●リプレイ本文
「痛ましい事が起きたのう。無縁仏が仲間を呼んだのか、或いは‥‥」
大田伝衛門(eb1435)の呟きは、この土地の持つ鬱屈とした空気、それらに押されて口をついたかのようだ。大田と同じく仏道に帰依する所所楽林檎(eb1555)もここで起きた惨劇に心を痛め、目を伏せた。
「僧侶らしい事も、たまにはやりましょうか‥‥」
かの死せる者達が、心やすらかに新たな道を歩めますように。その願いは宗派の壁を越え、池袋村には洋の東西を問わず様々な宗派の僧が集っている。クリアラ・アルティメイア(ea6923)もその一人だ。
「はわー。慰霊ですよー。彷徨える御霊を鎮め、神の下に送り届ける大事な儀式ですー」
「しかし、世界の宗派大集合だなァ」
自身も聖なる母に仕える僧であるファニー・ザ・ジェスター(eb2892)が仲間達を見回し、おどけて肩を竦めた。シャーリー・ザイオン(eb1148)が素直な感想を述べる。
「和洋の聖職者が揃うと壮観ですね」
教義や戒律も様々な宗派の者達が集ったが祀りの様式は自然と日本流のものを執ることとなった。合同の慰霊祭とし、それぞれの宗派の流儀を取り入れる運びだ。華人の僧侶、天涼春(ea0574)が神妙な顔で頷いてみせる。
「左様。魂を鎮める事が出来れば、宗派の形式は些事に過ぎないのである。立場は異なれど和を願う心は自分たちと同じなのである」
「仏教式は私にとっては異端でも、亡くなった方に馴染みの深い宗派の方が死者もきっと安心する筈なのですよー。その想いは大いなる父の御心にも適うはずですー。はいー」
クリアラは異国人ながら式事には精通しており、またこの国の宗教にも理解が深い。宗教や宗派の異なる僧達を取りまとめるには適任だ。こうして専門家の話が纏まったのを見届けると、アゲハ・キサラギ(ea1011)がパンと両手を叩く。
「色々と気になる事はあるけど‥‥頑張っていきましょうー」
冒険者達は慰霊祭に向けて動き出した。ジェスターがぽつりとこう漏らす。
「皆で死者の慰みとなるような慰霊祭にしよう」
誰もが無言で頷いた。集った者の心は同じ。無念の死を迎えた御霊を慰め、鎮めるために。段取りの打ち合わせが済むとアルディナル・カーレス(eb2658)が一行を代表して村長に報告へ向かう。
「‥‥というような運びで慰霊祭を執り行うこととなりました。予算を超えた分は全て自分が費用を持ちます」
貧しい村民に代わり冒険者の有志がかなりの額を慰霊祭に寄付することを申し出ている。おかげで費用のことは気にせず納得のいく式を挙げれる見通しだ。
「それで」
報告を終え、カーレスは切り出した。
「この辺りはかつて戦場であったとか。痛ましい事件が続くのも土地の由来に起因しているとすれば、何かお話でも聞かせて頂ければ慰霊の手がかりとなるかも知れません」
彼の申し出に村長は眉根を寄せて曇った顔を作った。
「もう亡くなっておりますが、祖父の代まではそういった話も幾つか伝わっていたようですが、今は‥‥。ですが蔵になら古い記録が残っておるかも知れません」
「お借りしても宜しいでしょうか?」
「どのみち埃を被っているだけの物。何かの手助けになるようなら差し上げますので、どうぞ役立てて下さい」
「宜しいのですか? ですがしかし――」
思わぬ申し出にカーレスが戸惑いを浮かべる。そこへ同行していたアゲハがこう持ちかけた。
「このままにしておくのも気持ち悪いし、折角の好意なんだから受けたほうがいいと思うんだけどー?」
「それもそうだな。では有難く頂きます」
一方、村では慰霊祭の準備が着々と進められていた。シャーリーの提案で慰霊祭は近隣の住人を招いて行われることとなり、村では女手が総出で酒や料理の手配に勤しんでいる。
「皆で飲んで食べて、賑やかに行きましょう」
豪奢とはいかないでも彼らを持て成すための準備だ。ゴールド・ストーム(ea3785)や、他の仲間達もそれを手伝う。精進料理のような慎ましやかな料理を中心に準備が進められる。
並行して会場設営も行われた。佐竹康利(ea6142)は村の男手に混じって大工仕事に精を出している。
「力仕事くらいしか役に立てなくて悪いけどな! どんどん仕事はいいつけてれ!!」
持ち前のあけすけな性格で村人達にもすっかり馴染み、自慢の腕力で人の倍の仕事をこなす。そこへジェスターも資材を運んで現れた。
「体力勝負なら私も負けない。クレリックが貧弱だとは言わせないよ」
道化を生業とするジェスター、ジャグリングのような芸は体力勝負だ。彼が森から運んできたのは子ども程の大きさの岩だ。
「そいつは?」
康利の問いに答えたのは、ジェスターの後ろから顔を出したシャーリーだ。
「村の人に聞いて手頃な大きさのものを見つけてきました。流石に私一人では重かったですけれど」
そういうと村から汲んで来た水を岩へとかけ、汚れを洗い流す。シャーリーが含み笑いを漏らす。
「まずはしっかりと洗って磨いて、それからですね」
経過は順調。村長の家でも進められていた古文書の解読作業があらかた終わろうとしている。カーレス達では古い文字は判読できなかったが、語学の素養も深いクリアラが代わりにそれを読み解いた。古文書によるとここは神聖暦864年、富士大噴火の年の冬に戦場となったとされている。平将門という武将が源経基と戦ったという記述が残っている。いずれも神聖暦一千年の今日には伝わっていない歴史だ。
「些か妙であるな」
横から顔を覗かせた涼春が眉根を寄せて思案げな顔を作る。
「日ノ本の歴史には明るくないが、そのような大規模な戦の話は聞いたことがないのである。解せぬな」
「とすると、これは歴史的発見という訳ですか?」
「――或いは偽史の類であるか」
「でもこの資料が事実だとすると千体近くの遺骸が沼地に眠ってる可能性も出てきますねー。はいー」
クリアラがパタンと古文書を閉じた。広く世に伝わる歴史には知られていないが、これが事実だとすると慰霊祭は歴史の亡霊を祀る儀式となることになる。
慰霊祭の式次第に、万に一つの間違いも許されない。
同じ頃、シャーリーの作業は終りを迎えていた。表面を磨き上げられた岩へは『慰霊石』の文字。拾ってきた岩は慰霊碑へと生まれ変わった。思い出したように大田が掌を打つ。
「せっかくじゃ、祠で祀って慰霊塔にしてみてはどうじゃろう」
できる限り出費を抑えるため建立は冒険者達の手によって行われた。レンジャーでもあるゴールドが森から切り出した木材で作業に当たる。仕上げに、慰霊碑の正面に仏教のお題目を、左右側面には街道と間道の地図を記して道しるべに。
「俺からはこの金箔の仏像を寄付しよう」
ゴールドも仏像を供えることにし、慰霊碑の隣にはもう一つ並んで祠が作られた。その頃には設営作業も終わり、後は僧達の細かな打ち合わせを残すのみだ。涼春が村人から聞きだした土地の風習なども取り入れ、式の最終的な段取りが話し合われる。
「自分は慰霊に専念致す」
「‥‥あたしは‥‥‥舞や楽曲を奉納すると言った形式しか思いつきませんでしたが‥‥」
「我らが舞姫殿も神楽舞を奉納される様である。二人舞の形を取られては如何か」
控えめに口にした林檎。涼春が傍らのアゲハへ視線を移してそう提案した。
「とりあえずボクは犠牲者と村人のために踊ろうと思うけど‥‥踊るぐらいしか取り柄ないしさ」
しょげた顔でアゲハが答えを待つ。それに見詰められ、林檎が逡巡する。
「ただ‥あたしの孤独な舞で慰められるかと言うと‥‥‥いえ、大事なのは死者を安んずる気持ちでしたね。謹んでお受け致します」
そして当日。
池袋村には涼春の叩く木魚の音が読経と共に響いている。ジェスターも普段のクラウンメイクを落とし、素顔のケイン・マクドガルとして式事に参加している。ローブ姿で村人達へ教えを説き、クリアラと共に式の進行を助ける。村民を始め近隣住民の多くが参列し、式は厳かに進められた。
「始まったか」
それを遠巻きに眺めながらゴールドが呟いた。彼はこれから森に入り、辻斬りの犯人に至る手がかりを探りに行く所だ。この手の事には特に長けた彼だが、事件から何日も経った後でこの広い森から手がかりを掴むのは至難の道程だろう。康利もまた聞き込みを行ったり、自ら囮になって夜道を歩いたりもしたがどれも空振りに終わっている。分かったのは辻斬りの遺骸が刀傷だけでなく槍によるものなども混じっていることくらいだ。複数犯の可能性も考えられるという所か。
「危険な芽は摘み取っておきたかったんだがな」
康利が忌々しげに呟く。ゴールドもこれ以上は無駄足と悟ると、二人は揃って会場へと引き返した。
式事はちょうど終わりを迎えようとしていた。
「‥生きている私達には――」
静まり返った会場に響いた声はクリアラのものだ。今日は袈裟に着替えて式の進行を買って出ている。
「こうして祈りを捧げ、安らかに眠りにつけるよう手伝う事しか出来ません。貴方達の苦しみを理解する事も、分かち合う事も出来ません。けれどせめて、その心の痛みが少しでも晴れるように」
そこで言葉を区切るとクリアラは静かにこう結んだ。
「祈らせて下さい」
「安らかに眠って頂きたい」
涼春が合掌し、村人達もそれに習う。ここに集った大勢の住人達から、犠牲者へ黙祷が捧げられた。
こうして式事は終わり、集った住人へは供え物の料理や酒の残りが振舞われた。シャーリーもその席に混ざり、村民達と共に食事を楽しんでいる。
「ジャパンではどんな霊も祀れば守り神になると聞きました。豊作や豊猟も祈ってみましょう」
「それでは慰霊の儀の終了と豊作などの祈願を込めて、これより舞の奉納を執り行いたいと思います」
澄んだ声でクリアラが告げる。のほほんとした普段の様子と打って変わった立ち居振る舞いに皆が改めて驚いた顔を向けた。
「‥‥はわ? 私も神官の端くれですよ? このくらいの事は言えますよ?」
その時だ。
ゴールドから借りた装束に身を包んだアゲハが舞台へ躍り出てきた。祭囃子のように軽やかな拍子に乗せてアゲハが足を踏み鳴らす。奉納舞の始まりだ。輪鈴が鳴り響き、御幣の紙の擦れ合う音。それに誘われるように林檎も舞台へ進んだ。
がやがやと宴のざわめきの中。笛の音が軽やかに舞い、鼓が音曲を盛り上げる。たとえば能楽のようにしわぶき一つ許さないような張り詰めた洗練とは違う。神遊びに始まって民間の祭礼から生まれた神楽には、何処かおおらかさがある。しなやかな肢体を舞わせるアゲハの表情も生きいきとしている。頬を朱く上気させながら弾むようにし、輪鈴を掻き鳴らす。
不意にアゲハが林檎を振り返った。控えめに扇を舞わす林檎へ、誘うように御幣を振るう。視線が重なるとアゲハが踊りながら笑いかけた。釣られて笑った林檎。困ったようなその笑顔が、見詰め合う内に次第に柔らかく丸くなっていく。そこへ畳み掛けるような鼓の音。神楽囃し。いつしか林檎は扇を振るってその小さな体を伸びやかに舞わせていた。
いつのまにか辺りには人々の笑顔が溢れている。それを見渡して大田がしみじみとこう呟いた。
「現世では仏恩に報われなかったが、この地の御霊も来世こそ平穏にすごしてもらいたいのう」
「こういう物は毎年やる事に意義があるそうです。そうですね、来年も出来ると良いですね」
シャーリーも笑顔で頷いて見せる。それを見届けると大田がふと席を立った。賑わう宴席を離れて一人向かったのは慰霊塔の祠だ。石塔を摩りながら大田が呟く。
「さて。慰霊塔に名をつけるのならば『四面塔』かのう。いや、思いつきなんじゃがな」
こうして池袋村では、犠牲者の追悼のため毎年この神事が行われることとなった。以来、功徳によりこの地での辻斬り事件はパタリと止んだのであった。冒険者達によって建立されたこの四面塔は祭事とともに後の世まで受け継がれることとなった。
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そして現代。
ジ・アースとは別の時空、我々の生きるこの日本にも四面塔と呼ばれる慰霊の石塔は存在している。区画工事で二度場所を変えながらも、第二次大戦の戦火を免れてこの地にある。
池袋の東口を出て街を訪れることがあったら、是非左手の線路沿いの通りへ足を伸ばしてみてほしい。通り沿いの小さな空間にひっそりと張り付いたような池袋駅前公園のその片隅で、塔は変わらずこの地を守り続けている。