涙より早く走れ

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月19日〜09月28日

リプレイ公開日:2004年09月29日

●オープニング

 もし、志半ばで僕が死んだら、郷里の母親にきっと届けて下さい。この手紙を。

 伝えて下さい。息子は立派に、勇敢に、戦って果てましたと。

 あなたの息子が死んだのは、己の技が及ばなかったが為。悔いはない、仇を討とうだなどとは考えないで欲しいと。



「時間がないのだが、何とかお願いできないだろうか」
 ギルドを尋ねた男が依頼したのは、一通の手紙をとある村まで届けて欲しいというものだった。江戸より離れたその村までは馬を飛ばしても普通なら5日は掛かる距離、だが男の告げた猶予は3日。これはいかに冒険者といえど手に負えぬ依頼である。
「生まれるのだ、頼まれてはくれぬか。何とか、何とか間に合わせてやりたいのだ」
 手紙の主は、これから父親になる男だった。身重の妻を残して長い旅を続け、その果てにこの手紙を残したのだという。既にその主はこの世にはいない。男は、彼の死の間際にそれを託されたのだという。
「男の持っていた手紙から臨月を迎えた妻がいることを知った。数日もせぬ内に村へと帰るつもりだったのだそうだ」
 そう言って男は、彼の残した手紙になけなしの10Gを添えて差し出し、深々と頭を下げた。
「ところで、あなたは? 遺族に手紙を渡す時、誰の使いでと答えればよいでしょうか」
「名乗る、程の者では御座らん」
 心なし目を伏せ、男は一礼すると踵を返した。
「私は旅の武芸者、そしてその手紙の主の、父親の仇だったそうだ。しかと頼み申した。失礼する」

●今回の参加者

 ea0440 御影 祐衣(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea6142 佐竹 康利(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6269 蛟 静吾(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6649 片桐 惣助(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6940 アルカス・アルケン(45歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7029 蒼眞 龍之介(49歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 朝もやの山道を蹄の音が木霊している。黄の光で霞む明け烏の風景に遠く現れたのは三騎、夜を追い越してそのまま駆け続けて来たように明け残りの星々を背に、それすらも振り払おうと後ろを顧みることもなく。ただ前に向かって。
 上気する馬体が苦しい。この三日、昼夜を問わず時間を切り詰めて駆け続けて来たのだ。彼ら冒険者もそうだが、ロクに休みも与えられず走り続けた乗馬の疲弊も著しく重い。
「耐えるしか、ないな」
 荒く呼吸の間隔を狭めた乗馬を佐竹康利(ea6142)がそっとさする。何よりも時間がなさ過ぎた。二日の距離を埋める奇策などそう易々と浮かぶはずもなく、準備もそこそこに彼らは江戸を発つことになった。
「物理的に無理と言われても‥‥行くしかないだろうな」
 蛟静吾(ea6269)がそう漏らした。理に適わぬ話でも、彼らは走らなければならない。
 何かの役に立てばと無理を言ってギルドからの紹介状をしたためて貰いはしたが、それも今となっては時間の無駄だった。道中の村で馬を借りれるよう話を持ち掛けはしたものの、今にも潰れそうな馬を質にした所で、生活を支える財産を貸してくれるお人好しなどいようはずもない。ギルドの名を出しただけでどうこうなるほど冒険者の仕事は甘くはない。
「それでも、僕達は出来る限りの力を尽くす‥‥ただそれだけです」
 ふと隣を見遣ると御影祐衣(ea0440)の疲労が濃い。女の身で、また他の二人よりも一回り程も若い彼女には夜を徹しての強行軍は想像以上に過酷だったようだ。夕べから点けっ放しになっていたランタンの灯がまだちろちろと燃えている。思い出したようにそれを佐竹が消して、言った。
「五日の距離を三日でねぇ、無茶言ってくれるぜ」
 顔を上げた祐衣と、そして蛟とを見返すと、佐竹は再び前を向く。
「ま、引き受けた以上全力を尽くすけどな」
 その横顔には爽やかな笑み。三騎は再び力強く走り出す。山道はようやく朝を迎えようとしていた。

「そうでしたか、もう七日以上も前に」
 手紙の主らしき若者を埋葬したという男へ丁寧に頭を下げ、片桐惣助(ea6649)は傍に立つ壮年の男へ視線を移した。
「先生‥‥」
「致し方ない。そう気に病むな、惣助」
 振り返った青年の顔は不安げで、先生と呼ばれた男――蒼眞龍之介(ea7029)は少しだけ語気を和らげた。依頼を受けて早々に旅立った三人とは別に、村までの足を用意できなかった者達は江戸に残って動いていた。彼らに同道する流暢なジャパン語を話すエルフ、アルカス・アルケン(ea6940)もその一人だ。
「依頼主は何故、三日という期限をつけた上で手紙を届けさせようと思ったのか――? 果たして、依頼主は何者、なのでしょう」
 依頼主と手紙の主との関係が気になったアルカスは真意を問い詰めようとその武芸者を探している。ギルドから伝え聞いた風貌を元に足取りを追ってはいるが、手掛かりはないに等しく、名も知れぬその男の所在に辿り着くのはおそよ不可能だ。仕方なく彼はまだ江戸に残っていた蒼眞と惣助と行動を共にしていた。
「既に埋葬されたとなると、俺にはもう」
 蒼眞達はこの三日、考えがあって男の遺体を捜し歩いた。惣助の忍びの技で、顔つきや骨格からある程度声音を窺うことが出来るかと方々を訪ね歩いてみたがこうなってしまっては当てが外れたようだ。考えてみれば依頼主にしろ若者を斬ったその足でギルドに向かった訳ではないだろう。彼なりに手を尽くした結果、止むを得ずギルドに話を持ち込んだのかも知れない。
「こうなっては江戸に留まる理由もない。早々に村へ向かおう」
 蒼眞が馬を引き、惣助が見舞いの花を手にそれに従う。ふと自分に向けられた蒼眞の視線に気づき、アルカスが答えた。
「私はまだ暫く続けてみます。もしかしたら依頼主は何かを隠しているような気が、私にはするのです。憶測に過ぎませんが」
 結局ここから依頼主に繋がる手掛かりもなく、彼は再び当てもない人捜しを続けるようだ。江戸に残るというアルカスを、蒼眞は危うげなものを見るようなそんな眼差しで見つめている。
「仇と仇持ちの間柄は、追う期間が長ければ長いほどそこに特殊な感情関係が生まれる。依頼主の心情はそこから生まれた感傷的なものなのかもしれん。だが第三者たる我らがそれを知る必要もないだろう‥‥」
 珍しく口を濁し彼は目を伏せた。同じ武芸者として、いつ自分がその立場になるかも知れない。人事には思えない。
「それにしても、話に聞く依頼人の口振りはどうも気になります。本当は仇と間違えられてしまったのでしょうか? 今となっては確かめようもないのでしょうが」
「少々、気に掛かりはするな」
 しかし冒険者達がそれを追求することはない。それは報酬と引換えに達成すべき彼らの目的ではないのだ。依頼主の意向を無視した詮索は冒険者の分を超えているが、既に前金で報酬が全額払われた後ではそれを咎める者もいない。
「徒労に終わるかもしれないのですが、聴かずにはいられないもので」
 もう江戸にはおらぬかも知れぬ男を探し、アルカスは去って行った。その背を見送り、二人もまた旅立った。
「行こうか、惣助」
「はい、先生」


 男の父親はどこにでもいるような有り触れた男だったという。所用で江戸へ出た折に酒場で揉めた侍に斬られ、以来男は鍬の代わりに剣を取り技を磨いた。そして、その場にいた同じ村の者から伝え聞いた人相風体だけを頼りに、旅に出たのだ。
「これが、わしらが知る事の一部始終ですじゃ」
 村長は冒険者達に事のあらましを語って聞かせた。蒼眞達が村へ着いたのは、依頼から実に七日以上も経ってからのことだ。手紙で伝えた以上に初産でまだ出産が遅れており、いつ訃報を伝えるかは村の者とも話し合ったがまだ結果は出ていない。
「これは惣助、そしてこちらが蒼眞殿。どちらも身内で怪しい者ではない。事があれば何かに役立つということもあろう」
 祐衣が二人を紹介するが反応は冷たい。凶報を伝える者を人は歓迎しない。お産の手伝いをしたいという祐衣の申し出も、また女房に会って花を届けたいという惣助にも、村長は頑として首を縦にはしなかった。
「あんた方には村の寄り合い所を貸しておくから、そっちの二人もそこで寝泊りしたらええ。それにしても‥‥。百姓の息子と侍では結果は目に見え取る、そう言って止めはしたんじゃがなあ」
「ひとまず赤子を取り出すのを待つことにしましょう。ただでさえ妊婦の気持ちが不安定な時、事は慎重に運ばなければなりませんね」
 蛟が手早く話を纏めるが、老人の呟きは誰に向けられるでなく漏れる。
「あの時にはもう覚悟はついておったんじゃろう。せめて、文となってでも良いからと子の産まれるのを見守りたかったのかも知れんなぁ‥‥」
 答える声はない。黙って一礼すると冒険者達は去って行った。そして村は夜を迎える。

 報せがあったのはようやく明け六つを前にしての頃だった。慌しく村の者が出入りをする中で、一度は申し出を断られた一行は遠巻きにそれを眺めている。そこへ村の女の一人が祐衣を見止めてその手を引いた。
「何やってんだい、ただでさえ女手が要るって時に」
「いや、私は‥‥」
「いいから、早くこっち来て手伝いな」
 朝ぼらけの村は俄かに慌しく動き始めた。やがて、一際に元気の良い、赤子の鳴き声が村に響き渡った。母子ともに無事お産を終え、立ち会った村人達も皆赤子を抱き、初子の誕生を祝っている。
「行かないでいいのか?」
 その輪から離れて一人外で壁を背にしている惣助へ、佐竹がふと声を掛けた。
「俺には気の利いた言葉を持ってません」
 そう言って惣助は目を伏した。せめて心のふんぎりがつける様にと手を尽くはしたのだが。
「これ、佐竹さんから届けて下さい。産後に良いから」
 差し出したのは秋桜。上手く事が運んでいれば死んだ男と同じ声で届けてやるつもりだったものだ。しっかりと受け取り、佐竹が笑う。屈託のない、笑顔だ。
「‥‥‥ああ。分かった。んじゃ俺は赤ん坊の顔でも拝んで来っか!」
 それからは母体に大事もなく、時間を置いて落ち着いた女房の下を訪れた蛟が皆を代表して手紙を届け、訃報を伝えた。女房は終始俯き押し黙ったままだったと言う。武芸者の名代として伝えるべきことを簡潔に伝え蛟はその場を去った。その背を見送った後でようやく、押し殺した声が溜まらず漏れ始めた。
「‥‥‥‥私にも大切に想う人がいる」
 お産を手伝った女衆たちとその場に居残っていた祐衣が呟いた。
「その人が刃に倒れても私も泣けぬ、それが武士だからだ」
 子供の母親を前にして小娘の言葉は場違いなように酷く軽く聞こえた。二本差しを気取り刀持ちの妻たる心構えを説く娘へ向けた女達の視線は冷ややかだ。
「それでも心は叫ぶだろう‥‥武士の女とはほんに辛いのう」
 だが下手な慰めでなく、若さゆえの飾らぬ心情を乗せた言葉だったからなのか、祐衣の向けた微かに苦味を帯びた微笑を目にし、女房は声を上げて泣き出した。嗚咽はいつまでも止むことがなかった。

「それでは後のことは宜しく頼む」
 女手一つで子を育てるのは難しい。村の一軒いっけんへ蒼眞は母子の今度を頼んで回っていた。
「心配はいらねえ。村の者同士助け合ってやってくさ。そっちも辛い役回り、ご苦労だったな」
 村の男に言われ蒼眞は穏やかに微笑んだ。
「事情を知って知らぬ振りが出来る程、私は人間を忘れてはいないのだよ」
「僕からも。これから大変でしょうから」
 蛟も金子を渡し母子の為に使って欲しいと村の者へ言付けた。
「‥‥結局の所、間に合わせ切れなかったのですから」
 そして一行は村を後にした。生まれた赤子は、元気な男の子だった。三日の期限は守ることが出来なかったがそれを咎める者は今となってはもういない。是でよかったのかは誰にも分からない。ただ、死んだ若者が彼らに何か言葉を伝えられたとしたら、こう言ったかも知れない。ありがとう、と。