鼠は何処へ逃げ込んだ?
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■ショートシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや易
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:12人
サポート参加人数:4人
冒険期間:03月18日〜03月23日
リプレイ公開日:2005年03月21日
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●オープニング
江戸の町人達の長屋が並ぶ通り。日も傾いて空は赤く、どこかでカラスが鳴いている。魚売りの親爺が仕事を終えて長屋への道を歩いている。空になった魚篭を担いで家路を急ぐと、夕暮れの通りを女の子が駆けて行く。揺れる髪には真っ赤な髪留め紐が弾む。親爺が足を止めた。
「お? きよちゃん。何やってんだい、こんなとこで」
呼び止められたのは年の頃はそろそろ十を数えるかというまだ幼い少女。暫く前に同じ長屋へ越してきた女の子だ。
「あ、魚屋のおじちゃん」
親爺に気づくと、きよは立ち止まって振り返った。その足だけは駆け足のまま足踏みしている。
「どおしたんだい?」
「あ、えっと、その」
もどかしそうにして眉を寄せると、きよは駆け足のまま小さく拳を握って困った顔を作る。そこへ。
「きよちゃん見ーつけた!」
「ああー、もう! 見つかっちゃった!!」
通り向こうから長屋の子どもたち。どうも遊びの最中のようだ。
「へぇ。かくれんぼかい、おじさんも子どもの頃はよくやったもんだ」
「違うよ、お化け鼠ごっこだよ」
親爺へ首を振ると、子ども達は口をそろえてそう答えた。
「鬼ごっこ?」
「違うもん。きよがお化け鼠で、皆で探して捕まえるの。きよ、鬼じゃないもん」
「きよちゃんは捕まったから、今度は鼠の番、交代だからね」
「‥‥子どもの遊びってのはよく分からねえもんだねえ」
やがてまた駆けて行った子どもたちを苦笑で見送ると、親爺は魚篭を担ぎ直した。
「にしても、鼠ってなあ。そういやここ最近は見なくなった気もすんなあ」
垂れ込めた分厚い雲が茜色にそまって時期に黄昏の頃合。長屋の一日は今日もまた終わろうとしていた。
冒険者ギルド。
「ここ数日、長屋に妙な噂が流れている」
訪れた冒険者達へ番頭はそう切り出した。
「ここしばらく前からのことだ。夜な夜な、長屋の前の通りに猫が集まるのだという話だ。最初は数匹姿をみる程度だったが、日に日に数が増えて今では数十匹を数えようかというほどらしい」
しかも集まった猫は騒がしく鳴き声を響かす訳でもない。黙り込んだ猫達はただじっと通りに座り込んでいるのだそうだ。そして夜が明ける頃にはいつの間にかいなくなっているらしい。
「これといって害が出た訳でもないのだが、長屋の連中も気味悪がっている。長屋の差配人から依頼があってな。できるならば原因を調査し、その上でこの問題を解決して欲しいとのことなのだ」
今のところ特に危険な気配はないが、始末をつけるなら早いに越したことはない。
「早速今夜から動いて欲しい。頼んだぞ」
その夜。
すっかり長屋が寝静まった頃になって、表の通りに子どもの姿があった。きよだ。
「いっつもきよばっかり、すぐに見つかっちゃうんだもん」
今夜は月もすっかり雲に隠れていて夜は見通せないように暗い。覚束ない足取りできよは通りを歩いていく。
「明日は見つからないように、今のうちに隠れる場所見つけとくんだ」
その先は子ども達の遊び場の神社へ続いている。一人呟くと、きよが角を曲がった。その、後ろを。
そろり。そろり。音もなく流れるように闇の塊が地を這っている。それはきよの背へ忍び寄ろうとしていた。不意に雲間から月が覗いた。その一瞬で。暗闇に浮かび上がったのは青や緑の無数の輝き。淡く浮かび上がった毛並みはしなやかに通りを埋め、無数の眼差しはじっときよの背を見つめている。
暗闇から浮かび上がったようにして、鼻に掛かった鳴き声が一つ漏れた。
「‥‥猫?」
きよが振り返った。背後の暗がりにその姿は見通せない。怪訝な顔を浮かべながらも、きよは少しだけ歩調を速めた。その後ろをぴったりと闇が寄り添うように続いている。無数の眼光は一瞬にして黒く変貌を遂げていた。
再び小さく猫の鳴き声。今度は低い唸り声が辺りを震わせる。
月が雲に隠れて通りは暗闇に包まれた。だがその闇夜でも今度ははっきりと分かる。暗がりにちりちりとその気配が際立って見える。境内へ足を踏み入れたきよを追って、猫の群れが社へと続いた。大きく見開かれた無数の瞳に、少女の赤い髪止め紐が揺れた。
●リプレイ本文
長屋通りに子ども達の嬌声が響く。今日も夕暮れまで元気に遊び回っている。やがて夕餉の時間が近づくと子ども達は家路に着いた。
「また遊ぼうネ☆」
その中に混じって一緒に遊んでいたのは赤霧連(ea3619)。
「ふぅ、いい汗かきました!」
額を拭うと、じっとその様子を眺めていたクラウディア・ブレスコット(eb1161)の視線に気づいて慌てて振り返った。
「あやや、一緒にお化け鼠ごっこで子供と遊んでいるのは情報収集のためですよ!」
必死で否定するする様が微笑ましくて彼女はクスリと笑みを漏らす。レナード・グレグスン(ea8837)と共にちょうど差配人や近隣住人からの聞き込みを終えて戻って来た所だ。
「何か話は聞けたかしら? 大人の視点じゃ見れないことも、子供達は見てるものよ」
レナード達の聞き込みではさして進展は見られなかった。
「猫が集まってくる原因を調査‥‥ねえ?」
こうなるともうお手上げだ。
「後は子どもに話を聞くくらいしか手がないものね。そういう訳だから、お化け鼠ごっこについて教えてもらえるかしら?」
その含みには気づかない様子で連は説明を始める。
「ひょっとするとこの遊びも関連性があるのかも知れませんネ」
「それにしても猫の集団‥‥!‥一度拝見してみたいです‥」
同じく聞き込みに回っていたルシファー・ホワイトスノウ(eb1172)も、成果は長屋の住人に挨拶を交わしたくらいだ。
「いくら猫が可愛くても、長屋の前で夜な夜な大勢で集会を開くのは良くありませんね。早く謎を解いて、猫と長屋の人達に友好的な関係を持って貰いたいです」
シャーリー・ザイオン(eb1148)もまた足を使って調査を行ったが殆ど空振りに終わっている。盛りの季節は過ぎている、鳴かずに集まるだけ、というのも変なのだが。しかし長屋周辺に不審な点は見当たらなかった。
「集まっている時に、何かを待っている風だったというのが気になりますね」
猫が集まっているのが見られるのはちょうどこの通りらしい。ルシファーも一緒になって首を捻る。
「猫は何につられて集るんでしょう? 音?匂い?餌?鼠? うーん‥‥。難しい」
異変があったのは夜半を回ってからだ。
「――きよ坊がまだ帰らない?」
夜間の見回りをしていたレナードが長屋の戸が開いてるのを不審に思って調べてみると、きよの姿がない。普段からきよと仲の良かった御影祐衣(ea0440)の動揺も大きく、やがて住人達も目を覚ますとちょっとした騒ぎとなった。
「おきよは、おきよはどこへ行ったのだ‥‥!」
周辺をざっと探してもきよの姿はない。冒険者達に緊張が走る。
「‥つかギルドに駆け込む機会の多い長屋だぜ」
苦虫を噛み潰したように木賊崔軌(ea0592)。
「しかし、猫ねえ。最近チビ共がハマってるごっこ遊びといい、妙な符合だ」
「捜査の基本は出発地点ですー」
堀田小鉄(ea8968)がひょっこりと首を覗かせた。顎に手を当て、神妙な顔で。
「おきよちゃんが行きそうな所、遊び場所を探すんですー。必ずこの謎を解いてみせます、義侠塾の名にかけて!」
「‥ここいらでチビ共の行動範囲は神社辺り迄か。一応長屋周りももう一度調べるとして、二手に分かれるのがよかろ」
まだ小さく震える祐衣の背を叩いて崔軌が励ます。
「ほら。保護者なんだろうが、気ィ入れろや祐衣?」
「‥う、うむ。崔殿、長屋は任せた。私は神社へゆくぞ」
もう夜も遅い。辺りは暗いが、きよの赤い組紐が目印になるだろう。ただ気がかりなのは猫の態度だ。
「ただ其処に居る、のは何かを探してるんじゃなく待っている、とも‥」
化け猫や化け鼠の話は、古くは華国まで歴史を辿ることができる。猫は古来より霊力を得やすいともいう。話を聞いて崔軌は苦く笑う。
「最近嫌な方向に物騒なご時世だ。蓋を開けると実は妖騒動!も範疇だってのがなぁ‥」
「そういえば船が沈む時に鼠は船から離れるなんて話を以前島に来た船乗りから聞いた事があるような、きっと理由があるはずですよね」
崔軌について納屋が周辺を回りながら瓜生勇(eb0406)が呟いた。お化け鼠ごっこ、きよの失踪、姿を消した鼠達。そして匂い始めた物の怪の気配。冒険者達は慌しく動き始めた。
「おきよちゃーん!」
長屋周辺では手分けしての捜索が始まった。
「おきよちゃん、新しい遊び場所でも探してるんでしょうかね? 猫さんが黙って群れる‥‥はて‥猫を操るモンスターとか居ましたっけ?」
ミィナ・コヅツミ(ea9128)は世界中を旅して得た見聞から正体を紐解いてみるが、どれもイマイチしっくりこない。
「うーん、逆に凄い化け鼠が居て猫が脅えてる、とか‥‥?‥‥‥‥」
その時だ。通りの角向こうで何かの足音。不意に影が長く伸びた。それは大きな猫じゃらし。角からそれが顔を覗かせたかと思うと、巨大な鼠の化け物が
「きゃああああぁぁぁぁっ!」
「うわあああああぁぁぁぁぁ!」
ミィナの叫び声と一緒に鼠も野太い声で絶叫する。
「どうしました!」
勇と崔軌が駆けつけると、曲がり角ではミィナと、そして丸ごとネズミーを着た渡部不知火(ea6130)が尻餅をついている。不知火はゴホンと咳払いをすると、取り澄ましてしなを作って見せた。
「あらやぁだ。失礼ねぇん」
釣竿で吊るした蹴鞠が巨大猫じゃらしの正体だ。物は試しということで、不知火は自らお化け鼠の格好をして辺りを徘徊していたのであった。
「んな事やってると捕縛されるぞ、な突っ込みは無しよん」
ちなみにミィナも人の事は言えない。
「ジャパンの神社といえば巫女服ですよね? どーでしょうか?」
ゆらりと怪しげな舞を披露。緊張感のない二人を前に気の抜けた勇はひとまず胸を撫で下ろした
「けれどお子達の化け鼠ごっこが事件と繋がるのでしたら、化け鼠の存在も否定はできませんよね」
「聞く限りじゃあ、害は無し・騒ぐ訳じゃ無し・明け方には居なくなる‥‥しかも少しずつ数が増えてる、となると‥。にゃんこ自体が夜行性とはいえ、夜しか現れないって妙じゃなぁい?」
調べでは猫が集まっているのを見られるのはこの長屋近辺だけらしい。鼠を見かけなくなったのも考えれば、彼らが逃げ出す様な理由が有るのかもしれない。
「‥‥‥やっぱり猫といえば鼠よねん?」
「鼠ごっこ遊びのせいでおきよちゃんが鼠さんに間違えられて猫さんに襲われたりしたら大変ですねー」
ミィナのその言葉に崔軌がふと考え込んだ。
「姿の見えない『居る筈の猫達』ときよ坊が一緒とも考えられるな」
「こうしちゃいられませんよー。急ぎましょう!」
不安はぐんぐんと膨れ上がっていく。冒険者達は捜索の手を強める。ふと思い出したように勇みが呟いた。
「ところで、何故、化け鼠ごっこなのかしら?」
「お化け鼠は存在するか否か‥‥その正体は私達の誰かにありそうですが‥‥」
」
思わせ振りに連。残りの仲間は二手に分かれて神社方面へ急いでいた。
「ところで、お化け鼠ごっこというのはどのような遊びなのですか?」
連へ問いかけたのは動物学者のレヴィン・グリーン(eb0939)だ。ルシファーも興味があるのか身を乗り出す。
「そいえば、何で流行りだしたんでしょうね」
子ども達から聞いた話では、少し前に長屋近辺にお化け鼠が出るという噂が立ったことが合ったらしい。それを子ども達が探している内に、いつのまにか鬼ごっこのような遊びになっていったようだ。
「そもそもの出所は単なる子どもの噂話ですか」
「ほぇ、だって子供の遊びって結構真実から来ているものなのですよぉ」
「20も超えるような数が集まってるなら、本当に何らかの原因があるんだろうしね」
真相はどうあれ猫達が不穏な動きを見せているのは事実だ。レナードが、何やら力説している連へ愛想よく微笑みかける。
「それにしても、おきよさん。猫か鼠に食べられてませんよね‥‥」
きよが消えてから暫く経つ。心配そうにルシファー。レヴィンも頷く。
「猫さん達を突き動かしている何か‥‥それを探しましょう」
「待って」
クラウディアがまだ通りに残っていた一匹の猫を見止めて足を止めた。彼女の唇から詠唱が漏れ、その身が月の輝きに覆われる。クラウディは猫へ思念を飛ばした。
(「あなたは一人みたいだけど、何故、集まっているのかしら? なにか気が惹くものがあるのかしらね」)
小さく一鳴き。猫は素っ気無いそぶりで顔を逸らした。
「クラウディアさん、猫は目を合わすのを嫌います、それになるだけ穏やかな口調で」
囁き叫んだレヴィンに頷いて、クラウディアは再び語りかけた。
(「他に仲間がいるなら、どこにいるか教えてくれないかしら」)
ぴん、と猫が尻尾を立てた。クラウディアが振り返るとレヴィンは小さく頷く。クラウディアはゆっくりと語りかける。
(「どうか教えて頂戴、あなた達は何故集まっているの?」)
同時刻、神社。
「実際に集会の様子を確認できれば、それに越した事は無いとは思っていましたけれど」
祐衣達と一足早く駆けつけたシャーリーは余りの光景に言葉を失った。境内へ踏み入ると、社の前にはいつの間に集まったか辺りを埋め尽くさんばかりの猫の姿だ。
「おきよ!」
「祐衣お姉ちゃん!」
その奥にきよの姿を見つけた祐衣は次の瞬間には駆け出していた。
「おきよ、無事か?」
「うん!」
「‥‥ならばよい」
きよを背にして庇うと、祐衣は猫を睨み付ける。
「動物を相手に眼を逸らせば相手に呑まれて襲われるだけだ。負けぬ」
気丈にも祐衣は。その手はしっかりときよと結ばれている。
「お嬢!」
小鉄が叫びが境内に木霊した。辺りを埋め尽くした猫の毛並が海面のようにうねり、ぞぞぞぞと渦を巻くように祐衣達を取り囲んだ。無数の暗い瞳はじっときよへ注がれている。
「やれやれ、お姫様の危機に現れるのはナイトの役目だ」
現れたのはレナードだ。荒事に長けた彼は用心のため鞘からは抜かずに刀を構える。
「なにしろ猫だしね、引っかき傷は後々残るそうだから女性には大事でしょ。猫が友好的とは限らないからね」
「あちらの方角です! 猫さんがいっぱいいます。それに‥‥」
すぐ近くでレヴィンの声だ。やがてクラウディアのテレパシーで場所を聞きつけた仲間達も駆けつけた。
「気をつけて下さい!」
レヴィンが鋭く警告を発する。
「猫の瞳が黒く見える――つまり限界ぎりぎりまで瞳孔を開いているということは!」
刹那、興奮した叫びを上げて猫が襲い掛かった。黒く輝く瞳は獲物を捉える獣の眼光。
「猫達をなるべく傷つけないで下さい!」
「何しろ猫だし斬り捨てて解決とはいかないが」
受けるにも限界がある。再び猫が襲い掛かった。顔と急所を庇うようにレナードが防御姿勢を取る。だが。猫達は狙いを逸れて着地し、もがく様に宙と格闘を始めた。
「鴉の幻覚を見せたわ」
が彼女の表情は重い。集まったこれだけの猫を退けるのは不可能だ。その時だった。
「謎は全て解けましたー!」
社へ小鉄の声が響き渡った。
「お化け鼠の噂を聞きつけて猫さん達は集ったのです、長屋でじっとしてたのは姿を現すのを待っての事、そこへ子供達がお化け鼠ごっこをして遊び、おきよちゃんが鼠役をしたのが猫さん達が勘違いしたに違いありませんー」
鬼役をお化け鼠と称したのが猫達の思い込みを誘ったのだとしたら? 隠れるのが下手なきよなら、鼠役をしている所を猫に見つかることも多かっただろう。
「最近の遊び、長屋に出没鼠の噂、猫達の話等から推理すると‥‥大元の原因は‥犯人は――」
ゴゴゴゴゴ‥‥
「あなたです、不知火さんっ!」
ビシィィ!
「あら、あたしぃ?」
小鉄の指差した先、猫達が一斉に振り向いたそこには現れたのは! 巨大猫じゃらしを手にしたお化け鼠、もとい扮装した不知火だ。
「何とか間に合いましたね」
息を切らして勇もやって来た。勇のグリーンワードで手がかりを辿って、長屋周辺の冒険者達も漸く合流したようだ。幼子の前で刃傷沙汰は避けたい。駆けつけた他の仲間も、それぞれ味方を庇う盾となって展開する。隙を突いてルシファーがきよ達のもとへ駆け出した。いつしか猫の瞳は不知火へと一身に向けられていた。
(「‥‥乗りかかった船ですものねん。やるからには‥‥きっちりやらせて貰おうか‥‥?」)
腰を落として深く構える。不知火は下段に猫じゃらしを構えた。
「うら、チビたち! どんと来ーいっ!」
いつの間にか男言葉になって不知火が絶叫する。応えて一斉に猫の甘い鳴き声。次の瞬間にはその場を中心に巨大な猫の塊が出来上がった。
‥‥南無。
こうして騒動は一応の決着を見た。あれだけいた猫たちもいつの間にか少しずつ姿を消し、後には引っかき傷だらけになった不知火が残された。
神社へは宮司をルシファーが訪ね、騒動の謝罪も含めて話をつけている。彼女が戻ると社にはまだ猫の姿がある。猫好きのシャーリーはお腹や肉球をさすってご満悦の様子。連も一緒になって遊んでいる。
「このさわり心地を堪能できるなんて」
「私もにゃんこが大好きです」
そんな楽しそうにじゃれている仲間たちを見て、ルシファーは羨ましそう顔だ。
「‥‥マタタビを使ったら、私も猫にちやほやされるんでしょうか‥‥」
やがておきよを連れて一行は長屋へと戻った頃にはもう夜も白んでいた。猫は光物を嫌う。レヴィンと相談の上、長屋の通り口や木戸口には枝に刺した貝殻を立てて猫除けとすることになった。
「もう大丈夫っても、気休め程度にゃ形があった方が安心だろ?」
モノは魚売りの親爺が提供してくれるということで一件落着である。
「猫はネズミを捕ってくれる良い生き物なのですよ。それに、東洋の伝承によれば飼い主に幸運を授けてくれる、縁起の良い子なのです。仲良くすればきっと良いことがありますよ」
表では勇が一緒になってきよと遊んでいる。連が一匹お持ち帰りした猫を囲んで嬌声が漏れる。その時だ。
「やはり‥‥素晴らしい物ですね」
どこで着替えたのか、現れたレヴィンは鼠の着ぐるみ姿。ちょっと照れが入ってるのはご愛嬌だ。すると。
「ジャパンにはネズミさんの着ぐるみがあるように、欧州ではこーいうのもありますよー☆」
まるごとトナカイさんを着てミィナが対抗する。ついでに、ミィナは荷物からきよへ手袋をプレゼントした。
「これ、きよちゃんへ贈り物ですよー」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
きよがにっこりと笑う。こうしてこの不思議な事件は幕を下ろした。子どもたちもお化け鼠ごっこには飽きたのか、以後は長屋の近辺で親爺が小鼠を見かけることはなくなった。代わりといっては何だが、小鼠の代わりに子猫の姿が時折見られたようだ。
ミィナの送った子猫のミトンはきよの宝物となった。