●リプレイ本文
皆々様、此度の働き、真に大儀で御座いました。あの数を相手取りながらも一人の犠牲者も出すことなく彼奴等を街道から追いやって頂き、商人達も皆喜んでおりまする。とは言え矢張り無傷でとは行きませんでしたか。いえいえ、それもあれだけの戦いであれば仕方のなきこと。責める気など毛頭御座いません。報酬? 勿論お支払い致します。そう急かずとも、働きに見合うだけの額をご用意致しました故。きっと、ご満足頂ける額であると存じております。ささ、どうぞお納め下さいませ。
作戦当日――。
「勝手に関を立て日々真面目に働いている者を苦しめる賊を討つ――母の祖国での修行の初めを飾るに相応しい」
カイ・ローン(ea3054)を始めとした一行は商人に混じって関を抜け頭目と相対した。浜辺には兵を集めた浜旗団が既に陣を敷いて待ち受けている。
「この関、いけ好かないやり方だな。許す訳にはいかんな」
カイに代わり歩み出たのは嵐真也(ea0561)。
「お前達の行いは仏の教えに反している。今すぐ悔い改めよ。償えない過ちなど無い。今ならまだ間に合う」
だが嵐の説法にも賊は下卑た笑みを浮かべているばかりだ。敵はその数にして十数余、対する冒険者の手勢は僅かに7人。こうも勝負が見えていては、最早敵には耳を貸す気配もない。
「仕方が無い、仏に成り代わり成敗してやる」
「いやはや嬉しいねぇ。貴様等みたいな雑魚を問答無用で殴れる上に、さらに報酬まで得られるなんで、なんていい世の中なんだ」
挑発的にカイが笑うが、旗の横に控えた頭目は動じた様子などない。
「己惚れが過ぎるな小僧。まずは馬から引き摺り下ろして、そっからだ。俺は毛唐が嫌いでな。この己を舐めたことを後悔させてやる、死ぬ程な」
「ほう、馬鹿にされていることぐらいは判るんだ。雑魚だと思ったが魚ではなく鳥だったか?」
「鳥だあ? 鳥頭ってのは、ひょっとしてこの阿呆のことか?」
カイの挑発に頭目が鼻で笑うと、手下の一人が奥から男を一人担いで連れてきた。それを片手で持ち上げると、頭目は力任せに男を浜辺へ放り投げた。
「この跳ねっ返りの悪タレのおかげでウヌらの来るのは知れていた訳だ」
砂浜へ転がったのは朝宮連十郎(ea0789)。団に加わりに来た浪人を装って接近した彼は素性を見破られて返り討ちに遭うという失態を演じていた。頭目の合図に応え、新たに数人の賊が退路を断つ様に冒険者達を挟み込む。戦端を開く以前に既に勝負は決しようとしていた。
「数十名の関を越えようとした中から選ばれた強運の持ち主達だ。成功の可能性は大きいはずだ」
下がりかけた士気を立て直そうとカイが味方を鼓舞する。それに応え仲間の一人が馬上から名乗りを上げる。
「やあやあ我こそは秘密結社ぐらんどくろすの新入社員、暮空銅鑼衛門(ea1467)と申す! そこなる賊どもよ、我らの面前で旗を立てるとはいい度胸! いざ、尋常に勝負!」
賊に向かって矢を放つと浜風に煽られながらも数本が旗を掠め、それが開戦の合図となった。
「あの野郎‥‥俺らの旗を‥‥!」
「血達磨だ! 生かして返すな!」
激昂した賊が得物を振りかざして一行へ襲い掛かる中、暮空が真直ぐに頭目へ突撃する。
「脚だ、馬の脚を狙え!」
足元の覚束ぬ砂浜、まして生半な腕では多数を相手取っての馬上戦闘など満足にできよう筈もない。長物で馬の脚を掬われると、どうっと派手な音を立てて馬体が砂浜へ打ち付けられ暮空が宙へ投げ出される。あの落馬では骨の二、三本では済まされぬだろう。一合と切り結ばぬ内に暮空が戦列を離れいよいよ一行の敗戦は濃厚となった。
「弱ったな。どう戦う?」
騎乗戦闘は難しいと見て日向大輝(ea3597)は用心深く馬をギルドに預けて依頼に臨んでいた。作戦では派手に戦端を開いて敵を引き付けて手下を頭目と引き離すという手筈だったが、こうなってしまってはその策は自滅を招くだけだ。更に悪いことには、既に「当初の手筈通り」に事が進んでいるということだ。数に押される形で冒険者達は三方を手下共に囲まれた。
多対一に持ち込んで確実に頭数を削ぐ戦いを考えていた日向もこの兵力差では手も足も出ずに、辛うじて後ろを取られぬように味方へ背を預けて防戦に徹するのが精一杯だった。
「足場が悪い。が、それは相手も同じ」
日向と背中合わせになりながら嵐は額を伝う嫌な汗の感触に顔を顰める。軽装を生かした立ち回りで敵を翻弄するも、こう囲まれてしまってはその足を奪われたも同然。十分に立ち回れるだけの策と兵があれば大きな働きが見込めていたであろうだけにこの損失は酷く手痛い。逆にこの防戦では軽装が仇となりつつある。
(「正直今の俺の力で頭目とまともにやり合えるとまでは思はなかったが、まさか手下の相手すら務まらんとは」)
「俺も未熟だな。悟りはまだ遠いか」
徒手空拳での決め手の弱さを手数で補おうと奮戦するが、嵐はそれ以前に単純に多勢に任せた敵の手数に打ち負けてしまう。
「経験も実力も不足しているし、これで手一杯だよな」
レナン・ハルヴァード(ea2789)は魔法を詠唱中のカイを守って戦っている。魔法の発動するまでの無防備な所を攻撃されては一溜りもない。これ以上兵力を削がれる訳には行かない。
「やられちまったら元も子もないからな。急いでくれよ」
だが駆け出しの冒険者程度の腕では仲間を守りながら多数を相手取ってそう持つ筈もなかった。カイが詠唱を終える頃にはレナンは既に満身創痍、馬を降りグットラックを唱え終えたカイが用意していた投網を投げつけて動きを封じるがそれも焼け石に水。
「青き守護者、カイ・ローン、参る」
槍を構えたカイが戦列に加わるが、駆け出しの彼ら程度では一人で二人も三人も相手できる力量でない。唯一、砂浜に置ける地の利を味方につけて戦っていた御影涼(ea0352)が善戦しているが多勢に無勢、戦況は最早覆そうにもない。
「浜旗なぞふざけた物で人心を惑わせるとは不届き千万。広く門戸を開き、万機公論に決すべし!」
波打ち際で涼は海を背に位置取って剣を振るっていた。生き延びようとする本能がそうさせたのか、或いは計算か、涼の取った戦法は我々の知る所の巌流島における武蔵の取ったそれに自然と一致していた。
砂場においては、流れ易く乾いた浜辺の砂よりも濡れた波打ち際の方が足場は固く戦い易い。また海を背にすることで万が一背後へ回り込まれても敵は波に足を取られて思う様に動けぬだろう。これなら挟撃の危険も最低限に減らすことができる。
道中で幾つか作っておいた縄に石を括りつけた飛び道具で敵の足を絡め取り、涼は一度に多数を相手取るのを避けながら敵と切り結ぶ。常より短くした袴のおかげで砂に足を取られることもない。だが入れ替わり立ち代りに手下の相手をしては徐々に疲労が溜まって行くばかりだ。
(「頭目という力ある旗の元に集った無来者の集団、圧倒的な強さを見せつければ散らせるものを」)
力量不足は如何ともし難くとも、浜旗団が所詮は旗の下に集った烏合の衆に過ぎぬという弱点をついて戦略に組み込めていれば十二分に勝機は見出せていただろう。己の不甲斐なさを歯痒く思いながらも涼が剣を振るう。
「おい、一人逃げたぞ!」
「追え! 生きて逃がすな!」
圧倒的な味方劣勢の中で隙を見て囲みを突破したのは木賊崔軌(ea0592)。意表を突いて敵の足元を狙ったオーラショットで砂塵を巻き上げて目潰しにし、木賊は街道沿いの防風林へ向けて駆け出した。
「金のあるヤツだけが得するなんてのが納得出来っか!」
選に通った者の云う台詞ではないがこの際気にはすまい。木賊が向かった防風林を抜けて暫く行った先には丈の低い草の疎らに生えた茂みがある。そこは出立前に下調べをして目星をつけておいた場所だ。
「掛かって来いよ!」
肩越しに振り返り十分に距離を開けた状態で数人の手下が追ってきていることを確認すると、木賊は足を止めて踵を返し、両拳を持ち上げて迎撃の構えを見せる。
(「単純かつ手間無し、草を結んで足を引っかけるのは草むら戦お約束の罠ってな」)
点在させた罠の存在は上手くすればこの不利に光明を見出すことが出来るかもしれない。無論、数の不利という非情な現実を前にしてそれは紙の如く薄い確率ではある。覚悟を決め、木賊が拳を固めた。
「‥‥さて‥‥まぁ面倒くさいっちゃめんどくさいんだが‥‥このまま通行料をずっと取られるってのも少々悔しいしな‥‥浜旗団退治、いっちょ頑張るかね」
榊原信也(ea0233)は一行で唯一の忍者。正面から浜旗団を相手にした仲間たちからは離れ、彼は護衛の李焔麗(ea0889)と共に敵陣の後ろに回り込んでいた。
「浜の御旗ですか。最初から面白い‥‥いえいえ、厄介な依頼ですね‥‥」
二人の役目は頭目の暗殺。整地のされてない砂浜には大きな岩も転がっており身を隠すに困ることもなく、砂地はお誂え向きに彼らの足音を消してくれる。敵の注意が仲間達へ向いている間に二人は徐々に旗の下に控えた頭目へと距離を縮めていた。
「‥‥伏兵ね‥‥責任重大だな‥‥」
「まあ何はともあれ、迷惑な方々はしっかり片付けさせて頂きましょう。戦いはあまり好きではありませんが、戦わねばならない所でそうせぬ程に愚かでもありませんからね」
ギリギリまで距離を詰め、信也が疾走の術で一気に手裏剣の射程にまで駆け入る。
(「喰らえ!」)
必殺の一撃が放たれる。手裏剣は真直ぐに頭目を狙って飛んだ。
「何奴!」
だが狙いを外れてそれは首筋を掠めるに止まった。気づいた手下数名が即座に信也を迎え撃つ。信也もまた忍者刀を抜いて逆手に構えた立ち向かう。その両者の間に、焔麗が歩み出た。
「榊原さん、ここは相手を倒す事よりも位置取りを上手く立ち回る事が肝要でしょうね」
チャイナドレスから伸びた足が軽やかなステップを刻み始め、幻惑する。と思うと、敵の裏を掻いたタイミングで突きを繰り出す。意表を突かれた敵は拳を叩き込まれて出鼻を挫かれるかたちとなった。
「お互い孤立せぬように防戦の構えで凌ぎましょう、榊原さん。当てる自信はありますが、それが致命打になる自信はありませんので」
さらりと言い放つと、焔麗は心持ち重心を下げて防御の構えを取る。
(「戦力は相手の方が上、となると冷静に対処されては勝ち目などありませんね」)
足捌きを活かした回避を主として撹乱し、焦りを誘って攻撃の機を作る。
「分かってる。無論、一撃離脱のつもりだ」
焔麗に並び、信也が敵の攻撃を牽制する。
「ええ。では掛かりましょうか」
包囲された仲間たちも苦戦を続けていた。
「しぶとい坊さんだ‥‥すぐに仏のとこに送ってやるよ」
向けられた剣撃を嵐は辛うじて真剣白羽どりで受けたがもう後がない。別の手下が無防備な嵐を襲う。それを日向が刀で受け止める。
「しゃらくせぇ!」
そこへ二人に向けて手下の一人が砂を巻き上げて目潰しを仕掛けた。
「させるか」
咄嗟に日向はマントを翻して受け止めるが、その布地を斜めに刃が切り裂いた。目潰しに合わせて別の配下が斬り込んだのだ。
「うぐっ」
刃は日向を捉えた。同時に嵐も背後から斬りつけられ膝を突く。
「やばいな」
カイと共に戦っていたレナンが舌打ちする。振り返ると、別働隊の信也達が頭目へ強襲を仕掛けているのが彼の目に入った。
(「えぇい、一か八かだ!」)
このままでは全滅を待つばかり。意を決してレナンは大声を張り上げた。
「頭目を! 討ち取ったぞ!!」
その声は戦場の怒号を切り裂いて浜辺に木霊した。それは頭目から離れて戦っていた手下達の虚を突き混乱を誘うかに見えた。
だが。
「‥‥‥‥ォ‥‥‥‥」
それは、低く震えるうねりだった。
「‥‥‥‥‥ォォォォぉおオオオオオオオオッッッ!!!」
波を振るわせるような大声量で辺りを揺るがし、巨大な旗を持ち上げて頭目が雄叫びを上げたのだ。
「この己がやられるだと? 野郎ども!」
冒険者達のことは目に入らないとでも言うように男は手下に向かって吼えた。
「一瞬でも信じた奴はタタじゃおかねェからな! 今の内に覚悟しとけよ。だがその前にだ!」
男が旗の柄を脇に挟んだかと思うと、勢いよく斜めに叩きつけるようにそれを薙いだ。
「うぉっ」
重さ二百斤にも及ぶ旗は、7尺と化け物じみた長さを誇る。大団旗は手下ごと薙ぎ倒すようにして焔麗と信也を襲う。だが不意打ちといえど大振りの一撃、二人は咄嗟に飛び退って回避する。
「これはお返しだ」
と同時に、信也が火遁の術を使い掌から火炎を浴びせた。炎は旗を飲み込み灰へと変える。
「許さねェぞ‥‥‥‥‥‥小僧。お前ら手を出すなよ。この小僧は己の手で引き裂いてくれる」
浜辺では涼一人を残してカイとレナンも敵の刃の前に倒れている。手下には止まる様に命令し、信也に狙いを定めて目がにじり寄る。その様子を、敵に取り囲まれたまま身動きの取れぬ涼が見守っている。
(「榊原殿、膂力は差し引いてもあの重量では扱うのは至難の業。必ず脇に隙を見せる筈」)
先に仕掛けたのは頭目だ。柄を振るい、信也の胴を薙ぎ払う。飛び退って信也もかわすが。
「しまった!」
避け切れず忍者刀が弾かれ砂浜に突き刺さる。
「止めだ、逝けい!」
十分に反動をつけた柄を再び頭目が振るう。反撃の手段を奪われ絶体絶命の信也が取った行動は、それは。取り出したのは小さな樽、それを頭目に向けて信也は投げ付けた。樽は頭目の鎧に当たって砕け中身をぶちまける。
「これは‥‥酒!」
「燃えろ!!」
すかさず信也が火遁の術で頭目を焼き払う。それは柄が信也の胴を捕らえるのとほぼ同時だった。
「ぐぉォおお」
炎に焼かれて苦悶の雄叫びを上げながら頭目は砂地を転がった。火を消し止めたものの火傷の跡が酷い。
「野郎共、退くぞ!」
「ですが頭、こいつらに止めを」
「捨て置けい! こいつらを殺しても、いずれ次の刺客が送り込まれるだけだ。ここは退いて、別の地で再起する」
頭目は手下へ撤退の号令を発した。
「それにこんな雑魚が如きをやって殺しで追われてはつまらんしな。いや、魚ではなく鳥だったかな」
「うっ‥‥」
地に伏したカイを柄で叩きつけ頭目は唇を捲って笑った。こうして浜旗団は街道を後にした。戦いが終わって後、満足に立って帰路につけたのは僅かに涼と焔麗の二人だけであった。
ささ、お納め下さい? なに、恥じることは御座いません。皆様、立派にお勤めを果たされたのですから。働きに見合うだけの額をご用意しております故。皆様のお手前ではこの程度の額でも結構で御座いましょう? 安く済ませることができたと商人たちも皆喜んでおりまする。今後とも宜しくお付き合い下さいませ、冒険者の皆様方?