●リプレイ本文
浅黄色の浴衣に身を包んで、ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)が祭りの喧騒の中を歩いていく。この日のために新調した浴衣は胸元が大胆に開いたもの。豊かな胸の割れ目を強調した、いかにも婀娜っぽい着こなしだ。
賑わう祭り通りを掻き分けるようにして歩くと、道ゆく男たちがすれ違い様に振り返る。その視線を一顧だにせずジルベルトは会場までまっすぐに歩いていく。
「私だって女だもの。時にはお洒落したいのよ」
舞台は祭りの会場中央の特設ステージ。控え室には早くも出場者が集まりつつあった。藤をイメージした紫の浴衣はカレン・ロスト(ea4358)だ。
「あら、ジーザス教会の後援も‥‥それならなおさら、私にもお手伝いさせて下さい」
「はいー。こちらこそー」
東洋人の血も混じっているが、クレリックでもあるカレンだ。イベントには教会も力を貸していると聞き、カレンにも熱が入る。司会を務めるという宣教師の娘と手を取りあって微笑み合った。
「少しでも、場の盛り上げの足しになると嬉しく思います」
「こちらこそよろしくお願いしますよー」
「きっと素敵なイベントにしましょうね」
そうこうする内に残りの参加者も次々に集まってきた。いよいよイベントの始まりだ。
「ほらほら、どいたどいた! 浴衣美人が通るんで道を空けてくれ」
そこへ共の者に付き添われて鷹見沢桐(eb1484)が姿を現した。付き添いの声で集まった視線のせいで、思わず頬に朱が差す。恥ずかしさを噛み殺すようにぎゅっと口元を結ぶと、桐はやがて前をしっかりと見据えた。その表情は戦場に臨む武人のようなどこか凛とした美しさがある。
集まった参加者を見渡して司会の一人が
「さぁて、みんな揃ったね。それじゃ――行くよ!」
浴衣美人姿選はメインイベントの味勝負の合い間に行われる。竹之屋の和風欧州蒸麺、松之屋の三昧翠玉と若葉雨。両者の料理披露が終わり、次は審査員による協議。
「つー訳で、その間にお待ち兼ねの浴衣美人選の時間だぜ!! んじゃトップバッターの子から料理の感想いってみよーか!! まずは欧州はフランクから遥々やってきたっつーシルフィリアちゃんだ!」
「夢と希望を胸に乗せ、出会い求めて、旅から旅の旅がらす、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)ってのはあたいの事さ」
多言語のいきかう雑踏を子守唄に育ったという彼女は語学に造詣がある。
「そんなあたいも、この和風欧州蒸麺のような料理は見たことないよ」
屋台で買ってきた持ち帰りの蒸麺を取り出すと、ポニーテールにした髪が揺れる。身振り手振り交えながら歯切れのいい語り口でアピールする。
「こんなアレンジは工夫自慢なジパングの風土ならではさ。あたいもそこそこ気が回る方だとは思ってるけど、細やかな気配りももジパングのいいところ。まだまだこの国の事を知らないあたいだけど‥‥」
そういうとシリフィリアはおもむろに前屈みの体勢を取った。緩く取った胸元からさらしが覗く。布地で押さえつけてもはちきれんばかりの胸。それを見せ付けながらウィンクすると。
「みんな宜しく☆」
観衆へ投げキス。おおーと静かに歓声があがった。
シルフィリアが背筋を伸ばすと、女性にしてはかなりの上背、すらっとした立ち姿。黒の浴衣は、髪結の紐のローズ・ブローチでワンポイント。合わせの赤と、帯の赤地へ斜めに駆ける金糸刺繍がアクセントになっている。
「袖先と裾の蝶の刺繍もセクシーだぜ。シルフィリアちゃんに拍手〜!」
「みんな、ありがとね」
「お次はカレンちゃんと、その相棒のボーダーコリィのレリィちゃんだ」
シルフィリアを入れ替わりにカレンが壇上中央へと歩いていく。
「松之屋さんの色とりどりのお団子、とても綺麗でしたね。ジャパンの料理とは見て楽しむものと聞きましたが、本当に目で楽しめるのですね」
ゆったりとした所作で料理の皿へ視線を移すと、そっと微笑みが洩れる。片手でレリィの欠けた耳を撫ぜ、今度は正面を見て微笑む。かなり流暢な日本語は驚くばかりだが、まだ着物には慣れていない為か着崩れそうになってるトコはご愛嬌だ。
「この浴衣、呉服屋さんに選んで頂いたのですが、藤の模様がとても美しく、とても気に入っています」
両の裾を持ち上げてくるっと一回り。一瞬だけ見えたうなじがか細く、儚げな印象を与えている。
「如何でしょう?」
はにかみながらカレン。
アップに纏めた髪には小さな花を模した髪飾り。ともすれば控えめな印象のカレンだが、さりげない存在感を醸している。
「ちょっとおとなしめだけど、そこがまたキュートだぜ! 拍手〜〜!!」
「わ、私は――」
と、今度は司会の合図を待たずに御影祐衣(ea0440)が進み出た。観衆の耳目を一身に集め祐衣がたじろぐ。
青灰色に点々と茂る竹とそこに雀という柄は『竹やぶに雀』。帯は臙脂、黒塗りの下駄も臙脂の鼻緒。派手さはないが、落ち着いた風格のある着こなしだ。黒髪を彩る組紐の鮮やかな色身がいいアクセントになっている。
震える唇で祐衣が話し始めた。
「私は御影一族が末娘、御影祐衣と申す。未だ若輩の身なれど浴衣の美しさを世界に広めると聞き及び参加させて貰った次第だ」
そこまで言って再び固まる。司会が助け舟を出す。
「で、料理の方はどうだった?」
「うむ。竹之屋の工夫や配慮に感心した。名がもう少々洒落ても良いと思うがの。実演も明るく楽しげでそして美味だった‥‥有難う」
「凛々しい中にも可愛げのあるとこがイイよな! で、今日は何をやってくれるんだ?」
「‥う、うむ‥‥おお、楽を奏する事は幾らか心得がある」
背筋を張ると浴衣の立ち姿が映える。濃い目の帯に裏地が淡く浮かび上がり明暗を引き立たせている。ふと、観衆に知った顔を見たのか緊張していた顔が少しだけ和らいだ。それを微かに笑みの形で残し、祐衣は能囃子を披露する。音曲がゆっくりと会場に染み渡っていく。
やがて。
「‥‥耳汚しで失礼した」
赤面して一礼すると祐衣がそそくさと壇を去る。と同時に思い出したように拍手が巻き起こった。
「プロ顔負けの演奏だな。もう一度祐衣ちゃんに拍手を!」
万雷の拍手。その中をジルベルトが進み出る。やがて拍手が引くと、彼女は司会を振り返って微笑んだ。
「えーと、四番手のジルベルトちゃんだ」
「松之屋の甘味は、翡翠のような白玉が涼しげだわ。少し酸味がある餡と合ってるし。でも梨のソースは一寸違うかも。葛饅頭も涼しげで良いわね。笹の葉で包んであるのもポイント高いわ。この餡は、枝豆を使っているのね」
よどみなく流れる台詞が聡明さを窺わせる。言い終えるとジルベルトが司会を振り返った。その拍子に浅黄の浴衣から襟足がちらりと覗く。
「次はアピールね。道具の方、いいかしら?」
司会に手渡された色紙と墨壷を手に取ると、サラサラと筆を走らせる。そうして彼女は司会の一人に視線を移した。
「え、私?」
ジルベルトが色紙を裏返すとそこには似顔絵。客席からおおーっと拍手。
「巧いもんだなー。今度は俺の似顔絵も書いて欲しいぜ」
「ウフフ。考えとくわ」
そういうと一礼して席へ戻る。慌てて司会が続ける。
「ジルベルトちゃんは小悪魔って感じだな。ええとお次は――」
「イギリス出身の狩人、シャーリー・ザイオン(eb1148)です。趣味は絵を描くこと。特技は弓を少々。よろしくお願いします」
愛想良く口にし、一礼する。
「和風欧州蒸麺‥‥故郷の料理を和風に仕立てるとこのような感じになるのですね。焼いた麺にタレをかけるのも面白いです」
露草色の浴衣は胡蝶蘭をあしらったもの。花言葉の優しい愛は、恋人には優しいという意味合いが込められているのだとか。さて彼女のアピールだが。
用意されたのは屏風とリンゴ。
「ちょい、マジに外さねーでくれよ!」
屏風を背に司会の頭にリンゴ。それをシャーリーが見事リンゴだけを弓で射抜こうというのだ。
「もし外したら、お寺の費用は折半で‥‥」
「シャーリーちゃん‥‥!」
「冗談です」
微笑、そして刹那。弓鳴りと共に矢が放たれた。狙いから逸れ、司会の体を掠めて屏風に刺さる。続け様の二の矢も同様に狙いを外した。会場が静まり返る。
不意にシャーリーがクスリと笑みを漏らした。と、今度こそ正確にリンゴを射抜いて見せた。彼女の筋書き通りという訳だ。司会がへなへなと座り込むと会場からどっと笑いが巻き起こる。シャーリーがお辞儀をすると今度は拍手へと変わった。
「じゅ、寿命が縮んだぜ‥‥。ともあれ凄腕シャーリーちゃんに拍手!」
こうして5名のアピールが終わり、残す所3名。次は志士の超美人(ea2831)だ。
「松之屋の料理にはいたく感服した。夏の暑い日に爽やかな涼を演出する、この場にふさわしい料理だ。素晴らしい!」
係りの者が沸騰した湯と茶具を運んでくる。壇上に敷物を広げ、そこに超が三つ指をついた。静まり返った会場で、超が深く一礼する。浴衣は一分の隙もない着こなし。そこから僅かに覗くうなじがさりげない色香を演出する。
やがて顔を起こすと、超は静かに茶を点て始める。水を打ったような会場は息をするのも憚られるような厳かな静けさに包まれている。しわぶき一つない。唯、超のゆったりと伸びやかな所作が雄弁に語っている。見る者の心に浮かぶのは洗練の二文字だ。
やがて茶を点て終えると、超は動きを止め、一息ついた。たっぷりと余韻を持たせると、審査員席を振り返る。そして穏やかな笑みで。
「おひとつどうぞ」
普段の無骨な語り口とは打って変わって、しっとりとした女性らしさが華を添える。誰からともなく静かに拍手が広がった。
「拍手!! 第一印象とはギャップがあるけど、まさしく和って感じだな。和風浴衣美人の超美人ちゃんでした!」
司会の声に送り出され、満足した様子で超が席に戻る。入れ替わりに今度は桐が歩み出る。浴衣は白地に朝顔。シンプルだが涼しげな赴きだ。着付けに髪結い、小物の用意まで付き添いの者に世話されたという桐。こうやってめかし込むのは普段から余りないのか、どことなく緊張した面持ち。
「んじゃ、料理の感想から聞かせてくれるか?」
「竹之屋も松之屋も、双方どちらも美味かった。その上で――」
ふとそこで言葉を区切ると、考え込むように目を伏せる。舞台袖を見遣ると係りの者が半紙と筆を運んでくる。
天へ挑むように桐が胸を張り、視線はやや遠くを見据える。桐は袖を捲くった。用意された台へ紙を広げると躊躇わずに筆を走らせる。
「‥‥ふむ。こんなものか」
貴重な甘味を演出した松之屋に対しては「蠱惑」。異国風の料理の竹之屋には「妙趣」。それぞれ一筆。どことなく拙さは残るものの、力強い筆致の一画一画が彼女の潔さを思わせる。
「料理に対する思いを込め、一筆書かせてもらった。書の腕は手習いだが料理への想いが伝われば幸いだ」
料理へのコメントを巧く盛り込んだアピールに会場が思わず唸る。それが気恥ずかしかったのか、桐は一礼するとすぐに踵を返した。
「そのツンとしたとこがまたいいぜ。桐ちゃんのアピールは松竹の料理人にも嬉しい所だな。これは高得点かあ?」
そしていよいよオオトリだ。
「最後は南天流香(ea2476)ちゃん、相棒の白鷹は紫天だ」
鷹匠だという南天はこの国の者には珍しい美しい碧の瞳をしている。
「ええと、まずは料理についてですわね。あらあら、此方の料理はハーブワインと相性がよろしくて、此方は濁酒あれは発泡酒‥‥♪♪♪ 幸せですわ。わたくしには両方の料理ともお酒との相性がよろしくてどちらの料理がいいとも決められませんね」
南天の浴衣は紫陽花柄。この夏に新調したものだ。南天が頬を赤らめる。
「彼氏と七夕の夜を過ごした嬉し恥しの記念の品ですよ」
「なんだ、彼氏持ちかー。残念!」
そんな南天の個人アピールは
南天の指示で紫天が空へ舞い上がった。祭りの明りに淡く照る虚空を切り裂いた紫天は、南天の腕に急降下でぴたりと止まる。すると今度は南天が干し肉を投げた。これを見事に空中でキャッチ。ぱちぱちと観客からも拍手。最後は極めつけ。南天が魔法で宙へ浮き上がると、その周りを紫天が舞う。再び拍手。
地に降り立つと南天は丁寧に頭を下げる。
「お粗末様でしたわ」
「鷹美人の流香ちゃんでしたー。ってことで、最後だからめいいっぱい拍手!」
そうして全員のアピールタイムが終わり、祭りもそろそろ終わりの気配。味勝負の結果発表の間に観衆へ投票箱が回り、いよいよ姿選の結果発表だ。
「いやー、可愛い娘ちゃんばっかりで正直甲乙つけがたいよなぁ。それじゃ発表するぜ」
結果の書かれた封を司会が開いた。
「優勝は、力強い書道の技で料理を見事に表現してくれた鷹見沢桐ちゃんだ!」
わっと歓声。もう一つのイベントである味勝負を巧くアピールに盛り込んだのが何より好印象だったようだ。
次点は祐衣、並んで超。共に和の魅力を押し出した二人は桐とは紙一重の僅差だった。惜しくも今回は二人で票を食い合った形になったようだ。
司会が皆の健闘を讃え、最後に司会が賞品を手渡す。
「おめでとう! 副賞はスポンサーからの新作浴衣と、箱根温泉ぶらり旅へのご招待だぜ」
まさか自分がと思っていたのか桐は戸惑いを浮かべている。シルフィリアがそっと背を押す。
「ほら、あんたが選ばれたんだよ、桐。お客にも何か言ってやりな」
その瞬間に少しだけ桐に笑顔が洩れる。そんな自分が少し恥ずかしかったのか、すぐまたキリリと口元を引き結ぶ。桐は深々と頭を下げた。
「栄えある賞に与れることを光栄に思う。この良き夜に集まってくれた皆に感謝を」
「以上、浴衣美人姿選これにて閉会だぜ。祭りの夜に咲いた葉月の名花に、ついでに今夜集まってくれた可愛い娘ちゃんたちにも今いちど盛大な拍手を!!」
夏の潮騒 浴衣美人姿選
優勝――鷹見沢桐!