●リプレイ本文
武蔵国の外れ。険しい山へ分け入り、道なき道を進んだ先にその門はある。訪れた者を待ち受けるのは阿吽の仁王像だ。
「噂に名高ぇ義侠塾ってのはここのことだべか?」
イワーノ・ホルメル(ea8903)が仁王像を見上げて小さく簡単のため息を漏らした。それに挟まれた門を抜けると、そこは義侠塾の校庭である。
「俺ぁ、ロシアの国さから来た山師、イワーノ・ホルメルっちゅうだよ。普段は異人と女人禁制だっちゅうが、ちょいとお邪魔させてもらうだぁよ」
「おほ! お出迎えか、ご苦労だったな!」
門の前で待ち受けていた塾生の姿を目にして、佐竹康利(ea6142)が嬉しそうに笑みを漏らした。週番と書かれた鉢巻を締めた塾生が二人、一行を取り次いで奥へと案内していく。
「それにしても‥‥凄いところですね」
壬生桜耶(ea0517)が辺りをきょろきょろと窺いながら皆の後に続く。暑苦しさに中てられて、桜耶は手でぱたぱたと顔を仰いでいる。
「男臭さというか、くらくらしますね」
「押忍! 久しぶりの義侠塾だな。諸般の事情とかいろいろあってしばらく遠ざかっていた我が学び舎に、ついに再び帰って来る時が来た!」
一方で、義侠塾の壱号生でもある天現寺礼(ea9915)は久々に訪れる塾舎に意気も揚々としている。
「まずは塾長に挨拶でござるな」
同じく塾生の久方歳三(ea6381)が促し、一行は週番の同輩と共に塾長室へと向かった。
「来須玄之丞(eb1241)、舎弟の小弥太と小鉄が世話になってるんで挨拶に伺った、また今回はあたしも厄介をかけるよ」
「うむ。ご苦労である!」
出迎えた塾長へ、大神森之介(ea6194)と共に来須が頭を下げる。
「いつも小弥太と小鉄がお世話になってるからね」
「身内として人肌脱がしてもらおうじゃないか」
「やっぱり礼儀はわきまえないとね」
そんな森之介はなぜか武者鎧に物々しい兜を着込んだ戦支度の装いだ。何やら塾舎内は危険なところだと色々吹き込まれてきたらしい。
「久方! 天現寺! 貴様らも塾生として恥ずかしくない行動を心掛けよ!」
「押忍でござるよ塾長殿」
胸を張った久方。
「よし、それじゃ調査開始しようか」
と、森之介が振り返った拍子に鍬形が久方の目を突き、お約束の感激コールで崩れる久方。それは置いておいて、銘々に塾長への挨拶を終えると一行は調査へ乗り出した。
週番の二人に案内され、一行は塾舎奥の屠処室へと案内された。長い下りの階段を進むと、そこに重い扉が彼らを待ち受けている。週番の塾生から一通り規則と心構えを教わると、来須が内の一方を小突いた。
「それから小弥太、長丁場になりそうだから眠気覚ましに熱いお茶汲んできな」
何かを言い返そうとした彼へ、無理やり背を押して来須が送り出す。
「勿論パシリに決まってるじゃないか。ああ大丈夫、あたしぁちゃんと睡眠はとってるんで徹夜明けの朦朧状態で戦いはしないから」
「さて、拙僧はもさっそく屠処室の資料を調べるかのう」
大田伝衛門(eb1435)が扉へ手を掛ける。軋んだ音を立ててそれが開かれると、かび臭い空気が鼻をくすぐる。室内は薄暗い。目が慣れるにつれ、そこに並んだ夥しい数の本棚が視界に浮かび上がってくる。
「ただ、拙者も屠処室は初めて入るでござるからな‥‥」
「噂に名高い義侠塾、其の屠処室となれば一筋縄ではいくまいて」
緊張をはらんだ大田の声に久方が頷き返した。
「気を付けて調べるでござるよ‥‥」
「おほ、俺ってやっぱついてら♪」
と、言ってるそばから佐竹が早くも資料を発見した。
「どれどれ‥‥『酔いどれ恐怖』の二つ名の由来について書いてあるな」
手近な机に腰を下ろすと、持ってきた資料を広げて明かりに照らす。それはどうもとてつもない酒豪であることからついた二つ名のようだ。恐ろしく酒に強い上に酒癖が悪く、酔拳の達人であると記されている。しかもひとたび酒が切れれば手のつけられぬ程に暴れだし、辺りは死屍累々となるという。
「おいおいおい、しゃれになんねぇな、こりゃ」
ぱらぱらと残りの資料を流し読みすると、佐竹は椅子へ背を投げ出した。信憑性の程はさておき、読めば読むほど無茶苦茶なことばかり書かれている。
「しかし!」
天現寺が一冊の本を手に取った。
「義侠塾一の知恵者であるこの拙者の知力をもってすれば、敵の正体を推理し調査する事も容易だ。――見よ!」
義侠塾始まって以来の秀才である天現寺の手に掛かれば、どんな難しい算術も彼の手にかかれば思いのままであるという。
「さすが天現寺殿、心強いでござるよ」
「うむ。文献によれば、奴の首筋には僅かに古傷が残っていると言う。そこが弱点だ。しかし侠は後ろから狙撃などと言う卑怯な真似はせん! すなわち無意味!」
結局、決め手となる情報は見当たらない。
「ふっふっふ‥‥」
と、低い声。イワーノだ。
「長ぇ間さ不明だったもんが、そう簡単にその辺に転がってるわけねぇべよ」
どっかりと腰を下ろすと、イワーノは手荷物を広げた。
「んなこたぁ秘中の秘。屠処室から隠し通路で通じてるっつう閉禍(閉架)にあるに違ぇねぇだ!」
取り出したのはクレバスセンサーのスクロールだ。魔法が発動し、イワーノの感覚が室内を隈なくなぞる。やがてイワーノは部屋の隅の一点を指した。
「あれは! ‥‥どうやら隠し通路の入り口みたいだね」
来須が壁をなぞりながら、そこに僅かな亀裂があるのを確かめた。ふと大田が顎に手を当てて考え込んだ。
「そういえば、屠処室といえば奇妙な話を聞いたことがある」
「何か知ってんのか、あんた」
顔を上げた佐竹へ大田が無言で頷いた。
「古代華国の言い伝えじゃ‥‥」
古来、学者は学問を修めるのみでは無く、拳をも修めていた。その拳、主に掌底を用いることから杜掌拳(としょうけん)と呼ばれ、拳を修めた者には杜庶尉院(としょいいん)の称号が贈られ、彼らは両の掌で虎をも屠ったと言われる。その修行は厳しく、勉学と鍛錬を同時にこなさねばならなかった。鍛錬は主に動物を相手にした実戦形式であったと伝えられている。
彼らは非常に気性が荒く、塾内での喧嘩も茶飯であった。塾内での死者も珍しくなく、書生の首級を一つ挙げた者は、一殺と称された。現在、書物の数え方を一冊と呼ぶのはこの名残である。鍛錬の様があまりに凄惨なことから、塾は屠処室とも呼ばれ、死者は其の奥にある死処室に置かれた。(太公望書院刊『世界の私塾ア・ラ・カルト』)
「禍を閉ざすと書いて閉禍。その先が死処室へ続いておるとすれば‥‥」
「そこになら決定的な情報があるかも知れないね」
来須の言葉に皆が頷いた。佐竹が亀裂に指を滑り込ませ、力を込める。重く引き摺る音を立て入り口は開かれた。そこには深く横穴が続き、奥から風が漏れている。
「危ない!」
不意に佐竹のすぐそばを何かが掠めて飛んだ。
「何奴!」
床に突き刺さったのは一冊の本だ。天現寺が手にとって頁を開くと、そこには大きく『弔』の一文字。
「――杜庶尉院の称号を得た者は、修行半ばで斃れた多くの仲間の死を弔った」
横穴の奥から男が一人姿を現した。その手には一冊の本、男はその頁を捲りながら続けた。
「最も多くの弔いの経験こそは、夥しい修練の日々の証。その杜庶尉院の中の杜庶尉院、即ち杜庶尉院弔(としょいいんちょう)と呼ばれた」
パタンと音を立て、男が本を閉じた。
「我こそは義侠紙天王(してんのう)が一人、惨号生・字数制――」
その頃。森之介と桜耶は週番に案内を頼んで塾舎を回っていた。
「襲愕虜皇(しゅうがくりょこう)に魔苦羅投擲(まくらなげ)、鬼粘邪神(きねんしゃしん)ね」
皿木先輩を初めとした弐号生からの聞き込みでは幾つかの義侠塾名物について知ることができた。その一つひとつを桜耶が見学がてらに書き留めていく。
「何だか恐ろしげな名前ばかりですね。これって、どんな教練なんですか?」
「フッ‥‥もうそんな時期になっていたか」
訊ねた桜耶へ、皿木は含みのある笑みを漏らした。
「貴様らも入塾すれば嫌でも分かる」
「いえいえ、僕は結構ですよ‥」
爽やかな笑顔さらりとかわし、桜耶はその場を辞する。
「しかし、聞き込みだけでもこんな危なそうなのが出てくるとはね。俺は塾生じゃないから何が出てきても全然平気だけど、この分だと屠処室はもっと凄いことになってそうだね」
そう言って森之介が苦笑をもらした。その頃、向こうはと言うと。
「杜庶尉院弔の称号を得た者は華国拳法の歴史においても数人を数えるばかりと聞いておったが、まさかこの日ノ本におったとは‥‥」
「あんたが死処室の番人って訳だべか? 流石は義侠塾だぁな。やっぱし一筋縄じゃいかねえべか」
現れた惨号生は只ならぬ殺気を放っている。やれやれと、イワーノが頭を掻き毟った。
「聞いたことがある! 杜庶尉院とは即ち屠処室を知り尽くした存在。屠処室に身を潜められての奇襲攻撃をかわしながら、果たして我らに死処室へたどり着くことができるだろうか‥‥」
「先輩といえど、立ちはだかるのならば倒さねばならぬでござるよ。拙者らは何としてでも死処室へ向かわねばならんのでござる」
それに男は唇の端で笑みを浮かべる。刹那、男が本を放った。咄嗟に久方も身をかわすが。
「痛ゥ‥」
僅かに掠めた頬へ血が滲んだ。
「杜掌拳秘奥義、死期厳禁(しごげんきん)! その本には剃刀が仕込んである。少しでも触れれば切れ味はこの通りだ」
男は閉禍の本棚から次の本を手に取り、油断無く構えを取る。
「――屠処室ではお静かに願おうか」
「いやあ、だいぶ聞き込みして回りましたね」
一通り義侠塾探検を終えた桜耶と森之助は、校庭で休憩を取っていた。週番の淹れてくれたお茶をすすって、教練風景を眺めている。
「さて、と。そろそろ屠処室へ行こうか」
森之介が立ち上がった。
「危険だって聞いてるけど、‥‥でも何が危険なんだろ? 守人なんかいたら戦うしかないのかなぁ」
とりあえず兜の緒を締めながら森之介。桜耶も続く。
「争い事は嫌ですね。怖いですがこれも仕事です。闇のボスとやらの正体について探すわけですが‥‥どこから手をつけましょうか」
「そうだな‥‥ノンストップでの極限状態から生まれたアレは非常に素敵な脳内麻薬の分泌の賜物だったと思うよ‥‥ん? ああこっちのこと」
「だいぶ時間が経ってしまいましたけど、皆さんどうしてるでしょうかね」
その頃、閉禍ではというと‥‥。
「第三の関門はすぐそこでござるよ!」
「振り返るんじゃねえ! 俺が天井を支える、あんた達は先へ進むんだッ!」
「受けてみよ、天現寺流百二十形意拳最終奥義!」
「こったらとこで引いたら男がすたるってモンでがしょぉお!」
「あと一歩間合いをあけておかったら‥‥殺られていた!」
「本と本の間に火炎をも取り込んでいる! さすが死処室の番人、やりおるのう!」
「女だからってこのあたしを舐めるんじゃないよ!」
「‥‥い、生きていたのか佐竹殿!」
「秘伝の書は何としてでも手に入れて見せる!」
「う、運命があたしに生き延びろと言ってるのかい!?」
「気をつけるんじゃ! 既にここは奴の術中!」
「ひ、久方殿ォォォオオオ!」
(字数制限により大幅に割愛)
「ええと‥‥皆さん?」
漸く桜耶が屠処室の仲間と合流すると、なぜか皆、満身創痍になっている。不思議そうに森之介も頸をひねった。
「ええと、何があったんだ?」
それに大田が遠い目をして口を開いた。
「流石は義侠塾惨号生、恐るべき敵じゃった‥‥」
「まったく、伝衛門の言うとおりでござるよ」
「そりゃ違いないね、歳三」
何があったか知らないが妙に濃い友情を育んでいる様子だ。
「さあ、秘伝の書はこの中だな!」
「早く開けるべよ康利」
「な、中身は‥‥空ぁ?」
佐竹が空の箱を逆さに振って盛大に嘆息する。
「‥フッ‥‥」
振り返ると瀕死の字数先輩が本棚に寄りかかっている。
「貴様らは既に手に入れているではないか。至高の宝を」
「‥‥せ、先輩‥」
「そう、戦友(とも)という名のたか――」
(〜中略〜)
「うむ、ご苦労であった!」
すべてを終えた一行は毅業院の湯に浸かり、疲れを癒していた。
「皆のおかげで奴の正体を垣間見ることができた! 礼を言う!」
「塾長殿の、お背中を流させて頂くでござる」
「こっちには来るんじゃないよ!」
端っこでは、週番の塾生を見張りに立てて来須も湯に浸かっている。無事に役目を果たし、森之介も笑顔を覗かせる。
「まあ、きっと塾生達が見事に成し遂げてくれるさ」
「うむ。此度は真に大儀であった!」
彼らの調査により、義侠塾は数年前の陰謀についての一部を掴むことに成功した。これから教官がそれらを元に今後の方針を決めることだろう。
「わしが義侠塾塾長の雄田島である!」