【奥州戦国浪漫】 多摩川の対陣
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■ショートシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:7〜13lv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:10人
サポート参加人数:9人
冒険期間:11月06日〜11月11日
リプレイ公開日:2005年11月13日
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●オープニング
夢の中で死んでしまうと、人は己が死を知ることなく逝くのだろうか。たとえば死の淵の老人が若き日の己を夢に見ながら死ねば、彼はきっと在りし日の青年として逝くのか。では、そこで誰かまったく別の人物になった夢を見ていたとしたら? その時一体、誰が死んでしまうんだ‥‥?
さて、今宵冒険者達が見るのは悪夢。ところが只の悪夢じゃない。こいつはとても危険な代物だ。触れれば切れるし、押せば血が出る。目覚めまでの暫しの時、死に物狂いで地べたを這いずり回って貰おうか。夢だと思って気は抜かないことだ。忘れちゃいけない、こいつはとても危険な悪夢なのだ。
さて、今宵の夢の筋書きは‥‥‥‥。
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百年の昔。新皇を僭称した平将門と、朝廷の討伐軍との間に激しい戦いが繰り広げられた。
東国を追われて北へ敗走した将門は、藤原家を頼って奥州を目指した。諸侯は是を追撃するも将門はこれを悉く撃破。だが奥州の地にてある時わずか一晩にて壊滅的な敗戦を喫し、討死したとされる。この事実を伝える軍記・将門記は神皇家によって焚書の憂き目にあい、乱の事実は百年の後の世には知られていない。将門の最期もただ壮絶な死に様であったといわれているが、その末期は未だ謎に包まれている。
果たして闇に消されたその真相とは。それを今から語ろうではないか。これはその三月に渡る乱を追い、将門の無念の死までの刻を暫しともに歩むものである。これは将門の乱、その誰も知らぬ真の姿を描き出す闇の軍記である――。
神聖暦864年冬。
源経基の罠によって命を狙われた将門は腹心の興世王と寡兵を伴って西は敗走する。多摩で主力二万五千と合流し、然る後に北へ逃れる。奥多摩と上州を抜け、今度は進路を北東にとり奥州藤原の領内へ逃れる。
だが将門の動きを察知していた討伐軍は、源経基の攻撃に示し合わせて東国各地で将門軍の城を攻撃。無事に多摩に辿り付いたのは僅か九千の兵だけであった。
四天王、坂上遂高軍中。
「御主君はまだ見えぬのか」
将門本軍9千は、四天王の藤原玄明の3千と、遂高の3千と彼の指揮下にある将門直属軍3千を加えた9千。将門ととの合流の地である多摩へ辿り付いたが、まだ現れる気配はない。早馬の報せでは将門の兵力は僅かに二千足らず。ここを討伐軍に叩かれれば、如何に鬼神将門といえども危うい。
遂高からすればすぐにでも主君の下へ馳せ参じたい所だ。だが近隣の砦を落として南下してきた朝臣・小野好古の軍9千とぶつかり、多摩川を挟んで南北で睨み合いが続いている。如何に精強な将門兵といえども、朝臣でも武門の一族として知られる好古の軍を相手取っては苦戦は否めない。
「これを抜かずば公の窮地へ馳せ参ずることはできぬ。然れども今兵を動かして渡河を図れば、たちまち矢の餌食となろう。ここは待つべし。痺れを切らして好古が渡河したその時こそ、これを返り討ちに一息にご主君のもとまで駆け抜けん!」
しかし。
不運は重なる。睨み合いの続く両軍、そこへ更に播磨の雄・大蔵春実(はるざね)らの6千が討伐軍に合流したのだ。
更に――。
「‥‥見えます‥」
不意に澄んだ少女の声。遂高の前へ歩み出たのは巫女装束に身を包んだ少女。その長い睫を伏せ、少女は双眸を閉じた。その肌は白雪のように透き通り、細い腰としなかやな四肢は手折られた花のよう。やや吊りあがった目が神秘的な印象を与えている。
少女が口を開いた。
「敵軍の北に、新皇様の一軍が見えます。興世王様のお姿も」
「それは真か、ミズク」
下総のとある社に仕える巫女であった彼女は、ある日諸国の官職任命の儀式のために立ち寄った将門と出会い、その運命を激変させる。将門を目にした彼女は、将門こそが『八幡大菩薩の使い』であることを直観したのだ。彼女には生まれつき不思議な力が宿っていた。人には見えないものが、その瞳に映るのである。彼女の御告げは、興世王の謀によりやがては将門の新皇宣言へと至ったのだった。
将門が八幡大菩薩の使いであるかは定かではない。だが彼女に不思議な力が宿っているというのは確かな事実であった。
「その後方に、新皇様の命を狙う軍兵が殺到しています。その数はおよそ3千」
多摩川の南に四天王軍9千、対岸の北に討伐軍1万5千、そしてその向こうに将門軍1千8百。更にその後方から追撃する源経基の約3千。最悪の布陣である。
「待つべし! ここで動かば矢の餌食。それは避けねばならぬ!! 我らが鬼神の武名と天命をひたすらに信じ、勝機の訪れをただ待つべし!!」
恨みと激情を肝に刻み、今は敢えて座すべし。戦局の変わり目と共に将門の元へ馳せ参じ、好古の手を逃れて共に北へ逃げ延びん。北行の扉を開く多摩川の対陣、その火蓋は切って落とされようとしていた。
好古軍中。
「全く、忌々しいことじゃ」
大蔵家は華国の古い王家の血筋であり、国の滅亡と共にこの日本へ逃れた一族。小野妹子の末裔でもある由緒ある家柄の好古には陣幕を共にするのが我慢ならなかった。
「怪しげな方士の類や素手で戦う下賎な連中と陣を共にするなどとはの」
さて。睨み合いの続く多摩川は、川幅は広いが深さはなく、浅瀬は徒歩で渡ることも可能だ。周囲は平野が続いており、この河川の存在を渡って正面からの白兵となれば数に利する討伐軍の有利。だが多摩川へ足をかけようとすれば互いに矢の射程に入ってしまう。こうして不毛な睨みあいは半日に渡った。
「ええい。まったく、経基の間抜けめ。奴が将門を仕留めておれば斯様が面倒にはならなんだのに。春実の軍へ伝えよ。先陣を切って多摩川を渡り、逆賊どもの鼻面を叩けとな」
このとき好古へは、一手遅れで将門接近の報せは届けられていなかった。こうして将門接近の報せとは入れ違いに好古が突撃命令を出したことで戦局は一変する。
「夜陰に紛れて悪さされても敵わん。春実には日暮れ前には片を付けるようよく言い聞かせておくがいい。然る後に我が本軍が奴らを殲滅してくれよう」
■□
こうして戦端は開かれた。
大蔵の軍が続々と渡河を始め、それを将門軍の矢の手が容赦なく襲う。やがて渡河を終えた大蔵軍は坂上軍へ到達、激しい白兵戦が始まる。
「将門軍、坂上遂高様、討死!!」
戦いが始まって四半刻、その報せは戦場を駆け巡る。華国武術を使う格闘兵団と方士集団の術が坂上軍を中央を電撃の用兵で切り崩し、将を失った坂上軍は混乱の渦中に叩き落された。
左翼、玄明軍。
「マジかよ! 遂高‥チクショ‥仇は俺が取ってやる!」
太刀を握り締めて玄明は馬首を返した。
「玄明様! 今ここを離れてはなりません! 時期、好古9千が渡河して参ります、矢戦の手を止める訳には‥‥!」
「じゃかぁしい! 黙って俺について来ンだよ!」
(「馬鹿野郎‥‥遂高ンとこにゃあの『剣』があンだよ。万一アレを向こう方に奪われることがあっちゃあ‥‥!)
将門軍は兵を三分し、両翼を矢戦の援護に当てている。浅瀬正面の部隊は遂高を失い混乱している。ここで玄明3千が離れて討伐軍主力の渡河を許せば、持ち堪えきれまい。
「しゃあネェ。精兵3百、付いて来い!」
配下の将の一軍を伴い玄明は坂上軍の元へ駆ける。
(「寡兵だろうが構わねェ。アレさえありゃァ、この程度の劣勢なんざ一発で引っ繰り返せんだ。まずは――『剣』を手に入れる!」)
●リプレイ本文
中央の三千は遂高の討死を境に、まるで解け始めた雪が自重で潰れる様に内側から崩壊を始めようとしていた。指揮系統の乱れと同時に動揺が波及し、各隊の連携は寸断された。
「静まれぇ!これよりこの場は遂高殿の弔い戦ぞ!彼奴らを生かして帰すなぁっ!」
坂上軍の女剣士・椿の怒声が戦場に響き渡った。彼女の奮戦で沈みかけていた士気は僅かに上を向く。坂上の将、日高雄之真が号を発する。
「そら、行くぞぉっ! 頭が討たれたなら、もっと気張らにゃ生き残れねぇ! 死ぬかも何て思うぐらいなら、死ぬ気で殺りあえ!!」
軽装歩兵百の突撃が敵兵を押し返す。だが大蔵軍は四散した坂上各隊をこじ開けて将門軍へ深く楔を打つ。それを救ったのは側面からの弓の斉射。漆黒の鎧具足に身を包むは、四天王・藤原玄明の誇る直属精鋭騎馬隊・龍騎兵。副官の黒崎直衛が友軍を鼓舞し士気の建て直しを図る。
「同胞三千に告ぐ! 以降は玄明様が指揮を執る、慌てて陣を崩さぬ様持ち堪えられたし!」
疾駆する騎馬弓兵2百は敵前で横列へ展開、淀みない動きで弓を射掛ける。この騎馬軍団による騎射戦術こそが将門軍の真骨頂。大蔵軍は兵を分けて龍騎兵を叩こうとするが、既に右角には重装騎馬兵が駆け上がっている。
「貴重な兵を無駄遣いしたく無いんだが‥‥そうも言っていられないか」
騎馬武者百が長槍で脇を貫き、この二段構えの側面攻撃で敵は大きく兵を減らした。
「時期に新皇様もおわす。急いて無様を晒すまいぞ!」
戦況は早馬で将門本軍へも伝えられた。
「けひゃひゃひゃ、生き残らねば次の世界も見ることができませんからね」
マスター・ウェストら姫将・紅葉の部隊はこれより経基の足止めに留まる。紅葉は微笑を零す。
「ミズクさんが将門様に何かを感じたのと同じように、紅葉も将門様に未来を見ましたゆえ」
「その夢、確とこの将門が預かろう! 経基が如きに遅れを取るでないぞ。池袋での戦振りは見事であった。まこと、紅葉は鬼女よ」
「‥‥く、紅葉は男にございまする」
囮となるは姫将三百と鋼蒼柳の弓兵隊百五十だ。
「あの状況から生き残ったというのに‥‥!」
惨劇の夜を思い起こし鋼が拳を握った。紅葉が全軍に告げる。
「皆様、もう一踏ん張りにございまする。共に切り抜け、信じた未来を掴み取りましょうぞ。今暫くその命、紅葉にお預け下さいませ」
部隊は経基の兵を引き連れて脇の林へと向かう。細い林道には足掛け罠が仕掛けられ、敵の出足を止める。
ふと鋼の脳裏をある想いが過ぎる。
(「生きて‥あの少女と再び会える日は来るのだろうか‥‥」)
鋼隊に配属の術士による火罠も発動し、遂に殿隊は交戦状態に入った。
興世王軍限間隊。
(「池袋のあの夜より、どれだけが生き延びたのでしょうか‥‥今再びその命、将門公の為尽くしましょう」)
盟友紅葉に背を預け、渡河を図る好古へ少数精鋭での奇襲を試みる。手勢は斉藤忠信の部隊合わせて二百。
斉藤継信は義弟忠信の部隊に身を寄せている。
(「どんな困難であろうとも諦めない。どんな形であれ、同胞と出会えたのだから」)
継信が狙うは大蔵軍の格闘兵団。継信自身も出自は華人の武道家、華人としての心は忘れていない。継信は日ノ本における華人の未来のため将門の戦いに加わっている。
その斉藤隊の真横を稲光が掠めて飛んだ。限間隊が攻撃を始めたのだ。弓兵の援護を受けながら術士小隊が前進して雷光を放ち、今度は騎馬小隊に守られながら弓兵が前進する。
「前に好古、後ろには経基。前にも後ろにも敵ならば、前へ進むのみです」
限間の命の下、ぴったりと等間隔に並列した風の術士が雷撃で楔を打ち込んだ。背撃に浮き足立った好古の尻へ今度は弓兵の矢撃が降り注ぐ。だが戦上手の限間とはいえ、平野で好古九千を抑えるのは不可能事。好古は騎兵千を放ち殲滅を図る。
その時だ。戦場に法螺貝の音が響き渡った。左翼玄明軍の将、久方だ。と同時に対岸から好古へ矢嵐が降り注いで限間の窮地を救う。
「今でござるよ! 各自速やかに布陣するでござる!」
久方以下、歩兵三百が浅瀬を掛けて次々に盾を並べる。それに守られて玄明の弓兵隊も河へ入り、好古後続部隊を射程に捉えた。
「限間隊の勇侠、この久方甚く感激致した! 我ら玄明軍も全力で支援するでござる!」
中央で奮戦していた椿が周囲の兵へ呼びかけた。
「西国の、しかも華国崩れ如きにっ! 今こそ戦局の変わり目、坂東武者の底意地見せてくれようぞ! 皆の衆、続けぇ!」
これに数十の兵が応じ、椿がそれを率いて反撃を挑む。これに日高も呼応した。
「ものども、覚悟はいいかァ?? 好古の先陣を押し留めるぞぉっ!」
軽歩兵・歩兵総計二百を盾に弓百が前進する。日高も雑兵を上段で叩き潰すと、将校に狙いを定めて斬りかかった。
――好古軍中。
「ご報告します! 先陣二千、渡河を終えて大蔵軍と共に玄明と交戦中!」
「渡河中の五千も時期に上陸の模様! 浅瀬に展開した敵方射手により出足が鈍っておりますが、しかしながら未だ各戦局とも兵数は我が方が上回っておりまする!」
「馬鹿者めが、戦の流れが見えぬのか! 玄明弓兵を刈り取り、即刻渡河の態勢を整えぬか!」
中央を立て直した坂上軍により好古隊は浅瀬でもたついている。後押しする筈の最後尾は玄明軍の斉射で対岸に釘付け。漸く経基の早馬が届いた時には最早取り返しがつかぬ状態だ。
「経基はどうしておる! まだ将門を討てぬのか!」
「はっ! それが‥‥」
殿隊を追って林へ入った経基は紅葉・鋼隊にいい様に翻弄されていた。全軍が林へ入り終えるた所へ狙い済ました様に鋼隊の弓が降り注いだ。
「この軍に入り、従ってくれる欧州の者達よ‥‥力を借りるぞ!」
更に術士による火炎弾が敵の鼻面を容赦なく叩き、接近を許さない。
――経基軍中。
「ぬうう姫将に蒼柳め忌々しい‥‥!」
「敵襲! 敵襲にござる!!」
出足を止めた経基の横腹を将門軍の小隊が襲う。紅葉に仕える忍びによる部隊、紅葉衆だ。
「経基様、ここは一時兵を退い――」
その将の喉下を矢が貫いた。それを見届けると紅葉衆の射手が再び林へと消える。統制を欠いた源兵がそれを追うが、今度は火罠がそれを撃退した。
奇襲は成功。負傷した者へはウェストが魔法で傷を塞いでいく。
「力がみなぎります、若返ったかのようですね」
手の甲を見て、にやりと笑う。頷くと、紅葉は号令を下す。弓兵二百が一斉に矢を射掛けた。松脂の塗られた矢が狙ったのは火罠の炎。たちまち煙が巻き起こり敵兵の視界を削ぐ。鋼隊も火炎弾と矢撃で応戦する。
「何としてもこの場を切り抜けろ!!」
こうして四散しかけた将門本軍は再び厚みを取り戻して持ち堪えた。討伐軍は無防備な渡河中を叩かれ、歪みはたわみへ、遂には決定的な崩壊を迎えようとしている。
「見えます‥‥」
巫女ミズクは侍従を連れて陣の後方へと逃れていた。白い装束で降り注ぐ太陽を仰ぐその姿は、薄く金色に後光が差しているようだ。
「時期に転機が訪れます。私は行かねばなりません‥‥」
「なりません、ミズク様は安全な場所へ」
腰元のルリア・プリエスタが諌める。
「玄明様が治められましたが陣は混乱から完全には脱しておりません。後方にミズク様が控えておられれば兵の士気もあがりましょう。」
ルリアの得意とするのは回復魔法。ミズクともども前線に出ては足手纏いだ。
「何卒、なにとぞここはご自重下さいませ」
同じ頃、椿は遂高の遺骸を探して走っていた。
「どこだ‥どこにある‥‥遂高殿の首級を敵の手に渡す訳にはいかぬ‥‥!」
乱戦の戦場を縫う様に椿は彷徨い行く。それは混戦模様の渡河地点にあった。敵を蹴散らすと椿が亡骸を掻き抱く。その拍子に一振りの剣が零れ落ちる。椿がその鞘に手を掛けた。
「これは――」
同時刻。
対岸の限間隊は味方の援護を受けつつ攻勢に出た。寡兵ながらも巧みな用兵振りで敵軍最後尾の部隊を河へと押し込む。好古は浅瀬の玄明弓兵へ軍を動かしたが、久方盾兵が小太刀で応戦。その間に弓兵が下がり、代わりに槍兵、歩兵が救援に駆けつける。
久方も軍配を振るいながら奮戦する。
「ここが正念場、遅滞防御に努めるでござるよ!」
襲い掛かる敵兵を軍配でいなし、得意の組打術で落馬させる。その時だ。突如として渡河地点付近の部隊から戦場にどよめきが走った。
浅瀬正面、玄明以下龍騎兵隊。
「へへっ。やっとお披露目か」
それを見遣り、玄明が不敵に笑む。
まるで見えない楔を打ち込まれたかの様に敵陣が割れていく。その開裂に一人立ち臨むのは剣を手にした椿。ざわめきが走り、数百数千の耳目が一身に注がれている。
「あれは‥‥」
「‥あれは神剣草薙!!」
その威に圧される様に敵兵は後退し、敵陣は真っ二つに切り開かれた。その機を将門軍が見逃す筈は無かった。
「ルリア、行きますよ」
「はいミズク様」
(「この場所に留まる訳にはゆきません、私達は将門様のいらっしゃる北へ向わなくてはなりませんから‥‥」)
ミズクの元に中央の軍は一丸となった。椿を先頭に敵陣を切り割いて対岸の将門の下へ向かう。遂に北行の扉は開かれたのだ。日高も弓兵へ斉射させながら歩兵を放ち、その扉を押し広げる。
「足掻いて足掻いて、足掻きぬいてから後悔しろっ!!! さぁ‥突撃ぃっ!!」
玄明もこの動きに直ちに呼応した。
「河を跨いで将門の兄ィの元に馳せ参じるのは今っきゃねえ。――直衛!」
「ここに」
「龍騎兵三百を預ける、友軍の渡河を援護だ。俺は残りの左翼を率いて後を追う」
その撤退劇の中、斉藤継信は大蔵軍の将と一騎打ちのさなかにあった。
「その拳に自負と勇あり、貴方と立ち会えたことを誇りに思います」
激しい技の応酬は継信の爆虎掌を引き金に唐突な終わりを見せる。その継信の攻撃を耐え切った敵将が次に繰り出したのは、抉り上げるような下からの拳であった。龍飛翔、受けることの叶わぬ拳は継信の顎を打ち砕く。
「功を焦ったな。さらばだ!」
敵将が止めの拳を振るう。その寸での所で義弟忠信が騎馬で継信を拾い上げて駆けて行った。今や将門本軍は渡河態勢に入っている。久方ら左翼の軍は動揺する大蔵軍へ転進し、その横腹をこれでもかと揺さぶる。限間も疾風迅雷の用兵で敵陣を切り崩して対岸に道を繋げた。直衛の龍騎兵もそつない小器用な用兵で敵を攪乱し、渡河を終えるまでの暫しの時間を稼ぐ。神剣の切っ先で敵陣に破孔を穿ち、将門本軍は強引に敵陣を突っ切った。
姫将らも撤退に入っている。
「無理に敵兵を倒す必要はありませぬ。今は暫し敵の足を止めればよいだけのこと」」
辺りには所々で林道を塞いで火の手が上がっている。紅葉の合図で配下の一人がそれを鎮火し、そこから姫将が離脱する。隊を分散させて応戦していた鋼もこれに続いた。
ふとウェストが呟いた。
「『死んでも守る』といっても死んでしまったら、そこで終わりなのですよ」
池袋で散った友軍の龍牙と天山を思い出し、ウェストは微かに悲しみを浮かべる。鋼もあの夜の戦いを思い出し、憂えげに目を伏せた。
(「生きて‥あの少女と再び会える日は来るのだろうか‥‥」)
――神聖暦千年、十一月十日未明。
その夜、浦部椿(ea2011)の家を訪れた彼女の妹は、傷を負った椿の姿を発見した。
異変は各地で起こる。
「くっ!またか‥‥。これは‥‥一体。祟りか呪いか‥‥」
鋼蒼牙(ea3167)は身に覚えのない傷に悩まされる結果となった。
「何が‥関係しているというんだ‥‥!」
同様の経験は、やはり火乃瀬紅葉(ea8917)や限間灯一(ea1488)、トマス・ウェスト(ea8714)らも体験している。
「この感覚‥‥またあの夢かね〜? けひゃひゃひゃ、あの時と同じなら、きっといい試薬の機会だね〜」
中には陸潤信(ea1170)の様に傷を負って見つかった者もいるが、黒崎流(eb0833)や久方歳三(ea6381)、飛鳥祐之心(ea4492)ら多くは言い知れぬ目覚めの悪さを体験するに留まった。
「またか‥‥まさか本当にあの屋敷から良くないモノでも持って帰って来てしまったのだろうか‥」
そして。
カレン・ロスト(ea4358)はその夜、涙に濡れた頬を舐める愛犬によって起こされた。
どんな夢だったのか。それは思い出せない。ただ、とても悲しく。
(「そして多くの人々の命が失われた‥そんな夢を見た気がします‥‥」)
居合わせた知人が不安そうに見守る中、彼女は止め処ない涙を拭うこともできず、ただ呆然と祈りを捧げるばかりだった。