●リプレイ本文
「それじゃあ、元気にいってみよ〜☆」
「うん。困ったときはみんなで協力し合えるといいね」
松組には狩多菫(ea0608)と藤浦沙羅(ea0260)ら五人が選ばれている。
「日ごろ鍛えてきた礼儀作法もいかして、親しみやすく、かつ礼儀正しくをモットーに頑張るね」
松之屋の料理は生春巻き。それを揃として桜湯とお菓子つきで売り出す戦略だ。
「あ、このお菓子かわいい〜☆」
「それは苺餅といってな、苺を餡と餅で包んだ茶受けの菓子だ」
それは小さな苺の形をした餅。菫が店の者に促されて味見するとぱっと表情が明るくなる。沙羅も意外な味の組み合わせに顔を綻ばせた。
「こういう給仕さんのお仕事って、がんばって料理を作ってくれた人達の気持ちをお客さんに届けるお仕事だと思うの。その気持ちを無駄にしないように沙羅、精一杯がんばりますね」
一方で翠琥香(ea0471)は早速料理の仕込を手伝っている。
「生春巻きの皮は水戻しして弾力を取り戻すんじゃ」
「なるほど、勉強になるアル。五日間よろしくお願いするアル」
琥香は袖の袂をたすきがけにして料理人から手順を教わっている。菜の花、筍、蕗のとう、葱、茹で鶏。慣れない手つきで具材を皮へ巻いていく。
「この白い葱はね、僕が常陸の国までいって仕入れてきたんだ」
所所楽石榴(eb1098)もたっての希望で松組へ参加していた。つい先日は松之屋の材料調達の依頼をギルドで受けた彼女、係わり合いが深いだけに意気込みも大きい。石榴が足を使って仕入れた下仁田葱も料理に使われている。
「このお花見に参加した人全てが楽しく過ごせたねって思えるように、そんなお手伝いができたらいいね」
そして最後の一人は松組最年長の天藤月乃(ea5011)。
(「本当はこんな面倒なことは嫌いだけど、まあ看板娘の名を手に入れるためだから我慢するか‥‥」)
松組では唯一の二十代、他の4人とは一つ二つしか違わないがそれでも随分と大人びて落ち着いて見える。風貌こそ涼しげだが、密かに抱くその思いは並々ならぬものがある。
(「何としてでも看板娘の座を手入れねばな。そう、何としてでも」)
何やら暗い闘志を燃やしながらだが、ともあれ五人とも店員と協力し合って準備を進めていく。徐々に日も高くなり、会場へもちらほらと人の姿が見られるようになった。昼時を迎えるこれからが勝負の始まりだ。
「桜が綺麗ですわね、のんびりしたい所ですが、御仕事もしませんとね」
謡い手や舞い手を中心とした華やかな松組とは対照的に、竹組はその顔ぶれも様々だ。
「それにしても、人間の若い娘ばかりね‥‥」
中でも一際目立つのは、すらりと伸びた長身で京染めの振袖を着こなした神剣咲舞(eb1566)だ。参加者中で唯一の巨人族である。幼い顔立ちで二十歳前後のように見えるが、実際には三十路に入った大会最年長者でもある。落ち着いた物腰とどこか幼さの残る外見がアンバランスで魅力的だ。
「はいは〜い♪ 竹組の人はこっちだよ〜」
屋台の前では従業員が竹組の5人を集めて簡単な仕事の講習をしている。
「接客業務か‥‥何度か経験したことがあるな。私に掛かれば造作も無い事だっ」
巽弥生(ea0028)は小さな体をツンと反らせて強がっているが、実は照れ隠しなのは内緒の話。巫女という職業柄から少しは客の扱いもできるだろうが、やはり不安は隠せない。
「弥生ちゃん、とりあえず前半はチーム戦だし一緒に頑張ろうね♪」
野村小鳥(ea0547)が弥生の手を握って微笑んだ。料理人である小鳥は普段なら作るが側だが、今日は慣れない接客ということで戸惑いもあるようだ。それでも知己の弥生と一緒なら心強い。そんな彼女達へ年上の店員が優しく指導していく。
「接客とかボクがイロイロ教えてあげるよ〜」
「ご丁寧にどうも有難うございます」
神楽聖歌(ea5062)は控えめだがしっとりとした印象の女侍。その落ち着いた物腰からは想像もできないが、参加者中でも異色の金貸しを本業としている。
「何分こういったことは不慣れでは有りますが、どうぞ宜しくお願い致しますね」
深々と聖歌は頭を下げた。竹之屋の出品料理は特製鳥そぼろ肉まんだ。まずは竹之屋の味を知ってもらおうと5人へ肉饅が配られる。
「えへへ」
ミフティア・カレンズ(ea0214)は早速一つ頬張っているようだ。
「お店番楽しいから大好き。今回も頑張っちゃう☆」
「御客様にお勧めするのには、味くらい知っておかないとね」
咲舞も試しにと肉饅を手に取った。蒸かしたてのだとまだ湯気が立っていて、皮の柔らかい匂いが食欲をそそる。
「まだ熱いで。お客さんには竹の皮で包んで渡すんや」
「あっ、これ御茶に合いそうね」
「そうなんです! みんなで知恵を絞って考えたんです!」
店の用心棒が竹皮を手渡し、給仕の娘もお盆片手に元気に笑う。小さい店ではあるが竹之屋はアットホームな雰囲気だ。期待以上にずっと居心地がよくて咲舞も自然と笑みを漏らしている。そして遂に初日の昼時。
「いらっしゃいませっ 竹之屋へようこそっ」
最初の客へミフティアがお盆を片手にご挨拶。踊り子というだけあって仕草の一つひとつが魅力的で、思わず見入ってしまいそうになる。まるで背中に羽根が生えたように身のこなしも軽やかだ。くるんと回る度に髪飾りにつけた小さな鈴が愛らしい音を立てる。
「とりあえず飲み物を適当に見繕ってくれ」
「ふむ‥では日本茶を」
弥生はまだ慣れないのか言葉少なだが、元からあまり愛嬌を振りまくような性質でもない。それでも武士の教養として修めた礼儀作法を役立てながら初めてにしてはよくできている方だ。こうして静かにしている様は、見ようでは落ち着いた雰囲気に感じられなくもない。
「せっかくですから、特製鳥そぼろ肉まんもおひつと如何ですか?」
聖歌も他の4人をフォローするような役回りで、控えめながらも給仕仕事に勤しんでいる。
「それじゃあ、そいつも頼む」
「特製肉まんですね? オーダーは入ります♪」
「へえ、異人の娘さんかい? 言葉も上手なもんだな」
「ジャパン語まだまだだから、ありがとうございまぁす」
ミフティアは少し照れたかと思うとすぐに元気一杯の笑顔。万華鏡のようにくるくると表情が変わる。次第に客足も伸び初め、昼時ともなれば目の回るような忙しさである。
「いらっしゃいませ〜。ふにゅ‥‥接客も忙しいね。いつもは作ってるだけなんだけどな。はわわわわ、少々お待ちください〜」
小鳥も小さい身体生かしてちょこまかと走り回って一生懸命接客。人手が足りない時は調理も任されたりと大わらわだ。それでも応援の声に励まされながら何とかこなしていく。
「ここが竹之屋か、何か勧めのものを頼む」
「そうね、それだったらやはり特製鶏そぼろ肉まんね」
咲舞が蒸かしたての肉饅をせいろから取り出した。丁寧に竹の皮へ包んで手渡す。客の入りは上々。常連客も多く駆けつけてくれたようで中々にてます」
お客さんへは全員でお見送り。ミフティアが爪先立ちでくるりと回る仕草で着物の裾が花弁のように広がった。ひらひらと手を振ると笑顔がこぼれる。
会場では他にもジーザス教会が休憩所を兼ねた案内ブースを出展している。地回りへのみかじめから迷子の案内までぬかりない準備のおかげで、特に揉め事もなく慌しい五日間はあっという間に過ぎていく。
「いらっしゃいませ♪」
「松之屋にようこそ♪」
琥香と石榴がお盆片手にお出迎え。青空のように元気一杯の琥香。石榴も少し照れ交じりなのが初々しい。琥香がサービスの桜湯を淹れている間に沙羅が客を取り次ぐ。
「ご注文は何になさいますか?」
接客の基本は何よりも笑顔だ。少しおっとりしたところのある沙羅だが努めて、はきはきと受け応えるように振る舞っている。
「あれを頼む、味勝負ででてた‥‥」
「生春巻きですねっ」
石榴が春巻きの皿を客へ差し出し、琥香も横から顔を覗かせた。
「揃にすると色んな味が楽しめてお徳アル。春らしい彩りが綺麗アルヨ」
中日の実演会が好評だったせいもあって目玉商品の生春巻きの売れ行きも好調のようだ。
「できることならなんだってやらなきゃねっ♪」
石榴も空いた時間で自分から仕事を見つけて、接客だけでなくゴミ捨てや片付けにと走り回っている。こういう目配りも大切な所だ。屋台の裏手では琥香が店員と急ピッチで料理の補充をしている。
「お客さんも春巻きのこと褒めてたアルよ」
「そうアルか。琥香さん、料理人としてはいちばん嬉しい言葉アル」
松之屋の料理人には同じ華国人の娘もいて、琥香とも年が近いということもあって打ち解けたているようだ。
「あたしも実はちょっとコンテストにも出たかったアルよ。でもおいしいって言ってもらえて満足アル」
やがて補充用の春巻きを作り終えると、彼女は大皿に乗せて屋台へと運んでいく。
「はい、慌てなくてもどんどんできるアルよ。お客さん給仕の娘ばかり見てないで、味わって食べて欲しいアル」
「はいはーい、追加の春巻き来ましたよーっ!」
菫が元気よく声を張り上げる。慣れない接客だが、持ち前の明るい性格を生かして、でも武士の名に恥じぬ行いだけはしないよう心掛けている。最終日ともなると彼女達を目当ての客も見られるようになり、売れ行きにも貢献できているようだ。
「つっかれたぁ〜。そろそろ交替して休憩したいな。今は誰の番だっけ石榴ちゃん?」
「月乃さんじゃないかなぁ? そういえばさっき、裏で休憩してくるって言ってたよっ」
月乃は屋台裏の桜にもたれて一息ついていた。忍者でもある月乃。影ながら敵の足を引っ張りつつじわじわと溝をあけていくのが彼女本来のやり方だ。だがチーム戦では組の総合得点が重要と判断し、泣く泣く妨害を諦めていた。
どすっ
静かに幹へ拳を打ちつけながら、瞳を閉じた月乃は苛立ちを鎮めるよう試みる。慣れない接客に精を出しつつ、その合い間にこうして溜まった苛々を発散しに来ているという訳だ。
とそこへ。
「月乃さんっ!」
石榴が駆けて来た。
「一次審査の結果が出ましたよっ、僕達松組の勝利だって!」
夕刻を回り、いよいよ個人演技の時間だ。舞台前へは多くの見物客が詰め掛け、最終審査を前に竹組が演技を始めている。
「やはり人前と言うのは慣れぬな‥」
聖歌のアピールに続いて弥生も顔を真っ赤にしながら袖へ戻ってきた。入れ替わりに三番手のミフティアが舞台に上がる。
「ミフティアです、食べる事と踊る事が大好きです♪ お店の美味しいもの、誰より美味しく伝えちゃいまぁす♪」
にこっと笑って取り出したのは、もちろん竹之屋特製鳥そぼろ肉まん。
「一口食べまぁす。ん〜おぁいしい〜」
愛嬌のある仕草で饅頭を片手にくるくる回る。
「一口食べて心ほわほわ。身体が踊っちゃう。美味しいお饅頭はいかがですか?」
にっこり笑う彼女につられて会場中も笑顔に包まれた。続いて小鳥が得意の料理を披露し、5分間クッキングでアピールする。最後は咲舞の剣舞。左に扇子、右には刀を振るって舞台を舞う。武芸者でもある咲舞の動きは荒削りだが躍動感に溢れている。
「以上、神剣さんの舞で竹組の演技は終了です。春の華やかさと芽吹きの力強い息吹を感じさせる演技でしたね。盛大な拍手を!」
「それじゃあ次は本命、二次審査も兼ねた松組の演技だぜ!」
舞台へ扇子を手にした石榴が現れた。
「‥代々の『石榴』が受け継いできた扇舞をやります。石榴の名に恥じないように舞うよっ♪」
石榴が舞うのは、鉄扇を受けに応用した独自の武術の流れを汲む扇舞だ。拍子に乗せて愛用の扇を翻しながら伸び伸びと舞う。まだ拙いながらも一生懸命なその姿に客席からも応援の声が飛ぶ。
「続いて華国から来た古着商の翠琥香さんです。アピールをお願いします」
「なーいっ!」
いきなりの声に呆気に取られた観客へ、琥香は照れ交じりに口にする。
「実は、今日は接客の勉強に来たアルよ」
日本の和服文化に魅せられた彼女の夢は大好きなこの国でいつか自分の店を構えることだ。
「お客さんの笑顔は良いアルねー。商売してて良かったーって気になるし、元気を貰えるし。働く事の醍醐味を感じるアルよ♪ アピールになってないアルかー。んー、良いの良いのー。今日は楽しかったから。謝謝」
深々とお辞儀すると会場からも拍手があがる。すっかり日も沈み、残す所三人。次は菫の番だ。
「得意な歌を歌いまーっす」
両手を胸に当て深呼吸すると、やがて菫の歌後が夜桜の空に響き渡る。
『桜並木を あなたと一緒に 歩きたくて
桜吹雪を あなたと一緒に 眺めたくて
花びらが 風で舞い上がる様に 私の気持ちも舞い上がる
桜が続くこの道の向こう あなたの所へ 今行きます
会えたら あなたをお誘いします
「一緒に お花見どうですか?」
桜の季節が終わったら 緑の並木道を 一緒に歩きたい
新しい風を感じながら 一緒にどこかへ行きたいな♪』
歌い終えた菫がぺこりと頭を下げて袖に消えると、今度はそのまま曲に乗せて月乃が舞台へ上がる。踊るのは神楽舞だ。やがて鼓の音と共に音曲が激しさを増し、それに合わせて月乃が詠唱を紡ぎだす。不意に彼女の姿が二つになった。分身と踊る月乃へ会場からも拍手が上がる。そうして最後の沙羅の順が巡ってきた。舞台へ進む沙羅は緊張した面持ちだ。
「せっかくみんなの前で歌うんだから、何か心があったかくなって気分が明るくなるような歌を歌えたらいいです」
ふと顔を上げた先に、夜桜が視界へ飛び込んでくる。その時にはもう肩の力は自然と抜けていた
「この満開の桜のように沙羅も花を咲かせられるかなぁ・・・?」
大きく息を吸い込むと叙情的な音色に乗せて歌声が夜空に響いていく。そうして花見の夜はしんみりと更けていった。
「それでは結果発表ですよー」
全ての演技が終わり、ジーザス教会の修道女が審査結果を読み上げる。呼ばれた名前は。
「優勝は、藤浦沙羅さんですよー」
わっと歓声があがり、思わず沙羅が涙ぐむ。皆と協力する姿勢と料理人や客を思いやる気持ちが高く評価されての結果だった。次点は石榴。細かい気配りをちゃんと見ていてくれたお客さんも多かったようだ。竹組のミフティアも看板料理を使ったアピールを支持する声が多かった。組制でなければ優勝していてもおかしくなかった。最後に修道女が賞品を手渡し、沙羅と握手をかわす。
「おめでとうございますー。ぜひ竹之屋へ一日看板娘に来て下さいよー」
花弁舞う中、桜の乙女はにっこりと微笑んだ。
「応援してくれたみんな、ありがとうございました〜」
春は桜 看板娘コンテスト
優勝――藤浦沙羅(松組)!