●リプレイ本文
「打ち上げとは、また粋な計らいだな」
日が傾き始めた境内には関係者が集まりつつある。松之屋陣営で腕を振るった河島兼次(ea2900)も秘蔵のどぶろくを土産に現れた。
「松竹料理勝負に直接参加した訳ではないが稀に見る名勝負の力添えをできた事は得がたい経験だった」
続けてやって来たのは超美人(ea2831)。松之屋の料理で使われた葱の仕入れを請け負った冒険者だ。河島ら料理人と共に常陸まで旅して手に入れた葱が勝負の決め手となった聞き、その顔は誇らしげだ
「花見とはなかなか風流だな」
五月の葉桜は陽光に透けて青々としている。なかなかの趣向だ。参加者には看板娘コンテストの顔ぶれもある。竹組からは神楽聖歌(ea5062)。給仕仕事から今度は楽しむ側へということで心なしか雰囲気も弾んで見える。コンテストの衣装と同じ京染めの振袖姿は神剣咲舞(eb1566)だ。少女の面影を残した風貌とどこか老成した雰囲気の妙の醸す魅力で竹組内では二番手の人気だった彼女。凛とした着物の立ち姿も美しい。
「はわー。何だかんだで、対決は大成功のうちに幕を下ろしたのですよー」
そして勿論この人、一連の企画を取り仕切った町教会のクリアラ・アルティメイア(ea6923)。
「ジーザス教の知名度も上がりましたし、おめでたいのですー。成功を祝して、お祝いなのですよー」
クリアラの音頭で宴は幕を開けた。
「葉桜とはいえお花見ということなので、お酒に合う料理を作った方がいいだろうね‥‥何を作ろうかな〜☆」
ギルドからは郭梅花(ea0248)ら冒険者がスタッフとして派遣されている。道具や食材は竹之屋からの提供、梅花がまず選んだのは鰹だ。藁を燃した七輪で軽く炙り、皮に火が通った所で手早くネギと大蒜を乗せる。
「おっ! 初鰹のタタキではないか」
香ばしい匂いに誘われて超が思わず顔を綻ばせる。
「お待ちどお様です。どんどん運びますから、遠慮せずどうぞ」
給士を務めるのは三笠明信(ea1628)。巨人族の上背でお盆を持てば、随分と料理も小さく見える。侍の無骨な手で皿を運ぶのは何とも不慣れなようにも思えたが、明信の気配りは意外にも細やかだ。
「折角の御好意ですからのんびりとさせて頂こうかしら?」
皿を受け取って咲舞がにこりと返す。そんな笑顔に触れて昭信は誇らしげに口元を緩めた。傍らではルミリア・ザナックス(ea5298)が次の料理をお盆に乗せて宴席へと運んでいく。白のブラウスの上から、その瞳と同じ透明感のあるブルーのジャンパースカートを重ねている。明信の視線に気付くと彼女は頬を赤らめた。明信もまた微笑み返す。
「まあ、給士の者には悪いが、今回は楽しむ事に専念させてもらおう」
河島がさっそくタタキに箸をつけた。そこへ続けてルミリアが異国の酒を運んでくる。目にも美しい色とりどりの酒はこの国では珍しい。
「おっと、見たこともない酒が並んでいるな。ちょっと味見させてもらおうか」
河島が興味を示して味見すると、超と聖歌も箸を休めて猪口を手に取った。
「何やら果物の香りがする。少し甘いが癖になりそうだ」
「おいしいお酒を飲めるのはうれしいですね」
そこへ明信が小鉢を運んできた。鰹のワタの塩から梅花が作った酒盗だ。聖歌が恐る恐る箸をつけるが、口に合わなかったのか顔を顰めた。梅花が苦笑を浮かべる。
「苦手な人も多いからムリしないでね。通好みの料理だからね」
超がそれを聞いて興味を引かれたのか酒盗へ箸をつける。
「これもまた独特の風味があって味わい深いな。気に入った」
まだ日が沈むには一刻余りあるが、みな酔いも回り、宴席は和やかな雰囲気だ。
「いやー。対決中は忙しかったですけど、今日はゆっくり楽しみますよー。はいー」
のんびり屋のクリアラも今日は仕事に追われることもなくゆっくり出来るとあって幸せそう。宴席には所狭しと様々な料理が並べられている。その一つひとつを味見しながら、時折ルミリアの洋酒や河島のどぶろくも口にしてほろ酔い加減だ。
「後は、あたしお得意の中華でも作りましょう☆」
梅花も竹之屋の肉饅に使った材料とありあわせの物で梅花は肉饅頭をこしらえる。饅頭の材料は豊富にあるとあって餡饅頭や、その他にも大根餅などの料理を披露する。
「む。この匂いは」
ふとルミリアがお盆を運ぶ手を止めた。蒸しあがった肉饅頭とは違う香りが漂っている。
「やっぱりこの席にこの料理は欠かせませんよね」
料理スタッフのケイン・クロード(eb0062)が蒸篭からふかし立ての饅頭を取り出した。竹之屋特製鳥そぼろ肉まんだ。
「味勝負の料理を学んで、自らのレパートリーを増やしたいからね♪」
珍しい料理の依頼と聞いて一も二もなく駆けつけている。蒸しあがった特製肉饅を明信がお盆に載せて皆へ運ぶ。
「では頂きますね。自分が運んでいたものがどういう味なのかしりたいですし」
聖歌が手渡された肉饅を手に割り開く。月陽姫(eb0240)も湯気を立てる特製肉饅を前にご満悦。
「一度暖かいうちに頂きたかったアル」
花見では松之屋の料理人として新作料理の原案を担当した陽姫。念願叶って、熱々の肉饅を小さな口で頬張った。
「筍の乾貨と春雨アルね。肉汁を吸い込んでおいしいアル」
乾貨とは乾物を指す華国の言葉だ。特製肉饅の肉汁を活かす工夫は華人の用心棒の案だと聞いている。どことなく故郷の味だ。
「肉とたれがいい感じアル。この具材を使って小龍包を作ってみたいアルね」
所で竹之屋の料理があるなら、鎬を削った松之屋の春眼福と食べ比べてみたいというのが人情だ。
「確か揃で八種の味と苺餅、桜湯が楽しめると聞いていたが」
「アイヤーごめんアル。桜の塩漬け切れてしまったアル。桜湯はサービス分アルし、勘弁してほしいアル」
そうこうする内にケインがさっそく春眼福を盛り付けてお盆に載せた。
「松之屋の皆さんの腕には及ばないかもしれませんが、教わった通りに作ってみました」
開発に関わった料理人の工夫で、特別な腕がなくても作れるように春眼福には工夫がされている。おかげで春眼福は季節限定で松之屋でも献立に名を連ることが決まっている。これには葱の仕入れに当たって流通路を確保した河島の働きによる所も大きい。
「常陸では苦労したが、その思いがあるとまた格別だな」
超はふと箸を止めて河島ら苦労を共にした仲間と共にその味をかみ締める。献立に関わった者としては至福の瞬間だ。一般の冒険者達に一足早くその味を堪能できるとあって聖歌の顔からも笑顔が零れる。
「私も勝負に関係なく楽しめました」
「それにしても」
と咲舞。どうも持て成されるだけというのは性分ではないらしく落ち着かぬ様子だ。
「葉桜を見ながら野点をするのも風流ですよね」
ここ暫くは剣の修行に明け暮れていた咲舞。茶を点てるのは久しぶりだ。連れ立ってきた知人が湯を沸かし、咲舞も用意してきていた茶器を広げる。
「む。それでは私も」
それに心得のある超も加わり、宴席の隅では小さ茶の席が開かれた。河島も目ざとく見つけて料理の手を止める。
「ほう。こっちでは茶を点てる者がいるな」
「予算もあったので余り贅沢はできませんでしたけれど、この葉で良かったかしら?」
「うむ。なかなか良い品だな。たまには人に点てて貰うのも悪くはないか。どれ、お手前拝見と行こうか」
味勝負では創作茶菓子を作り、茶に精通している彼少し意地悪な笑みを浮かべながら二人の様を見守る。咲舞が緊張した面持ちで茶を振る舞った。
「粗茶ですが」
河島の前ではまだまだ未熟というべき作法だが、咲舞の心尽くしの気遣いに河島の表情も自然と緩む。
「たいした腕ではないが茶の香りとまったりと流れる時間を楽しんで欲しい」
「お茶いただくネ。お抹茶というのは初めて飲んだアル。おいしいけど少ないものアルね」
「私も頂きますよー。はいー」
超も武士の嗜みとして磨いた腕前を披露し、陽姫とクリアラも茶の香を楽しむ。そこへ頃合を見て梅花が次の料理の準備を始める。
「イカも焼きましょうかね‥‥七輪の上にイカを載せて醤油をたらりと垂らせば‥‥香ばしいいい匂いが立ち上るわよ☆」
「なら私はタコ料理です」
一方のケインは、用意しておいた大きな鉄板を取り出した。
「では実演料理といきましょうか。『あっさり醤油風味たこ焼きモドキ』です」
料理の席でちょっとした味勝負は始まった。この宴席の余興としてはなかなか気が利いている。宴席ではクリアラが忘れぬうちにと花見での出来事を記録として書きとめていく。調理実演での海腹雌山(eb1505)の試合巧者ぶり。看板娘コンテストではそれぞれに個性的な娘達が彩を添えた。裏方の存在も忘れてはいけない。会場設営に手を貸してくれた下町の冒険者達、特に会場設営全般を取り仕切った町の罠屋には感謝の言葉もない。
「この料理おいしいですね」
味勝負の関係者ではないが山本建一(ea3891)もちゃっかり宴に紛れ込んでタダ飯とタダ酒にありついている。楽しい酒の席だ、わざわざ指摘してこの空気に水を差すような野暮な者はこの場にはいなかったが、流石にこれには竹之屋の主人も苦い顔だ。
「できあがりましたよ」
そこへケインの料理が出来上がり、辺りには香ばしい匂いが漂う。黒地に月の浮かんだ和服にお色直したルミリアがそれを皆へと運んでいく。と、そこへ。
「ほう。やはりタコ料理で来おったか。ならばわしはタコしゃぶじゃ」
現れたのは海腹だ。手鼓を打って合図すると、明信が海腹の料理を運ぶ。
「削ぎ切りにしたタコを野菜と共に湯がいたものじゃ」
それを小鉢の酢醤油で頂く趣向だ。
「タコはしっかりぬめりを取る。もし残ると生臭くなってしまうからな。食管を損ねぬように皮も剥いでおる。吸盤をまな板にくっつけてやるのがコツじゃな」
「む、これは」
「左様。薬味は紅葉おろしに、常陸の白髪葱じゃ」
常陸の葱を使ったのは海腹なりの演出だろうか。
「ふん」
挑発的な笑みを浮かべて海腹はケインを見遣る。老獪を相手取ってはまだ若い彼には手に余る相手だったようだ。だが悔しさよりも興味が先立つようで、ケインは感服した様子で笑顔を浮かべる。
「流石に味勝負の料理人を勤められただけはありますね。勉強になります」
「折角じゃ。もう二、三品作るとしようかの」
海腹が梅花と一緒になって材料とにらめっこしながら意見を出し合い、即興で料理に取り組む。
「あー、やっぱり我慢できないアル。あたしも料理作るアル」
それを眺めていた陽姫も堪えきれずにその輪に加わった。
「竹之屋さんの具材残ってるアルか?」
竹之屋の主人もまじえつつ陽姫も腕を振るう。
「む。盛り上がってきたな。ではあまり自慢できるものではないが、踊りでも披露しようか」
宴席では河島が上機嫌で舞を披露し、クリアラも一緒になって踊っている。宴もたけなわといった頃合で境内にはゆったりとした時間が流れている。やがて陽姫がこしらえたのは特製肉饅の材料を工夫した即席の小龍包。梅花と海腹は趣向を凝らして鶏肉のペペロンチーノ風炒めだ。料理も出揃い、梅花も宴席に加わって料理に舌鼓を打つ。
「こういう平和な仕事は良いな」
給仕が一段落してルミリアも腰を落ち着けて料理を楽しんでいる。
(「こうして皆に楽しんで‥‥いや、皆とともに楽しめる時間を過ごせるとは良いものだ」)
ふと傍らの明信へ視線を移すと、彼もまた同じ気持ちでいたのか視線に気付くと微笑み返す。
「何の大過も無くこなせて、ほっとしてますよ」
楽しい時間はあっという間だ。とっぷりと夜も更け、宴もお開きといった按配だ
「さて、最後にはアッサリしたものがよかろう」
海腹が差し出したのは茶碗に盛られた炊き立ての白米だ。
「見た所、ただの白米のようですけれど‥‥??」
咲舞が怪訝な顔でしげしげと椀を見つめた。やがて促されるままに箸をつけると。
「‥‥あ‥」
思わず咲舞の唇から吐息が洩れる。温かいご飯を掬うとその下にはほんのり冷たい大根おろし。その下には仄かな温もりの拍子木の豆腐が敷き詰められている。箸をいれるとふわっとした軽さ。口に入れれば食材同士が優しく包み合うように、すーっと消えゆく不思議な食べ心地だ。
「まるで春の泡雪みたいですね」
聖歌のその呟きへ海腹が頷いて言う。
「これを雪消飯というそうじゃ」
あれだけ沢山食べた後だというのに、独特の口当たりからかさらりと口に入ってしまう。好みで醤油を落とすのもいい。ケインも興味深そうにその独特の食感を堪能している。
「適度な空腹感が斯様な境地に誘いこんでくれるのやもしれぬな」
「いやー、こうしてまったりできるのも平和でいいですねー」
クリアラはさっそく椀を平らげてしまったようだ。
「世の中何処へ行っても物騒だからこそ、平和がありがたいのですよー」
珍しく修道女らしいことを口にしたかと思うとクリアラ。
「ではー。おかわりお願いしますよー」
彼女の周りはだけこのようにいつも平和なようだ。暢気な彼女の様が可笑しくて聖歌が声を立てて笑みを漏らした。誰ともなく釣られて笑い、やがて境内は笑顔に包まれた。
そうして宴はお開きとなった。
「今日のような日がまた来るように願いたいものだ。最高の一時だった。感謝する」
超が竹之屋の主人へ丁寧に礼を述べると暇を告げる。招かれた冒険者達も一人また一人と境内を後にしていく。宴の終わった境内では給仕の明信達が後片付けに当たっている。ルミリアと、彼女の知人が力仕事をテキパキとこなしていく。思えば食材の購入から道具の搬入まで随分と走り回ったものだ。明信も一緒になってそれを手伝う。
「本職の給仕の方々とは比べるべくもありませんが、役に立てて何よりでしたよ」
楽しめたのは殆ど最後の頃だけだったが、それでも皆とあの時を共有できたのは喜ばしいことだ。
「‥‥たまには修練でこんなのも良いですね」
ようやくゴミの後始末まで終えると、明信は桜の木へ体を投げ出した。慣れぬ仕事ではあったが、勇ましく剣を振るって闘うのとはまた別の心地よい疲労感がある。ルミリアもそれに習って隣へ腰を下ろした。
社の入り口ではちょうど竹之屋の主人が家路に着く所だ。その彼を陽姫が呼び止めた。
「あたし、今、流れの厨師アル。もし良かったらこのまま臨時雇いで、松之屋さんで働かせてほしいアル」
「おう。んじゃあ松之屋さんは俺から伝えとくからよ」
そう答えると主人はニヤっと笑って見せる。
「でも、アンタさえよけりゃあウチに来たっていいんだぜ? まあ松之屋がダメだったら考えといてくれ」
こうして宴は盛況のうちに終わった。企画立案から二ヶ月。この打ち上げをもって、長きに渡った味勝負はようやくその幕をおろしたのだった。