【松之屋の台所】根深葱を求めて!

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 91 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月03日〜04月16日

リプレイ公開日:2005年04月11日

●オープニング

 古くから日本でも葱は栽培されている。関西では葉葱が主だが、関東では根深葱と呼ばれる、葉鞘の白色部を食用とするものが馴染み深い。成長するにつれて土寄せをして茎を軟白することで作られる根深葱は、厚く甘みの強い肉質と、歯切れのよい食感が絶品である。
「依頼人は、あんたたち冒険者もお馴染みの松之屋さんだ」
 ギルドを訪れた冒険者へ番頭はそう説明した。
「松之屋が開発中の献立にその葱が欠かせないらしい。産地まで行って、極上の根深葱を買い付けて来てほしいとのことだ」
 今の時期であれば秋に種を蒔いた葱が収穫を間近に迎えているはずだ。特に寒い時期に収穫を迎えたものは身も締まっており、絶品である。春を間近にしているとはいえ、江戸の北はまだ寒い。質のいい根深葱を収穫できるかもしれない。
「買い付けの費用は当然松之屋持ち。ついでに路銀も全部松之屋持ちだ」
 食費もかからないとあってこれはかなりの好条件だ。しかも取れたての葱を賞味できるのはお役得である。その代わり、それだけの好待遇というだけあって失敗は許されない。
「松之屋の台所のためだ。しっかり頼むぜ」

●今回の参加者

 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2900 河島 兼次(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5148 駒沢 兵馬(56歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1098 所所楽 石榴(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1435 大田 伝衛門(36歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1505 海腹 雌山(66歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1644 大平 泰山(49歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb1869 馬籠 螢哭(30歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

馬籠 瑰琿(ea4352)/ 桐沢 相馬(ea5171

●リプレイ本文

 出立の前日。馬籠螢哭(eb1869)は江戸の卸売市場へ赴いていた。
「ぐっ‥‥旅に慣れていない私では足手まといでしょうか‥‥」
 料理に関しては素人同然の彼は自ら買い付けへの同行を辞退していた。まだ冒険者となっても日が浅く、交渉事も余り得意では無い自分が行っても反って足手まといになると考えたのだ。それよりも寧ろ、陰陽師でもある彼としては頭を使う仕事の方が得意とする所だ。先輩冒険者でもある姉の勧めで彼は情報収集を行っている。
 江戸近辺の主な葱の産地を調べた所、予算と距離を計算に入れれば常陸の赤葱が一番の候補に上がった。物価を鑑みればおそらく江戸の相場よりも安く買うことが出来るだろう。無論、買い付けまでにかかる費用を考えればやや割高になるのは避けられないしろ、だ。後は種泥棒と勘違いされぬように品定めの際に留意するくらいか。
「馬籠殿、生憎私は全くの素人でな。この情報は貴重だ。これで滞りなく買い付けができる」
 出立のその朝。螢哭から渡された資料へ超美人(ea2831)が目を通していく。やがて超が満足そうに頷いてみせると、螢哭は安堵の表情を浮かべた。
「お役に立ててよかったですよ」
「こんな依頼もいいだろう。大事な依頼である事に変わりは無い」
 超は普段は化物退治を主としている冒険者だが、今日は新メニューにつられてやって来ている。巧くすればあの松之屋の新メニューを誰よりも早く味わうことが出来るかもしれないのだ。
「そうそう、旅に出る前に言うておきたかったんじゃが」
 大田伝衛門(eb1435)も同じく料理に疎いため居残り組だ。仲間が買い付けに行っている間は、済ませておくべき雑用に当たる手筈になっている。
「良い野菜を探すのであれば、寺を回るのもひとつの手じゃよ」
「へー、それは意外な目の付け所だね」
 所所楽石榴(eb1098)が、興味を引かれたのか身を乗り出した。男性、それも年配の冒険者に囲まれているせいか。小娘だと侮られぬよう振舞ってはいるが、どことなく緊張が窺える。
「でも、どうして野菜で寺なのかな?」
「なんせワシら坊主は毎日毎日野菜ばっかりくっとるからの。舌も肥えようというわけじゃ」
 案外そういう所から隠れた名品を見つけることが出来るかもしれない。物は試しだ。やるだけなら損もなかろう。
「御仏はいつもワシらを見てくださっておる 浄財をお渡しするのも大事なことじゃぞ」
 坊主らしく優しく諭すような口調で言い、大田はこう結んだ。
「ワシらはいつも御仏のご加護に守られて生きておるのじゃ。それを忘れてはいかんぞ」
 そういって大田は黙って右手を差し出す。怪訝な顔の石榴へ、彼は悪戯めいた笑みを返した。
「ん? 何をしておる 坊主の説法を受けたら、お布施を払うのが礼儀というもんじゃろうが」
「まったく。今日びの坊主も随分とがめついものだな」
 旅支度を終えた河島兼次(ea2900)も表へ顔を出した。旅荷から包みを一つ取り出すと、大田へと手渡す。
「試食会で作った苺餅の残りだ。‥‥美味いぞ」
「河島殿、それが噂の新メニューか?」
 その超の質問へは、駒沢兵馬(ea5148)が答えを返す。
「いや、違うな。完成するまでは秘密としておこうか」
 彼はメニュー開発に雇われた料理人の一人でもある。究極の名に恥じぬ料理を完成させるため、彼自ら今回の仕入れには出向くことなっている。
「味勝負の明暗はこの素材の良し悪しに有り。一分たりとて気は抜けぬな。さて、行くか」
 この日のために調達した韋駄天の草履に履き替え、準備は万端だ。螢哭と大田が皆を送り出す。
「それでは、皆さんのお帰りをお待ちしています」
「時間内にいかに多くの畑や市場を回れるかが鍵だろうな」
 河島が愛馬の手綱手に取ると颯爽と跨った。
「行くぞ、光進丸!」
 馬蹄が土を踏みしめ、馬の嘶き。一向は、北は常陸へと旅立った。

 常陸国は今の茨城県に位置する。春先の時期とあって、まだ寒さは残るが堪えるという程でもない。穏やかな旅路となった。順調に旅を進めた一行は、やがて常陸の主だった市場へ立ち寄りながら眼鏡に適う品の物色を始めた。
「この市ではあの葱が売れ筋のようじゃな」
 大平泰山(eb1644)は市を回って売れ行きのよい品を探って所だ。市場で仕入れるなら、売れ筋の品を選べばまず外れることはない。それも一つの選択だ。
「この冬は冷え込みが厳しかった為、特に下仁田葱と呼ばれる葱は思いの他に出来もよいそうだ」
 泥のついたまま並べられている葱を手に取って超が笑顔を見せる。まだ土の香りの残る葱は瑞々しく、これなら鮮度も折り紙つきだろう。
「素人が見て分かるかどうか不安だったが、実際にやってみれば葱といえどもなかなか奥が深いものだな。材料一つと言え、なかなかに侮り難い」
 河島も試しに目利きへ挑戦してみて、料理の奥深さに触れて感嘆を漏らす。超と共にひとまず味比べのために一束ずつを購入することとなった。
「例年よりも条件が良く収穫量も多かったので思ったより安く仕入れられそうだな」
 そこへ駒沢も顔を見せた。
「餅は餅屋だ。卸売に話を聞いて主な葱農家を教わってきた。後はみなで虱潰しに当たれば、なんとかなろう」
 そうして一行は手分けして各地の農家を回った。
「新メニューの条件も適うものとなると、一筋縄ではいかないか」
 超は聞き及んだ知識を元に質のいい品を探すが、妥協を排せばなかなかに条件は厳しい。それでも一人ひとりで手分けすればやれぬことはない。泰山もまた一軒いっけん農家を訪ねて回った。
「農家から直接買うのなら見るべきは畑の手入れ具合じゃな。それらが行き届いておれば、毎日こなして真面目に働いておる証拠じゃ。質の良いものが手に入る可能性が高いじゃろうて」
 料理の腕はないが、だからといって手をこまねいている訳にはいかない。依頼を受けた以上は相応の働きをするのが冒険者というものだ。
「ともあれ、良い葱を見分けるになるほど経験が必要じゃが、ないなりないなりで頭は使いようという訳じゃ」
 寺院へは大田の助言を元に石榴が当たっている。所によっては自家栽培をしている所もあり、確かに隠れた名品がないとも言い切れない。
「確か馬籠さんの調べだと、いい葱の見分けるには土を見ろって言ってたっけ」
 指で土をすくい、質感を確かめる。
「うーん、これはちょっと素人目にもダメかな。及第点なのはなかなか見つからないよ。弱ったな」
 こうして葱の目利きは連日続けられた。駒沢も韋駄天の草履で常陸の野を駆け、あくことなく品質の追求をしている。
「ほう。ここの畑はなかなか見込みがありそうじゃな」
 取れたての葱を口に含むと、その甘味と歯応えを確かめるように駒沢はゆっくりと味わう。
「うむ。なかなかよい仕事をしているな。台所を貸してもらえるか、実際に調理してみて出来栄えを確かめたい」
 さて、一方で別の観点から絞込みを行う者もいる。河島らに同じく松之屋に雇われた料理人でもある海腹雌山(eb1505)は、常陸の主だった料亭を回っていた。
「うむ。やはり狙いの通り、常陸の赤葱は絶品よ」
 出された料理に海腹は舌鼓を打つ。
「さて、後は市で流通する赤葱を探して食べ比べてみるとしよう。この味に見劣りするようでは、とても松之屋の名に釣り合うとはいえんからのう」
 そしてあっという間に数日が過ぎる。この日までに一行は数箇所の産地を絞り込んでいた。
「今年はかなりよい出来のようだな」
「この冬はいい条件が重なったからね」
 その候補地の一つを河島は訪ねている。農家に頼んで作ってもらった葱料理を味見して、その出来に惚れ込んだ様子で頷いた。
「よし。気に入った。ここの葱を買い付けたいのだが、如何だろうか」
 期日一杯まで探し回った上での決断だ、新しい料理の材料に使えそうなものも他では見つかるまい。河島が仲間達を呼び寄せると、一行は農家との直接交渉に入った。
「ほほう。確かにこの葱は他とだいぶ違う。造り手の人柄と努力が伺える。多めに購入したいのでその分値引きしてもらえぬか」
 超が得意の話術で値段の話を切り出すが、とはいえ余所者から急に大量に葱を売ってくれといわれても易々と返事は出来ない。何より警戒心もある。
(「見た所、この片田舎では保守的な考えの風土と言った所のようじゃなあ」)
 農家の人となりを見定めながら、泰山は考えを巡らせる。
「何とかお願いできんものじゃろうか」
 そうする内、石榴が厨房を借りてこしらえた葱料理を皿へ乗せて運んできた。
「江戸からわざわざ買い付けに来る客がいる程の出来という風評があれば、宣伝効果も十分にありますよ」
 石榴も言い添えるが、農家の反応は芳しくない。あの有名な松之屋も使っているとなれば評価も上がろうというものだが、時に人は新しい行いへは否定的になるものだ。
「ほう。水戸っぽどもは江戸が怖いと見える」
 そこへ挑発的な声が飛ぶ。現れたのは海腹だ。料亭の味に叶うものを吟味した彼もまた、この農家に行き着いていたのだ。
「常陸の赤葱と聞いて訪ねてきたが、立派なのは見てくれだけか。は! 所詮は赤いだけで千住葱には敵わぬわ!」
「な、何を! ウチの赤葱は千住葱なんぞには負けんわい!」
 その言葉を引き出すと海腹は唇の端で笑って見せた。国の名誉を傷つけられたのでは相手も易々とは引けない。よく手入れの行き届いた畑だ、品質に誇りを持っている農家ならなおのことだ。
「なにせ江戸の料理勝負の出品作品に使われるのじゃ。その食材の産地として名前の挙がるわけであるから宣伝効果は高い。よい判断をしたな」
 海腹は懐から書状を取り出した。
「江戸の冒険者ギルドから出された松之屋の葱探索依頼の書状じゃ。これがあればおぬしの畑は、松之屋はもちろん引いては江戸ギルドからお墨付きの品質ということになる」
 それは葱泥棒と間違えられないようにと一筆認めてもらってきたものだ。用が済んだ後はただの紙切れだが、そんなものでも言い様では有り難がられれるということもある。こうして一行は農家の承諾を取り付けることに成功した。
 そろそろ花見の期日が近い。一行は総出で葱の収穫に当たった。超の指示の下、まだ泥のついたままのもの稲藁で包んで鮮度を保つ。それを馬に乗せて江戸まで急ぎ運ぶ。それより遅れて、更に石榴が寺院で仕入れた赤葱と市場で超の仕入れた下仁田葱も合わせた3種を一行は江戸へと運んだ。石榴と駒沢の驢馬にそれらを乗せて運び、そうして期日が終わる頃には一行は遂に依頼を終えた。

 そして今日。半月にも及ぶ長旅を終えて松之屋は遂に花見を翌日に控えていた。厨房では、仕入れた葱を使って早速新メニューの試作が行われた。
 作られたのは生春巻きだ。奉書に巻いた薄い米粉の皮には、菜の花の若菜が薄く透けて鮮やかな緑の色だ。端からは黄の花弁が覗いている。一度噛めば具材の茹鶏の旨みがタレと絡み合って口腔に広がる。それらと菜の花の苦味とを葱の甘味が調和させ、シャキっとした歯ごたえで全体を見事に一つの作品へと昇華させている。
「! これはまたなんと美味な。この味なら問題あるまい。私も良い仕事ができて満足だ」
 これには超もご満悦の様子だ。泰山も、菜の花の代わりに筍の具の入ったものを口にして顔を綻ばせた。
「ほう、これは美味い。葱の歯応えが瑞々しいのう。それに、何よりタレが絶品じゃなあ」
「うむ。この二週間の間にタレを改良するように指示を出しておいたのじゃ」
 駒沢が腕組みしながら言うと、改良に当たっていた螢哭と大田がタレの入った瓶を運んできた。駒沢の指示の下、雑穀や木の実を砕いて一緒に煮込んである。半月かけてしっかりと熟成されたタレは究極の名に恥じぬ完成度を見せている。
「しかし竹乃屋のほうは、伝え聞いた料理のままなのかの‥‥」
 ふと、思案げに彼は腕を組み直した。
「あの料理の決定的な欠点に気がつけば良いのじゃが‥‥」
 その言葉に河島と海腹が眉を動かした。横目でちらりと見遣ると駒沢は嘆息する。
「互いに互した勝負でこそ互いの店に客を呼び、この対決の価値があるというものじゃが」
 不意に沈黙。石榴が春巻きを平らげると、沈んだ空気を吹き飛ばすそんな笑顔で。
「これだけ苦労したんだし、竹之屋さんともいい勝負ができるよ、きっと」
 いよいよ新メニューお披露目の時が来る。冒険者達の奮闘の末に究極の名に恥じぬ食材を手に入れた松之屋、果たして味勝負の結果は如何に――?