私も初めての依頼のことを思い出しますね。懐かしいです。ディアブロスさん、頑張って下さいね』
『ああ、任せときな。留守番よろしく頼むぜ』
『この子のことも宜しくお願いしますね。スカイブルー、皆さんのいうことをよく聞いて励んで下さいね』
 傍らの天馬の背を撫ぜると、サラは旅の幸運を祈って十字を切った。いよいよ出発だ。社の厨から、握り飯の風呂敷包みを抱えた香月八雲(ea8432)が顔を見せた。
「籠に寝具、お弁当。これで万端ですね!」
(「めをと茶碗! 縁結びと夫婦‥‥な、何だか照れますね!」)
 おずおずと隣の朱を盗み見て、八雲は慌てて視線をそらした。薄赤く染まった頬を俯かせた八雲の顔を、朱がしげしげと覗き込む。
「どないしたんや、八雲はん?」
「そ、そういえば一緒の遠出なんて初めてですね!」
 2人は居酒屋竹之屋を切り盛りする店主と看板娘。
 そして、互いに想い合う仲でもある。
「せやな、いわれてみれば確かに初めてやな」
「桐さんとも一緒なんて、何だかお店の用事みたいですね!」
 同じく竹之屋の店員である鷹見沢桐(eb1484)は、焼き物の準備役を買って出ていた。
「この程度の忙しさには慣れているつもりだ。遠慮なくこき使ってくれて構わないぞ」
 前掛け姿で腕まくりした桐。足を挫いて動けない巫女に代わり、彼女の指示で準備に取り掛かる。慣れない作業では思うように進まないだろうが泣き言はいっていられない。この小村にとって秋祭りは数少ない娯楽なのだ。間に合わなかったでは済まされない。
(「なに、昼時の飯屋の忙しさと比べればこれしきのこと」)
「時間が惜しい、まずは何からやろう?」
 碗を焼くのは社の裏手にある窯で行われる。
 まずは、一年ぶりに使う窯の掃除。それから土をこねるための道具の準備だ。江戸からの道中で工程を予習してきたサラは、巫女に確認を採りながらもう作業に取り掛かっている。
「掃除が終ったら薪の準備と、土を捏ねる台に、へらや竹串に後は‥‥ろくろは使わなくて、手捻りで製作されるんですね」
 桐もぼやぼやしてられないとばかりに竹箒を手に取った。
「掃除は自分がやろう。それくらいなら自分にもできる」
 門外漢ではあるが、せめて熱意でだけは負けられない。
「店長達の土運びの労に報いる為にも、神職らが戻られる前にきっちりと準備は済ませておきたいところだ」
「ええ、頑張りましょうね鷹見沢さん」

 一方、土運びに発った仲間達は順調に滝を目指して進んでいた。
 矢部彦馬絽(ec3950)が小柄を弄びながら退屈そうに小さくあくびをもらす。
「獣の二、三匹でも襲ってくれば少しは手応えもござろうに」
 人里に近いこともあってか、道中は獣や魔物の類と出くわすこともなく、平和そのものだ。秋の風情に色づいた草木に囲まれながら、ちょっとした散策気分だ。
 ふと、黙々と歩を進めていた鋼乃刃(ec3734)が顔を上げた。
「このまま川をさかのぼれば、もうじき小山が見えてくる筈だな」
 この分なら夕刻前には滝までつけるだろうか。まだ先は長い。ディアブロスが肩を竦めて見せる。
『まだ歩くのかよォ。ったく、面倒臭えけど、ま。いい運動だと思えば問題ねーぜ』
「ということは、今日は戦闘も何もなしにただ歩き通すだけにござるか?」
 矢部の言に、刃が口を挟む。
「冒険では何が起こるかわからぬし、それは我らの与り知らぬところ。我らにできることはただ、予想される事態へ万全に備えることのみ。それが冒険者というものだ」
 刃は口を閉ざすと、黙々と先を急ぐ。その背を追った沢良宜が並んで笑顔を向ける。
「またまたぁ、そう堅いこと言わんと、仲良ういきましょ。そや、神職さん。今夜はどこで明かすんやろか? 心配やわぁ」
「小山の麓で一泊します。山へ入るのは明るくなってからがいい」
 一行がようやく小山についたのは日暮れ時。
 昼過ぎにはつくだろうと高を括っていた矢部はもうくたくたの様子だ。早速、沢良宜が野営の準備を始める。
「明日は早いし、今夜はゆっくり体を休めんとね。みんなおやすみ〜」
「こうやって夜を明かすのもなんだか新鮮ですね!」
 八雲が寝袋に身を潜らせ、仲間達もめいめいに体を横たえる。
 ディアブロスが毛布を頭まで被りながら小さくぼやいた。
『そうだ。俺、結構いびきとか寝言がうるさいんだよな‥‥先に謝っとくぜ。って、言葉が通じないとこういう時困るよな〜』
 さて、翌朝は早くから一行は土採りの作業だ。
 だが冬の訪れも近いこの時期に川に入るのは思ったより堪えたようだ。
「っくしょい! これはかなわんでござるな」
 すっかり鼻声になった矢部はさっきからひっきりなしにくしゃみをしている。持参のスコップで手伝った刃も少し辛そうな様子だ。苦労して採りだした土は、乾いてしまわぬように湿らせた毛布に包んで籠にいれ、手分けして村まで運ぶ。驢馬や天馬では運べない分は朱とディアブロスが担いでの移動だ。
 八雲が持っていた手拭を籠の握りに滑り込ませた。
「こうすると少し持ち易くなるかもです! 土運びは力仕事ですから、交代でやりましょう! 孫子も仰いました!『どんなに重い荷物も、二人で持てば半分』と! それに‥‥」
(「一緒に運べたらもっとご利益が付きそうかも‥‥って私ってば‥‥」)
「なら、ワイも一緒に運ぶで。これで、半分こや」
 不意に掌が重なり、二人が顔を赤らめる。
 沢良宜が微笑ましげに先を行く。
「仲睦まじゅうて羨ましいわぁ。あんまり力はないけど、うちも後で交代するわぁ」
 そうして一行が戻った頃には、窯の準備は万全に整っていた。
「お帰りなさい。みなさん、無事でよかったです。スカイブルー、ちゃんといい子にしてましたか?」
 サラ達の頑張りで何とか祭事までの目処が立ち、冒険者達はようやく疲れた体を休めた。沢良宜だけ祝詞や神楽など祭事に備えてまだ準備に追われて忙しそうだ。
「うちは大忙しやな。大役やから、しっかり果たせるように頑張るわぁ」
「沢良宜さん、あと一息ですね。こちらも土を捏ねる台も揃えましたし、これで村の皆さんの分の準備も済みましたね。後は、奉納茶碗に模様を入れて焼き上げるだけです」
「それなのだが」
 と、桐。
「巫女殿、今年のめおと茶碗の模様付けを頼めないだろうか」
「私が‥‥?」
 神事は無事に運べそうだが、大役を辞さざるを得なかった巫女はどうしても引け目を感じてしまうだろう。それでは、村の誰もが祭りを楽しめたとはいわない。
「こればかりは手馴れた巫女殿にしかできぬ仕事だと思う」
 それに、深々と巫女は頭を下げた。
「‥‥ありがとうございます」
「楽しい祭りにしよう」

 こうして、一行の活躍で祭りは無事に執り行われた。
 神事を終え、冒険者達は村人に混じってめいめいに焼き物作りに挑戦している。
「ううむ。いざ自分で作ってみるとなると、存外に難しいものだなこれは」
 桐は八雲と一緒に初めての焼き物作りに苦戦中の様子だ。
 と、そこへ神事の大役を終えた沢良宜も顔を見せた。
「うちもや〜ろうっと。記念にとって置きたいし〜♪」
 杯片手にほろ酔い加減で頬を上気させている。
「サラちゃんは何を作ってるん?」
「ペアの湯飲みを作ろうと思います。まだ特定の方はおりませんけどね」
『俺もカップでも作ってみるか』
 ディブロスもそれに混じり、祭りの輪から楽しげな笑い声が飛ぶ。
 そんな中で朱だけはひとり真剣な面持ちで丹精に土に向き合っている。
 やがて出来上がった大小の飯碗に笹の模様を刻みいれると、小碗をそっと八雲へ差し出した。
 戸惑いを浮かべる八雲へ、朱はこう切り出した。
「今の関係は好きや。せやけど‥‥」
 そこで不意に言葉が途切れる。
 ためらい。不安。朱の表情でないまぜに揺れる。
 やがて意を決すると。
「――八雲はん。ワイと、めおとになってくれへんか?」
 真っ赤になった顔は八雲を正視できない。
 答えを待つ時間がひどく長く感じられる。
「‥‥雲慧さん」
 目を開けるとそこには。
 いつもそばにあった、変わらぬや雲の笑顔。
 八雲がそっと手を伸ばし、指先を絡める。
 どちらからともなく、二人は身を寄せ合っていた。
「竹之屋に戻ったら、厨房の一角に並べて飾ろうな‥‥あの茶わん」
「‥‥‥はい‥!」


 あけて一日。
 冒険者達は碗の焼き上がりを待ちながら祭りの片づけまで手伝い、暫し後に村を後にすることとなった。
 帰路についた桐はどこか満足げな顔だ。
 懐には、できあがったばかりの茶器。
「道具を揃えれば腕が上がると言うわけでもないが」
 口にはしながらも、その表情は誇らしげだ。
 自らの手で望む茶道具を作れるとは、茶人としては心躍ること。
(「これを励みに茶の道の高みを目指して、一層精進せねばな」)。
 こうして冒険は終わった。
 土産の碗に本当にご利益があるのかは定かならぬが、信じてみても損はなかろう。胸に秘めた想いの人か、或いはいつか出会うその人か。いつの日にか、共に碗を並べて月日を過ごす日が来れば。
 きっと並んで、ふたり笑顔でいるに違いない。