【奥州戦国浪漫】  池袋退き口

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月28日〜10月03日

リプレイ公開日:2005年10月06日

●オープニング

 夢の中で死んでしまうと、人は己が死を知ることなく逝くのだろうか。たとえば死の淵の老人が若き日の己を夢に見ながら死ねば、彼はきっと在りし日の青年として逝くのだ。では、そこで誰かまったく別の人物になった夢を見ていたとしたら? その時一体、誰が死んでしまうんだ‥‥?
 さて、今宵冒険者達が見るのは悪夢。ところが只の悪夢じゃない。こいつはとても危険な代物だ。触れれば切れるし、押せば血が出る。目覚めまでの暫しの時、死に物狂いで地べたを這いずり回って貰おうか。夢だと思って気は抜かないことだ。忘れちゃいけない、こいつはとても危険な悪夢なのだ。
 さて、今宵の夢の筋書きは‥‥‥‥。


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 ジャパンにおいて平将門の名は広く知られてはいない。
 フランクに残る記録によれば、将門は東の小国ジャパンの王であったとされる。歴史に残るフランク遠征に先立ち、将門は東国に武士の王国の樹立を宣言し、自らをしてその王に封じた。それはつまり、朝廷を主とする日ノ本という国への反逆。将門の新皇宣言は、今だかつて朝廷が、そしてこの日ノ本という国が経験したことのないクーデターであった。これまで諸侯同士の小競り合いは珍しくなく、逆賊に準えられ討伐された者もいるにはいる。だがはっきりと日ノ本という国家に弓を引いたのは後にも先にも将門ただ一人。将門はもはや神皇家に仕える臣ではなく、やがては日ノ本を統べる王たるものとして、将門は“新皇”を僭称するに至る。
 そうして東国に一大勢力を築いた将門がその覇業の第一歩として手掛けた事業が、150年の昔に行われたフランクへ遠征である。腹心の藤原玄茂らを従えて行われた遠征は、だが失敗に終わり失意の内に帰国を余儀なくされる。再び機を窺った将門は東国で力を蓄えるが、やがて864年の富士山噴火により、月道とともに彼の夢も閉ざされた。朝廷に反旗を翻して王となり、民の解放を目指した将門。結果として、この遠征の失敗が彼の天命を分かつこととなる。
 遠征の失敗によって彼の武名は地に落ちた。さらには月道の封鎖によって、将門は一千を越える精兵を遠くフランクの地に失った。何より、一の腹心である四天王の藤原玄茂を失ったことは将門にとって大きな打撃であった。以前より将門を危険視していた朝廷がこの機を逃そうはずもない。朝廷は密かに逆賊将門の討伐の勅命を下し、各地の諸侯がこれに名乗りをあげた。播磨の大蔵春実、坂東の平貞盛、武蔵の源経基。そして朝臣の小野好古。こうして将門三万に対し、討伐軍総勢五万。日ノ本の歴史上最大の大戦禍が東国を覆うこととなる。これが世に言う将門の乱である。
 将門軍によって綴られた当時の軍記『将門記』を紐解けば、この乱の最後は三月に渡って繰り広げられたことになっている。東国を追われた将門は北へ敗走し、旧知の藤原家を頼って奥州を目指した。それを諸侯が追撃したが、将門はこれを悉く撃破。だが奥州の地にてある時わずか一晩にて壊滅的な敗戦を喫し、討ち死にとある。その詳細は歴史には一切記されていない。ただ壮絶な死に様であったと記録に残るばかりである。
 将門の乱の本当の姿は、あれだけの乱でありながら今の世には伝わっていないのだ。
 これは朝廷を中心に立つ日ノ本という国にとって、あってはならぬ国体への反逆。神皇家は将門の新皇宣言に端を発するこの一連の事実をひた隠しに隠し、歪曲し、歴史から消し去ろうとした。乱の唯一の記録『将門記』もすべて神皇家によって焚書され、断片的な記録が各地に散らばるばかりである。あれから百数十年の時を経て、今では反乱を起こした逆賊が北へ敗走して討ち死にした、と語られるばかりである。
 果たして闇に消されたその真相とは。それを今から騙ろうではないか。これはその三月に渡る乱を追い、将門の無念の死までの刻をしばしともに歩むものである。これは将門の乱、その誰も知らぬ真の姿を描き出す闇の軍記である――。


 神聖暦864年冬。
 逆賊として追われる身となった将門は武蔵国にいた。源経基の招きに応じて兵三千を伴ってこの地を訪れていた所へ、示し合わせたかのようなあの勅令である。経基の裏切りを気取った将門は少数の兵を伴って経基の元を逃れた。兵力は僅かに近衛兵三百、そこへ腹心の興世王が兵二千を率いて駆けつけ将門は事なきを得る。
 目下、将門の急務は本軍との合流。西進した将門軍は、やがて谷端川沿いに広がる大湿地帯へと差し掛かっていた。ここを越えれば本拠まで敵はいない。しかしすぐ鼻先の距離には源経基の兵四千。追いつかれるのは時間の問題であった。脆弱な経基など将門軍であれば半数の兵でも打ち破れぬことはない。だが、もたもたしていれば今度は追っ手の討伐軍ら大群に追いつかれてしまう。
「者ども、聞けい!」
 馬首を巡らせ、将門は全軍へ告げる。
「我らはこれより進路を変え、北を目指す。この様子では本国へ至る道程も伏兵がおると考えるが妥当。奥州の藤原とは縁がある。東国は捨て、藤原家を頼って再起を図る!」
 朝廷も奥州まではすぐには手が出しづらいだろう。北へ逃れ、体勢を立て直した後に叱るべき反抗を取る。体勢さえ立て直せば将門に太刀打ちできる武将などいよう筈がない。失った領地と資金は戦で奪い返せばいい。
「興世王」
「はっ!」
「貴様の軍から殿部隊の五百を出すべし。それを捨石にまずは北へ逃れ、然る後に多摩で本軍二万五千と合流する」
「委細承知」
 すぐ北は坂東の平貞盛も既に朝廷への恭順の意を示している。貞盛に奥州への退路を閉ざされる前に北へ逃れねばならない。まずは多摩で直属の軍団と合流して兵力を纏め、奥州へ逃れる。後背を突く討伐軍を抑えながらの苦しい行軍となるだろう。
「日ノ本の戦国の世の始まりよ! つわものどもよ、今はその激情を内に抑えよ。その心胆に恨みを刻み、北へ逃れて牙を研ぐべし! その時こそを我らの覇業の起こりぞ。これより、将門は奥州を目指す!」

 経基軍中。
「ええい、なぜ奴をあの場で取り逃がした! 部下どもは何をやっておったのだ!」
 経基は苛立っていた。逃れた将門は予想外に北へ進路を変えた。敵の殿は池袋の沼地に陣を構え、討伐軍の援軍がかけつけるまでに逃げ切ろうという腹だろう。
 後に源氏武士団の祖となる経基だが、彼自身は武芸には劣っていた。戦の才に恵まれぬ身では、鬼神将門の軍に刃を向けるに倍の数でも心許ない。だがここで将門を逃すような失態があれば立場はない。
「兵力は我が方が上、沼地ごと包囲して殲滅する。捨石が如きは一晩の内に皆殺しとし、距離を開けられる前に将門本隊を叩く!」
 三月に渡る将門の乱の緒戦、その幕はここ池袋で斬って落とされようとしていた。

●今回の参加者

 ea0196 コユキ・クロサワ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea1170 陸 潤信(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1488 限間 灯一(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2989 天乃 雷慎(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3167 鋼 蒼牙(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 ea8917 火乃瀬 紅葉(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

赤霧 連(ea3619

●リプレイ本文

 池袋の沼地に殿隊五百は決死の布陣を敷いた。源軍を正面で待ち受けるは将門の闇鳩こと風斬嵐、槍兵隊。四千対五百、この数の暴力を前にいかなる奇策も無力に思える。
「怯えるな、お前達の前に立つ漢はそんなに頼りなく見えるか?」
 不敵に笑った嵐。任せておけ、そう確かに口する。
「お前達の命、確かに受け取った。殿の足止め程度で死なせはしない。お前達の死はこの俺だ」
 たとい虚勢でも今はただ吼えろ。俺達の生を刻み付けろ。今はただ前だけを見て。
「そして俺を、この部隊を、仲間を信じろ」
 沼地一帯を揺るがす地鳴りのような音。眼前の池沼や殿部隊背後の森から一斉に野鳥が飛び立ち、池袋にざわめきが張り詰めて走る。
 殿隊左翼、限間隊。
「武士として、主君の為死するは本望。必要とあらば将門公の覇業の一歩を踏み出す為の捨石となりましょう」
 胸の内で湧き上がる熱に火をくべるように。虚飾を排した言葉の一つひとつをゆっくりと重く口にする。
「ですが、ただ命を捨てるのでは忠義は果たせません。決して屈せず、諦めず、胸の奥の闘志を決して絶やさずに」
 ――いざ。
「参りましょう、皆さん」
 同中曲。
「皆様、将門様を本隊へ合流させると共に、我らも無事生き延びましょうぞ」
 風斬隊の後ろには姫将、紅葉の部隊がつけている。
「辛い戦になると思いまするが、何よりも強い力は、生を信じる心にございます! 共に明日のお日様を見る為に、紅葉に力をお貸しくださいませ」
 馬上の凛々しい立ち姿が味方を鼓舞する。その傍らには白髪のクレリック、マスター・ウェストの姿がある。
「戦火が拡大すれば、また私の楽しみが増えるでしょうね、けひゃひゃひゃ‥‥おっと、今のはなかったことにして下さい」
 ギラついた目でウェストは紅葉を斜視した。
「かがり火を大量に立てなさい。大軍がいるように思わせるのですよ」
 沼地とその背後の森にはありったけの篝火が立てられた。この戦力差ではこけおどしの効果すらないかも知れない。だが今はこの炎が燃えていることが、ともすれば四散しそうな殿隊の士気を繋ぎ止めていた。
(「将門様を逃がす為、兵を率いて見事時を稼いで見せまする! 将門様は、紅葉の夢にございますゆえ」)
 祈るような心持で紅葉が天を見上げる。不意に月を影が覆った。一瞬の闇夜にウェストの響き渡る。
「けひゃひゃひゃ」
 戦場に一際高く、不気味な笑声が木霊した。
「けひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 闇世の中、数千の人馬は殿隊へと殺到した。やがて月が光を取り戻したとき、眼前には迫り来る敵大部隊が飛び込んできた。
「できるだけ敵を沼地まで引き付けろ」
 前曲中央、風斬隊。乱戦に持ち込めば勝機も窺える。四千の兵の発する重圧と敵陣からの矢の雨を一身に受けながら、闇鵺は踏み止まる。
 矢戦の手が弱まった。いよいよ敵の主力が殿隊へ襲い掛かる。その機先を制して右翼の龍牙隊が飛び出した。
「一番槍の武功は俺が頂いたァ!」
 巧みな用兵で足軽隊は錐行の陣を取る。先手必勝とばかりに敵先陣へ斜めに楔を打ち込んだ。
「俺は龍牙! 俺に挑まんとす者どもはどんどん掛かってきなぁ!」
 だが数に勝る源軍は勢いのままに押し切りに掛かる。足軽は池沼を突き進み、騎兵は殿隊を横から叩かんと沼地を迂回して攻め入る。その時だ。敵勢の各所で炎があがった。
「今ぞ勝機に御座いまする!」
 紅葉の仕掛けていた火罠だ。紅葉隊がここぞとばかりに矢を射掛ける。炎に吸い込まれるように矢が注がれ敵を足止めする。限間隊もこの機を見逃さない。
「紅葉さんにも負けてはいられませんね‥‥我らも出ますよ!」
 限間が軍配を振るう。弓兵の斉射の後、間髪置かず重装兵が隊伍を組んで敵先陣を押し返す。寄せ手には退き、引き際には押し返す。機を見るに敏な漣の用兵だ。
「華は無くとも、地力の強さで引けは取りません。此処は守り切ります!」
 こうして激戦の火蓋は将門軍の優勢で切って落とされた。だが圧倒的兵力差が圧し掛かるのは寧ろこれからだ。
「我、風斬乱也。我が名を刻みそして死んで行け」
 嵐が黒刀を振るい敵の猛撃を食い止めて善戦する。ぬかるみを突き進む敵兵を槍の間合いを活かして串刺しに押し返す。聳え立つ巌が如きその用兵ぶりだが、時と共に一人、また一人と兵を減らして行く。
(「いいか、生き残れ‥‥奇麗事はいらぬ、ただ生き残れ‥‥!」)
 夜とは是程までに長いものだったか。もしこの夜が明けぬなら彼らに微笑むのは死神だけだ。カラカラと目の奥で笑うそれは、この重苦しい泥土のようにもう膝にまで忍び寄ろうとしていた。
 右翼、龍牙隊。
「龍牙大将!」
 最前線では巨漢の女戦士が大剣を振り回している。彼女へ龍牙が声を張り上げる。
「天山! 深追いしすぎんじゃねぇぞ!」
「分かりました!」
 つたない日本語で叫びながら女戦士――天山が龍牙に並んだ。天山が重剣で敵兵をまとめて薙ぎ払えば、競うように龍牙も斬馬刀を振り回しながら敵先陣を掻き乱す。剣撃など物ともせず刀で受け止めては膂力に任せて吹き飛ばす。戦端が開かれて数刻、戦場の熱は燃え上がらんばかりに高まろうとしていた。

 殿隊本陣後方、巣鴨の森。後続の部隊は次々とやられていく味方を歯噛みしながら見守っている。
「こ‥‥怖いよ‥、でも‥‥」
 術師であるエルフの少女カレンは、魔よけの札を握り締めて恐怖に耐えている。その時だ。高らかに蹄の音。前線からの早馬だ。
「急報! 先陣より急報です!!」
 風斬隊他、殿隊主力部隊いずれも踏み止まり経基軍へ奮戦中。報せを聞き鋼蒼柳は僅かに口許を歪めた。
「鋼隊、これより戦闘に入るぞ」
 森に身を潜めるのは弓兵五十。
「死ぬなよ! 相手を殺して死ぬより、生きて相手を止めた方が百倍役に立つ!!」
 既に沼地の部隊はほぼ半壊の有様であった。特に正面で奮戦していた風斬隊は壊滅的打撃を受けている。辛うじて戦線を維持しているのは後ろに控えた姫将の援護のお陰だ。
「灯一さんも頑張っておられましょう‥‥紅葉もこんな事でくじけてはおれませぬ」
 馬上の紅葉は努めて笑顔を絶やさず味方を鼓舞する。
「この紅葉、将門様と共に見る未来を信じておりまする!」
 その時だ。戦場へ法螺貝が響き渡った。左翼の限間隊が弓で全軍の撤退を援護し、やがて自身も兵を湿地から森へと引いた。それを追って経基軍も森へ流れ込む。だがそこには既に鋼隊が狙いを済ませて待ち受けていた。
「各員! 何としてでも足を止めろ!!」
 一の矢、続けて二の矢。続けざまに斉射し、かと思うと瞬く間に森の中へと散って敵に実体を掴ませない。森へ踏み込んだ敵先陣へ容赦なく矢撃をお見舞いする。鋼もまた闘気を放って牽制する。示し合わせたような撤退劇と伏兵の温存勢力。戦慣れしていない脆弱な経基兵は追撃の足を止めた。
 先陣のもたつきは波紋のように後続部隊を沼地に足踏みさせた。馬上の経基は苛立ちを顕にしている。
「ええい! 先陣は何をもたついておるのだ!!」
「ご報告します! 我が方の先駆隊大将、敵将龍牙に討ち取られました!」
「急報!! 左翼足軽隊軍目付、流れ矢にて討ち死に御座る!」
 将門兵はいずれも精強。特に矢面に立っていた三部隊はいずれも興世王軍中に聞こえた戦上手揃い、巧みな用兵で源軍は五百近くの兵を削がれていた。
「寡兵が如き、なぜこうも梃子摺る! 森ごと一息に踏み潰すのだ!!」
「そ、それが――」
 森を包むざわめきの気配が変わった。撤退する将門軍を手招くように草葉がなびいている。その黒い腹に兵を呑み込んだかと思うと、今度は経基を拒むように枝葉を逆向けた。
「うわっ!!」
「ぎやぁぁぁぁぁああ!!!」
「ひ、ひぃぃぃ!」
 黒い森の闇に経基兵の悲鳴が木霊する。まるで森が意思を持って兵を拒むかのようだ。木々の尖った枝は槍となり、草は足掛け罠となる。その暗い森の中に一人たつのはコユキの姿だ。
「うちが殿隊の皆を守るんだ。この森の中なら、うちは戦える‥‥!」
「――森の魔女だと! 所詮はまやかし!! 経基の名の下に踏み潰すべし!」
 コユキの守る森へと源兵は足を踏み入れる。真っ先に壊滅したのは限間隊だ。3兵科を擁して応用力に長けた限間隊だが、それが反って仇となった。
「生き延びて、将門公の為す覇業、見届けましょう」
 兵を減らして組織的戦闘能力を失った限間隊。限間の号令で兵達は森中に散った。暗い木々の中、残党は身を潜めて呼吸を整えている。男装の武者、斎藤忠信もそんな限間隊残党の一人だ。
「継信兄貴、大丈夫かな‥‥」
 森に土地勘のある忠信は草葉で擬装し、敵小隊を相手に散発的な攻撃を繰り返している。素早さを活かした奇襲で敵の横合いを突いては、一撃離脱の戦法で敵の和を掻き乱す。戦局は徐々に森での局地戦へと移り変わりつつあった。
 今や僅かになった手勢を従えて鋼が絶叫する。
「‥‥こんな‥‥こんな所で死ぬわけには‥‥!」
 局地戦と言えど圧倒的劣勢に違いはない。しかし、ここで果てる訳にはいかない。
「イザベラ様はどうなった‥‥。ベルツで出会った少女は‥‥! それを知るまでは‥‥!」
 精も根も、矢と共に尽き果てた。動き回って出来る限り敵兵を霍乱するが全軍総崩れでは今や空しい策か。
「急報! 黒鵺嵐、重傷!!風斬隊は全滅! 限間隊も壊滅状態!!」
 やがて主力部隊の壊滅によりいよいよ明け方を前に殿隊は完全に軍としての統制を欠いた。明けぬ闇夜をひた走り、斎藤継信は追走する敵を振り切って木の洞へ身を潜める。
(「‥‥仲間も皆、死んでしまいました。忠信、せめて無事で‥‥」)
 敵兵のうようよする森の中でまだ生き延びているのは、猟師として暮らしていた頃の知恵が彼を助けたからだ。
 不意にザッと木の葉を踏む音。継信が身構える。どこからか影が問いかけた。
「御旗っ!」
「――楯無、御照覧あれ」
 それは二人の合言葉。立っていたのは。
「忠信!」
「継信兄貴!!」
 奇跡的な再会、だが継信の表情は重い。
「忠信、少ししくじりましたね」
 そう言いながら継信が背を向ける。闇中に兵の息遣い。殺気の数はおよそ十数。継信が細く深く息を吐き出した。その身を淡く闘気が覆う。背中越しに信次が義弟へと声を掛ける。
「――忠信」
「うん。ボク達の死に場所はここじゃない」
 巣鴨の森では散発的な戦闘が夜通し続けられた。コユキによって広大な森に転々と迷いの呪いがかけられ、敵の足を繋ぎ止める。龍牙隊の天山も大剣で木を薙ぎ倒して林道を塞ぎ、追撃の手を留める。戦下手の経基はこれに翻弄され源軍数千は混乱に陥った。既に黒鵺こと嵐や、限間達は脱出を図っている。そして姫将の部隊もまた。
「これ以上の戦闘は我らには不可能にございまする。犬死は無用、紅葉が部隊はこれより撤退致しまする!」
 紅葉も一時は傷を負ったがウェストの魔法により大事には至っていない。この撤退の動きに鋼隊も続き、殿隊は夜明けを前に撤退する。
 一方でまだ余力を残した龍牙隊は最後の攻勢へと転じていた。
「死ぬ気は無いが、命懸けの死闘こそが我が喜び!行くぜぇ!!」
 龍牙隊全軍反転し、真正面から敵本陣目掛けて森を駆け抜ける。
 そして遂に長き夜は明ける。
 斉藤兄弟は森の東に逃げ延びていた。敵軍の追撃も手が緩んでいる。樹上にて攻勢をやり過ごした二人は朝靄に紛れて森を抜けた。夜明け前に最後の攻勢を仕掛けた龍牙隊は斧斤を振るうが如き豪放な用兵で敵陣を苦しめるが孤立し、明け方に龍牙が討ち死。天山も龍牙をよく助け軍を率いるが遂に隊と運命を共にした。経基を明け方まで森に釘付けとした彼らの戦振りは、将門記にて讃えられた。が、将門記は後に焚書の憂き目に遭い、この戦に関する記録は神聖暦一千年の現代には伝わってはいない――。



 ――神聖暦千年、十月ニ日未明。
 その日、布団で目が覚めた鋼蒼牙(ea3167)は置きぬけに妙な疲労感を覚えていた。
「何だ‥‥? 眠った筈なのに、休んだ気がしない‥‥」
 ふと遠来姫絵巻へ目を留める。不意に胸に広がる甘い心地。それを不思議に思いながら鋼は掌へと視線を落とした。そこには‥‥。
 ほぼ同時刻。トマス・ウェスト(ea8714)も自宅で目覚めを迎えていた。
「何だか思い出せないが、嫌な夢を見たものだね〜‥‥」
 同様にコユキ・クロサワ(ea0196)や火乃瀬紅葉(ea8917)も不思議な寝覚めの悪さを経験している。そしてミラ・ダイモス(eb2064)は。
 寝起きに首を巡らすとふと枕元に置いていた先祖の勲章へ視線が伸びる。何か懐かしいものを覚えて手を伸ばすと。袖口から。
 ぽつり。ぽつ。ぼたぼたぼたぼた。
「‥‥え‥?」
 腕を伝ったのは紛れもなく鮮血。鮮烈な赤に呼び起こされるように全身を熱く痛みが走る。寝巻きから滲んで夥しい出血が寝床に血溜まりを作っている。
 不思議な出来事は、この日江戸の各所で起こった。陸潤信(ea1170)や限間灯一(ea1488)、天乃雷慎(ea2989)らは身に覚えのない擦り傷に首を捻ることとなる。同じ朝、冒険者の風斬乱(ea7394)と虎魔慶牙(ea7767)はミラ同様に自宅で瀕死の状態で発見された。奉行所は夜間に何者かに襲われた可能性があるとして捜査に取り掛かった。
 目下の所、何の手掛かりも見られていないとのことである。