●リプレイ本文
「今回はなかなか厳しいみたいだけど大丈夫かな? という事でレオルドです。どうぞ宜しく」
予定より少ない人数で多勢を相手取っての依頼。だがレオルド・ロワイアー(ea0666)ら冒険者達に惑いは見られない。全体の指示は任侠裏方組の二代目タイムキーパーである秤都季(eb2614)が受け持ち、冒険者仲間達からの支援を受けて支度を済ませた。出来うる限りの対策を立てた一行は早々に江戸を発った。
「とりあえず、作戦内容は説明受けましたので、がんばります! あ、乾和眞(eb3144)です。宜しくお願いします!」
乾は一行で最年少である弱冠13歳の陰陽師だ。同じ術士のレオルドとは機知の仲である。
「そうそう乾君はお子様で知り合いだから、一緒に行動しようと思うんだ。いいよね? 彼は私よりもまだまだ初心者なので、色々今回の依頼で学ぶモノもあるだろう。是非とも、がんばって貰いたいんだよね」
「私はまだまだ未熟モノですが、精一杯がんばらせていただきます。と、いうか、私はコレでも夜型なんですよね? 大丈夫でしょうか? ちょっと不安です」
一行の顔ぶれも道化のファニー・ザ・ジェスター(eb2892)を始め気のいい者ばかりだ。乾の不安とは裏腹に道中はのんびりとした穏やかなものだ。シフールのキーパット・ターイム(eb0804)は柴犬の首根に跨って器用に乗りこなしている。さっきまで秤の驢馬に跨っていたが、得意のテレパシーで今度は秤の飼い犬とすっかり仲良くなったらしい。
「コツは掴みましたわ! 依頼が成功した暁には、今度は江戸の町を闊歩いたしますわー!」
そんな空気のせいか、難しい依頼へ臨むのに一行に余計な気負いはない。普段は表情を表に出さないレオルドも、今日は心なしかいつもより安らいだな雰囲気だ。
「相談した作戦を頭に入れてがんばろう! 私は後方支援タイプなので後方で旅人の格好で待機かな?」
一行は二手に分かれた囮作戦を展開している。少数の囮を小鬼に襲わせ、その後背を突いて有利に多々か覆うというのだ。囮として先行しているのは幽黒蓮(ea9237)ら4人だ。
「普通の依頼なんて、久しぶりねぇ。‥‥三人少ないけど」
荷車のへ仰向けに転がって黒蓮がぼやく。馬を引くアルディナル・カーレス(eb2658)が苦笑交じりに振り返った。
「普通か否かは意見の分かれる所だろうがこの際置いておくとして、難儀なのには違いないな」
口ぶりとは裏腹に声音に透けて見えるの確かな自信だ。
行商人を襲った小鬼の群れは味をしめたことだろう。気を大きくして同じ手口を繰り返すことは容易に想像がつく。連中の自信を逆に利用して罠に掛ける策だ。4人は行商人を装い小鬼達を誘き出す作戦に出ていた。アルディナルが仲間に用意させた荷車もそのための偽装だ。
「民草のためだ、抜かりなく全うしよう」
「まあ、最近は仕事と言えば悪巧みばっかりだったし、小鬼退治なんて健全な依頼で息抜きしましょうか。‥‥三人少ないけど」
黒蓮は相変わらずそれを繰り返している。元々根に持つタチではないようなので深い意味はないようではあるが。その荷車の脇では夢想流剣士の名越彦斎(eb2880)が笛を吹きながのんびりと歩いている。穏やかな調べに包まれた旅路だ。だがアルディナルが鋭く辺りへ注意を払い、見かけののどかさとは裏腹に一分の隙もない。一行の前へ小鬼が姿を現したのは、江戸を発ってから三日目の夕暮れのことだった。
「小鬼の群れが出たわ!逃げるわよ!」
荷台から飛び降りた黒蓮が警告を発する。と同時に商人の娘に扮していた幽桜虚雪(eb3111)が馬へ飛び乗った。アルディナルと名越が両脇を固め、囮隊の4人が逃走する。街道沿いの森から現れた小鬼は二十匹近くの数。荷車を引いてはとても逃げ切れない。4人はすぐに退路を断たれてしまう。半円形になって商隊を取り囲んだ小鬼達は得物を手にじりじりと包囲を狭めてくる。
「来ないで! あたしに近寄らないでよ!」
幽桜は悲鳴を上げて後退さる。小鬼はその反応に満足したのか奇怪な鳴き声で彼らを嘲笑う。嗜虐の笑みを浮かべて小鬼の一匹が切りかかった。
「止めて! それ以上近寄られたら、あたし、あたし‥‥」
「グギャギャギャッ!」
刹那。
骨の砕ける鈍い音が響き、血飛沫。そして。
すぅーーーーーーーー
深く息を吸う音。そして肺の震えるような長く太い息。深呼吸をした黒蓮が、低く構えを取る。
ドサリと重い音を立てて小鬼が荷車の手前に転がった。それを見下ろして幽桜が低く呟く。
「それ以上近寄られちゃったら、あたし‥‥ちょっと本気出しちゃうかもよ?」
その手にはいつの間にか金属拳がはめられている。幽桜が装束を取り払った。
「一皮剥いたらあら大変‥‥なーんちゃって♪」
「グギャャーー!」
奇声を上げて襲い掛かったその小鬼を、アルディナルが一刀のもとに両断した。残りの群れを睨み付けながらアルディナルが返り血を払う。
「流石にこの数は厄介だ。ここ一番の時こそ小さな構えで確実に仕留めるよう心掛けねばな」
それに時を同じくして小鬼の群れを地中から火炎が襲う。秤の魔法による援護だ。街道沿いの森には後背を突いて本体が回り込んでいる。火柱が小鬼の列を切り崩し、それを狼煙に戦いの幕は切って落とされた。
「ひィふゥみィ‥いやいや、兵力の差はいかんとも‥‥でヤス」
クラウンメイクに彩られた顔でジェスターがおどけて笑う。囮体の仲間を救う為、冒険者達は攻勢に出る。
「あ、そうそう。今回は作戦が作戦なので、攻撃系をメインでがんばるから当たらないようにがんばってよけてね?」
レオルドも風の精霊を行使して援護射撃を行う。秤や乾による魔法の援護がそれに続く。背後からの狙い撃ちで鬼の群れは完全に統制を欠いた。この機を逃すまいと冒険者達も一気に攻勢に出る。冷静な判断を取り戻されては単純に数で押し返される。それまでに勝負を決めてしまわねばならない。
名越が単身、日本刀を手に鬼の群れへ切り込んだ。鎧を着込んだ鬼が立ち向かうが、名越の振るった切っ先が鎧の隙間から滑り込み、小鬼を串刺しにする。その様を見せ付けられて小鬼達も思わず後退さった。間合いを計る名越。その背に小鬼が一匹、回り寄ろうとしている。
「名越さん!」
それをアルディナルの剣が迎撃する。
「この混戦では各個撃破が一番いけない。深追いは危険だ」
「左様でござるな」
二人は背中合わせに構えを取った。切り伏せられた小鬼は傷を押さえてもんどりうっている。これで止めを刺せば片がつく所だが多勢を相手取ってはそんな余裕はない。
「流石にこの数を相手取っては我々の体術では凌ぎ難い。ここは少々、奇手を用いて戦うと致そうか」
名越が小鬼を牽制しつつ荷車へと擦り寄る。敵は倍以上の数で二人を取り囲んで隙を窺っている。如何に小鬼とはいえ、これだけの数から隙を奪うのは難しい。名越が眉を顰める。
その時だ。
何の前触れもなく一匹が力なくその場で崩れ落ちた。キーパットの魔法の効果だ。
「一対一では我々が上であるのならば、その状況を作り出してあげる事こそが裏方魂! 裏方組初代タイムキーパーの腕前、とくとご覧に入れますわー!」
小鬼の間を縫うように抜け、敵集団の注意をひきつけて今度は急上昇で飛び上がる。その高さまでは鬼も手出しができない。かと思うと、今度は太陽を背にして果敢に敵の包囲へ飛び込んだ。矢の如く一直線に突っ込むキーパーット。小鬼達も陽光に視界を遮られながらも得物を無茶苦茶に振り回して応戦する。キーパットの小さな体躯がその中へ消え、その場に土煙があがる。
「キーパット殿!!」
名越の叫びが木霊した。次の瞬間。鬼の股の間を抜けてキーパットが飛び去った。辛くも無傷。キーパットの思念が応え掛ける。
『名越さん、今ですわ! ‥‥3‥‥2‥‥1‥』
「委細承知!」
呼び掛けに応えて名越が傍らの積荷へ手を掛けた。それは水の入った桶だ。名越の動きを察してアルディナルが咄嗟に身を引く。次の瞬間には名越はそれを小鬼へ向けてぶちまけていた。
鼻を突く刺激臭が辺りに立ち込める。出発前に仲間がこしらえた目潰しの液だ。水溶き辛子汁をベースにワサビなどで効き目を高めたものだ。
「それがしの音曲を邪魔をするような無粋な輩は、これでも食らうがいいでござるよ。その効き目はそれがし自身も不本意ながら確認済み、効き目は十分でござるよ!」
キーパットに注意を取られて固まった所を狙われたのだから堪らない。小鬼達は両目を押さえて悲鳴をあげるが、その暇すら冒険者達は与えはしない。アルディナルが切り込み、瞬く間に数匹を切り捨てて見せた。
「まだまだお代わりは用意してござる。なに、遠慮は無用でござるぞ?」
積荷には入念な細工をして遠目には分からないが、この目潰しの入った桶が5つ用意してある。この機を境に、戦いの流れは冒険者達へ大きく傾き始めた。
「数の暴力に対抗するには個々の能力。駆け出しとはいえ、なるほど、仲間の顔ぶれには何ら遜色はないでヤスね」
ジェスターの見守る中、戦況は好転を見せていた。とはいえ、それも個々の戦力が疲労や負傷で削がれては成せない。数で押し切られては折角の流れも水泡に帰す。ジェスターの使命とは、傷ついた仲間を癒すことで数の暴力に対抗すること。当初の予定では傷ついた者は前線を退き手当てを受ける手筈だったが、この乱戦では難しい。
ネックレスへ手を当てると、ジェスターは十字を切る。意を決して乱戦の渦中へと突き進んだ。血飛沫と刃の舞うさなかへ身を晒すには、ジェスターの纏う道化装束は余りに無力に見えた。だがそのメイクの下の素顔に恐れなどない。ゆっくりとした足取りで進む彼の唇からは祈りの文言が淀みなく紡がれる。今や彼はどんな武具甲冑よりも確かなもの――信仰と言う名の鎧を身に纏っていた。
「はっはっは! ジェスター、あんたの心意気は見せてもらったぜ! ‥‥気に入った!!」
刀を振るって佐竹康利(ea6142)が彼に付き従う。無防備なジェスターへ敵を近寄らせない。数で圧倒的に不利な状況で誰かを守りながら戦うというのは難しい。それは一行の中で随一の使い手である康利の役目だ。
「この俺の目の黒いうちは、仲間には指一本触れさせねえぜ!!」
四方を囲まれつつも死角を突かれぬように辺りへ注意を張り巡らせて小鬼へ睨みを利かせる。これでは鬼も容易には手を出せない。不用意に切り込もうものなら上段からの剛剣で一刀の元に屠る。荷車の周囲では名越とアルディナルが目潰しからの連携で敵戦力を削り、黒蓮と幽桜も善戦している。乾ら後衛の援護を受けているといえ、やはり疲労の色が濃い。
幽桜が相手の攻撃のかわし様に鳩尾を狙って拳を叩き込む。だが致命の一撃でない限り、他の小鬼に邪魔をされて仕留めるには至らない。疲労の溜まった鬼は仲間の背に後退し、他の小鬼の時間稼ぎの間に呼吸を整えて再び戦列に並ぶ。その間、冒険者達は絶え間ない攻撃に晒されるのだ。
「‥ぐ‥‥」
呻き声を漏らして幽桜が振り返る。後背からの小鬼の攻撃は彼女の脇腹を抉っている。このままではジリ貧だ。一か八か、幽桜は金属拳を投げ捨てて駆け出した。狙いは、傷を受けて後退した小鬼。殆ど武装を解いて身軽になった幽桜。全身のバネを使って跳躍すると、小鬼の首根を蹴り飛ばした。
「雪式陸奥流・飛牙、効いたでしょ♪ ‥‥って聞いてないか」
「おほ! 大技決めやがったな幽桜!」
康利がジェスターとともに彼女の元へ助けに入る。
「俺も援護する、囲まれねえように俺らの後について戦え!」
そういうと小鬼を蹴散らして道を開け、空になった荷車を蹴り飛ばした。即席の防御壁の出来上がりだ。目潰しのお陰で少々足場が緩いがこれなら満足に戦える。
「ささ、幕間にて暫しの休憩でヤスよ」
傷ついた幽桜の脇腹へジェスターが両手をかざした。ジェスターは回復魔法の名手。彼女の傷は見る間に塞がってもとの色艶を取り戻した。
「う〜ん、仏教の国の方々にも効き目バツグンのリカバー。これぞ大いなる慈母の為せる業‥‥でヤスか?」
前衛の格闘要員と後衛の術師、そして回復や霍乱などの要員が巧く噛み合い、流れは完全に冒険者のものとなった。こうなっては個々の能力で劣る小鬼に勝ち目などない。
とは言え、まだ数の上では敵が優勢。まだまだ気は抜けない。
「うふふふふ‥‥」
手傷を負った黒蓮が暗い笑声を漏らした。その瞳は緋色に燃え、逆立った髪を振り乱した既に黒蓮は躍り出していた。
「楽しくやりましょうかっ!」
それまでの防御の一切を投げ打ち、捨て身の危うい連撃。だがその速さは敵の反撃を受け付けない。小柄な体躯を活かした突き上げるような頭突き。続けざまの右拳。そして止めには渾身の右蹴り。そのコンビネーションの全てを急所に叩き込み、意識を根こそぎ刈り取る。やられる前にやれ、それが彼女の信条。手数には手数でといわんばかりの猛追だ。
防具すら身につけていない今日の黒蓮のスピードに小鬼如きが太刀打ちできよう筈もない。瞬く間に数匹を行動不能に追いやる。次の獲物を求めて黒蓮が振り返った。ぶるぶると背筋を振るわせた。無論、恐れからのものでも、また武者震いでもない。それは快感の震え。
「あたしが狂犬と仇名された理由、しっかり教えてあげるわ。スリルたっぷりの闘いをしましょ♪」
乱戦の流れはもはや一方的なものになった。ある者は逃げ出し、また、後衛の冒険者達へ狙いを変えて襲い掛かる。
「一発逆転狙いか? そいつは無理な相談だ!」
既に康利が待ち受けている。向かってきた小鬼を鎧ごとの一刀両断。だが同時に数匹が彼の脇を抜けて背後の乾や秤へ襲い掛かる。
「ちっ‥」
覚悟を決め、康利がその身を盾に飛び込んだ。だが彼の予想に反し、敵の剣撃は歪な軌道を描いて逸れ、足元の土を抉った。秤のサイコキネシスだ。
「ってそろそろ決着の時間だしぃ? あたしとキー姐さんがいる以上、作戦のタイムテーブルは狂いなくぅ〜! 時間厳守だよん♪」
その援護を受けて康利が残りを切り捨てた。腹一杯に空気を吸い、戦場を揺るがすような大声量で吼える。
「次に死にてぇ奴は誰だ!?」
もはやこれまで。そう悟った小鬼は散りぢりに逃走を始めた。アルディナルら前衛が追撃しそれもさせない。最後の一匹へは秤のムーンアローが突き刺さり、遂に小鬼は全滅した。
「時間ぴったり♪」
「ですわー!」
不利な状況ながら知恵と力でそれを覆した冒険者達の勝利だ。残るは小鬼の巣を探し出し禍根を断つだけだ。奪われた物品を取り返せば、被害にあった遺族へのせめてのもの慰めにもなるだろう。
「さぁてと、気ぃ抜かないで事後処理も時間通りにねぇ? 私とキー姐さんがいる以上は。江戸に帰るまでは予定通りに行くよん♪」
「ですわ!」