●リプレイ本文
道志郎率以下五十余名の義勇軍は江戸を出立した。十分に食と軍備の与えられた兵は士気も高い。乗馬も三十五を数え、大鎧に身を固めた馬上の道志郎はその一軍を後顧することなく率いている。小規模ながらも正規軍さながらの軍容である。
「もうグラスちゃんはこんな危険な戦やってのに、ホンマに心配かける子やわ」
その道志郎の側に付き従う知己のグラスへ、クゥエヘリ・ライ(ea9507)が心配そうな視線を送る。まだ幼さの残る彼女の保護者を辞任するライは仲間に馬を借り受けて義勇兵に志願したのだ。
「あの子に何かあったら鬼はいつか根絶やしにするんやからね」
茶臼山を目前に鬼の一群と遭遇した義勇軍は直ちに街道に布陣し、これを迎え撃った。前曲に重装奇兵、中曲には弓兵が控え、後曲に道志郎率いる本体が待ち受ける。
「折角、仕事の合い間をぬって修行の機会を得れたんや、めい一杯戦こうたるっ!」
鬼達の上げる砂塵を遠目に朱雲慧(ea7692)が武者震いに身を任せている。
「逸れん様に仲間との位置には注意やで!単独に陥った時が一番危険なんや!」
「無理はしませんが、私の目的は何も一つとは限りません」
それを鼻で笑い、黒城鴉丸(ea3813)が歪めた唇を吊り上げた。
「戦って滅ぼすだけが作戦じゃないですから」
道志郎は前曲の両翼へ舞台を配した。命を受けて一行は街道東側の右翼を担う。灰汁の強い彼ら冒険者達を纏め上げるのは陸堂明士郎(eb0712)だ。
「覚悟はいいか。目標は鬼どもの殲滅だ」
防寒服を脱ぎ去ると鎧が露になる。その下から覗くのは白装束、憤死の覚悟で挑む意志の表れだ。
「我が隊は前後衛に分かれ、連携して戦う。東側には村もある、敵の浸透を許さぬよう注意されたし」
陸堂が手早く指示を出す。それを心中で復唱して桐生純(ea8793)が独り頷いた。
(「‥‥村の人、帰る場所が無くなるのは、悲しいハズだから」)
静かに覚悟を決め、桐生は手裏剣を取る。
(「那須で、皆が精一杯やってる‥私も、少しでも力になれれば‥‥」)
「聞けば那須藩は上へ下への大騒ぎとか。自分は刀鍛冶の身なれど幾許かの力となりたく」
モンスター知識を買われて陸堂の副官についたのは新米刀鍛冶のアゴニー・ソレンス。
「お手柔らかにお願いします。では我々は任務を全うしましょう」
「‥‥私達は遊撃隊ですか‥責任重大ですね」
鳳刹那(ea0299)が得物の六尺棒を握る手に力を込める。やがて鬼達へ本隊から一斉に矢が放たれた。敵の先陣の足を殺ぐと今度は自陣が真っ二つに割れ、一人の魔術師が歩み出た。殺到する鬼を前にただ独り待ち受けるのはアルカス・アルケン。
「全軍、この道志郎の軍配を見ろ!」
道志郎の声が戦場を揺るがした。剋目を集めた軍配が高々と掲げられ、道志郎がそれをまっすぐ敵先陣へ向けて振り下ろすと、アルカスの放った氷の吹雪が敵陣に風穴を開けた。すぐさま槍兵が門を閉じるように中央に陣取り後続の壁となる。斉射と魔法で浮き足立った鬼は戦況を見失い勢いのままに義勇軍へなだれ込んだ。
「クックックッ‥‥」
鴉丸が喉の奥で乾いた声を漏らす。厚い大地から立ち上った土煙が彼の身を覆い、その迸りの出口を求めるように渦巻いている。
「包囲の準備を。足並みを乱した敵先陣はすぐに突出しますよ」
怪訝な顔の仲間達をせせら笑うと彼は人差し指を立てた。それが水平線を捉えると、放たれた重力波が敵陣を斜めに切り裂き、完全に二分した。
「前曲両翼、上がれ! そのまま敵を包囲するぞ!」
道志郎の補佐を勤める御影涼が号令し、遂に一行も敵と矛を交える。緊張した面持ちの皆を刹那が機転を利かせて励ました。
「戦いが終ったら、私が皆さんをマッサージしたげますねぇ? こう見えても結構上手なんですよぉ♪」
努めて明るく振舞う彼女に釣られて仲間達にも笑顔が覗く。
「銭も減ってきたことですし、しっかり稼いで帰りますか」
神田雄司(ea6476)も陸堂から借り受けた霞刀を構えた。
「一度使ってみたかったぞ」
そう言って笑顔を覗かす。
(「さて、この剣技はどこまで通用するのか? 久しぶりに真剣になってみるか」)
表向きは暢気に振舞っていても敵を前にして胸中は真剣だ。雄司は密かに決意を固める。
「遊撃隊、突撃!」
陸堂が号令を発すると一行は一丸となって鬼の側面を叩いた。
伏兵を警戒した陸堂の指示でライは東の村へ馬を走らせていた。
「鬼の姿はないようやね」
気配を殺して村中を走って回ったが、杞憂だったようだ。偵察を終えてライが馬の元へ戻ろうとしたときだった。戦場の怒号に消え入りそうな僅かな物音。ライが民家へ近づいて行く。
足手纏いだと置いて行かれたのだろうか、老婆が土蔵にうずくまって震えている。怯えた眼差しを向ける老婆へ精一杯の笑顔を向けながらライは逡巡する。
「戦闘区域から離れるんが一番なんやけど、お年寄りにはきついやろうね」
周囲を見回すと、ライは老人の手を引き納屋へと誘導する。
「ちょっとの辛抱や。戦が終わったら必ず迎えにくるんよ。お婆ちゃん、ここで隠れとくんよ」
戦場では義勇軍が両翼を展開し、敵陣を包囲せんと奮戦している。
(「――私は、悪を滅ぼす鬼となりたい」)
黒畑丈治(eb0160)は悪鬼を退治するためこの戦場に身を投じていた。無益な殺生は好む所でないが、悪を滅ぼすためには自らを鬼と化すことも厭わない。これまでの修練の成果がどれ程のものか、本物の鬼を相手に腕を試したい。彼がこの戦役に従軍したのもその思いからだ。
「私達は後衛となって前衛の陸堂殿らを護ります!」
後衛の連携は、陸堂の下に遊撃隊が一丸となって動くための言わば蝶番だ。その指揮を自任し、黒畑は後続を率いる。
「小鬼は捨て置き、私達の狙いは強力な鬼です!」
その指示に忠実に従って桐生が山鬼へ手裏剣を放った。手裏剣では射程はそう取れない。中距離からの援護が主になる。危険も付いて回るが、陸堂の指示で後衛の援護には刹那が当たり後衛への接近を許さない。
「山鬼の知能は高くありません、連携で翻弄して確実に仕留めましょう」
アゴニーが自らも槍で応戦しながら一匹を見定めて攻撃を仕掛けた。それに応じて朱が連携を取り、軽装ながらも闘気を身に纏った朱は速さを活かした連撃で確実に打撃を与えて行く。
「私には剣を振るうしか術はありませんが、やるだけのことはやってみせます」
仲間の援護で雄司が山鬼を打ち倒し、更に敵陣深くへと踏み込んでいく。
「駄目だ、本隊との連携を第一とするんだ!」
勢いに乗って出ようとする彼を諌めて陸堂が叫んだ。
「遊撃隊が最大限の力を発揮できるよう心がけるんだ」
仲間達へ指示を飛ばしながら陸堂は自らも剣を振るう。熊鬼の猛撃を掻い潜って一太刀を浴びせると、更に背後から忍び寄る雑魚を振り向き様に一閃。その刀には刹那の施した闘気が宿り、陸堂は自ら先陣を切る。
初手の用兵で敵の出鼻を挫いた義勇軍だったが、長引くにつれて雲行きも翳り始めた。数に押し切られる形で徐々に押し切られてきている。少数で配置された遊撃隊はまさに身を休める暇もない。僅か一矢で手持ちを使い切った黒畑も弓を捨てて魔法での援護に徹している。やがてそれも叶わなくなると六尺棒を手に前線に上がった。
「熊鬼には重々注意を!」
敵陣に上位の鬼を見つけたアゴニーが警告を発した。
「恐るべきはその膂力、特に武装をしている者は桁違いに厄介です! くれぐれも連携を怠らぬよう! 本隊からつかず離れずを心がけて下さい」
「小まめに治療すんのも忘れなや! いつ何が起こるかわからんで」
朱も機を見て傷を癒し、前線で拳を振るう。手持ちの手裏剣を使い果たした桐生も前線へ上がった。山鬼の迎撃を紙一重で交わすと、地面を蹴って飛び掛かる。敵の肩に刺さった手裏剣を掴むとそのまま深く抉り込んで一匹を仕留める。すぐに他の鬼達が桐生を取り囲むが、それを朱や他の仲間達が切り崩し、義勇軍はぎりぎりの所で踏みとどまっていた。
その光景をマリス・エストレリータ(ea7246)は小さなその羽根で上空から一望していた。戦端が開かれて数刻が経った。一人の少年の志した道は日ノ本の未来をかけたこの大舞台へと続いていた。一介の吟遊詩人として、果たしてこの戦をどう語ろうか。
「‥‥言葉も詩も拙いですがの」
この光景を目に焼き付け、漏らさず見届けなければとマリスは思う。
「あれは‥‥」
マリスが目を細める。いつの間にか北から鎧装束の小隊が戦場に近づいていた。
「援軍か!」
右翼の遊撃隊もすぐにそれに気が付いた。雄司が迎え出る。だが。
「‥‥殺気!?」
咄嗟に雄司が身をそらした。現れた鎧武者は雄司を取り囲み、一斉に襲い掛かった。
「狐の増援だ! 惑わされるな!」
陸堂が味方へ警告を発するが、戦場に伝播した味方の歓喜はそれを掻き消した。混乱に乗じて狐の一団は右翼から切り込み、これに呼応し鬼も猛撃に出た。
「‥‥ッ!」
一瞬の猛追で隙を突かれ、敵の金棒に討たれて桐生が吹き飛んだ。その首を叩き潰そうと山鬼が迫る。咄嗟に追儺豆をぶつけて活路を切り開くと、そこへライの援護射撃が鬼の鎧を打ち砕いた。難を逃れた桐生は呼ぶ子笛を取り出し、力の限りに吹き鳴らす。全軍に警告を発して桐生は戦場を駆ける。
「我ら遊撃隊、本隊の為にもここは一匹たりとて通しませんよ!」
助太刀の黒畑と共に雄司も狐を相手に奮戦する。そこへ再びの怒号が飛んだ。
「援軍だ! 今度こそ味方だぞ!」
突如、戦場を陣太鼓の音が木霊した。
「一つ! 義を見て為さざるは勇なきなり!」
後方で起こった唱和が戦場を揺るがした。
「勇なき男は侠に非ず!」
現れたのは義侠心に燃える義侠塾の壱号生。
「風羽! 見せてやろうぜ! 俺達の技を!!」
「‥‥へっ、雄闘死大魔を探す行き掛けの駄賃だ。皆、ちょいと連中に助太刀してやろうじゃねぇか!」
「‥え? 今の声‥‥」
ぎょっと目を見開いて刹那が戦場中央を振り返る。
「‥‥な、何でしんくんがこんなとこにいるの!?」
その様にしばし愕然としつつも、刹那はすぐに気を取り直して六尺棒を振るった。
「‥‥。気のせいよね。あんなの、しんくんのはずないもんね」
「悪歩路道羅里猪ー!!」
肩を組んだ伊達拳と風羽真は猪突猛進、形振り構わず前線まで駆け抜け、崩れかけた味方の士気を立て直す。戦場は一気に混戦の様相を呈した。この義侠塾の助太刀で形勢は再び逆転した。
『道志郎殿、今度こそ味方の援軍が来たんですじゃ。それと同時に虎の気配ですな』
『マリス! 位置は掴めるか?』
道志郎の思念へ応えてマリスが高く飛び上がった。
「効かないとは思いますが、跳ね返ってきた時は、私は普通に痛かったですからな‥‥」
顔を顰めながらマリスが詠唱を始める。やがて放たれた銀矢は戦場の一点を指し示した。
それに逸早く反応したのは意外にも鴉丸だった。
「黒城、戦列を離れるな!」
陸堂の制止を降り切り、鴉丸が飛び出した。
「知能の低いヤツ達では話しになりません。こと、交渉の相手にはね」
虎人の背へ追いすがると鴉丸は言葉を投げ掛ける。
「私の言葉は解かりますか、虎人さん? 理解できるかわかりませんが、お金でも投げてみましょうかね」
だが用意していたその台詞は半ばで唯の掠れた吐息となった。振り向き様に無慈悲に振り下ろされた爪は鴉丸の喉元から縦に胸を切り裂いた。
『ああ? キィキィ煩せぇなア。要らねーよ』
踵を返そうとした虎人がふと動きを止める。深々と肉を裂いた爪は肋骨に噛んだのか引き抜けない。
『ンだよ。だから要らねーってンだろがよ。猿の肉なんざ喰ってもウマかねーしよォ』
それは華国の言葉だ。舌打ちした虎は鴉丸を持ち上げると無造作にふるい落とした。
「止むを得ん‥遊撃隊、俺に続け!」
得物を短刀に持ち替え陸堂が飛び出し、アゴニーと黒畑が続く。
「あれは噂の虎人! 陸堂さんの腕でもおそらくは――!」
アゴニーが警告を発した。だが仲間の危機を見捨てる訳にはいかない。
『虎人! 今度はわいらが相手や!』
華国語で朱が啖呵を切り虎の注意を引き付ける。注意が逸れた所へ陸堂が踏み込んだ。不意を突いての一撃。それは空を切る。身を翻した虎は長身から叩き落とすような一撃を放つ。
「そこです!」
陸堂に注意が向いた隙を突き、アゴニーが槍を突き立てた。穂先には刹那から受け取った闘気が宿る。
「陸堂さん、朱さん、闘気を! 奴には通常の武器では刃が立ちません!」
しかし闘気は金色の毛並みの表面を流れ、アゴニーの膂力では辛うじて皮を切り裂くだけだ。魔法も効く気配を見せない。
倒れた鴉丸を抱え起こして黒畑がポーションを与える。だが傷が重い、薬を持ったマリスが急降下し、刹那もまた仲間へ闘気を施すため駆けつける。だが十分な体勢を整える間もなく、反撃の術を持たぬ一行を虎が襲う。
それを救ったのは助太刀の忍者刀だ。
「大丈夫か!? ここは任せておけ!」
味方の薄い部分を補うべく戦場を駆け巡っていたのは忍者の榊原信也。すぐさま飛び退き、間合いを取ると虎へ小刀を向ける。
「‥よぉ、また会ったな‥‥つっても、言葉は通じないがな」
『来やがったなひ弱猿‥‥手前ェは別だ、寸刻みにして頭から喰らってやるぜ!』
「へへ、相変わらず何言ってるか分からねぇが好都合だぜ! 俺が引き付ける、ここは構うな」
助太刀しようとした朱を制し、信也が遊撃隊を庇う。
「よし、行くか!」
『チクショ‥‥手前ェ!殺す!』
一行が後退したのを見届けると彼は駆け出した。
「恩に着る! 遊撃隊、これより先は足並みを乱すな!」
突出する形になった遊撃隊はいつしか乱戦に巻き込まれていた。朱や桐生ら余力を残した者で陸堂の指示の元に守りの陣を組み、一丸となって生還を図った。
辛うじて陸堂の指揮が纏め上げて全滅は免れたが、大半は実力を出し切れぬまま戦は終わった。結果として本隊と義侠塾の活躍もあり義勇軍は勝ちを拾うことが出来たが、遊撃隊の戦果とそれを左右したその要因は推して知るべしである。深手を負った者は出たものの、死者を出さなかったことは不幸中の幸いであった。
「江戸に帰って酒場で傷を癒したいですねえ。陸堂さん、また機会があればあなたの元で戦いたいですよ」
陸堂へ霞刀を返して雄司が微笑む。
「江戸に急いでトンボ帰りや。なんか、頭ん中で竹之屋がワイをよんどるんや〜っ!!」
合戦の興奮冷めやらぬのか朱が腕を回して大声を張り上げた。やがて鬨の声は義勇兵を巻き込んでの義侠塾歌の大合唱となった。激戦を生き抜いた兵達は戦勝に沸いた。ただ今は生きてこの場にある、それだけで彼らには十分だった。