切れ味は水に濡れて

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 92 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月24日〜05月29日

リプレイ公開日:2005年06月03日

●オープニング

 切れ味は水に濡れて、いつからか忍び寄り始めた雨の気配にしっとりと湿気を含んでいる。刀身に薄く浮かんだ曇りは暗示的な色をたたえている。さあさあと川の音。空気は重く、時期に雨が近い。たわむ差し板。軋む音。血の匂いがあたりに立ち込めようとしている。やがて弓鳴りの音が響き――。



 都から2日余り離れたとある村。その傍に流れてきた山賊を討伐して欲しい。依頼人は近隣の村人達。山賊は村から川を越えて向こうの古びた屋敷を根城にしている。数は10人ほどとそこそこ集まっているが、腕の方は大したことがない。こちらは腕の立つ者ばかりをそろえて一息に片をつけてしまいたい。食費などは全て依頼人持ち。報酬は少ないが楽な仕事だ。

 そして当日。村までの旅は順調に運び、いよいよ一行は山賊討伐へと赴いてた。
 山賊の根城へ至る川には粗末な橋がかけられていた。一行がそこを渡り始めたときだ。対岸へ山賊たちが姿を現した。振り向けば向こう岸にも数人の山賊たち。こちらの気配に感づいていたのか、既に殺気づいている。刀、槍、弓‥‥。それぞれに獲物を手に冒険者達を挟み打つ。
 川へ掛かっているのは背の低い粗末な造りの板橋だ。差し渡しはおおよそ二丈(約6m)。板を渡しただけで欄干もなく、並んで立つのは二人が精一杯だ。川の深さは一見して腰ほどまでだろうか。足が立たぬということはなさそうだが流れは速いように見える。場所によっては思いのほかに深くなっているかもしれない。この状況で落ちればどれだけ危険かはいうまでもない。
 戦いは避けられない。まともに当たれば格下の雑魚だが罠にかけられては話は別だ。時期に雨が近い。だがこの分だとそれを待つこともないだろう。雨水に返り血を拭うのは。冒険者か。山賊たちか。片は思ったよりずっと早くつこうとしていた。

●今回の参加者

 ea0299 鳳 刹那(36歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5641 鎌刈 惨殺(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7049 桂照院 花笛(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7263 シェリル・シンクレア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8616 百目鬼 女華姫(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9275 昏倒 勇花(51歳・♂・パラディン候補生・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

鷺宮 吹雪(eb1530

●リプレイ本文

 橋上で身動き取れぬ所への一斉射撃。殆ど決着はつこうとしていた。この場で更に足まで奪われては反撃の目は潰える。だが矢撃は不可視の障壁に阻まれる。隊列の中央に控えた桂照院花笛(ea7049)だ。印を結んで双眸を閉じ、力を込めて掌を突き出す。
「‥‥守」
 再び橋上を神輝の護りが覆う。小さな結界は敵の二の矢を前に余りに心許ないが反撃の足掛かりとしてはこの場は十分だ。
「待ち伏せですかぁ‥‥えーと‥あまり、楽観できる状況じゃあないみたいですねぇ?」
 殿についていた鳳刹那(ea0299)の口調は暢気だが目は笑っていない。
「‥‥でも、どうして待ち伏せされたんでしょうねぇ? 私達が山賊退治に集まった事は、あっちに伝わってない筈なのに‥‥おかしいですねぇ?」
 素早く周囲の状況を窺うと得物の六尺棒を構える。肌にまとわりつく空気はしっとりと重く、時期に雨が近い。
「嫌な天気だ。こういう日には、命を落とす奴が多い」
 曇り出した空を瞳に映しながらウィルマ・ハートマン(ea8545)が矢筒へ手を伸ばした。
『あらら〜大変なことになりましたね〜』
『なるほどなるほど、どうやら勘だけはいいらしいな。上等だ。やれるものならやってみろ。可愛がってやる、じぃっくりとな』
 シェリル・シンクレア(ea7263)へ答えながら素早く矢を番えると、二の矢を前に敵の弓手を射倒す。だがこの数を相手にしては一人を排除するのが精一杯だ。一行へ二の矢が放たれる。
「やってくれるわね‥‥」
 降り注ぐ矢を盾で受け止めると昏倒勇花(ea9275)が刹那に代わって矢面に立った。
「私の結界では護りきれませんわ。一旦退いて態勢を立て直しましょう。鎌狩様、殿をお願い致します」
「村側任せたぜ。時間稼いでる間に抜けてくれよ」
 先頭に立っていた鎌刈惨殺(ea5641)がそのまま殿となって敵の追撃を食い止める。
「さぁ〜って!はっはっは! 挟撃とは恐れ入った!ならば俺はこれだ!」
 長巻の柄で足元を打ち付けると橋板がたわんで音を立てた。頓狂な哄笑を上げながら半身に構えて長巻を振るう。
「んん〜〜忍者として僕、不用心だったね」
 その後ろに控えて草薙北斗(ea5414)も忍者刀を構える。
「鎌刈さん、そこの板は脆くなってるみたいだから気をつけて!」
「はっはっは!この時期でもまだ水は冷たいぞ! それでも泳ぎたい奴は前に出ろ! こうなりゃ片っ端から落としてやろうぞ!はっはっは!」
 不用意に近づこうとした山賊を長巻の突きで押し返す。幅の狭い橋上では並んで戦うことは殆ど難しい。距離を取れるのは単純に強い。左右の振りで威嚇して接近を阻む。
「鎌刈さん、危ない――!」
 砦側の弓手が彼へ狙いを澄ましている。そこを百目鬼女華姫(ea8616)の手裏剣が打った。手の甲を打たれた山賊は弓を取り落とした。
「アナタ達、愛が足りないわよ〜」
 目配せを送り、女華姫は投げキスをするように口をすぼめた。
「くそ、カマ野郎め!」
「ぶっころしてやる!」
「百目鬼さん〜」
 気勢を削ぐつもりだったが火に油を注いだご様子。ちなみにこれでもれっきとした乙女の女華姫。その心中はいかばかりか。
「許せないわ〜。乙女の心を傷つけた報いは受けてもらうわよ〜!」
 そうこうする内に刀を持った山賊が退き、入れ替わりに今度は槍を手にした男が橋板へ足を掛ける。狭い橋上で挟撃を受け後退もままならない一行。これでは術師のシェリルも荷物が邪魔で印を結ぶことすらできない。
「まったく、厄介だわ‥‥」
 昏倒が盾をかざしながら舌打ちした。窮状を脱するには退路を固めた山賊を突破せねばならない。敵もそれは承知しているのかそれだけはさすまいと長物を振るって牽制する。後ろからも槍を手にした山賊が鎌刈を追い詰め、いよいよ足場がない。そこへまだ残っていた弓手が駄目押しの矢撃を向ける。
「それじゃ遅い。もっと気張ってくれんと欠伸が出る」
 弓鳴りの音は山賊ではない。ウィルマの速射が残りの弓手を射倒した。
「今だ、行け!行け!行け!」
「昏倒さん」
 ウィルマの合図で突破を図る昏倒を刹那が呼び止めた。彼女の掌中へバラ色に生気が溢れている。その手をそっと昏倒へ重ねると、固めた拳へ闘気が宿った。
「弓手も倒したし、反撃といくわよ?」
「じゃっかぁしい! このままぶっ殺してやる!」
「―――ふん!」
 山賊の振るった槍を盾で受け止めると力任せに押し返す。弾かれるようにして穂先が大きく外へ開いた。懐へ入られれば長物など敵ではない。
「おしおきの時間ね‥‥」
 山賊が引き戻すより先に昏倒が拳を振りかぶっていた。闘気を棚引かせた拳は弧を描いて男の横っ面を叩く。次の瞬間には大きく水柱を立てて山賊は川へ転落した。
「気を抜かないで下さいね、昏倒さん」
 間髪射れずに刀を手にした山賊が切り込むが、刹那が冷静に対処する。只でさえ幅の狭い板橋は並んで闘うには不向きだが、刹那の六尺棒なら長い間合いからの突きを活かして闘える。そうなれば欄干のない造りが反ってお誂え向きに敵の進撃の気勢を削ぐことになる。
「この勢いで突破してしまいましょう!」
 六尺棒の突きが山賊を押し返した。その機を逃さず昏倒ががむしゃらに前進する。橋上に人の二人分ほどの間が空いた。
「両岸共に他に呼吸音なしですよ〜!」
 シェリルの行動は早かった。すぐさま旅荷を橋板に置くと魔法の詠唱を始めた。碧の輝きに包まれたシェリルが風の精霊を行使して周囲を探る。これ以上の伏兵がいないと知れれば恐れることはない。一行は勢いに乗って村の側へと突破を図った。
「アタシが強く踏み込んだら壊れないか不安だわ〜」
 女華姫が向こう岸の山賊へは最後の手裏剣を放って射撃を牽制する。殿でも北斗が忍者刀を振るって鎌刈を援護している。苦戦していた敵の槍も後ろに足場が開いた分間合いを引いて交わせる。前後の動きで敵を翻弄し、隙を見て一気に槍手の懐まで飛び込んだ。
「いただき!」
 小回りの利く忍者刀で袈裟懸けに一閃。そこを向こう岸から矢撃が襲うが咄嗟に山賊を盾に凌ぐ。
「まだ渡れねえのか! これ以上時間稼ぎはきついぞ!」
 鎌刈が北斗の後退を援護しながら長巻を振るう。殿に立って敵に追われるのは思いのほかに闘いにくい。それを知ってか敵も弓を捨てて接近の構えを見せた。そこへ長巻の柄を振り切って見せると、鎌刈は山賊の腰を横から打ち据えた。
「‥‥力勝負だな? はっはっは!」
 柄の先を掴んだ山賊へ鎌刈が笑う。その直後、北斗が橋板を刀で突いた。橋げたが脆くなっていた所だ。足元がゆれた拍子に、そこを突き崩すように鎌刈が山賊を川へ突き落とす。再びの水音。それが二つ重なって木霊する。
「昏倒さん!!」
 敵の長物を避けきれず昏倒が川へ転落した。巨人族の昏倒がこの狭く脆い橋上で戦う不利は予想以上に大きかったようだ。刹那が縄を放って引き上げようとするが、山賊達はその間も与えず攻め立てる。咄嗟に花笛が杖で援護するがとても止められそうにない。先頭に立たされた刹那が六尺棒で応戦の構えを取るが、同じ長物でも後ろに下がる場がないだけ刹那の不利は否めない。刹那の得意とする蹴り技もこう不安定な足場では難しい。山賊が槍を振りかぶる。
 その時だ。山賊の足首を濡れた手が掴んだ。男が思わず足元へ視線を遣ると、水面から無数の手が伸びて男へ迫ろうとしている。シェリルの行使したイリュージョンだ。
「ひ、ひぃ亡者が‥亡者が‥‥!」
「馬鹿野郎、幻覚だ! 惑わされんな!」
 男の後ろに控えていた山賊が叫んだ。恐慌に陥った男を押しのけて刹那へ切りかかる。その男の足を水面から伸びた太い腕が掴んだ。
「くそ! 俺にはまやかしなんざきかネエ!」
 だが振り払って進もうとした山賊へその腕はしっかりと組み付いた。
「馬鹿な! なんで幻覚が‥‥」
「亡者と一緒くたにされるのはいい気しないわね」
 それは幻ではない。水中へ引きずり込んだのは昏倒だ。人の腰ほどの深さとはいえ、巨人族の昏倒にとってはせいぜい膝上まで。流されるほどではない。こうなってしまえば圧倒的に昏倒の有利だ。
「今です。この機に渡岸を果たし、一手に逆襲へと転じましょう!」
 対岸の守りが薄くなった今を逃す手はない。刹那が先頭に立って突き抜ける。
「行かすか!」
 守勢に転じて山賊が迎え撃つが、そおへ花笛が印を結んだ腕を突き出した。
「‥‥縛」
 神輝の戒めにより男の動きが止まる。身動きを奪われた山賊の脇を抜けて一行は渡岸に成功した岸に残っていた弓手も刹那と女華姫が片付ける。そうして鎌刈も渡岸を終え、一行は砦側の山賊を迎え撃つ構えを取った。
「くそ、逃がすな!」
 逃がすまいと山賊も次々に橋を渡って向かってくる。ウィルマが矢を取った。
「はん。この状況でそう来るか。よっぽど矢を喰いたいらしいな」
 山賊が動きを止めるが、気づいた時にはもう遅い。
「そら、かわせるものならかわしてみせろ!」
 頬を歪めてウィルマが笑みを作る。続けざまに放たれた矢撃は先頭の山賊を射倒した。逃げ場もない橋上では的になろうとするようなものだ。残った山賊は退却を図ろうとするが橋の上に立ち尽くした山賊が邪魔で思うように行かない。
『これで一網打尽にしてしまいましょう〜』
 シェリルの口から詠唱が紡がれる。やがてその身を碧の輝きが覆う。逃げる山賊の背へシェリルが手を突き出した。その手へ碧の迸りが走り、雷となって山賊を襲った。雷に打たれ、ある者は力尽き、また逃れようと川へ転落する。なんとか難を逃れた一人が逃げ出した。
「逃がすものかよ。こいつで―――終いだ」
 ウィルマがじっくりと狙いを澄ます。脚に矢を撃ち込まれた山賊は派手に頭から倒れ込んだ。駆け寄った女華姫が最後の一人を抱え起こす。
「アタシの愛で逝かせてア・ゲ・ル」
 抱擁というよりは締め上げたようにも見えたが、そんなことはおかまいなしに息が詰まるどころではない熱い口付けを交わす。山賊の腕がぴくぴくと震え、男は白目を剥いてその場へ倒れこんだ。
「これで決着ね〜」


 戦い終わって、一行は花笛の魔法による治療を受けている。昏倒も刹那が縄で引き上げ、焚き火を起こして濡れた服を乾かす。逃げ惑いながら川へ落ちた山賊も花笛の指示で回収した。放っておけば時期に水嵩も増す。流されれば命に関わるだろう。放っておく訳にもいくまい。死んだ者へは念仏を唱えて慰める。
「少しでも善行があれば御仏のお導きがあるでしょう」
 とはいえ生き残ったものは縛について貰うことになる。その後のことはお上の領分だ。
「それにしても‥‥北斗坊。しばらく見ないうちに一段と『美人』になったなあ。俺の兄上の娘も大きくなっていたらお主の様に美しい娘になっていたに違いない‥‥」
「ふぅ。最初はどうなるかと思ったけど、何とかなったね♪」
 鎌刈に答えて言った北斗へ、ウィルマは苦い顔だ。
「やれやれ、こうまでうまく嵌められるとは。まだまだ未熟ということか」
「しかし橋落とされて篭城戦なんてされたら厄介だと思ってたんだが、案外マヌケな奴らだったな! はっはっは!」
 山賊はおそらくこれで全員。砦での篭城でも勝ち目がないと見て奇襲で勝負に打って出たのだろうが、詰めが甘かったようだ。
「まぁ、命さえ永らえば世は全て事も無し。死んでなければどうにでもなる」
 こうして砦を攻めるまでもなく事件は解決したのだった。
「さあ。雨が降り出す前に村へ戻ると致しましょうか」