熊鬼退治

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月19日〜02月24日

リプレイ公開日:2005年03月01日

●オープニング

 山間の村で熊鬼が出た。村の猟師がすでに二人も殺られ、村人達もすっかり怯えきっている。報酬は相場通りの額、加えて路銀や食費は依頼人である村が持つ。村へ赴き、この熊鬼を退治してほしい。

 熊鬼が出るというのは村の裏手にある山だ。高い木々に囲まれたその山は傾斜が厳しく、山歩きに慣れぬ者には困難が予想される。積雪も考えれば装備を整えねばならないだろう。熊鬼もうまく誘き出す必要もある。狩りの心得のある者がいると心強いかも知れない。但し冬山は言わば熊鬼の庭のようなもの、戦い慣れした者も数を揃えねばならないだろう。

 無事に退治した暁には村人達がささやかながら宴席を設けてくれることになっている。そろそろ春も近く、山の恵みも里へともたらされる頃である。センマイ、ワラビは山菜鍋にしてもよし、ウドであれば酢味噌につけてそのまま頂くのも野趣があってよい。酒の肴にもうってつけだ。一仕事終えた後の一杯は、何にも勝る報酬になるだろう。

●今回の参加者

 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4870 時羅 亮(29歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6114 キルスティン・グランフォード(45歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0342 ウェルナー・シドラドム(28歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 殺されたという猟師は野鹿や狐を狩って生計を立てていたという。この季節であれば熊や猪を仕留めることもあった。だが特別腕の立つという訳でもなく、兎や鳥のような小さな動物が主な獲物だった。鬼が出たというのは初めてのことだったという。
 熊鬼の出たという場所を大まかに教わった一行は支度を整えて山へ入った。狩猟の心得のあるという超美人(ea2831)が先導を務めるが、この悪条件では中々に厳しい。踝ほどまで積もった雪、傾斜もあいまって歩みも自然と重くなる。
「流石に山中は冷えるな。貴殿も一杯どうだ。暖まるぞ」
 持参のどぶろくを煽りながらの探索行だ。これなら飲んで直ぐは暖まるが、長時間となると反って体は冷える。傾斜のきつい山中を歩き回りながらともなれば酔いも早い。熊鬼が姿を現す気配もなく無為に時間ばかりが過ぎる。
「これは罠でも張って掛かるのを待った方がよさそうだね」
 ケイン・クロード(eb0062)の笑顔にも若干の疲れが覗く。とは言え特別な用意もない。相談の結果、比較的戦いやすい地形を選んで餌で誘き出すということになった。
「餌で誘き寄せる。んで、来たら殴る。来なかったら探しに行く。以上。実にシンプルだ」
 キルスティン・グランフォード(ea6114)が小さく肩を竦めて見せた。仲間を見回しても皆それ以上の案は浮かばないといった顔だ。
「異議なし」
 黒崎流(eb0833)が早速その場に荷を置いて準備に取り掛かる。
「今の時期は山も食料が乏しいのだろう。猟師が襲われた付近など、良い狩場になってるってことなのかも知れん」
 餌ならば村の者から貰ってきた食料がある。無理を言って肉やら魚やらの精のつく者も持たせてもらっている。鬼にくれてやるのは少々勿体無いが、こう寒くてはかなわないというものだ。
「炙ればけっこういい匂いがしそうだよね」
 横から覗き込んだ時羅亮(ea4870)が魚を掴んで匂いを嗅ぐと、流も笑顔を覗かせる。
「魚、美味いしな」
 流が手渡すと、亮が早速炙り始める。起こした火へ遠巻きにかざしていると見かねたケインが割り込んだ。
「駄目だよそんなんじゃ。貸して」
 料理好きのケインが彼に代わって手早く皮へ軽い焦げ目をつける。やがて辺りには香ばしい匂いが漂い始めた。
「早く熊鬼を退治して山菜料理を頂こう。それで、山菜料理を自分のレパートリーに加えるんだ」
 嘯きながらケイン。張り出した木の枝に一つひとつ丁寧に巻きつけ、余ったものは串に通して火の側へ刺しておく。
「待つとなれば相手次第な所だ、根気が必要になるだろう」
 流の組んだテントは二人用、キルスティンの物と合わせても四人までしか休めない。
「交代で休憩を取っても良いかもしれん。まぁ、戦う前に凍えてしまっては困るしな」
「それなら僕が暫く哨戒に出ましょうか」
 ウェルナー・シドラドム(eb0342)が外套を手にテントから顔を出した。
「森を歩くのには慣れています。大丈夫ですよ。余り遠くに行かないようにだけは気をつけますから」
「悪いな。頼んだぞ」
 流へ小さく微笑んで返すとウェルナーは外套を羽織って山へ分け入って行った。それに超が道案内を兼ねて同行する。やがて二人の姿が見えなくなると、辺りは冷たい静寂に包まれる。
 テントの隅でケインが腰を下ろした。仲間達も体力温存のためそれぞれに休息を取っている。刀を抱いて、ケインは双眸を閉じる。
(「飛燕‥‥初めての大物相手だね‥約束の為‥絶対に勝つよ」)
 愛刀に頬を寄せ、彼はしばしの眠りについた。

 雪はとうに止んでいるが進展の気配は一向に見られない。村人から聞いた話を思い出しながら超が注意深く辺りへ眼を凝らす。だが思うようにいかず、いつしか二人にも焦りが見える。
「それにしても、ウェルナー殿。さっきから気になっていたのだが」
 超が眉根を寄せて口篭る。不思議そうに振り向いたウェルナーは、ふと顔を赤くして目を伏せた。外套から覗くのは鼠のきぐるみ。寒さを凌ぐには最適な代物だ。無論、恥を捨てれば、だが。ウェルナーは視線を足元に彷徨わせて照れ笑いを浮かべた。
「んっ。足跡だ。まだ新しい。近いぞ!」
 不意に超が行く手をさして叫んだ。駆け寄ると大きな足音が横切っている。
「おそらくは熊のものだな。この場合は熊鬼の、ということになるが」
 二人は頷き合った。超が呼ぶ子笛を取り出す。ふとそれをウェルナーが制した。
「静かに。ゆっくりと」
 ウェルナーが短刀を抜いた。雪の照り返しで刃が光る。ウェルナーが刀身を返すと、映ったのは熊鬼の姿だ。太い木の棒をぶら下げてこちらの動きを窺っている。
「でも出来得る限り素早く立ち上がって下さい」
 お互いに間合いの外。だが空気は一触即発の張り詰めようだ。助けを呼んでも間に合うかどうかは五分五分だろう。二人が視線を合わせる。
「間に合わぬ。やるぞ!」
 振り向き様の超の一閃。大きく数歩踏み込んでからの大振りは鬼の鼻先を掠めた。
「全力で倒すのみ。覚悟!」
 鬼の反撃を掻い潜って超が更に踏み込んだ。切っ先は真っ直ぐ鬼の得物を捉えて。振り下ろした棒ごとその腕を断ち切る太刀筋。だが勝負を焦りすぎたのが仇となった。
「超さん!!」
 駆け寄ろうとしたウェルナーを鬼が牽制する。頭に重い一撃を負った超はその場で倒れこんだ。鬼は二の腕に走った傷を舐めると、無造作にウェルナーへ間合いを詰めた。軸足をずらしてウェルナーが的確にかわすと、棒を掻い潜ったそこは反撃の間合いだ。皮を裂く確かな手応え。切り抜けたウェルナーが雪を踏みしめ鬼を振り返る。
「しまった‥‥!」
 脇腹への一撃はカスリ傷だ。鬼は二人へは眼もくれず逃走した。その先は撒き餌。待ち伏せの場だ。山中を笛の音が切り裂いた。
 やがて熊鬼は流たちの元へ姿を現した。待ち構えていたケインがじりじりと距離を詰める。木々が邪魔をして刀の間合いを取るのは難しい。敵もそのことは理解しているのか楽に近づかせてはくれないようだ。不意にケインが防寒着を脱ぎ捨てた。
「駆けろ‥‥飛燕!」
 刹那、それを追って切っ先が駆け抜けた。その跡に血の華を咲かせ、そして。小気味いい音を立てて再び鞘の内に刃が収まる。ケインは再び構えを取った。
「うん‥‥結構いい感じ、かな?」
 居合いの要諦は鞘の内にあり。抜刀の閃きに全霊を込め、ケインは再び間合いを詰めた。熊鬼の腕に赤く傷口が開いている。
「まだまだ、寒いし‥‥」
 テントからようやく亮も顔を出した。
「もっと引き篭もっていたかったな。でもたまには仕事しないと回りは五月蝿いからなあ」
 ぶつくさと呟きながらも背を反らすと、すらりと剣を抜き放つ。まだ燃える焚き火へ片足で雪を蹴って寄越し、亮は構えを取った。ジュっと火の消える音。注意の逸れた一瞬を突いて亮は先手を打った。
「先手必勝!」
 繰り出した左の短刀で距離を取り、右の刀で袈裟懸けに一閃。傾斜のせいか踏み込みが浅い。鬼は剣撃から身を逸らすが、それを待ち受けていた流の十手が熊鬼を捉えた。闘気を宿したそれは僅かに肉に届かない。だが確実に熊鬼の注意を逸らした。
「仕方ない一気に本気出して行くしかないか」
 亮が二刀を繰り出す。囮の左で牽制しての二連撃。それに呼応してケインも斬りかかった。鮮血が舞い、雪肌に鮮烈な紅を差す。
「っ痛!!‥‥やっぱり、修行不足かな‥」
「こいつ‥‥強い!」
 剣撃を浴びながらも熊鬼は反撃を止めない。理由はシンプルだ。ここは雪山で、相手は熊鬼で、何よりこいつは強敵だ。
「いや。シンプルだ。確かにシンプルではある」
 キルスティンが亮たちを払いのけた。金棒を手に無造作に間合いを詰めて行く。
「けど熊鬼って駆け出しには結構キツく無いか? ま、いいけどな」
 熊鬼も気配の違いを察したのか。これまで終始攻め気だった鬼の気配が退いた。キルスティンが眉を吊り上げる。
「なに? 殴って来ないのか? なら‥‥」
 力任せに振るった金棒が脇の木を吹き飛ばす。飛片が鬼の顔を掠めた。
「伊達に闘武神の名を預かっちゃいないさ、腕には自信がある、なんとかなるだろ」
『ウゴオオォォぉォオオォぉ!』
 焚きつけられるように熊鬼が突進する。彼女はそれを待っていた。瞳が大きく見開かれる。見切りは僅かにその一瞬の中に。皮一枚だけ残してその軌道はキルスティンを逸れた。同時に彼女が金棒を握る手へ力を込める。熊鬼の突進と金棒の振り、そこへ彼女の膂力が一瞬の交錯に縮約される。打つというより、それは薙ぎ倒すというのに近い。必殺の威力を宿してそれは、だが空を切った。勢いのまま地面をかすった金棒は辺りに雪を舞い上げた。
「この足場じゃイマイチ踏ん張りが利かないか。力みすぎて軸足がぶれたかな」
 やれやれとキルスティンは舌打ちする。彼女は金棒を担ぎ直した。
「もう一回だ。今度は踏み込みを浅くしてみようかね。ほら、掛かって来るんだよ」
 挑発的に笑うと、赤く瞳を燃やし鬼は襲い掛かった。今度こそ金棒は鬼を捉えた。衝撃は巨岩をぶつけられたかのようだ。熊鬼の太い足がぶるぶると震え、たまらず片膝を付く。その鬼の視界を再び外套が覆った。
「舞え‥‥飛燕!」
 伸びた切っ先が鬼の体に走る。攻め時と見て、見に回っていた流も打って出る。敵の反撃の芽を摘むには十手であれば十分だ。
「俺でも時間稼ぎくらいはできるってとこかね」
 苦し紛れの反撃を流が受け流し、その隙を突いて亮が二刀を振り下ろす。流に手数を削られた鬼はもはや受けることも叶わない。断末魔の叫びが森に木霊した。やがて鬼が動かなくなると、三人は木々に背を預け、その場にへたり込んだ。
「ふぅ‥‥もっと修行しないと、ね」
 幸い仲間の誰の傷も深手には至らない。戦果としては上々だった。


 仕事を終えた一行が下山したのはすっかり日も暮れた頃だ。村人は宴席を用意し彼らの帰りを待っていた。
「や、自分は長期休養明けでね。鈍っててしょうがないから腕ごなしに出てきただけで、戦力としては二線級なんだが」
 酒を注がれながら流が恐縮した風に、だがにこやかに笑顔を浮かべる。
「‥‥まぁ、とりあえず酒だ。酒は飲もう。ありがたく頂くよ」
「おっ! 山菜ではないか。美容に良いし適度な苦味も私の好みだ。有り難くいただこう」
 宴席には山菜を始め山の幸が並ぶ。村の女衆と一緒にウェルナーが料理を運んでいる。
「さあどうぞ。寒い時は温かい食べ物が一番です。美味しく頂くことにしましょう」
 母親でもあるキルスティンも食べるよりも作る方に興味が向くのか、料理場で一緒になって腕を振るっている。
「はぁ‥‥これも美味しいですねぇ。あ、それはどうやって作るんですか?」
「寒いとやっぱり引き篭もるに限るね、引き篭もるのはいいよ。回りの人間が働いている中ゆっくりして好きなことが出来る。それに回りの人間関係なんて関係ないし結構良いよ」
 村人を交えて会話に花が咲きいつしか夜も更けていく。
「仕事の後は格別だな。今日は飲み明かそう」
 肴が上手いと酒も進む。鬼も退治されたことだ、暗い話も一時は忘れられるだろう。日ノ本のこれからのこと、様々なことを語り明かした。亮は一人、引き篭もることのすばらしさについてしつこく話していたようだったけれど。そうして一行は夜通し語り明かした。翌日には山盛りの山菜を土産に揚々と岐路へついたのだった。