とても素敵な猫上サマに

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月31日〜11月05日

リプレイ公開日:2005年11月08日

●オープニング

「新しい依頼が入ってるぞ。金払いもいいしなかなかの上客だ」
 江戸近郊に住むとあるお金持ちの老夫婦。依頼人はそのお婆さん。病床にあるお爺さんを励ますため、冒険者達に手を貸してほしい。
「励ますってまた漠然とした‥‥」
「そうだな。それについては先方から注文があってな。話すとちょっと長くなるのだが――」
 むかしむかし。といってもそんなに昔じゃねーけど、とりあえずちょい昔くらいにお爺さんとお婆さんがいました。あと猫もいました。お爺さんとお婆さんには子どもがいました。やがて家を出て結婚した息子や娘たちは子どもを生みました。猫も子どもを産みました。お孫は大きく成長しました。仔猫も親猫に成長しました。大きくなった子どもと孫たちは、いつかみんな街へ出て行ってしまいました。残されたお爺さんとお婆さんは最後に残った母猫をとても可愛がりましたが、何かまあその、ナニ? いろいろあったりして、お爺さんは病気になってしまったのでした。
 お爺さんは言いました。
『もう息子も娘も仔猫も家を出てしまったが、最後に残った母猫だけでも昔のように笑ってくれれば。またわしらも昔みたいに笑って暮らせやせんじゃろか。のぅ婆さん?』
 どうぞ、この猫を笑わせて下さい。そのためならばお金は惜しみません。
「まあ、その。なんだ。金持ちの考えることは分からんな」
「っていうか、猫ってそもそも笑うの?」
 ‥‥‥うーーん。
「俺らが頑張っても依頼人に『笑ってない』って言われて支払い拒否されても困るんだけどな」
「その代わりといっては何だが。関係資料はかなり事細かに纏めてあるぞ」
「そいつは助かる。どれどれ‥‥」
 名前は玉。メス、8歳。体毛は茶で、濃淡が鎬の帯状になったチャトラ。体重は一貫強でだいぶ太め。好物はブリのあら煮。特技はお手。手を出すと乗せてくるが機嫌が悪いときは相手にしてくれない。そしてどちらかというと機嫌が悪いときが多い。これまでに子どもは二度の出産で14匹。いずれも老夫婦の子どもや孫に貰われて、今は家にはいない。仔猫の毛の色は半分が母親似のチャトラで、残りは白地に茶のぶち、黒のぶち、それからキジトラが二匹。名前は上からクロ、ミィ、ハナ、次郎、チビ、トラ、チロ‥‥
「って、全然役に立たねーじゃねーか!」
 依頼に役立つかはともかく老夫婦が猫好きだということはヒシヒシ伝わってくる。
「まあそう言うな。手がかりになるか分からんが、資料の最後に気になることが書いてある。目を通すといい」
 まだお爺さんが元気だった頃。お婆さんと二人で玉を連れて秋祭りへ行ったことがありました。祭りには旅の神楽舞がやって来ていて、賑やかな様子を見てお爺さんは楽しそうに笑いました。お婆さんも笑いました。ついでに玉も笑いました。お爺さんもお婆さんも玉も、とても幸せでした。
『また玉が笑っとる顔を見れたら、わしもまた幸せな気持ちになれるかもしれん』
 ですが気まぐれな玉はぷいとそっぽを向いたままで、笑ってはくれなかったのです。お爺さんはすっかり肩を落としてしょげ返ってしまいました。困ったお婆さんは、冒険者ギルドというところが難事件を解決してくれると噂に聞いて、藁をも掴む気持ちですがりついたのです。
「‥‥という訳だそうだ」
「うーむ」
「とりあえず『笑ってないので払えません』といわれちゃ困るのも分かった、そこは何とか前金を貰えるように話しておくとしよう」
 前金で定額、完遂すればそれに数割上乗せで成功報酬を。
「この物騒な世相に他愛のない仕事だが。これくらいのことが成せぬようではギルドの名折れだ。しっかり頼んだぞ」

●今回の参加者

 ea1011 アゲハ・キサラギ(28歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea4475 ジュディス・ティラナ(21歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9884 紅 閃花(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9938 レイル・セレイン(29歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0938 ヘリオス・ブラックマン(33歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2614 秤 都季(40歳・♀・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb3752 敏輝 香美奈(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

龍深城 我斬(ea0031)/ ラン・ウノハナ(ea1022)/ 無道 風鳴(ea1658)/ 所所楽 林檎(eb1555

●リプレイ本文

 猫を笑わせるなどという珍妙な依頼だから、集った冒険者もまた随分と奇特というか、物好きな連中ばかりのようである。
 レイル・セレイン(ea9938)はさっきから猫じゃらしを鼻先で揺らしているが、玉は微動だにしない。玉は日向ぼっこの最中。縁側で座布団に蹲ってずっと目を細めて庭を眺めている。試しに手を差し出してみたが、今日は機嫌が悪いらしく、ぷいと眼を背けただけだった。レイルが溜息をつく。
「猫ってホントに笑うのかしらねえ‥‥まあ依頼だしやれる事はやりましょうか」
 そこへ弾んだ声が飛ぶ。庭を駆けて来たのはジュディス・ティラナ(ea4475)だ。
「おてんとさまのおぼしめしーっ☆ 今日は猫さんを笑わせるのよーっ☆」
「‥‥それにしても、猫ってどうやって笑うんだろう。お腹を抱えてゲラゲラ笑う〜‥‥なんて事はないよね?」
 その後ろからアゲハ・キサラギ(ea1011)もひょっこり顔を出す。道中いろいろと可愛らしい想像をしてきたのか頬が少し緩んでいる。手荷物をおろすと、出掛けに作ってきたブリのあら煮を詰めた漆器を取り出した。
「好物って聞いたから作ってみたんだけど‥‥」
 そうやって玉の前へ差し出そうとすると。
 タン。
 玉が前足で床を叩いた。警戒のポーズだ。顔を曇らせたアゲハへレイルが訳を話して聞かせる。
「知らない人が大勢来たからかしらね、今日は機嫌悪いみたいなの」
「あ! だめよ謙信っ」
 と、横から飛び出した三毛猫が器にかぶりついた。首の赤褌を揺らしながら美味しそうにしている。
「あのね、あたしも猫さん連れてきたのっ☆」
 と、ジュディス。折角早起きして作ったのにとアゲハはむくれているが、玉は相変わらず。そこへ今度はヘリオス・ブラックマン(eb0938)が七輪を持って来た。秋刀魚を乗せて火に掛けると、食欲をそそる香ばしい匂いが漂い始める。
「はいはい〜。玉さん〜。美味しいサンマですよ〜。美味しいですよ〜」
 箸で摘んだ秋刀魚をヘリオスが玉の鼻先へ泳がしているが、これまた見向きもしない。黙って見ていた秤都季(eb2614)が溜息をつく。
「猫ってぇ、笑うのぉ? ‥まいっかぁ、ぶっちゃけぇ、躍りに来たんだもんねぇ♪」
 隣のジュディスとアゲハを見遣ると、三人は頷きあう。
「まずは試しに舞って見ようー」
「アゲハちゃんがやるなら、あたしも一緒に踊るーっ☆」
「じゃ、早速ぅ♪」
 秤が拍子を取って踊ろうとするが。
 ――タン!
 またもや警戒の玉。三人はそそくさと庭の隅へ退散する。
「‥弱ったな。どうやったら笑ってくれるかな‥‥」
「そうだ☆ 猫さんと一緒に踊るのはどうかしらっ☆」
 ジュディスが縁側を見遣ると玉は謙信と一緒になって魚に口をつけている所だ。アゲハ達と一緒についてきた仲間がそれを遠巻きに囲んで眺めている。さて、どうしたものか。秤が試しにテレパシーで会話を試みると。
(『玉さんは何で笑わないのかなぁ‥‥?』)
(『‥‥‥‥。』)
 ぷい。
(『笑えぇ〜っ?』)
 と凄んで見せるが、テレパシーで凄んでもあんまり怖くないせいか、またもやプイ。随分と気難しそうな性格のようで、これでは先が思いやられる。

 座敷では紅閃花(ea9884)がお婆さんを相手に舞の衣装選びの最中だ。
「こんな感じでは如何でしょう」
「もう少し明るい色味だったような気がするねぇ」
「なるほど‥‥ではこれでは?」
 人遁の術で服装を変えて見立てれば短時間でかなりの部分まで当時の衣装を再現できそうだ。
「そんな感じだったような気もするわねぇ」
「ではこれで」
 後はその服装を仕立屋に見せて突貫で設えて貰うだけ。予算は依頼人持ちだから楽なものだ。舞台作りの準備の方もヘリオスらの手で着々と進められているようだ。
「舞台設営は大変ですね〜。でも、頑張って素晴らしいものを作りましょう。これも玉さんの為です!」
 依頼人夫婦と話し合った結果、庭に舞台を作ることとなった。老夫婦と玉には縁側に座って見て貰う運びだ。雇った職人に混じってヘリオスも作業を手伝う。レイルもフードを被って準備に勤しんでいる。老夫婦に寛いで見てもらえるようにと、手伝いに来た仲間達と一緒に菓子を用意したりお茶を淹れたりと慌しい。
 衣装の方は何とか無事に済んだのか、紅が仕事を終えて戻ってきている。先から玉にお手を試しているがやはり無反応。
「やはり機嫌が悪いのでしょうか。これで特技はお手と言うのは、何か間違っている気がします。ええ」
 そんなこんなで作業は滞りなく運び、日暮れを前に完了する。レイルが一息ついて縁側に腰掛けた。
「そーいえばジャパンのお祭って見た事無かったわね。神楽舞ってどんな感じなのかちょっと楽しみだわ」
 ふとレイルが視線を泳がせる。
「猫さんは祭の何が楽しかったのかしらね? その辺がはっきり分かれば笑ってくれるかしら?」
 だが秤のテレパシーでも詳しいことは聞けずじまいで、ジュディス達も不安そうだ。そんな様子の舞い手達に紅が装束を着せていく。最後の仕上げにと紅は仲間達と一緒に化粧を施した。
「こんな所でしょうか。不安は残りますが今は最善を尽くしましょう」
(「‥‥それにしても。悪巧みしない自分に、どうも違和感を感じてしまう昨今。なかなか病的ですわね、我ながら」)
 不意に、表でがやがやと人の気配。黒崎流(eb0833)が囃子手の都合をつけて戻ってきたようだ。
「近隣の社を頼って、何とか渡りをつけてきて貰ったよ」
 猫を笑わせる等と馬鹿正直に話すのもややこしいので、そこは口八丁で。予算から謝礼もし、丁重に申し入れれば話を分かってくれたようだ。
「ただ、ちょっとだけ誤算があってね」
 そういって振り返った所へ、庭先へひょこりと香月八雲(ea8432)が顔を出した。後ろを振り返って。
「皆さん、こっちですよ!」
 やって来たのは、街に出たという息子に娘。彼らの孫と、貰われていった仔猫達まで。息子、娘夫婦が家族に猫連れの大所帯で庭へ入ってくる。
「所在を調べて声を掛けてみたんだが、困ったことに予想以上に集ってしまったみたいでね。一般の人にとっては面白い見物だしね。お子さん達も興味を持ってくれたようだし、もちろん嬉しいことに綺麗なお嬢さ‥‥」
「猫を笑わせるなんて、よくわからないけど楽しそうです!」
 流を押しのけて八雲。連れて来た玉の仔猫の一匹を抱えあげるとアゲハ達へ笑顔を投げかける。
「お爺さんの元気が無い事を伝えて、飼い猫と一緒にお見舞いに来て下さるよう頼んでみました! 踊りを見るのなら、賑やかな方が良いでしょうし!」
 その真っ直ぐな瞳に見詰められ、アゲハが照れ混じりの笑い顔でちょこんと頷いた。
「‥‥これで完璧だね。神楽舞はボクに任せて、一応これで生活してるんですから♪」
「はい! お爺さんやお婆さんが元気になってくれるよう、頑張らないとです!」
 お膳立ては整った。八雲に答えて胸を張ったアゲハにもう迷いはない。自信満々の表情。
「それじゃ今度こそ、一指し舞って見せましょうー」

 やがて日は沈み夜が来る。依頼人一家は縁側に集り、舞が始まるのを固唾を呑んで見守っている。舞台に三人のシルエット。それが不意に、ジュディスの魔法で作られたスポットライトに照らし出される。秤が合図を送ると脇の囃子手から拍子木の音。それに合わせて三人が踊り始める。
 シャン、とアゲハの輪鈴の音。その道の専門家でもある秤の振り付けで、御幣を振りながら舞台の真ん中でしなやかに手足を舞わせる。その後ろでは両手首と足首に鈴をつけたジュディスが小さな体を弾ませて踊り、徐々に速くなる拍子と高まる熱。鼓の音。ジュディスやアゲハの猫も一緒になって飼い主の横で跳ねている。可愛らしい様に子供たちから笑い声が上がる。勿論、秤も二人の引き立て役になって一緒に踊っている。扇舞じゃなくてハリセン舞だったりするがそこはご愛嬌だ。
「おおー。皆さん、素晴らしい舞ですね〜。素人の私の目で見ても凄いと分かりますよ〜。陳腐な表現ですが、とても優雅で美しいですね〜。惚れ惚れしますよ」
 ヘリオスが感嘆を漏らした。紅やレイルも仕事のことは忘れてその様に見入っている。そこへ八雲が蒸かし立ての饅頭を持って皆へ配り始めた。八雲の働く居酒屋の定番メニューの特製鳥そぼろ慢だ。饅頭を手渡されて流が微笑を零した。
「お、ありがたいね。元々、半分は自分が楽しみたいのもあったからね」
 さてさて。
 舞が終われば後は宴会だ。おにぎりに焼き鳥、枝豆も。子供達にはお菓子、猫には焼き魚に蒸し魚だ。久しぶりの家族の団欒、夕餉もちょっぴり豪華だ。ヘリオスが舌鼓を打つ。
「ふ〜。今日は疲れましたよ。玉さんの為に皆さん頑張りましたからね〜。うう‥‥。眠いです‥。猫のように惰眠を貪りたいです‥‥。‥いっそ猫になりたいです!!」
 結果として、この舞は大成功の内に幕を閉じた。玉はお爺さんの膝の上で相変わらずのむくれ面だったが、老夫婦には笑顔が溢れている。屋敷では孫達が走り回り、仔猫達もご馳走を前に上機嫌。酒の入った秤を始め冒険者達も相伴に預かる。
 依頼人夫婦の横で世間話に興じていた流が、ふと言葉を区切って口にした。
「‥‥玉が笑わなくなったのは、あなたを心配しているのかもしれませんよ」
「絶対そうですよ! 猫だって立派な家族の一員ですから! 元気の無さそうな飼い主を心配するのは当たり前です!」
 そう訴える八雲の顔はとびきり元気な笑顔。そんな顔を見てるとこっちまで元気になってしまうようだ。
「飼い主が笑顔で楽しそうになれば、きっと玉も嬉しくなって、楽しそうな笑顔になってくれます! 孫子もこう仰いました! 笑顔は人の和、と!」
「先ずはあなた自身が、元気に笑える事を考えてみては?」
 流の言葉に夫婦は顔を見合わせた。気恥ずかしそうな表情の老夫婦へ、流はそっと微笑み返す。
「時間は粛々と流れて行きますから、後悔が無いように」
 この夜、屋敷では遅くまで子供たちの楽しげな声が響き、老夫婦も笑顔が絶えなかった。長らく寂しい日々をすごしてきた二人にとっては幸せな夜であったろう。玉の笑う所こそ見れなかったが、依頼はしっかり成功したといっていいだろう。
「にしてもぉ‥‥」
 だが秤には少し不満が残るようだ。せめて玉の感想だけでも聞いておきたい所だが。
(『これでも一応頑張ったんだしぃ? 玉さん、あたし達の舞はどんなだった?‥‥って、あれ?』)
 その問いかけにもやはりまた返事は無い。代わりに、小さな寝息が一つ。目を細めて。気持ちよさそうに。お爺さんの膝の上に丸まった玉はすっかり寝入っていた。それはともて安らかな顔で。
 まるで微笑んでいるような寝顔だった。