花咲か
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■ショートシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:1 G 30 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月14日〜10月29日
リプレイ公開日:2008年10月22日
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●オープニング
あのときのような舞台に、もう出会うことはないのだろう。父が生きていた頃は晩秋になるといつも祭囃子をきいていた。常から厳しかった父の背中がその夜ばかりは幾分か優しく見えた。篝火を頬に受けながら、父の横顔と、揺り進む山車の列を見ていた。もう戻らない。
最後に父と並んでお囃子をきいたのは十を数えた時分のことだ。あの夜の趣向は素晴らしかった。山車から身を乗り出した神楽舞の掌から桜花が舞い散り、夜空へとどこまでも棚引いていた。途切れることもなく。
もうあんな夜は来ない。戻りはしない。
篝火。お囃子。父の横顔。過ぎ去った日々。桜吹雪。花さそふ、嵐の庭の雪ならで。
ふりゆくものは。
依頼文。
来る神無月半ば、満月の晩に執り行われる神事にて、囃子を担う楽士、舞手を求む。
期間は三日。社をあげての年に一度の例大祭。芸技に長けた冒険者の助力を請う。
所は、常州水戸、吉田神社において――。
今では水戸随一のお社である吉田神社で最大の神事がこの例大祭である。
前夜祭、神幸祭、還幸祭と三日二晩にかけて祭事は行われる。質実で知られる水戸藩といえ、今度の祭りは藩復興一周年の国慶もかねた盛大なものになるだろう。この大舞台で民の心をとらえれば国一番の芸技者の誉れはほしいままだ。祭りの夜には藩主も姿を見せるといい、その目に止まれば望む褒美も何なりとと噂される。
冒険者には、この祭りを盛り上げるべく動いてほしい。
依頼者は吉田神社。準備の時間も十二分にある。
荒んだ水戸の領民を慰撫し、笑顔を取り戻すのがその使命だ。
「その前に、かつて水戸で起こったことについては話しておかねばなるまいな」
北の境より来襲した黄泉の軍勢により水戸は滅亡の淵にまで瀕した。
幼君光圀の下で国土全域の奪還は果たされたが、いまだその爪あとは酷く深い。前君頼房を初めとして多くの人士の命が失われた。瘴気に覆われた土地は痩せこけ、在りし日の姿はそこにはない。
「復興には光圀公もたいそう力を入れているとは聞くが。光圀公は心優しきお方だそうだ。まだお若いが、常陸の窮状を案じ、深く憂えておられるという」
藩の行く末全てを小さなその肩に負う重責は、いかばかりであろうか。
「芸技の者にできることなど少ないかも知れんが、どうかお前達の力で盛り立ててやってくれ」
●リプレイ本文
燈篭に火が点り、宵闇の琥珀が影を深くしている。がやがやと祭りの賑わい。境内には人がひしめいている。誰も彼もが夜の始まりを待ち侘びているのだ。
通り向こうから囃子の音が近づいてきた。
人々の背をかき分けるように、山車の大きな肩が左右に揺れながら迫って来る。太鼓堤で笛の音が踊り、背で動く影がくるくると跳ねた。
「年に一度の‥‥おっきな‥お祭りっ‥ですぅ‥‥」
小さな体を弾ませた白翼寺花綾(eb4021)が、深く息を呑んだ。
祭囃子の音が弾ける。わっと歓声が膨らんだ。
君の誇り 陽光が如く 未来を照らす
君が想ひ ぬばたま照らす 兆しとならん
君へ届け 生きる希望
歌う花綾の手がすっと天へ伸びた。一際に高い笛の音が空をふるわせる。煌く扇子が指すのは一番星。視線が天へと吸い込まれ、しんと静けさがおりる。
はらはらと降りしくような竪琴の響きが夜の帳を下ろした。笛音の余韻を残した風に、ふとくすぐるような甘い香りが混じる。花弁だ。金木犀の花びらが消え残りの宵闇へととけていく。
次に姿を見せた山車には所所楽柚(eb2886)の立ち姿。扇子を持つ手からちらちらと風に運ばれていく。散り行くその様は、この地に過ぎ去った歳月を思い起こさせるようでもある。ふと竪琴を爪弾く手を止めてシェアト・レフロージュ(ea3869)は目を伏せた。
水戸の地を覆った戦禍はまだ拭いきれない。この動乱に関わった一人として、いつまでもそれは忘れやれぬことだ。
多くの人が故郷を失った。自分にはあるべき場所がある。そしてそれがこの地であることはない。この先もそうだろう。だが少なくとも、あるべき場所に民の笑顔は戻ってこれたのだ。そして自分も。
帰る場所は違えど、月の道を隔てても。
ふと浮かんだ人の名をそのままに、シェアトは銀糸に指を遊ばせた。今はただ願おう。この地に生きる人々に実りと幸福が訪れん事を。
(お、シェアトさん随分熱が入ってるね〜。僕も負けてられないよ)
傍らのティラ・ノクトーン(ea2276)が緑羽をしばたかせた。愛らしい大きな瞳がくりくりと動き、舞手に合わせて音曲が激しさを増す。琴音に競い合うようにして軽やかな笛の音が祭囃子を盛り立てていく。
(「演奏に関る事は任せなさいッ♪」)
えっへんと胸を張って見せるティラ。今日この夜に集まった仲間達はいずれ劣らぬ名人ばかり。艶やかな衣装に身を包んだアゲハ・キサラギ(ea1011)を乗せた山車も境内へ姿を見せた。
(「ひさびさの大舞台だもんね。緊張していないかって言えばそりゃそうだけど‥‥」)
トレードマークの蝶のブローチを今日は翡翠の簪にかえ、久々の舞台の空気をめいいっぱい吸い込むように背を反らせて。
(「おもいっきり楽しまなきゃ嘘でしょー!」)
この人出には、花綾もこんな舞台で踊るのかと尻込みしたが、水戸を襲った悲劇を聞けば民の悲しみを放っておくなどできない。
都からはるばる常陸まで。江戸での依頼は初めてになる。何も出来ないまま京へ戻っては、父や、送り出してくれた仲間に合わせる顔がない。
「父様が‥‥いろんな人治しに行くのと同じ様にっ‥少しでもっ‥みんなが‥‥元気になって‥くれたらっ‥」
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、ついでに一つつまんで食べてって下さい! 竹之屋特製の肉まんに甘酒ですよ!」
境内の片隅では香月八雲(ea8432)の元気な声が飛ぶ。上州金山に軒を構える大衆居酒屋・竹之屋の若女将。お祭りを盛り上げる手伝いをしたいとはるばる常陸まで駆けつけている。心行くまで綺麗なものを楽しんだら、次にほしいのは美味しい物だ。
「一口食べればまんまる笑顔でぽっかぽかです! 心もお腹もいっぱいなれば、きっと楽しいお祭りになること間違いなしです!」
出店を持つというのは神社にすれば急な申し出だったが神職は快く協力を約束してくれた。シェアトも稽古の合間を縫って手を貸してくれた。出店にも舞台にも準備へはたっぷり時間をかけて今日の日へ臨んだ。アゲハや花綾らは神職や氏子への挨拶を済まてすぐに山車を確認し、柚に至っては、山車の背にあつらえた足場を入念に点検し山車の周る道筋まで下調べするという念の入りようだ。この顔ぶれの中では技量は見劣りしてしまうが、それを感じさせない演じぶりにも頷ける。
山車を隅々まで磨き上げ、朝には欠かさず境内の落葉を掃いていたという柚に言わせればこうだ。
「お世話になる舞台ですから、‥‥精神統一にもなりますし、落ち着きます」
巫女装束をまとった姿は堂々たるものだ。
領巾を揺らしながら踊るその姿へ八雲が思わず見惚れてしまう。
「素敵な舞台というのはきっと、演者も観客も皆が笑顔で楽しく思えるような物だと思うのです!」
と、そこへティラがパタパタと羽を鳴らしながらやってきた。
最初の山車が無事に社へと入り、一足先に役目を終えて休みをとっている。
「繁盛してるね〜、僕にも一つもらえるかな?」
今日はおまけのお団子つきだ。花をあしらった小さな焼印が愛らしい。
「丸くて白いお団子は、平和と幸せの象徴だと孫子も言っておられました!」
「練習の合間にたくさん差し入れ貰ったけど、まだ食べたりないんだよねっ。腹ごしらえして明日の神幸祭も頑張るぞッ♪」
滑り出しは上々。
だが初日の演技を終えたアゲハは肩を落としている。
「‥‥正直言うとね、水戸のことだってボクは知らないことばかりで頭がいっぱいになりそうなんだ。だからこそ、踊りで気持ちを伝えられたらって思う」
表現したい思いはあるのに、言葉にならない。気持ちばかり急いて、イメージがまるで浮かばない。あれだけの舞手と肩を並べているのに満足に踊り切れない自分が不甲斐ない。悔しい。
快く送り出してくれた夫の顔が脳裏を掠めた。掻き抱いた感触がまだ熱い。
(「負けたくないから、絶対。舞踊だけは譲れないんだからっ!」)
最高潮を迎えた二日目は一番の趣向を凝らして臨む一番の山場となった。
「総出演‥です‥‥」
澄み切った竪の音へ誘われるように花綾が進み出る。蕾がほころぶような心の浮き立つ旋律だ。ティラも今日は初めての篳篥に挑戦している。
(「じゃぱんのリズムは独特だから勉強になるよね〜♪」)
ふと、賑やかだった故郷の収穫祭の風景が浮かぶ。自分の音色で、塞いだ人も、病んだ人にも、たくさんの元気を分け与えたい。故郷は海を隔てて遠くとも、思いは今も変わらない。
恵み。そして神への感謝。
花綾の手のひらから薔薇の花弁が舞い落ちる。春が別れを告げ、やがて季節は巡る。音曲が激しさを増し、眩いばかりに高まりを見せる。
アゲハの出番だ。
場数は踏んできたつもり。
(「だけどそんな人、それこそ腐るほどいるんだよね。それでも‥‥」)
一人でも多くの笑顔が見れたなら。今はただ思いの全てを表現し尽くす。
その思いに応えるように、踊る花綾の姿にも力が入る。
(「憧れのお姫様と一緒です‥息を合わせて‥‥舞うですぅ」)
シェアトが見遣ると首飾りが揺れて音を立てた。久しぶりに袖を通す衣の感触が懐かしい。
「すっかりここでの衣装になりました」
そう、しみじみと思う。
やがて音色が深みを帯びて色合いを変える。柚が姿を現す頃には、音色は熟れた果樹のようにしっとりと黄金に色づいていた。白御幣を今日は神楽鈴に持ち替えて、しゃんしゃんと荘厳な鈴の音をかき鳴らす。
込められた思いが収穫と感謝なら、艶やかな舞手はその花や実り。彼らを彩るように、月光が降り注いだ。
しんと静けさが走る。ひとつ遅れて万来の拍手が巻き起こった。
「ありがとー♪ ありがとーーっ♪」
ティラが山車から飛び出しえ銀光の中をくるくると飛び回る。
「素晴らしい舞台でしたな、光圀様」
「ええ、江戸の名のある演者ということはありますね」
社の奥で興じていた幼き藩主は、ふっと口元を僅かだけ緩ませた。
「ですが今日は疲れました。私はもう休むとします。後は皆で楽しんで下さい」
言い残すと供の者を連れて光圀は境内を後にした。
小さくなったその背を見送りながら八雲は思う。
(「私は、今夜は大成功だったと思いますよ‥‥!」)
この夜は皆に素敵な思い出となって残ったはずなのだから。
(「きっと光圀さんもお父さんと同じく、思い出を貰う側から思い出をあげる側になれたのですよ!」)
最後の夜はそれぞれが思いおもいの演技を披露した。ティラは即興のメロディに歌も交えて観客を楽しませれば、柚は落葉を散らしながら祭りの終わりを演出する。その様はさながら秋を零すよう。アゲハもまた最後の夜まで踊りぬいたようだ。
一足先に切り上げた花綾はというと、屋台を見て周りながら人を探して歩いている。
「あのぅ‥‥藤‥道志郎様‥‥ってご存じですっ? 以前父がっ‥道志郎様を‥‥診察したって‥聞いてっ‥そのぅ‥‥」
「藤様ねえ、お侍かい? この辺りじゃ聞かないねえ」
便りは聞かない。花綾はその夜遅くまで水戸の街を彷徨った。
祭りがようやく終わりを迎えたのは夜半が近づいてからだ。
「そろそろ店じまいですよ! 出演者の方々にはお食事奢りです!」
出店では材料費などが心配されたが、しっかり者の八雲はきっちりやりくりしてのけたようだ。
喧騒は徐々に引き、静かな夜がまた訪れようとしている。
シェアトの竪琴が、艶がかった音色を紡ぐ。
(「この静けさが寂しくないように。優しく余韻を残すように。今日の日の幸せを還しましょう」)
何処に?
大地と私達の記憶の中に。また巡り来る実りを願って。
祭過ぎし静寂の
頬撫ぜる風に 一人偲ぶ
囃子の音 君の影
想い降り積む 落葉の如く
儚く地に還るとも
明日の希の糧なれば
想いは消えじ 幸福の灯よ
我謳う 命の恵に 君の想いの糧あり、と。
帰る場所は違えど、月の道を隔てても。
またいつか、きっと巡り来る。
■□
熱気の余韻ももう冷え、夜はいつもの静けさを取り戻した。
鎮守の樹のてっぺんにはティラがちょこんと座ってオカリナを奏でている。自作の『大地よ、おやすみなさい』の歌。そういえばこれを奏でるのは、海を渡ってからは初めてになる。
「祭りの後ってなんだかさみしいなあ。・・・けど、じゃぱんの秋の夜はなんとなく哀愁を感じさせるよね。もっとこの国の音を勉強するぞー。頑張らなくちゃね、明日の為に♪」
翌朝。
旅立ちの朝には、柚が散らかった境内を掃き清め、山車をすっかり磨き上げて神主へと丁寧に暇を告げた。
「例大祭というよき場をお与え頂き、感謝致します。演舞が僅かなりと水戸の皆様の生きる糧になれば」
水戸の歩む苦難の道のりはまだ半ば。
だが冒険者はたちは、ひとときの笑顔を民へと取り戻した。
若き藩主の下、それが復興への糧となるのだと今はただ信じて。