【目指す光の】 峠の茶屋を出たとこで
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■ショートシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:10人
サポート参加人数:7人
冒険期間:05月19日〜05月24日
リプレイ公開日:2005年05月28日
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●オープニング
峠に馬蹄の音が響く。旅人が一人、西を目指して走っている。峠を越えれば次の宿場町だ。やがて馬は茶屋へ差し掛かった。馬首を巡らせると彼は足を止める。
降り立ったのは一人の若武者だ。まだ幼さの残る顔立ちをしているが、その眼差しは強い。少し小汚い格好をしているが、腰に挿した刀はよく手入れが行き届いている。少年は馬を止めると括っていた荷物を手に取った。随分と重たそうなズダ袋だ。それを引き摺るようにして茶屋へと入っていく。
「最近じゃだいぶ暑くなって来たな。喉が渇いた。茶を一杯頼む」
腰を下ろすと少年は体を休めて一息つく。江戸から街道を1日余り。もうそろそろ武蔵国の外れまで来る。日増しに強まる陽気は少し汗ばむくらいだ。少年は茶屋を見回した。他に数組の客が足を休めている。旅装束の夫婦に浪人風の男達。山のような荷を抱えた男は旅の行商人だろうか。
「あァ熱ィィ!」
「すみません!」
その時だ。端の席に座っていた浪人風の男が叫び声を上げた。給仕の娘が男へ茶を引っ掛けたらしい。
「なんてことしやがんだこのアマ!」
拭おうとした娘を突き飛ばし、男が腕をさする。袖先に茶を被ったらしく手首が赤くなっている。
「娘、こんなことしてタダで済むとは思ってねえだろうな?」
剣幕で男が怒鳴る。恐る恐る額を尋ねる娘へ、男はいたぶるような声音でこう告げた。
「そうだな。500両は見てもらわねえとな」
「そ、そんな大金‥‥! それに火傷だってそんなに大したものじゃ‥‥」
「つべこべ言ってんじゃねえ!!」
男が机の端を叩きつけた。大きな音に驚いて娘が身を竦める。
「娘、俺を誰だと思ってやがる! 峠向こうの宿場町じゃあ博徒の用心棒どもに剣を教えてやってんだ。この腕一つでどれだけの稼ぎになるか知ってモノ言ってンのか?」
もう一度男は長机を叩きつける。びくびくと肩を震わせる娘へ男は舐めるような視線を向けた。
「払えねえなら、相応のモンで誠意を見せて貰わねえとなあ?」
「あんた、よっぽど腕に自信があるみたいだが」
その時だ。静観していた少年が席を立った。ズダ袋を引き摺ると机のもう一方の端へと立つ。
「んだ手前は! ガキは引っ込んでろ!」
「――500両の腕だと言ったな? その手を離すなよ」
机へ手を突いた男の手を指して言うと、少年がズダ袋へ手を伸ばした。無造作に取り出したのは百両箱だ。一つ、二つ、三つ‥‥それを長机の端へと積み上げていく。
「な、なな、な‥‥‥」
誰もが声を失った。重みに板がわたみ、軋んだ音を立てて男の腕を押し上げる。そして五つ目を数えるのを前に長机は遂にひっくり返った。
「その腕を放すなって言ったはずだ。なんだ、500両の重みに釣り合う器じゃなかったようだな」
尻餅をついた男を見下ろして少年は手を手をすり払う。
「手前、何モンだ! その金‥‥カタギじゃねえな? どこの組のモンだ」
「組? 後ろ盾なんてない。この金は俺が稼いだものだ。俺の名を聞いたか? 知りたいならなら教えてやる。名は道志郎、姓は捨てた」
少年――道志郎は男へ歩を詰めた。そうして懐から財布を取り出すと銅貨を一枚投げて寄越す。
「迷惑料なら俺が代わりに呉れてやる。その腕ならこれでも十分だろう。それとも――」
青年がすらりと刀を抜き放った。
「500両に見合うだけの怪我にしてやろうか?」
「畜生! 覚えてやがれ!」
捨て台詞を吐いて逃げだす男を見送ると道志郎は刀を納めた。転がった百両箱を拾い上げると、ついでに長机も引き起こして腰を落ち着ける。
「そういえばお茶はまだか? 喉が渇いた、急いで頼むよ」
藤家の三男坊、藤道志郎に関する依頼がギルドへ舞い込んだ。依頼人は彼の実兄だ。
「出奔したとはいえ、弟は弟ですからね」
彼の旅を見守り、彼一人の力ではどうにもならない障害があれば陰ながら手助けしてほしい。とはいえこれは彼の修行の旅、助力は必要最低限に留めてほしい。当然この依頼のことも本人には秘密だ。少々ややこしい依頼だが、食も含めた経費も依頼人持ち、払いもいい。
「どうか弟をよろしく頼みます」
「さっきはどうもありがとうございました」
再び峠の茶屋。
「お礼といっては何ですが、今晩はうちへ泊まっていかれてはどうですか?」
娘の申し出は宿代も浮かせられるし渡りに船だ。道志郎は申し出を受けることにした。
「助かる。何だかかえって悪いな」
「でも、気をつけて下さいね。あの男、宿場から手下を引き連れて仕返しにやってくるかも‥‥」
宿場までは歩いて半日とかからない距離にある。あの場は何とか切り抜けたが剣術指南を生業にしているだけあってかなり腕が立ちそうだ。手下を引き連れて報復に来られたらかなり厄介なことになる。だが街道を抜けて旅をするからには避けて通れない。
心配そうな視線を向ける娘へ、だが当の道志郎はさして気にしていない風だ。
「まあ、何とかなるさ。その時はその時だ」
●リプレイ本文
那須行で道志郎と縁のあった者の話では彼が目指したのは西。相模、或いは甲斐か。百両箱を幾つも下げた馬を連れた武士などそうはいない。哉生孤丈(eb1067)を始め、陸堂明士郎(eb0712)や伊珪小弥太(ea0452)ら他の同業者にも顔の広い仲間のツテで多くの仲間の助力を得て、冒険者達は早い段階で道志郎の足取りを掴んでいた。
「峠の茶屋だね。宿場の用心棒達との揉め事‥‥ちょっと気になるね」
高村綺羅(ea5694)は冒険者仲間のバーニグマップで割り出した街道を進み、例のいざこざについてを突き止めていた。放っておけば厄介なことになる。敵の動向と数、それから出来るなら得物も調べておきたい。
「みんなに、知らせなきゃ‥‥」
件の茶屋では夕刻になって徐々に冒険者達が集まりつつあった。
「女の夜道ぁ物騒だし、ちょいと一晩頼めないか?」
旅すがらを装った田崎蘭(ea0264)は頃合を見計らって茶屋を訪れている。茶屋の娘は思案顔を作って隣の道志郎を見遣った。
「宿に貸してる部屋はありますけど、でも‥‥」
「俺なら構わない。タダで泊めて貰う身だ、俺は納屋でも貸して貰えれば構わない」
「そんな、それじゃお礼の筈が反って‥‥」
申し訳なさそうに娘が道志郎を見上げる。彼は黙って首を振るとさも当然そうにこう答えた。
「男の俺が屋根の下で、女に夜道を行かせる訳にはいかないだろう」
(「へぇ‥これが噂のボンボンの若侍、ね」)
女の身とはいえ道志郎より一回り以上も長く生きてきている。おそらく剣の腕も彼より格上、よっぽど道志郎の方が危なっかしくも思える。生意気な物言いだが大真面目に言ってのける道志郎に、だが蘭は不思議と好意を覚えていた。思わず口元を引き上げて蘭が笑う。
と、そこへ。
「あれ?? 道志郎さん!?」
イリス・ファングオール(ea4889)だ。
「え、イリス??」
「こんなとこで偶然会えるなんて神様の思し召しですね!」
隣には機知の李焔麗(ea0889)の顔もある。二人とは那須で苦楽を共にした中だ。
「奇遇ですね。ギルドの依頼で江戸を離れていた帰りなのです」
「それで、ちょっと余裕が出来たので‥‥のんびりしたいしお話とかもしたいし‥‥朝には逆方向だし、それまでは一緒に居ても良いですよね!!」
有無を言わせずイリスが畳み掛ける。最後に会った夜のことを思い出したのか道志郎は顔を赤らめた。珍しく照れた表情を見せた彼へイリスが悪戯めかして笑みを零す。
「本当は、道志郎さんを追っかけてきたのかもですよ♪」
何か口にしかけた彼を遮ってイリスが惚けて見せる。さりげなく例の騒動の話題を振ると道志郎は茶屋での経緯を話し始めた。
「そういえばさっき怖い顔をした人とすれ違いましたけど‥‥」
「ああ、それならひょっとすると――」
道志郎の方からあらましを話してくれたので少しは動き易くなったかもしれない。その後、彼女の提案で4人は揃って相部屋で泊まることとなった。
「私はそれでも構わないよ。元々ムリを言ってるのはこっちだって話さね」
肩を竦めて蘭。娘が部屋の支度に走る。
「すぐに支度しますね」
それを呼び止める声がある。
「あー、ちょっと悪いんだけどねぃ」
顔を出したのは哉生だ。
「日が暮れて道が分からなくなっちまったんだけどねぃ?」
漸く話が纏まった所で、何やら嫌な予感。そこへタイミングよく腹の虫が鳴る。
「何とか一晩だけ泊めてほしいだねぃ」
道志郎から思わず嘆息が洩れる。
「いいよ。俺は構わないから、みんなも大丈夫だよな?」
「そいつは助かるんだねぃ」
その答えを聞くなり、腹を押さえながら哉生はその場にへたり込んだ。
茶屋から少し離れた林の中。宿場までの街道に目を光らせている者達がいる。
「‥‥!‥」
陸潤信(ea1170)が無言で仲間へ警告を発した。街道を向かってくる影がある。それが箒に跨った影だと分かると彼は警戒を解いた。宿場へ情報を探りに行っていた仲間が戻ってきたのだ。
「なるほど、敵は二十人余りですか。多いですね」
それに少し遅れて綺羅も街から戻ってきた。
「用心棒っていうだけあって、みんな帯刀してるみたいだったよ。いつ頃どんな作戦でくるかの調べはつかなかったけど‥‥」
調べでは敵は宿場を仕切る博徒の子分達。雑魚から手練まで混じっているようだ。
「恐らく連中は人目のある昼間は避けて、夜に襲撃してくると思われる。警戒は怠らぬようにしよう」
陸堂が仲間達へ告げる。同行した伊珪の見立てで身を潜めるに都合がよくて視界のきく場所を選んでいる。辺りは林、ここなら多勢を相手取っても守りやすく、また何かあっても茶屋への被害を抑えられる。一行はここで野営を張って敵の襲撃を阻止する構えだ。
「ご苦労様です。茶屋の方も無事に運びましたよ」
そこへ焔麗も茶屋の様子の報告に顔を出した。難しい役回りで随分と参っている様子だ。
「頭から煙が噴き出す音が聞こえます。いえ多分錯覚なんですが‥‥」
軽く頭を押さえながら焔麗。
「お大事になー。あんまムリはすんなよ?」
「ええ。御気遣いなく」
一方の茶屋では道志郎を囲んで話が弾んでいた。
「へえ、道志郎殿はあの那須騒動に関わってたんだねぃ。で、今はどうして旅なんかしてるのかねぃ」
「ああ。いつかやって来る飛翔の刻に備えて己を磨きたいんだ。そういえばイリス達は何の依頼だったんだ?」
「あ、えーとその‥‥」
イリスは言葉に詰まって目を逸らした。くるくると彷徨った視線が戸へ向かう。丁度焔麗が帰ってきた所だ。助けを求められて焔麗は思わず顔を顰める。
「ちょっと、いえ相当に厄介な仕事で正直思い出したくもないというか」
取り繕うというよりは心情のままにいうとそれきり焔麗は口を噤んだ。
「ふむ‥‥」
やがて室内に沈黙が訪れる。もう夜も遅い。哉生が早々に眠りにつくと、誰ともなくそれへ続き、やがて部屋の灯りが消えた。
そうして夜は更け行き、冒険者達はいつしか朝を迎えていた。予想に反して夜襲はなく敵の集団が姿を見せたのは日の出を前にしてのことだった。
眠い頭で伊珪が一団を呼び止める。
「ちょっと待ちなよ。こんな早くから殺気走ってどこ行くんだ?」
「朝っぱらからそんな物騒な物を持って、何をするつもりなんだ貴殿等は?」
街道をやって来たのは情報通り二十程のヤクザ者達。返答を待つまでもない。陸が拳を鳴らし迎撃の構えを見せる。伊珪も六尺棒を構えて立ち塞がる。
「いかにも襲撃しますってツラぁしてるのは見過せねーな」
「どけ。用があるのはあっちの茶屋だ。だが邪魔するなら痛い目を見るぞ?」
「聞いたからにはここを通す訳には行きません。覚悟して下さい」
言い終えると同時に男の鼻っ面を陸の拳が叩いた。たまらず男がどさりと頽れる。
「て、手前ェら!!」
「くそ、殺っちまえ!」
それを合図に二十人からのヤクザ達が一斉に襲い掛かった。
「義侠塾壱号生伊珪小弥太、義を以って勇なきは以下省略云々で俺が相手になるぜ!」
だがそのくらいで怖気づく冒険者達ではない。陸がその身に気合を込めると真っ先に敵中央へ殴り込んだ。陸の体に淡く闘気が立ち上る。修練を積んだ武闘家を持ってすれば全身は凶器と化す。両の拳と太い足。鍛え上げた肉体を駆使してヤクザを牽制し、不用意に斬りかかろうものなら痛撃を叩き込んで意識を刈り取る。
呼応する様に陸堂も奮戦を見せる。居合いで一人を斬り捨てると一気に中央へ斬り進んで敵の混乱を誘う。取り囲んだヤクザ達も数に任せて襲い掛かるが、剣技の修練を積んだ彼にすれば避けるのは容易い。雑魚を翻弄すると、振り返り様の横薙ぎの斬撃で更に一人を切り伏せる。
「我、死に挑みし修羅‥‥寄らば斬る!」
陸堂が瞬く間に数人を沈めると敵は震え上がった。元より雑魚に用はない。敵中に一人を見定めると陸堂は誘うように剣先を揺らした。
「貴様、なかなか使えるようだな。那須の鬼ほどとはいかないが、楽しませてくれそうだ」
この数を茶屋へやる訳にはいかない。伊珪も六尺棒を振り回しながら応戦する。
「手下連中は俺達で倒すぜ! 一人も行かすな!」
茶屋の道志郎達も異変に気付いていた。
「まずいな、店の人には迷惑をかけたくない。俺一人で始末をつけるつもりだったんだがな」
ふと視界の先に見覚えのある顔を目にして道志郎は動きを止めた。
「アンタは‥‥?」
「次の宿場まで殺陣師家業に出向く途中だったんだけど奇遇よねぇ。話は聞いたわよぉん? けどこの無謀さじゃこれから先修行ドコロじゃあ‥ねえ?」
朝から茶屋に顔を出していたのは渡部不知火(ea6130)。不知火が真顔になって道志郎の手を指さした。
「苦労知らずのボン過ぎて痛快だ。通りすがりに金積んで腕に見合わねえ喧嘩売るとはな?」
腕の程は掌で窺える。ハッタリ打つにも見合うだけの実なければタダの法螺だ。
「そんなザマじゃ何時か大事なモン巻き込むぜ?‥既に自分だけの話しじゃ無いかも知れねぇしな。どうだ、俺の腕‥買ってみるか?」
「その話、乗った。腕を貸してくれ。報酬は見合う額を支払う用意がある」
言うが早いか道志郎は百両箱を無造作に積み上げた。不知火が苦笑交じりに肩を竦める。
「まぁた、そんなことだから揉め事の元になるのよぉん。でも豪気ねえ、気に入ったわ」
残りの団子を飲み込んでしまうと、不知火は百両箱の上に皿を置く。
「茶屋巻き込まん様直ぐに発っても手遅れだ。落とし前はボウズの役だが此も縁、弟が世話掛けた分さっ引いて団子の奢りで手を打つが」
不知火が試すような口振りで問い、道志郎も不敵な笑みで返す。
「で、俺は何すりゃいい?」
「家人の守りを頼む」
「いい判断だボウズ」
それだけ聞くと不知火が茶屋の裏手へ駆け出した。
「行きましょうか」
焔麗も龍叱爪をはめて表へ顔を出した。それに蘭も続く。
「これも何かの縁だ。私も暴れさせてもらうよ。どうせ多勢で押し込むんだろ? そーゆー無粋な事する連中は嫌いなんでね」
「道志郎さん‥‥グッドラックしてあげましょうか?」
その背を呼び止めたイリスが悪戯っぽく問いかけた。頷いた道志郎へイリスが魔法の護りを施す。
「私は女の人に難癖つけていじめる様な人に道志郎さんが負けるなんて思ってないです」
イリスに見送られ、三人は街道を走った。
「面倒だからこういうのとは、余り関わりたくないのだけどね、まあ仕方ないか」
敵は陸堂達の守りを抜けてヤクザ達は茶屋へ迫ろうとしていた。その前にたちはだかるのは時羅亮(ea4870)。手にした刀には淡く闘気が立ち上る。姿を見せたのは十人ほど。流石に手に余る数だ。
「まずは数を減らさないといけないか」
敵は数に任せて亮へ襲い掛かった。斬撃を十手で受け止めると亮はお返しとばかりに左右の連撃を叩き込む。数合を何とか凌ぐと漸く道志郎達も合流した。
「誰だが知らないが助太刀感謝する!」
「喧嘩すんなら対等にしろよ。手前らみてぇなのが一番頭にくんだよ!」
数に任せるヤクザ達へ蘭が斬り込んだ。道志郎を狙う者には亮がしっかり脇を固めて触れさせない。即席の連携だが焔麗が務めて穴を埋めるように戦いを組み立てて皆を援護し、一行は互角に渡り合った。
屋敷の裏手では哉生が一夜の宿の恩返しにと薪割りに精を出している。
「おい薪割り、娘はどこだ!」
ここへも囲みを抜けたヤクザが現れていた。
「それじゃ、俺っちは雑魚を片付けるんだねぃ」
言うが早いか鉈の一薙ぎ。奇襲はヤクザの腹を掠めた。仕留め損ねたがすぐに薪を拾うと反撃に鳩尾を突く。
「野暮な奴等は、逝っちまいな!‥‥だねぃ」
「誰だか知らんが助かる」
家人を避難させ終えて不知火も哉生に合流する。時を同じくして更に二人のヤクザも駆け込んできた。先の一人へ不知火が峰打ちを浴びせる。手加減なしの強打で一人が沈んだ。
「ここは俺一人で大丈夫だ。向こうは任せた」
それに応えて哉生が駆け出す。
(「あとは道志郎が親玉をどう捌くかだけど、彼の『心』が強いのは‥‥解ってるものねーえ?」)
街道ではいよいよ決着の時が近づいていた。
「出て来い! 俺が狙いなら堂々と立ち会え!」
「端からそのつもりだ! 吠え面かくなよ」
しかし腕の差は歴然。殆ど成す術もなく防戦一方へ追いやられ、
「バカが、これで死ね!」
「しまった‥‥」
男が道志郎の首を刎ねんと止めの横薙ぎを見舞った。だが寸での所で飛んできた石礫が男の腕を打つ。放ったのは綺羅。身を潜めて戦いに成り行きを見守っている。
(「あとは道志郎自身で対処できるはずだろうし・・」)
既に雑魚は粗方片がつき、仲間達も固唾を呑んで見守っている。
「今が、好機だッ!」
石礫に虚を突かれて男の剣撃は狙いを逸れた。だがその隙を突いた道志郎の反撃を男は事も無げにあしらった。矢張り力の開きは如何ともし難い。だが。
「それ以上やるというのであれば、こっちも容赦はしない」
亮が闘気をこめた切っ先を男へ向ける。哉生も退路を断つように後背へ回り込んでいる。その時だ。林で呻き声が洩れたかと思うと男が一人倒れ込んだ。矢で狙いを済ましていた伏兵だ。綺羅が当身で気絶させたのだ。
「そっちの奥の手は潰したよ‥‥」
「先に数にモノ言わせたのはアンタらだからね。ンなみっともネエ真似はしないけどね、無事に帰れるとは思いなさんなよ?」
「クソ‥‥!」
男が踵を返した。
「茶屋には手を出すなよ。俺は旅の者だ。遺恨があるならいつでも受けてやる」
「小僧、今日は引くがな、峠向こうの宿場に顔出してみろ。今度こそしてやっからな」
そう捨て台詞を吐くと男は傷ついた仲間と共に逃げ去って行った。痛み分けながらもひとまずの決着のついた瞬間だった。
そうして仲間達は再び別れの時を迎えた。
「お守り代わりの『せんべつ』です」
少し照れまじりにイリスが差し出したのは愛用の根付だ。
「悪いけどそれは貰えない。それじゃ何か俺が貰ってばっかりだろ」
照れくさそうに道志郎。
「今度は俺がイリスに何か送るよ。旅すがら似合いそうな物を探しておくからさ。縁があったらまた会える」
「そうだねぃ。縁があったらまた会いたいんだねぃ」
哉生もそうして茶屋を去る。流石にこれだけ数が多いと道志郎にも怪しまれる可能性もある。陸達、裏方を勤めた面々はそのまま顔をあわせることなく帰路へついていた。
「皆さん、どうもお世話になりました」
陸が丁寧に仲間へお辞儀をしてて帰りの途についた。
「にしても元はといえばあの騒動は道志郎が原因な訳だし、少々迂闊じゃね?」
伊珪はやや不満が残るようだったが、その辺りは今回で身に沁みたことだろう。
「自分は那須戦役に従軍していたから彼の顔は見知っているが、道志郎殿は覚えてくれているだろうか‥‥。あの真直ぐな男が、どう己の志を形にするのか‥‥その道の行く先を見てみたいものだな」
道志郎の旅立ちを遠目に見送りながら彼も帰路に着いた。