【江戸の大火】  火消しのひ組

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:7〜13lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:10人

サポート参加人数:12人

冒険期間:11月11日〜11月16日

リプレイ公開日:2005年11月14日

●オープニング

 神聖暦1000年、11月10日深夜。江戸の空は赤く染まった。
 その火の手は、まるで示し合わせたかのように江戸の各所から一斉にあがった。この日の江戸の天候は快晴、北西からの強風に乗って火は瞬く間に広まろうとしている。江戸の街はその多くが焼家と呼ばれる粗末な木造家屋。一度火がつけば炎の回りも速く消火は難しい。それだけでない。月道貿易によって栄えたこの町は、急速な発展によって歪みをその内に抱えている。所によっては家屋が密集した市街地を容赦なく炎が舐め、その勢いは時を江戸を焦土に変えんばかりに膨れ上がっている。
 そして、その炎は冒険者たちの住む長屋街へも伸びようとしていた。


 冒険者長屋のそばに隣接する町人たちの長屋街。そこに軒を連ねる大衆居酒屋、竹之屋本店。
「てぇへんだ! 江戸の各所で火の手だって?」
 報せを聞き、店主のやっさんは夜半に店へ駆けつけた。店を心配して、近隣に住む店員も既に駆けつけている。そこへ近所の長屋に住む少女・おきよちゃんが店へ駆け込んできた。
「おじさん、長屋の人達も消火の手伝いに出るって!!」
「それじゃあ、焼け出されたモンのことはウチの店に任せとけ! おきよちゃん、町火消しの連中にひとっ走り頼まあ! 」
「うん、分かった!」


 この地域一帯はいわゆる冒険者長屋。ここに住む冒険者達はギルドの依頼で長期間江戸を離れることも珍しくない。無人の長屋へ火が回り始めればいずれ手のつけようがなくなる。それだけではない。今は北西の風だが、万が一にも風向きが南へ変わることがあれば、冒険者長屋を焼き尽くしたその炎が向かう先は――。
「いいか、何としてでも冒険者ギルドへ火が回るのだけは避けなきゃなんねェ!」
 夜半に半鐘の打ち鳴る中、長屋街には江戸町火消しが集っていた。この冒険者長屋を守るのは町火消しの『ひ組』。この町火消しの連中に一帯の冒険者達も一致協力して消火に当たる。
「よし、長屋筋一帯に連絡だ! 秋葉、馬喰、横山、久松、室、小伝馬、大伝馬‥‥町内会に報せ回して、手分けして火を消し止めるぞ!」
 既に長屋街の各所で火の手があがったとの報告が入ってきており、消火活動は始まっている模様だ。この様子を見るに放火の可能性も考えられる。とすれば、まだ火の手が回っていない街でも防火の警戒態勢を取るべきかもしれない。今のところは冒険者長屋の北に当たるギルドと松之屋へは火の手は届いていない。また、同じ長屋街一帯では火消しの『け組』も一緒に動いている。
「俺ら町民にかわって武蔵野国を守ってる冒険者さん方の住処だ、その留守の間に火事で焼けちまいましたじゃぁ火消しの名折れよ! け組の連中には負けちゃいらんねぇ! 気張って食い止めるぞ!」

●今回の参加者

 ea1488 限間 灯一(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2741 西中島 導仁(31歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea2756 李 雷龍(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea6114 キルスティン・グランフォード(45歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9272 風御 飛沫(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1098 所所楽 石榴(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

クロウ・ブラッキーノ(ea0176)/ アゲハ・キサラギ(ea1011)/ 風御 凪(ea3546)/ 利賀桐 真琴(ea3625)/ マミ・キスリング(ea7468)/ 火乃瀬 紅葉(ea8917)/ ミィナ・コヅツミ(ea9128)/ 暁 鏡(ea9945)/ 所所楽 林檎(eb1555)/ 久駕 狂征(eb1891)/ 八城 兵衛(eb2196)/ アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751

●リプレイ本文

 第一の出火は丑三つ時に伝馬町で起こった。見つかった時には火勢は非常に強く、特に牢屋敷は手の施し様のない有様だ。罪人が野に放たれ、逃げ惑う人々とで辺りは混乱の渦中であった。
 手斧を構えて日向大輝(ea3597)が燃えあがる長屋を見上げた。
「狐が出たと思ったら今度は火事かよ。確かに火事と喧嘩は江戸の華とは言うけど何か最近物騒だな」
「まずは風下の空き家を解体しましょう。水を掛けておくことも忘れずに」
 限間灯一(ea1488)が一緒になってきびきびと指示を与え、自身も槌を振るって空き家を解体していく。キルスティン・グランフォード(ea6114)も六尺棒を手にそれに続く。
「また、すごい時期に江戸に戻って来たなぁ、自分‥‥まさか江戸に火を放つ奴が居るとは思わなんだ。まあ、これも縁って奴だ、気張るかね!」
 言うが早いか大振りからの強烈な一撃。たちまち柱が崩れで家が傾いだ。
「風向きを考えて燃え移りそうな家をぶっ壊す‥‥って事で良いんだよな?」
「ああ! それで頼まあ!」
 キルスティンが次々に空き家を解体し、日向もひ組に指示を貰いながら手斧を振るう。それでも延焼は止められない。
「クソ! 植物が火に煽られて‥‥」
「草を刈り取るんだ、誰か鎌か何か持ってないか!?」
「分ーった! すぐ取ってくる!!」
 炎のついた草木が空き家へ引火したり、焼け落ちた残骸が空き家へぶつかるなどの不運が続き、延焼は拡大の一途を見せた。長屋ではまだ火に巻かれた人も多い。現場では透視による検索も行われ、生存者へは限間が率先して救助を試みる。水を被った全身から闘気を立ち上らせ、濡らした布で体を巻いた限間は炎に飛び込んだ。やがて子供を抱えて彼が無事に戻るとその場で歓声が上がる。
「‥けほっ‥流石に煙いですね。ですが泣き言は言ってられませんか」
「これで目と喉を洗浄して下さいませ」
 白羽与一(ea4536)が水差しを差し出しながら、衣服についた細かな炎を毛布で揉み消す。そこへ風御飛沫(ea9272)も駆けつけた。
「堀留町からも火が上がったそうです!」
「火消しの方達から伝令よ。この通りは手遅れだから、向こうの通りで防火帯を作ってくれって言ってたわ」
 ひ組伝令の報告を聞いても、この分だと周辺へ飛び火しているだろう。小火の内に消し止めなければ手遅れになる。日向が叫んだ。
「人員を分けよう! ひ組、あんた達が火消しの専門家ならこっちは用兵の専門家だ!」
 火の手を敵兵と見れば、この伝馬は敵主軍。対して守るべき砦は小船・堀留・本町。これらが落ちれば炎は手の付け様もない状態まで拡散する。
「飛沫、小船町を頼む。堀留は‥‥」
「自分が!」
 白羽が名乗り出るとキルスティンも続く。
「ならば自分は本町だな」
 限間もすぐに動き、一行は延焼に先手を打つべく散らばった。現場にはひ組が残り、カレン・ロスト(ea4358)も彼女の片腕でもある愛犬レリィと共に避難誘導を行う。
「竹之屋本店様が避難民の受け入れを行っておられます。簡易診療所もありますので怪我人の方もそちらへ搬送願います」
 牢屋敷で起こったパニックは火消しの活躍で徐々に収まりつつある。焼け出された者達を誘導し、自身もまた本店へと向かう。
「火は人命も、そして思い出さえも飲み込んでしまう‥‥」
 悲壮な想いを胸にカレンは夜の街を駆けた。

 人形町でも長屋から出火があった。
「何ということだ‥‥火事とは!! 一刻も早く鎮火して、人心を安定させないといかんな」
 西中島導仁(ea2741)にとってここは大事な恋人や友人達の住む町。
「今、君と会えないのなら‥‥せめて君の家を守るための戦いに命をかけることにしよう」
 居合わせた者で家屋を解体して延焼防止の措置を取る。導仁も闘気を込めた大斧を振るう。そこへ竹之屋二号店からし組を連れて山岡忠臣も駆けつけた。
「まだ小さけりゃあ水を掛けて消せる、手が付けられなくなる前に何とかしねーとな!」
「山岡さん、まだ中に馬が繋がれたままに!」
 忠臣についてきていたお千ちゃんが叫んだ。間髪おかず導仁が炎に飛び込む。火の粉を振り払いながら絆紐を解くと馬が逃げ出す。
「お千ちゃん、どいてな‥‥‥グラビティーキャノン!!」
 それを見届けると忠臣が重力波を放った。炎で傾いでいた家屋は倒壊した。町内会の桶リレーが類焼を食い止める。怪我人には居合わせた者で治療を施し、カイ・ローンもそれに手を貸した。
「ありがと、助かる」
「困っている人を助けるのに理由など要らない。強いて言うなら、人として医師として騎士として放っておくと後悔する。それだけだ」
「暇な奴はあっちで炊き出しの手伝いを頼むぜ!」
 忠臣もお千と一緒に野次馬を竹之屋へと誘導して行く。上空に飛んだ仲間の報告では、馬喰から火の粉が飛んできている。
 堀留でも空き家から火の手が上がっていた。両隣の人形町と小船町の応援で李雷龍(ea2756)を始め少ない人手をカバーし、風を読んで的確に初期消火を行っている。
「火事は恐ろしいですね‥‥。出来るだけ早く鎮火して、みんなの生活を早く元通りにしたいものです」
 李にとって堀留は大事な知人の家のある町。闘気を込めた槌を振るって延焼を食い止めると、今度は自宅のある人形町へ応援に駆けつける。
「救出作業などあれば手伝わせて下さい」
 そこへ今度は火消しの伝令。
「秋葉町でも炎が上がったわ。そちらにも人手が必要よ」
 秋葉は導仁の自宅のある本町のすぐ隣。李が叫ぶ。
「西中島さん、ここは僕達に任せてあちらへ行って下さい」
「かたじけない、後は任せた!」

 馬喰町では冒険者集団・誠刻の武を率いる陸堂明士郎(eb0712)が火消しに立ち上がっていた。伝馬での出火から断続的に馬喰、堀留、人形、横山、浜、久松などで火の手が上がっている。各地に散らばった仲間達は、竹之屋本店・二号店を拠点として長屋全体での組織的な活動体制を構築する。
「まずはここの火を消し止める、その後は伝馬町だ!」
 大鎚を振るって空き家を突き崩して火の回りを防ぐが、不運にも馬喰には留守中の者が多く思う様に捗らない。カイや所所楽石榴(eb1098)も応援に駆けつけ、周辺住民へ協力を求める。
「自分達の長屋をこんな風になってるのに、このまま放っておくなんてしないよね。皆で立ち上がろう」
「住む処が燃える、その一言で済む問題じゃないものね。大事にしていた物や思い出も、それを覚えていてくれた棲家と一緒に燃えちゃうかもしれないんだ‥‥‥がんばろっ」
 石榴は婚約者と江戸で店を始めたばかり。人並みならぬ想いを胸に、小さく拳を握るとひ組の列に加わる。
「僕も精一杯やるから、指示をお願いするよっ!」
「ありがてぇ!」
 槌を振るう陸堂らと共に風下の家屋を解体するが、依然、伝馬からの火の粉は止まらない。更に悪い報せは続く。馬市にも火がつき、数十頭からの馬が逃げ出したのだ。火勢は馬喰の宿場にも降りかかり被害は拡大する。窮地を救ったのは応援に駆けつけたキルスティンと白羽だ。
「ぶっ壊すのなら得意だ。手ぇ貸すよ!」
「自分は馬市へ行って参ります!」
 白羽が、炎に怯える愛馬の背を撫ぜた。
「漣‥‥火の恐怖に震えるお前の仲間を助ける為にも、この与一と共に来てはくれませぬか?」
 すっと彼女の体を薄く闘気が包む。その瞳で双眸を覗き込むと、漣が一際強く嘶いた。その背に跨り、白羽が駆ける。市周辺は暴れる馬で大変な混乱だ。鞍を飛び降りると白羽は暴れ馬の元へ駆け寄る。その手が首根を強く掻き抱くとやがて馬が落ち着きを取り戻す。
(「申し訳ありませぬ‥お前達には何の罪も無いのに‥‥!」)
「動物とはいえ、小さくとも等しく同じ命にございます。皆様も手を貸して下さいませ」
 仲間と共に白羽は動物達の避難誘導を開始する。呼子笛の音が辺りに響き渡った。
 一方で小船町の状況はかなり恵まれていた。町内会の初期消火で飛び火被害は最低限に食い止められている。応援に戻った飛沫もそれに加わった。
「思い出の詰まったこの町を絶対壊させない!」
 術で呼んだ大ガマが屋根で跳ねて屋台骨を揺らし、その間に火消し達が空き家を解体する。大カマは近くの用水で飲んだ水を吐いて小火を消し止めたりと力を発揮した。こうして小伝馬から飛び火した炎は早期に鎮火する。ここに診療所があったことも幸いし、多くの江戸医局関係者によって救命活動が小船を拠点に展開される。
 同様の活動は竹之屋本店でも行われた。本店は店舗を診療所として冒険者に貸し出し、表では焼け出された者へ食べ物が無償で与えられている。避難民や動物達が続々と押し寄せ、それらを賄う為に冒険者の有志も調理場へ立っている。
 避難誘導を終えたカレンも診療所で怪我人の手当てに奔走している。中にはショックで震える子供の姿もある。そんな子達も分け隔てなくカレンが魔法で癒していく。
(「火事の記憶は多くの人の心に大きな傷跡を残すでしょう。少しでも、その傷を和らげる事もできれば」)
 小船周辺で誘導する飛沫の指示で本店へは次々と患者が運ばれてくる。2号店と小船の診療所とで分担して救命活動は続く。
 そこへ急患の報せが舞い込んだ。
「大変だ! 馬喰町で陸堂さんとグランフォードさん、カイさんが重傷!!」
「何があった!!」
 発見時には二人は酷い刀傷を負っていたが幸い命に別状は無い。魔法による治療で意識を取り戻した。鈍る頭で陸堂が辛うじて口にする。
「まずい、放火魔が‥‥」
「それより陸堂さん、大変です! 町の西が、秋葉や本石が‥‥」
 西部で妖狐襲来の報。本石で出火があり、被害は甚大とのこと。陸堂の顔が青褪める。自宅のある秋葉には婚約者が住んでいる。
「アゲハ‥‥!」
 立ち上がろうとした拍子に傷口が開いて血が滲む。
 下町西部の正確な被害はわからぬまま、様々な情報が入り乱れている。
「妖狐が出た! 燃え上がる炎に4本の尻尾が見えた!」
 その報せに導仁ら多くの冒険者が急行したが不運は重なる。本町南東の二つの橋が焼け落ちたのだ。長屋を南北に貫流する用水路によって西部は完全に孤立した。兜町へ飛び火した炎は町内会によって鎮火を見たものの、この落橋によって多くの人員が立ち往生を強いられた。最早救援は絶望的に思われた。
 だが事態は意外な展開を見せる。
「義を見て無さざるは!」
「――勇なきなり!」
「勇なき男は!」
「――侠に非ず!」
「我ら義侠塾壱号生、義によって助太刀する!」
 現れたのは褌一丁の集団。彼ら続々と川に飛び込み、そこには一本の橋が出来上がっていた。
「守蔵武(すくらむ)じゃあ!!」
「俺達の上を渡れェェェ!!」
 歓声。そして鬨の声。冒険者達がその上を駆け抜ける。その先頭に日向が飛び出した。
「逃げ遅れた人を探す奴は俺について来い。煙を吸い込むな!」
 限間も水を被りながら躊躇なく炎へ飛び込んだ。
(「多少の火傷など意に介している暇はありません、この程度で命を救えるならば、格段に安い物」)
 本石では空き家を中心に火が回っているが、西部の町内会が力を合わせて消火に当たり、まだ致命的な延焼は起こしていない。隣の秋葉町からは誠刻の武も駆けつけている。特に室町では多くの冒険者による組織だった活動が行われ、孤立した西部の冒険者の拠点として被害を食い止めている。また各所で死兵が出たという情報も飛び交っているが、九尾の姿は確認できない。
 同じ頃、本町南、竹之屋本店。
 白羽が不意に空を仰いだ。心なしか風が弱まってきている気がする。空気が少し湿り気を帯びている。いつしか長屋の空へは雲がかかり始めた。室町の冒険者が魔法による天候操作に成功したそうだ。
「物は消し炭に変われど、人の想いまでは消えますまい。まだ今は辛くとも‥‥挫けぬ心あらば町は作り直せまする。一緒に頑張りましょう」
 箱崎町では石榴が姉妹らと共に消火に当たり、周辺の火は弱まっている。蛎殻町で小火があったが久松町と協力して未然に消し止めた。横山や浜も鎮火成功との報せ。東部の人員を纏めると、苦戦の続く伝馬・馬喰へと石榴は走る。
「最後にお疲れ様って互いに言い合えるといいよね‥そりゃぁ全て無事にとは行かないだろうけど‥‥皆で最善、尽くそうっ」
 大火は下町の三割程を灰に変えたが、明け方を前に各所から次々と朗報が届けられた。伝馬・馬喰へも一帯から応援が駆けつける。町全体が励ましあい、声を掛け合いながら大火に立ち向かう。余力を振り絞っての懸命の消火は続けられる。
 下町の長い夜は漸く明けようとしていた。