優しさの意味を知る

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:08月07日〜08月16日

リプレイ公開日:2004年08月17日

●オープニング

 雨が降っている。
「莫迦だけど優しいって、あるよなぁ、そんな言い回しが」
 男が一人、村外れの河原沿いの道に立っている。背を叩く雨にどれほど打たれたのだろうか。着流しも髪もべったりと肌に張り付いて濡鼠の姿だ。
「無垢な心で穢れなくってよォ。言うよなあ。ありゃ幻想だ」
 男の足元にはズダ袋が一つ転がっている。
「人が憂うと書いて優。純真無垢などとは是よくぞ云ったもので、赤子の心が白無垢の如くなら何の優がある? そうだろ、そうだよなァ」
 雨が降っている。村中を冷たく覆う小雨はいつ止むとも知れぬ長雨だ。雨粒に身を凍えさせながら彼は「それ」を引き起こした。ずぶずぶと滑った音を漏らして外気に触れたのは刀。刀身を濡らすは雨にあらず血糊。ズダ袋には血が詰まっている。二本の手足と頭が一つ。
「痛み知り悲しみ知り心憂うが優有り。想像力が大事だと思うんだよ己は。莫迦には其れが欠けてやがるんだ。莫迦だけど優しいって言う、ありゃ嘘だよなぁ?」
 転がる躯は冷え切って答えなど返そう筈もなく。不意にどこからかわらべ歌が聞こえて来る。数え歌だ。

   一つとや 一夜明ければ
      にぎやかで にぎやかで
        小飾り立てる 松飾り 松飾り

 男が眉根を寄せ、ふと天を仰いだ。その声は聞こえる筈もない声なのだ。何だ、そうだ。この声は己の頭の中から聞えて居るんだ。そう気づいて、男は声を上げて笑った。寄り合い所も、村の社も東屋も、陽気な気立てのあの娘、老いた村長(むらおおさ)今年生まれたやや子の身も。全ての躯に等しく凍える雨が注がれる。

   二つとや 二葉の松は
      かずさ山 かずさ山
         三蓋松の‥‥


 死した村で一人男は濡鼠で立っている。
「‥‥‥‥優しゅうて。優しゅうて‥」
 雨が、降っている。冷たく降りしきる長雨はいよいよ雨脚を増している。時期に、土砂降りの大雨が来るだろう。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥。


「江戸より街道を五日あまり離れた寂れた村に、罪人が一人逃げ込んだ」
 男は相当に腕の立つ剣の使い手。市中にて辻斬りを行い治安を乱した咎で捕縛されるも護送の際に護衛の兵を二人切り殺して逃亡したのだという。
「これを捕らえるというのが今回の依頼だ」
 方法は問わず、生死もまた問わず。誰であろうと是を捕らえた者に15Gを与える。逆を言えば、男を捕らえた一人を除いては報酬は支払われない。
「金15ともなれば是は駆け出しの与太者には破格の値。その身を賭けて挑む価値はあろう。なあ?」

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0233 榊原 信也(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0299 鳳 刹那(36歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0841 壬生 天矢(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea0889 李 焔麗(36歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1426 鬼剛 弁慶(35歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea1891 三宝重 桐伏(39歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3874 三菱 扶桑(50歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea5298 ルミリア・ザナックス(27歳・♀・パラディン・ジャイアント・フランク王国)

●サポート参加者

風守 嵐(ea0541)/ クレセント・オーキッド(ea1192)/ 大神 総一郎(ea1636)/ 物部 義護(ea1966)/ 星 不埒(ea4035

●リプレイ本文

 折からの長雨はひどい土砂降りを経てやがて和らぎ、疾うに霧掛かった小雨になっていた。巴渓(ea0167)ら冒険者達がこの惨劇の舞台となった村へと辿り着いた時のことだ。
「罪人の捕縛か」
 お上も手を焼く厄介な仕事を回されたと三宝重桐伏(ea1891)が軽く舌打ちをする。訳も無い。降りしきる雨の中でも微かに混じって漂い来るそれは血の生臭さ。川縁の道から霧雨に遠く霞む先に転々と見えたのは倒れ伏した村人の遺骸だった。
「戦いの末の死ならば自身も覚悟の上だが、戦いを望まぬ者をまで犠牲にするのは許さん」
 鬼剛弁慶(ea1426)の言葉は彼の寡黙さ故に尚更重い。鬼剛の固めた拳を横目で捉え、壬生天矢(ea0841)が小さく眉を動かした。
「相手は何人も殺して来た鬼畜だ。それに、切羽詰まった奴程とんでもない力を発揮するもんだしな」
 罪人は相当な手練だと聞き及んでいる。生け捕りにするような余裕も、また理由もありはしない。
「無論、‥‥全力で叩き潰すのみ」
 鬼剛の言葉から彼の決意を感じ取ってか、ルミリア・ザナックス(ea5298)が兜を脱いだ。この雨の中では少しでも視界を広く取って戦いたい。
『行こうか、皆』
 ゲルマン語の話せる渓が彼女の言を仲間達へ伝え、村外れに各々馬を繋いで準備を済ませると一行は得物を手に歩き出した。ルミリアそして鬼剛に並び、一行に名を連ねる三菱扶桑(ea3874)もまたジャイアント。この雨の中で遠目にもその姿は目立つだろう。仲間達で辺りを窺い不意打ちを警戒しながらの探索行となった。
 そして遭遇は起こる。村へ入って何軒目かの民家、その中から聞こえた物音に気づいた桐伏が歩を止め、狭い屋内を覗き見て鬼剛が顔を顰める。三菱が刀に手を掛け、暗がりに目を凝らす。
「待て、俺達は同業者だ」
 答えた榊原信也(ea0233)は手負いだった。彼の言葉を計りかねて渓が皆を振り返ると、仲間の一人が頷いて返す。見ると、信也の後ろには壁へ背をもたれた数人の姿がある。皆、手負い。確かに、彼らに敵意はないようだ。
「大丈夫か」
 三菱が駆け寄り懐から薬を取り出し、他の仲間も続く。
「かたじけない」
 マントを赤く染め、御影涼(ea0352)は冷たくなった体を小さく震わせている。信也と行動を共にした彼は男の逃走経路を割り出して逸早くこの村へ辿り着いた。そして、この場所でつい数時前、仲間達の助力を得て敵を追い詰め、そして返り討ちに遭ったのだ。
「奴は大量の返り血を浴びている。この雨じゃそう遠くへは逃げてない」
「恐らくはまだ村のどこかにいる筈だ」
 それを聞いて桐伏が外へ駆け出した。

「よぉ‥‥アンタだな、逃亡した罪人ってのは」
 表へ飛び出した桐伏が男と遭遇するのにさして時間は掛からなかった。ぬかるんだ道に所々うっすらと続く血の滲みは村の社の境内へと続いていた。
「折角逃げたとこ悪いが、死んでもらうぜ」
 抜刀し、徐に酒を煽る。男は動かない。距離を取ったまま暗い瞳でじっとこっちを見ている。桐伏が先に動いた。構えを取る暇を与えずに踏み込み様の必殺の突き。
「――――!」
「!――――-ッ」
 二人の半身が交錯する。男の居合いが突きを弾いた。空振り。男が笑う。桐伏も笑う。男が動いたその一瞬を狙い済まし、桐伏は含んでいた酒を目潰しに吹きかける。そして再びの剣撃。
 僅かに数呼吸の間だ。血華も吹きかけた酒も、吸い込まれる様に霧雨の中へ消えて行った。ぬかるみに転がったのは桐伏。
「三宝重―――ッ!」
 桐伏の後を追ってきた仲間達が続く。真っ先に渓が、それに遅れて天矢が飛び出した。
「見つけた‥派手にやろうぜッ!」
 渓ごと巻き込みながら天矢の放った衝撃波が男を包む。それに合わせてルミリアが男の刀を狙って長剣を叩きおろした。
「話通りなかなかの手練れ、流石に簡単には行かないか‥‥だが」
 大技の二連撃を前になお反撃の構えを見せる男に三菱が思わず舌を巻く。実力においては一回り以上も仲間達の上を行くその技量、技と技との連携の僅かな隙も、男には必殺の呼吸となり得る。三菱はその芽を摘むように男へ牽制の太刀を浴びせる。辛うじて繰り出された切っ先を天矢が飛び退ってかわし、呼吸を盗んで渓が太腿へ一撃を浴びせる。渓の拳を即座に切っ先が追うが、それは空を切った。渓が後列へ下がるとそこには六角棒を振り被った鬼剛が控えている。男を誘い込む陣はすでに組まれていた。境内の広さは多対一の有利を引き出すに余りある。ルミリアも同時に身を引き、体を入れ替えるように天矢が鬼剛に並んで身を踏み出した。
 鬼剛の太い腕が力ある緊張に震える。ここまでの連続攻撃はさすがの男も避け様がない。鬼剛と天矢の重い一撃が男を押し潰す。
「‥‥‥‥」
 足を踏み外した男を粉砕せんと、無言の圧力を持って鬼剛が止めの上段を振り下ろした。だが。
「‥‥‥強い奴とやると、震えが止まらないぜ」
 剣光が煌き、低空を刃が切り裂く。男は体を崩しながらも鬼剛へ反撃を繰り出した。鬼剛の渾身の一撃は泥水を跳ね飛ばすに止まり、割って入った三菱が寸での所で刃を受け止めた。男の手際に、天矢が唇を捲って冷たく不敵な笑みを覗かせる。
「これはどうかな‥‥避けられるかい?」
 天矢が構えを下段に取った。体勢を立て直そうとした男へ鬼剛の上背が影を落とす。再び振り被られた六角棒。上下の連撃、男は泥土に手を突き転げるように飛び退るが間に合わない。だがぬかるみの所為か、僅かに踏み込みが浅い。それはなお、今だ決着の一撃には及ばない。
「面白ェ、やったろうじゃねえか! テメェは俺の手で倒してやる!!」
 その隙を逃すまいと、追い討ちを狙って渓が勝負に出る。それを受けて仲間の送った合図に従いルミリアが男へと一気に間合いを詰めた。巨躯のルミリアが男の腰元より低く実を屈めるかという低姿勢、その彼女の背を渓が蹴り、踏み台に高く跳躍する。男が見上げる中、中空の渓が半身を捻って蹴りの動作に入る。それと同時に、渓に踏まれた勢いを逆手に取り、ルミリアが潜り込む様にして半ば倒れ込みながら長剣を振りおろす。再びの上下からの二連撃、必殺の剣技と蹴技が男へ向けて放たれた。


●三蓋松の優しゅうて
「その刀‥‥‥抜いてやったのか‥優しいな‥」
 数時前、川原沿いの道に降り注ぐ長雨は激しさの頂点を迎えていた。血縁者や旧知の仲間らと共に逸早く村へ辿り着き、御影涼は男を追い詰めていた。
「深くは聞かない。だが事情あっての諸行と推察する。斬り合いたくはない、出来れば話を――」
 男はそれに刀を抜いて応えた。その所作からも互いの力量差は容易に量れる。進むべき道は他にはない。涼は仲間達と共に男と切り結んだ。仲間の張った結界を頼りに、数人掛かりで刀や利き腕、足と執拗に弱みを突く。足場の悪さと雨の不利を見越して軽袗袴や草鞋で身を固め一行は男と渡り合った。やがて劣勢に立たされた男は逃走し、それを追って涼達も追撃し、遂に彼らは男を村の家屋の一つに追い込んだのだ。
 屋内で逃げ場を失った男へ仲間の一人が刀を手に飛び出した。男がそれを迎え撃つ。だがそれは陽動。
(「一撃だ、首を刎ねて止める‥‥!」)
 既に戦いの初めより物陰から物陰へと男の背中を付け狙って信也が刃を構えている。ただ一撃で仕留める機を窺っていた彼が遂に動いた。
「これで終わりだ!」
 心中で叫びを上げ、無言の忍者刀がまっすぐに男の首根を狙って薙ぎ払われる。その彼の背にはぴったりと重なって仲間の忍者が呼吸を合わせている。背後からの二連撃、これで決着が着くかに見えた。だが後一歩という所まで追い詰めた涼達はこの直後、壊滅的な反撃に見舞われることとなる。
 男が咄嗟に柱の影へ背を預けた。そこに僅かながら、一対一で向かい合う空白の時が生まれた。男は追い詰められたのではなかった。屋内へ誘い込んだのだ。僅かに三振り、それで三人が沈んだ。数の不利を覆したと見ると男は即座に逃走を図った。床を蹴り一足飛びに土間までを飛ぶ。そこには涼が待ち構え、立ち塞がっている。
 勝機は僅かな踏み込みの差にある。男の着流しは重く水を吸って脚に張り付いている。軽袗を履いて身動きの軽い涼にも分はある。人を殺めた男を斬ることに躊躇はない。二人の視線がぶつかり合い、火花を剣光に変え暗がりに散らす。
(「何故泣いている‥‥何故お前の目は哀しい‥」)
 渾身の剣撃、男の着流しを返り血が濡らし、そしてまた彼自身の鮮血が赤く染めた。すれ違い様の切っ先は男の脇腹を確かに捉えていた。一瞬、男の視線が哀しげに、倒れ行く涼の姿を捉えたが、やがて視界の端に置き去りにすると男はその場を駆けて行った。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥。

 一発逆転を狙った大振りを返り討ちにすることなど、男には造作もないことだった。まして逃げ場のない宙へ身を躍らせた渓を打ち落とすことなど。ルミリアが踏み込みに際し剣の持ち手を変えて打点をずらすのもしっかりと視界の端に映っている。
(「奴と交わす言葉は不要、外道に御仏の慈悲なし!」)
(「咎人に語る高説など無い、ましてや我は交わす言語すら修めておらぬ」)
 ――ただまっすぐ己の剣を振り抜くのみ!
 二人の必殺の連携技も、男には難なく切り抜けられる児戯でしかなかった。五体無事であったならば。脇に負った傷は彼の足を止め、遂に男は重い打撃を浴びせられた。






     「一つとせ 人目かくしの頬かぶり
            かくしても見えます伝兵衛さん
                       なのこっちゃいな 」

 村外れの林道の入り口に、誘うように歌声が木霊している。陽気な節回しは、惨劇の村のそれとは懸け離れてどこか薄ら寂しくも聞こえる。

     「二つとせ 二股大根別れても
            お小夜と伝兵衛さん離りゃせぬ
                       なのこっちゃいな 」

 彼女は鳳刹那(ea0299)、同郷の武道家・李焔麗(ea0889)と共に村を訪れている。
「さて‥‥難しい依頼です。私にどこまで出来るかはわかりませんが、まあせいぜい、頑張らせて頂きましょうか」
 そう嘯きながらも焔麗の行動は計算に裏打ちされた強かさがある。他の仲間達では男を仕留めるには至らないと踏んだ彼女は、負傷して村を逃げ出すであろう男の逃げ道を割り出し、伏兵として潜んでいるのだ。

「三つとせ ‥‥ 」
「――皆さんこの日は
      らく遊び らく遊び‥ 」

 不意に、刹那の歌に誘われる様に掠れた男の声が続いた。靄の中、男が一人、道を望んで立っていた。
「春さき小窓で――」
「――なのこっちゃいな」
 彼の歌声に刹那が続きながら焔麗と共に行く手へ立ち塞がる。男の着流しは返り血に濡れ、脇腹と太腿に負った傷は傍目にも酷く深い。ふと焔麗が目をやると、彼の退路を断つように天矢ら他の冒険者達が控えている。ルミリアと渓の技を食らった男は余力を振り絞りここまで逃げ来ていた。
「待ち伏せか。頭が回ることだな」
 忌々しげに三菱が悪態を吐く。
「ふん、報酬ならお前達にくれてやる。だが危うい時は問答無用で助太刀するぞ。見殺しにしては寝覚めが悪いからな」
 他の冒険者達の見守る中、焔麗と刹那が左右から手負いの男へにじり寄る。焔麗が先手を打った。その隙をついて動いた刹那が死角へ回り込んでいる。男が刹那を振り返る。そして。繰り出した爪先を、刹那は男の鼻先で止めた。
 ドサリ。受身も取らず男は前のめりに崩れ落ちた。刹那の蹴りを待たずして、男は既に事切れていた。
「‥嫌だよね‥‥一人ぼっちは」
 男の口元は、何かを言い残そうとしたように半ば開いたままだった。今際の言葉は分からない。その瞳にもう光は宿っていない。


 事件は幕を下ろした。報酬は致命傷を与えたルミリアと渓らに与えられることとなったが、多くは僅かな代価を受け取っただけで残りは死者の弔いへ当てられた。得るものは少なく、帰ってこないものが多すぎた。そんな事件だった。