●リプレイ本文
「江戸から徒歩で二日、馬なら一日ってトコ‥ね」
事は急を要する。馬に荷を積み一行は早々に江戸を発った。街道を掛けること半日、異変が起こったのは夕刻を前にしてのことだった。
「何があるか解らんし出来うる限り急ぐ必要があるとは思ってたけど」
渡部夕凪(ea9450)は道を塞いだそれを見て忌々しげに嘆息する。村への道は道沿いの崖からの土砂に阻まれていた。
「崖崩れ、ねえ‥‥」
「何も無ければ、もっと速やかな配達が可能なのでしょうが‥‥世の中、こういう時に限って、いろいろな事が重ねて起きてしまう。‥‥因果と言うべきなのでしょうか?」
杖を手に観空小夜(ea6201)が崖の様子を窺うが、とても通り抜けられそうにはない。
「馬では無理でしょうか?」
まだ転がってくる小石を避けながら露草楓(eb0479)が声を掛けたが、観空は無言で首を振るだけだ。それどころか下手に近づけば崩落の危険もある。ここがだめとなると諦めて迂回路を進む他はないが、一刻の遅れが命取りになることもある。
「斥候さん、他に何か気づきませんでたか? 馬で行けそうな道はありませんでしたか?」
話を聞けばここから少し引き返せば獣道があるらしい。そこを通れば何とか遅れを取り戻すことは可能なようだ。だが。
「その獣道は馬で通れるのでしょうか?」
萩原唯(ea5902)の不安は的中した。報告では、道幅は狭く一人が通るので精一杯とのことだ。また迂回路を進んだ別の斥候の報告では途中で複数の足跡が確認されている。その数およそ二十。旅荷を狙った小鬼の群れが出るとの噂もある。
「獣道は馬は使えないらしいし、かと言って迂回路を回ってると間に合わない可能性もあるのよね。でも馬を放置するわけにもいかないわ」
頭の後ろで手を組みながら幽黒蓮(ea9237)が小さく欠伸を漏らした。
病に苦しむ娘のことを考えればこれ以上の遅れは許されない。迂回路を通れば小鬼の一群に遭遇する可能性も高いとなれば、一行は獣道を進む他なかった。ここに馬を置き去りにも出来ない以上、馬を連れて迂回して村へ行く者も必要ということだ。
「獣道を進むのは斥候の内容通り不可能ですね、二班に分かれましょう」
そう提案して佐竹政実(eb0575)が仲間達を見回す。
「悪いんですけど、薬を届けるのを第一に考えないといけませんので、後は宜しくお願いします」
「まあ‥小鬼を此方に引きつけられればそっちはより安全に事を運べる筈だ、やるしか有るまいよ。荷を強奪を目的にしているのなら、馬持ち側に自然に集まるだろう?」
かくして一行は二手に分かれることとなった。比較的軽装な者を任に当て、一方は馬と荷を迅速に村へ届ける。
「後で合流しましょう」
「ええ。必ず追いつきますので」
一行は手早く支度を済ませた。楓へ政実が固く頷く。
「みなさん、よろしくお願いします」
仲間達の馬を確かに預かると、観空が唯へ薬を手渡す。
「これを届ければいいのですね! 必ず死守して届けます」
小さく拳を握り唯が深く頷く。村での無事の再会を誓い、一行は行動に移った。
「では、獣道を参りましょうか」
片東沖すみれ(eb0871)が仲間を見回し、行く手へ誘う。本道から外れたそこはうっそうとした草むらに覆われている。水場が近いせいだろうか。茂みの草は背が高く、胸ほどあるそれに覆い隠された道はやがて林へと伸びている。その先は黒く木々が続くばかりで見通せなかった。
「症状が重いとのことですし、できるだけ早く届けなければなりませんね」
シェーンハイト・シュメッター(eb0891)は片東沖とは依頼で何度も共闘した仲だ。呼吸も合うとあって道中も心強い。
「露草さん、なんとしてもこの薬届けましょうね!」
唯も腕を回してやる気を見せる。獣道の先導は、幼いながらも狩りの心得のある楓が受け持つこととなった。楓の指示で道を見定めながら一行は獣道を分け入って行く。
「細かい枝なんか切って通りやすくしたりしますね」
短刀を手に御蔵沖継(ea3223)が草を刈りながら道を切り開く。馬に乗って移動できればいいのだが、元来馬は臆病で気難しい動物だ。湿った泥土に茂みでは馬も嫌がると言うものだ。
「ま、仕方ないよね。みんな、だいじょぶですか?」
後続を気遣って御蔵が声を掛けると、皆も何とかついて来ているようだ。滑りやすい足場を踏みしめて進むと、程なくして乾いた土へ変わった。林の入り口だ。
斥候の話では、小鬼らしき足跡が見つかったのは随分離れた所だ。心配は無用だろうが、始めから躓いた依頼だ、どこで何が起こるか分からない。
「気を引き締めていかないと」
空を仰いでシェーンハイトが目を細めた。そこからは奇妙に感情の色が欠落している。今宵は月夜。夜陰に乗じて動く者がいるとしたらこの銀光は絶好の条件になるだろう。
(「何事も起きなければよいですが‥‥」)
同じ頃。
「しかし‥‥江戸まで出なけりゃ薬が手に入らないとは」
長弓を番えながら夕凪が首だけで仲間を振り返った。大声で呼びかけながらもその手は正確に矢を番えている。放たれた矢は小鬼の一匹を正確に射抜いた。
「――厄介な事だ。もうちっと何とかならないものなのかね、実際」
迂回路を進んでいた一行は小鬼と遭遇し、交戦状態に入っていた。
「‥‥厄介な事なんて何も無いって言うから始めての仕事に選んだのに‥」
数匹に取り囲まれて黒蓮が上機嫌で肩を回して見せる。
「全く、面倒な仕事になりそう‥‥ね!」
襲い掛かった一匹を交わし、すれ違い様に鳩尾へ一撃。
「ま、それも冒険者の醍醐味、なのかしら?」
「待って下さい、オーラパワーを付与します」
政実が駆け寄り両拳へ闘気を施した。小鬼の襲撃を十分に警戒した別働隊は敵の接近を事前に察知し、馬を下りて迎え撃った。ろくな武装もない小鬼など武術の心得のある冒険者達の敵ではなかった。
乗馬は観空が道の脇へ寄せて、暴れぬようなだめている。数で勝る小鬼は一行の隙をついて無防備な観空と荷物を狙おうともするが、殿では白峰虎太郎(ea9771)が常に目を光らせている。
「心配は無用だ。行かせはせん」
行く手を阻み衝撃波で薙ぎ払う。窮した小鬼は複数で襲い掛かるが、それも手早く一刀の元に切り捨てると、返す刀で更にもう一体を屠る。刀身を振って血糊を払うと、纏った闘気が暗がりに薄く尾を引く。白峰は再び構えを取った。
「‥‥来い」
余り時間を掛けすぎて愛馬を不安にさせることもない。白峰も手早く畳み掛けに入った。同じく複数を相手取った政実達も奮戦している。
「ね? 初仕事って言っても単純な白兵なら頭数にはなるでしょう?」
小鬼は耳障りな叫びを上げてもんどりうっている。それを足蹴にして転がすと黒蓮は先手を打って殴りかかった。
「うふふふっ‥‥♪ さあ、戦闘よ、戦闘!」
流れに乗ってきたのか、淀みない連撃で急所を射抜く。小柄な体で翻弄する。小鬼も囲んで動きを止めようとするが、夕凪の矢撃が遠距離から牽制して許さない。
「邪魔はさせません! ここで時間を掛ける訳にはいかないんです!」
政実も闘気を纏った刀で立ち回りを演じ、黒蓮を援護する。
「何、これで終わり? 倒せなければ手痛い反撃をって方がスリルあるんだけど!?」
打ち倒した一匹の胸倉を黒蓮が掴みあげて叫ぶと、地面に叩き捨てる。元から旅人を集団で襲っていた小鬼達だ。遂に半数以上が倒れると逃走を始めた。それに呼応して黒蓮も熱が引くように急速に冷静さを取り戻した。
「‥‥ごめんなさい、ちょっと取り乱したわ」
深追いの必要はない。先行した皆にまず追いつくことだ。一行は手早く片付けに入る。
その時だった。
「空の長様!」
迂回路の斥候へ出ていた仲間が。血相を変えて戻ってきた
「落ち着きなさい。何があったのですか」
観空がたしなめると、やがて斥候は報告を始めた。村の側の雑木林に武装した男達の姿があった。村を窺っている様子だったという。
「村周辺に良からぬ気配ねえ。有事には援護に入れる様動く必要もあるだろう、ね」
小鬼からまだ使える矢を引き抜いて夕凪が振り返る。
「急がないといけません‥‥薬を無事に届けられたとしても、救う方が居なくなっては私達の行いは無に帰してしまいます」
観空の元へ返り血を拭った白峰が皆の馬を引いてきた。五人は颯爽と馬へ跨る。
「あ、道案内をお任せしますね。必ず追いつくとの約束です。急ぎましょう」
方向音痴の政実の代わりに夕凪が先導を務め、別働隊は馬を駆って村へ急行した。
異変には本隊も気づいていた。村まで後一歩という所。ちょうど雑木林を抜けようとした所で片東沖が村を窺う一団の話し声を耳にしたのだ。
近寄ろうとした唯を楓が引き止める。
「私達をすんなりと通してくれるのか疑問です」
向こうもこちらの存在に気づいたようだ。武器を手に取る音が重なって木霊し、空気は張り詰めて重くなった。
「ボクに任せて。威嚇してみるよ」
御蔵が詠唱を始めると暗がりに青い光が浮かび、指先に氷のチャクラムが形を取る。
「これで逃げてくれればいいんだけど」
御蔵がその手を振りかぶった。
「えいっ!」
木々の間を滑るようにチャクラムが飛び、山賊の一人を掠めた。それが会戦の合図となった。暗い木々の向こうから一斉に山賊たちが一行へ襲い掛かった。
「我々の第一の使命は飽くまで薬を届ける事」
依頼遂行のためには倒して進む他はなさそうだ。山賊から薬を死守しつつ林を抜けて村へ走らなければならない。覚悟を決めて楓が短刀を手に切り込んでいくと、すぐに片東沖も後に続いた。
「ここは先手必勝の構えで臨みましょう」
ギンと金属の擦れあう音を木々に響かせ、片東沖が抜刀する。
「先を打って勝機を奪い、その勢いで撃破します」
「唯様、薬を先に届けて来てください。援護致します」
矢面に立つと片東沖は敵の先陣と切り結ぶ。唯を護るため、小柄な楓も低く構えて手足を狙って斬り掛かった。仲間達が空けた道を、薬を握り締めた唯が走る。
「てめぇ、逃がすかこのアマ!」
だが敵の数が多い。シェーンハイトがブラックホーリーで援護するがその手数ではとても間に合わにない。唯を追って数人が駆け出した。
「後ろだ、まずは後ろの奴らから潰せ!」
戦い慣れしていない彼らには荷が重過ぎる。楓と片東沖ではとても敵の勢いを抑えきれず、後方で援護射撃に当たっていた御蔵たちへも山賊が迫る。
「思いの他に周囲の木々が邪魔ですね」
シェーンハイトが接近する山賊を鞭で牽制するがとても持ちそうにない。だがここが破れれば山賊は唯を追うだろう。
(「なんとしてもこの薬を届けなくては‥‥いけません」)
唯も必至で林を駆けるが装備は酷く重く、やがて木々の根に足を取られた唯は転倒した。取り落とした薬へ唯が手を伸ばす。その腕を踏みつけて山賊が刀を振りかぶった。
「諦めな、姉ちゃん。もう逃げ場はねえぜ」
錆付いた刃が唯を襲う。それを横薙ぎの素早い剣撃が叩き折って、駆けつけた政実が窮地を救った。
「もう安心ですよ、唯さん」
唯を庇うように踏み込むと、返す刀が更に一人を捉えた。闘気を纏った一撃にたまらず山賊は膝を突く。
「安心してください、峰打ちです」
怯んだ山賊へ切っ先を突きつけ政実が言い放つ。
「ですが――あくまで手向かうようならば切り捨てねばなりません」
その身には闘気が燃える。政実が間合いを詰めると山賊たちが後退った。
「佐竹さん、露草さんたちがまだ向こうで‥」
おそらく苦戦している筈だ。間合いを保ちつつ脇へ回りこむようにして山賊達を抜け、仲間の元へ走る。山賊達は再び唯へ襲いかかろうとしたが、その足元を今度は衝撃波が襲った。落葉が舞い上がりその中へ現れたのは白峰だ。
「‥‥行け」
拾った薬を唯へ手渡し、自身は山賊へ立ちはだかる。素早く剣を振るうと、降りしきる枯葉が切り裂れて地に堕ちた。白峰は再び剣を構える。
破れかぶれに男が一人切りかかった。手早く柄を回して逆刃に握り替えると、それを容赦なく打ち据える。峰打ちとは言えど白峰の強力ではただではすまない。泡を吹いて悶える男へ一瞥をくれると、白峰は今度は刀を返して刃を向けた。
「十数える。それまでに消えろ」
数で押されさえしなければ山賊など烏合の衆だ。
「徹底的に痛めつけ、二度と悪事を働く気が起きないようにしましょう」
楓達の下へ駆けつけた政実が助太刀し、戦況は一変する。
「チャンスです、挟み撃ちにしましょう!」
シェーンハイトも鞭を収めて間合いを取り、魔法を駆使して味方を立て直しに掛かる。やがて夕凪ら他の仲間も助太刀に駆けつけると、不利と見た敵は遂に撤退した。元より薬を届けるのが第一、一行も深追いはしない。
「後は村人達に任せましょうか」
全てが終わった頃には東の空は白み、枝から漏れる朝日が冒険者達を照らし始めていた。
そうして無事に娘へ薬を届けた頃にはすっかり夜も明けていた。
「よかった、間に合ったんですね」
守り通した薬を唯が娘の母親へ手渡した。
「これが薬です! 早く飲ませてあげてください!!」
これで快方へ向かうことだろう。冒険者達へ娘は弱々しくも笑顔を覗かせた。
手傷を負った仲間へは観空が丁寧に治療を施し、岐路にも支障はない。あくまでも彼らの使命は薬を届けること。長居は無用だ。娘の笑顔を見届けると冒険者達は慌しく村を去るのだった。