●リプレイ本文
「近頃じゃあこの辺りも何かと物騒なんだって? ‥‥今頃何処に居るんだろうねえ、噂の『三匹』って兄さん達は」
宿に居座った与太者共の狼藉は止まず、町の者も困り果てている様だ。茶屋では町人達が肩を落とし愚痴を零している。
「さあねえ。最近じゃ、噂話もここいらじゃ聞かなくなっちまったからねぇ。三匹がいてくれれば、あんな昼間から酒かっ食らってやがる浪人崩れなんて――」
「滅多な事をお言いでないよ。奴等に知れれば何をされるか。けどまあ、確かに三匹さえいてくれれば‥‥」
「そうだよね。逢ってみたいな〜殿様もいいけど、やっぱりタコさんが一番かな」
居合わせた客も話に釣られて輪をなすが、出てくるのは暗い話題ばかり。
「けど三匹はもう‥‥」
深い溜息が重なった。噂の宿場町。既に素浪人共の征伐のために冒険者達は着々と準備を進めている。
「正義の味方の三匹ですか‥‥何か三匹をやるより新しい正義の味方が現れたとした方が、浪人達にもこの世には沢山の正義の味方がいるって教える事になって良いと思うんですけどね」
斉藤志津香(ea4758)は本所銕三郎(ea0567)と共に宿の下見をした帰りだ。二人して茶屋に入ると手近な席へ向かい合って腰を下ろす。思う所はあるものの依頼主の意向ばかりは仕方ない。気を取り直し斉藤は宿の見取り図を開いた。
「敵の得物は刀、数にして15人。夜ともなれば宴会騒ぎとは、いいご身分ですね。全く」
その為に街の者がどれだけ苦しんでいることか。ふと目を遣ると隅の席では町人達が茶を啜りながら愚痴を零している。
「この町ももうお終いだな‥‥」
「世も末だよ。神も仏もないのかねぇ」
「ううん、きっと三匹は来てくれるよ。正義の味方が困った人を放って置く訳ないもんね」
そう言うなり立ち上がったのは天乃雷慎(ea2989)。その横には同じく町人に紛れた木賊崔軌(ea0592)の姿も。雷慎は振り返り、にっこりと微笑んだ。
「案外今夜辺りに現れたりして、ね」
『つまり三人を立ててやればいいのだな? 止めは任せるからタコ殴りして相手を渡してあげるよ』
討ち入りの手筈を整え暁峡楼(ea3488)が宿の前で、三匹に成りすました仲間を身振り手振りで手引きしている。
「タコ‥‥何の因果だか、妙な事になっとるな」
用意した槍を手に嵐真也(ea0561)が苦笑を零す。
「俺が成りすますのはひょうきんで調子が良い男‥‥本来の俺からはかけ離れている気がしないでもないんだが」
常より少しだけ着崩して雰囲気作りをしてみるものの、どうもしっくり来ない様子だ。千石役を買って出た御影涼(ea0352)も素浪人を演じるにはどこか育ちの良さが覗いてしまう様だ。副将軍を演じることになった龍深城我斬(ea0031)はと言うと、髪を白く染めて老人に変装している。
「宿場町の人達も災難だな‥‥まあ、こういう連中にはきっちり灸を据えてやらんとな」
付け髭をつけ、我斬が二人を振り返る。
「ほっほっほ‥‥千石、タコさん、参りますぞ」
それに応え、二人もそれぞれに得物に手を掛ける。
『よし! んじゃ張り切って行って見よう!』
昼間に調べ上げた見取り図を元に暁が宿に忍び込み、内側から手早く玄関口の鍵を開ける。
「御免!」
真っ先に駆け出したのは涼だ。
「何奴!」
階段に居合わせた浪人の一人へ問答無用の居合い一閃で切り伏せると、階段を駆け上がり一息に二階の浪人達の部屋まで斬り込んだ。二階の一室で宴会の最中だった浪人達も斬られた男の叫び声に気づき、部屋へ踏み込んだ涼を迎え撃つ。
「この人数相手にいい度胸だな? 五体無事で帰れると思うなよ?」
頭目らしき上座の男が涼へ切っ先を向け、他の浪人も剣を抜く。ふと忍び寄っていた殺気に涼が振り向くと、部屋の裏手から回り込んだのか手下の一人が廊下から退路を絶つ様に切っ先を向けている。襖沿いに二人がにじり寄って間合いを詰める。
「敵は一人だ、殺っちまえ!」
「っと、それはさせない‥‥ってな」
「お、遅いぞタコ!」
背後に迫る敵へ、漸く階段を上がってきた嵐の槍が捉えた。男は悲鳴を上げながら階下へと転がり落ちて行く。と同時に、涼が飛び退って剣撃をかわし、襲い掛かって来た一人へ袈裟懸けの居合いを見舞う。
「というか、ひょうきん者と言われても今一どうしたものか、な」
苦笑しながらも嵐が槍を構え、対照的に涼は無形の位とばかりに無造作に刀を下げて間合いを測る。
「槍の使い手に豪剣の太刀筋、まさか‥‥!」
唇を歪めて涼が笑うと、斬り掛かって来た男へ返答代わりに両断の剣を見舞う。嵐もまた別の一人へ穂先を向けて牽制する。
「まあ、良いか。人助けだし、此れは此れで一興か」
「ならず者どもが好き放題やっておる様じゃの、千石、タコさん、ちと懲らしめてやりますぞ」
「応!」
現れた我斬が言うと、涼と嵐が襖を蹴倒した。それを合図に戦いは始まった。
「ええい、どっちにしろ三人なら怖がることはねえ! 袋に囲んじまえ!」
「そうはさせないよ!」
そこへ合わせて隣の部屋に控えていた仲間が不意をついて踏み込んだ。
「むうぅ、三匹見たら三〇匹はいるものと思えってことか‥‥」
「三匹、侮り難し‥‥」
これが挟撃の形となって戦況が大きく傾き、途端に浪人たちは浮き足立つ。
「愉快な様でその実厄介な仕事が続きますね。まあ、前回の失敗の汚名は、雪がせて頂きましょうか‥‥」
チャイナドレスに身を包み行灯の穂の明りに照らされて立つのは李焔麗(ea0889)。スリットから覗く脚が誘う様に伸び、男の一人が思わず息を飲んだかと思うとそこを強烈な蹴りが襲う。
「このお色気は‥‥」
「お銀だ! お銀もいるぞ!」
改めてそんな風に言われて恥ずかしくなったのか焔麗が頬を染める。時を同じくして外から大きな音が聞こえてきた。見ると階段の手前に箪笥が倒れて道を塞いでいる。
「うっかり、うっかり」
その傍には男が一人、目尻を下げて頭を掻いている。
「うっかり某!」
(「‥‥さてさて、また面倒な依頼だねぇ?どっかの誰かになりすますってのは。虎の威を借る何とやらで気は進まんが‥‥依頼主がご所望なら仕方あるまい」)
退路を絶った風羽真(ea0270)が柔和な笑みを浮かべたまま刀を抜く。
「何の!掛かれ!」
浪人が真へ襲い掛かり、真もまた迎え撃つが、振り上げたと同時に刀が梁へ引っかかってしまう。
「流石はうっかり‥‥‥今だ殺っちまえ!」
「ひいぃ〜〜っ――と見せかけて!」
すかさず切りかかってきた敵へ、刀を捨てた真が重心を下げて組み付いたかと思うと階下へ投げ飛ばした。
「室内だと刀の振り回しが悪いからね!」
視野の悪さを逆手に取った接近戦で暁は武道家の強みを最大限に生かして迎え撃つ。
「素早そうな相手には猿惑拳で」
彼女から離れ過ぎぬ様な位置取りで、焔麗もまた足を使った立ち回りで戦いを組み立てる。
「屈強な者は防御で凌ぎ――」
梁や柱へ刃の当たることを警戒してか敵も彼女へ容易には手を出せない。防御へ割く動きを最低限に止めながら焔麗は牽制を交えて間合いを保つ。そこへ暁が懐に飛び込んでの蹴りの連撃を叩き込み、斉藤も短刀を手にそれを加勢する。
「――格下ともなれば手数で沈めましょうか」
蓄積した負傷の高を量り焔麗も一息に畳み掛ける。人数の差にも関わらず不意打ちそして挟撃の利を活かした一行の前にし、浪人たちの士気は最早崩壊していた。
「これ以上つきあってられるか!」
「ずらかるぞ!」
数人が窓から表へ飛び降り逃走を図った。だがそこにも冒険者達が待ち構えている。
「えい!」
待ち受けていた雷慎が刀の峰で頭部を叩き一人を気絶させる。
「討ち漏らして宿場に放つのも面倒だかんな」
残りの浪人へは木賊が敵の得物を狙って、水で重く湿った縄を振るう。が、慣れぬ得物は狙い通りに上手くは当たってくれず、相手の太腿に蚯蚓腫れの跡を残しただけだった。すかさず敵が刀を構え木賊へ迫る。
「って、まどろっこしィ!」
一瞬視界から消えたかと見紛うばかりに身体を沈め、反応する暇も与えずの脚払い。体勢を崩した所へ駄目押しに薙ぎ倒さんばかりの豪拳で勢い壁際まで吹き飛ばす。
「いっちょ上がり」
「こっちも終ったよ〜☆」
最後の一人を雷慎が片付け木賊を振り返って手を振る。怯んで通りへ逃げ出した敵が相手では、すかさず間合いを詰めてのブラインドアタック一撃で片がついてしまった様だ。
「倒した浪人は生け捕りだね。大人しく縛についてもらうよ!」
一方、宿の一階では。
「騒がせて申し訳ない。何、すぐ済む‥‥騒ぎが治まればゴロツキどもは綺麗サッパリだ」
宿屋の主人へ事情を話した本所が、事が終わるまで奉公人達を台所へ集め護衛の任についている。彼らを怖がらすまいと本所が微笑んだ所でちょうど腹の虫が鳴る。
「‥‥すまぬ‥‥晩飯の残り物など頂けると有難いのだが‥‥」
微笑を苦笑に変えて本所が腹を擦ると、その場の雰囲気が和らいだ様だった。
「私、握り飯を‥‥」
「待て」
女中を制し本所が刀を抜いた。暗闇に映った影を目敏く見つけて台所を飛び出した本所が刀を振るうと、上から逃げて来ていたゴロツキが不意を疲れて床に転がる。
「不覚‥‥貴様、何者だ‥」
「とば猿、とだけ名乗っておこうか」
三匹の活躍と仲間達の援護で一行は当初の数の差を遂に覆した。
「三匹‥‥何て奴等だ」
僅かになった手勢を見てゴロツキの頭が舌打ちしながら刀を構えた。
「だがこの俺様は楽には行かねえぜ。そこのタコ、手前ェからだ!」
頭が嵐を狙って鋭い突きを繰り出した。助太刀にと涼が肩に担いだ刀を薙いで寄越す。それを紙一重でかわすと、男は間合いを取った。
「ふむ、お主がここの頭じゃな‥‥ちんけなお山の大将気取りかの? 器の小さい男じゃて」
二人に代わって歩み出たのは我斬。
「今宵は久しぶりに刀を使ってみるかのう? 何時も印籠で殴り飛ばすのでは芸もないしの」
我斬が剣を抜き、用心棒も油断なく得物を構える。どこからか笛の音が宿を包み、嫌が応にも緊張を高める。
「わしの太刀筋を見切れるかの?若造!」
我斬が見舞ったのは闇に紛れて素早く繰り出した斬撃。この薄灯りの中、見切るのは至難。だが!
「な、何と! こやつ恐るべき使い手‥‥」
それを刀で弾くと、男が余裕を浮かべてニィと残虐に笑う。男が反撃の刀を振り上げた時だった。
「千石、タコさん。他の皆さんも、やっておしまいなさい」
「って袋叩きかよ!」
「ひ、酷ぇ‥‥」
そういう訳で有無を言わせず斬るぜ三匹! 流石の手練もこの数の差には敵わず哀れ刀の錆と相成ったのであった。
「ほっほっほ‥‥大した連中ではなかったのう‥‥」
伸した浪人共を横目に我斬が好々爺の笑みを漏らす。その後ろでは真がちゃっかり浪人達の刀を漁っていたりする。
「ハチベエさん?」
「へへへ。うっかりうっかり」
にやけた笑顔で真が頭を掻くと、お約束通り一行は朗らかに声を上げて笑う。
「さて。帰るとするか」
一頻り笑うと一行は堂々と玄関から宿を後にし、その後姿を宿の者は深々と頭を下げ一行の姿が見えなくなるまで見送ったのだった。こうして悪は三匹によって斬られた。人の心の有り難味を胸に噛み締めつつ宿場町を後にし、一行晴れ晴れと次の旅路についたのであった。人生楽ありゃ苦ーもあーるーさ。
●後日談
「柄の悪い連中の姿が見えない様だが‥‥」
翌日、茶屋では例の浪人が退治されたという話で持ちきりだった。
「一体誰の仕業だろうか‥‥」
「件の宿の傍の橋で晒し者にされてたって話だ。何でも髷を落とされ褌一丁の姿だったっていうじゃないか。宿場を荒せし狼藉者也って張り紙されてさ」
「そういえば印籠をぶら下げた爺さんを見かけたな‥‥」
「やはり三匹が?」
その台詞に、町人に混じって噂を確認していた本所は満足げに頬を緩めた。
「しかも三匹と思いきや少なくとも六匹はいるって話だろ」
「副将軍はとても老人とは思えない動きだって言う話だよ」
何だか妙な尾ひれがついてしまったが、彼らの活躍により『江戸に三匹あり』とその噂は再び知れ渡ることとなった。これにてめでたく一件落着である。