【奥州戦国浪漫】  上野国の休日

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:12人

サポート参加人数:6人

冒険期間:11月30日〜12月03日

リプレイ公開日:2005年12月07日

●オープニング

 夢の中で死んでしまうと、人は己が死を知ることなく逝くのだろうか。たとえば死の淵の老人が若き日の己を夢に見ながら死ねば、彼はきっと在りし日の青年として逝くのか。では、そこで誰かまったく別の人物になった夢を見ていたとしたら? その時一体、誰が死んでしまうんだ‥‥?
 さて、今宵冒険者達が見るのは悪夢。ところが只の悪夢じゃない。こいつはとても危険な代物だ。触れれば切れるし、押せば血が出る。目覚めまでの暫しの時、死に物狂いで地べたを這いずり回って貰おうか。夢だと思って気は抜かないことだ。忘れちゃいけない、こいつはとても危険な悪夢なのだ。
 さて、今宵の夢の筋書きは‥‥‥‥。


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 百年の昔。新皇を僭称した平将門と、朝廷の討伐軍との間に激しい戦いが繰り広げられた。
 東国を追われて北へ敗走した将門は、藤原家を頼って奥州を目指した。諸侯は是を追撃するも将門はこれを悉く撃破。だが奥州の地にてある時わずか一晩にて壊滅的な敗戦を喫し、討死したとされる。この事実を伝える軍記・将門記は神皇家によって焚書の憂き目にあい、乱の事実は百年の後の世には知られていない。将門の最期もただ壮絶な死に様であったといわれているが、その末期は未だ謎に包まれている。
 果たして闇に消されたその真相とは。それを今から語ろうではないか。これはその三月に渡る乱を追い、将門の無念の死までの刻を暫しともに歩むものである。これは将門の乱、その誰も知らぬ真の姿を描き出す闇の軍記である――。


 神聖暦864年冬。
 源経基の罠によって命を狙われた将門は腹心の興世王と寡兵を伴って西へ敗走する。だが主力の二万五千との合流を前に各地では討伐軍が将門軍の城を攻撃。それを逃れた9千の兵も多摩の地にて朝臣・小野好古の軍の攻撃を受ける。この軍と合流した将門は、草薙の剣の力を借りて討伐軍1万5千を退け、辛くも北へ逃れた。だがこの多摩川の対陣では四天王坂上遂高と3千の兵を失う結果となる。
 多摩から北上した将門はやがて上野国の南へと入る。連戦により疲弊した将門に、もはや独力で奥州まで逃れる力はなかった。そんな彼らの前に現れたのは騎馬の軍団であった。
「兄者、よくぞご無事で!!」
 陣頭に立つ武者鎧の男が馬を下りて軍礼を取る。彼こそは将門四天王にして彼の実弟、平将頼。
「貴様こそ無事であったか将頼よ」
「は! 将頼以下兵2千、討伐軍を退けこの地にて兄者の到着を心待ちにしておりました!」
 将頼もまた討伐軍による攻撃を受けていた。だが将頼が立て篭もったのは関東に聞こえる名城・金山城。金山を連なる峰々に広がる山城は難攻不落。この城で将頼は僅か2千の兵で倍以上の討伐軍を退けた。金山の城には豊富な物資が蓄えられており、将門以下8千が身を寄せるにも十分だ。こうして将門軍は来る北行の前の最後の補給として、この金山城にて暫しの休息をとることとなる。
 だが問題は山積みだ。
 神剣の力で退かせたとはいえ、好古と春実の軍はまだ大きく力を残して将門の背を窺っている。脇からは坂東の貞盛5千が耽々と目を光らせている。これらの手を掻い潜って無事に奥州領内へ逃れるのは至難の業だ。将門は秀郷へ急使を送り、援軍を要請した。しかし返事は芳しくない。
 奥州藤原の秀郷は将門とは旧知の仲だ。だがその彼にしても逆賊の烙印を押された彼を迎えるのは危険を伴う。秀郷の使者は領内への迎え入れに対し、一つの条件を提示した。
「神剣を頂いたままで北へ逃れるというのであらばすなわち逆賊。これを領内に入れるわけには行きませぬ」
 条件とは神剣を手放すこと。
「また、我が藤原家は朝廷の軍と事を構えることはありませぬ。従って援軍の話もお受けできませんな。聞けばこの金山城は関東屈指の山城という。ここであえて篭城の計をとって討伐軍を退けては如何か」
 しかしながら将門軍の最大の武器は騎馬。将門は日本で初めて騎射戦術を駆使した将でもある。これはいうまでもなく機動力を絶たれての篭城戦にはもっとも不向きな兵種だ。
「秀郷め‥‥しかし今は他に頼るところもなし。この件、呑むほかはあるまい」
「将門様、神剣の処遇には私めに策がございます」
 興世王の進言はこうだ。
「神剣を手放すのであれば、むざむざ朝廷に渡す必要もございますまい。東国の外れの江戸というところに、古い遺跡があるとのこと。ここに神剣を隠されては如何か」
「やむなしか。興世王、四天王と主だった将を集めい! これより軍議を開く」

 金山城内、ミズクの部屋。
「ミズク様、将門様が軍議に出席せよとのことです」
 将門の使いで訪ねて来たのは旧坂上軍所属の将、日高雄之真だ。これから軍の再編の会議が行われ、ミズクもその能力を買われて遂高に代わり二千の兵を与えられる予定だ。先の多摩川の対陣では浦部椿のような女剣士も活躍を見せた。次の軍再編では特に優れた女性も将卒としてミズク軍に配属される運びとなっている。
 振り返ったミズクは、コンコンと咳き込んだのち、こう答えた。
「ええ。お話は窺っております。ご足労でした、飛鳥殿」
「‥‥は?」
 怪訝な顔で日高がミズクの瞳を覗き込む。ミズクもまた、自身の言葉に驚いたかのように目を見開いていた。
「ミズク様、‥‥いま何と?」
「‥‥一瞬だけ‥‥」
 心の奥底から搾り出すようにミズクはぽつりぽつりと口にした。
「‥ほんの僅かだけ‥何か別人のような日高様のお顔が私の脳裏に‥‥日高様‥あなたは‥‥‥‥あなたは、誰?‥そして私は‥‥‥なぜ私にはこのような力が‥」
 ふとミズクが目を伏せる。釣り目がちな細い眼が揺れる。
 やがて彼女はその白い面をあげた。
「‥‥私は‥‥私は‥」

●今回の参加者

 ea1170 陸 潤信(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea2989 天乃 雷慎(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 ea8917 火乃瀬 紅葉(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

風守 嵐(ea0541)/ 物見 兵輔(ea2766)/ 柳川 卓也(ea7148)/ ウォルフガング・ハルベルト(ea8744)/ セレン・ウィン(ea9476)/ 苗里 功利(eb2460

●リプレイ本文

 天が将門に与えた時間は刻々と過ぎ去ろうとしている。彼の覇に未来を見た多くの者達の夢を道連れに、その物語は幕引きの時を迎えようとしていた。
 金山城に剣撃の音が響く。風斬嵐は新たに配属された部下達と稽古に励んでいる。
「脇が甘い、腰がへッポコ、足裁きはまるでサルだな」
 嵐には新たに三百の兵が与えられていた。池袋の殿隊生き残りや旧坂上軍、そして金山へ逃げ延びた近隣の兵ら、この連戦で将を失った兵達が主だ。
(「もう二度とお前等に将を失う思いはさせない。だから、お前等ももう‥‥死ぬな」)
「さあ遠慮せず突いて来い。お前の前に立つモノはただただ敵だ、お前の生を奪う死神だ」
 嵐の気迫に部下はたじろいだ。その隙を縫うように黒刀が喉元を突く。
「ここが戦場なら、一刻前にお前はあの世だ」
 切っ先は肌に触れるか触れないかという所でピタリと止まっている。部下の全身をどっと冷たい汗が伝う。誰もがこの新しい将へ今や賞嘆と敬意を寄せていた。
「流石は将門の闇鳩‥‥拙者にも一手ご教授願いたい」
「拙者も頼み申す!」
「悪いな、ここまでだ‥‥メンドクサイ会議が始まる」
 刀を納めると、部下から手渡された手拭いで額を拭う。
「なぁ。お前、代わりに出ないか?」
「風斬殿‥‥!」
「冗談だ」
 一瞬呆気に取られた兵を横目に口元を緩ませると、嵐は悠々とその場を去っていった。

 本丸の帷幕では将門と主だった将達により軍議が行われようとしている。居並ぶは四天王の藤原玄明、同じく四天王にして将門が実弟平将頼、そして参謀の興世王。だがその上座の席は今や二つが欠けてしまった。四天王随一と謳われた智勇両道の名将・藤原玄茂は遠く海の彼方に隔てられ、坂上遂高は多摩で散った。
(「四天王の内二人までも欠けたか‥‥」)
 黒崎直衛は玄明の腹心であり、彼直属の精鋭部隊の副官。武勇に頼りすぎる嫌いのある玄明を支える軍略に長けた将だ。此処に至るまでに喪った部下や同胞の顔が思い起こされ、直衛の表情が翳る。
「せめて玄茂様が居れば‥‥運命とは悪戯な物だな」
 直衛は苦笑する。北行の是非を決める次の軍議は混迷を極めるだろう。
「諸将よ、まずは是までの連戦、大儀であった。さて神剣の処遇を決せねばならぬ。――興世王」
「は。先に献策致しました通り、ここはあえて龍を地に潜らせるべきかと存じます。東の地に剣を封印し、時を待ちます。機が巡れば伏龍は地を割りて公の覇を掴み取ることでしょう」
「隠して時を待つというのには紅葉も賛成にございまする‥‥強き力はより強い力を呼び、その連鎖は不幸をも呼び込むと思いますゆえ」
 姫将と謳われた火乃瀬紅葉も興世王に続いて後押しすると、帷幕に異を唱える声はない。だが直衛は一抹の不安が拭い去れずにいた。
(「神剣を手放せばそれこそ天運を失うのでは無いか?」)
 新皇を名乗った以上、剣を返上したとしても逆賊の烙印が消えることはあるまい。この日ノ本で覇を唱えるのであれば尚のことだ。
(「剣を手放すことはむしろ逆賊の謗りを認めることに他ならないのでは‥‥」)
 秀郷の言に疑念を覚えつつも隣の玄明を見ると、彼も暗い予感を抱えている様子だ。
「武人が剣を手放すのは気にいらねえが、俺には難しい話はわからねえ。道が他にないなら仕方ねえだろ。後は興世王に任せるぜ」
「拙者も賛成に御座る」
 旧坂上軍からも久方士魂や日高雄之真らからも賛成の声が上がる。それを見て興世王が切り出した。
「神剣の封印には、江戸のとある遺跡をと考えてございます」
「それにつきましては、この紅葉が調べをつけておりまする」
 紅葉の誇る忍び・紅葉衆が江戸より調査を終えて帰還している。報告によれば既に武蔵一体は朝廷軍の支配下。となれば小数精鋭で武蔵に潜入する他はない。それも一時とはいえ神剣を預かるのであるから格の伴わぬ凡将では役者不足。
「なれば兄者。この将頼がその大役を引き受けましょうぞ」
 神皇の血族である将頼であれば十分、いざという時の武としても心強い。
「私も同行を希望します」
 不知火刹那は火之迦具土神を奉ずる一族の戦巫女。土着の神に仕える身だが、魔法に理解ある将門に臣従している。此度の将門の乱では一族と共に転戦して金山に身を寄せ、将頼と共に篭城戦を生き残っている。
「貴様らならば心配あるまい。将頼、刹那と共に忍びから精鋭を選り揃え、明日にでも発つがいい」
「御意に」
 日高の案で神剣の贋作で朝廷の目を晦ませる策も取られ、神剣封印の件は片付いた。問題なのはこの後、篭城か北行か。刹那が口火を切って意見を述べる。
「僭越ながら進言いたします。金山には千ほどの軍を残し、北上する本隊のための時間稼ぎ及び後方への睨みを効かす案が最良かと私は思います」
 確かに金山は東国の築城技術の粋を集めて建てられた難攻不落の名城。容易な攻めではびくともしないだろう。だが篭城は将門軍の主力である騎馬兵の持ち味を殺すことになる。日高もこれには難色を示す。
「馬の使えぬ騎馬隊をむざむざ歩兵として散らすなど下策。それにただでさえ補給物資を運び難い山城だ、兵糧攻めを受けりゃ簡単に攻め落とされるやも」
「それには心配に及ばぬ」
 将頼の守る金山城には上州各地で攻撃を受けた遊軍が逃れ、兵の引き揚げたかなりの物資が集っている。
「我が金山は上野の兵站の一拠点。本軍が合流した今でも一冬を越すだけの蓄えはござる。これをむざむざ捨てるのは余りに惜しい」
「しかし、大量の兵糧を抱えるのであれば敵もまた同じ」
 と、直衛。
「敵の手が伸びる前に金山を脱し、貞盛を退け北へ抜けることこそが至上の命。我らが成すべきは、如何に朝廷軍の足を鈍らせるか。既に忍びの者を放ち、敵の行軍と兵站について調べさせておりまする」
 討伐軍はあれだけの大軍だ。兵糧の依存度は高く、また進軍時の陣形も伸びやすくなり守りを欠く。
「我ら玄明様の騎兵にて彼奴らの補給線をズタズタに寸断してご覧に入れましょう。好古と春実の足も必ずや留まりましょう」
 金山に捨石の千を残し、城外に遊撃の軍を置く。本軍はそれを盾に北へ逃れる。この殿隊は、相応の実力を備えつ、かつ討たれたとしても平家の命脈を左右せぬことが条件。敢えて選ぶならば、玄明が腹心の直衛か、或いは活躍目覚しき姫将か。
「将門の兄ィ、俺らの部隊の機動力なら都のヘボ侍なんざ寄せ付けねえぜ」
「我ら斉藤兄弟、将門様が北行をご決断なされるのであれば、ここに留まりて御大将の替え玉となりましょう」
 末席から斉藤継信と忠信の義兄弟も声を上げる。
「御大将の為‥‥我ら兄弟」
「命を投げ打つ覚悟は出来ています」
 それに士魂らも名乗りを上げ、意見は出尽くした。
 将門の決を諸将は固唾を呑んで見守っている。
「足りぬ」
 双眸を閉じた将門は苦い顔でそう呟いた。
「篭城も北行も、いまだこの将門の策としては一味足りぬ。各々、神算と鬼謀をもちて至策を依るべし。軍議の再開は明晩とする」

 多摩で大きな武功をあげた女剣士・浦部椿の周りには多くの兵の姿がある。彼女に率いられて命を拾った者達が椿を慕って集っていた。
「武具とは備える事にあり。器が武を具えるのも、備えあってこそのもの。手入れを怠るな」
 激戦で痛んだ刀や槍を研ぎ、武具甲冑を修繕する。矢や兵糧も補充し、北への遠征に備えて保存食をこしらえる。
「地味だが兵站業務は我が軍の命綱だ。その一手ごとが同胞の命を支えるものと心得よ」
「浦部殿、士魂殿がお呼びにござる」
 同じミズク軍旗下の士魂も手分けして戦への備えに当たっている。椿が足を伸ばすと工兵らにより岩を穿っての井戸掘りが行われているところだ。
「水の確保は不可欠でござるからな。各員、水場の点検も怠らぬよう気をつけるでござる」
「そうだな。川水に頼らぬ水源の確保は不可欠事。有事に際しては外への抜け道にも使えれば言うことなしだが」
「確かにそうで御座るな。古井戸があるでござるから、渡良瀬の水源へと続く抜け道が作れるかやってみるでござる」
 一方、厩舎では紅葉らが馬の手入れに勤しんでいる。
 これまでの激戦を耐えた馬達へ十分な食を与え、体調を計り、蹄や毛並みに至るまでを丁寧に世話する。
「‥‥兵達もほんとによく頑張ってくれて、感謝の言葉もありませぬ。それに」
 振り返ると、紅葉とよく似た姿形をした若い娘の姿。彼女の名は与十郎。火乃瀬の家に拾われ、替え玉となるように育てられた娘だ。紅葉とは一介の馬廻りであったが騎乗と弓の腕を買われ紅葉の弓兵隊に副官として登用されている。
「姉上がいてくれたからここまで来れました」
「将門公、馬、好き。馬、将門公、好き」
 騎射の達人である与十郎は、逸早くそれを戦術に組み込んだ将である将門に心服している。寡黙で言葉も不自由だが、姉弟同然に育てられ共に将門に夢を抱く紅葉とは心が通じ合っている。
「新しい世界、見たい。馬、一緒」
「姉上、紅葉も公と共に新しき世をこの目にしたくございまする。あの時誓った未来の為に、これからも共に歩んで下さいませね‥‥」
 紅葉の前で与十郎は静かな微笑を湛えている。この過酷な戦いの日々にあって、その変わらぬ笑顔がどれだけ紅葉の支えとなったことか。
 同じ厩舎では斉藤兄弟の忠信も馬の手入れをしている。池袋から連戦続きだった忠信には少し疲れが見える。与十郎が笑いかけた。
「忠信、楽しい。馬、楽しい。馬、忠信、仲間。一緒、仲間」
 与十郎が身を預けるようにして馬の首を撫でると、愛馬も気持ちよさそうに目をしばたかせた。
「‥‥そうだよね、命を共にする相棒だもんね。ちゃんと労わってあげないとだよね」
 こうして愛馬と触れ合っていると、内に篭る不安も溶け出していくような心地がする。僅か一時とはいえ重圧から解かれた気がして忠信は大きく伸びをした。主の気持ちを感じ取ってか愛馬はじゃれるように忠信へ体をすりつけた。
 激戦前の最後の休息。忠信は馬や兵達に不安を伝えぬよう、精一杯に明るく振舞う。与十郎も身振り手振りを交えながら忠信らとこの時を楽しんだ。
「馬、林檎、好き」
「うん。僕の馬はカラスムギが好きなんだ。変わってるでしょ?」
 ふと背後に視線。
「あ、継信兄貴。いつからそこにいたの?」
「忠信、これから金山一帯に罠の備えをしたいと思います。手を貸してくれますか」
 金山城の周りにはこれから対人の罠が多数設置される運びだ。継信の盟友でもある盗賊上がりの乱波の伊勢風盛が地理を見極め、効果的な場所を絞り出す。興世王の許可を得て丸太や枝を切り出し、岩石を運んで備えを行う。
(「今は‥‥自らの理想は、心のうちに封印しよう」)
 継信が多摩で受けた傷はまだ癒えていない。だがそれ以上に、あの敗北の雪辱は継信の心に深く刻まれていた。自らの慢心を恥ずように継信は人一倍作業に打ち込む。
(「己の理想の日ノ本を築くため、今は将門公のもと目の前の戦いにだけ専念しよう。功を積み、道を進めば、必ずや挽回の時は訪れるはず」)
「張り切ってるね、兄貴♪」
 斉藤兄弟とその兵の尽力で作業は急ピッチで進められた。翌日からは士魂の工兵も応援に駆けつけた。
「皆の者、誠心誠意に励むでござる。恐れ多くも新皇様がおわす以上は、この金山は日ノ本一の堅牢な城にせねばならんでござるからな!」
 彼も陣頭に立っての城全体の補修作業が続く。与十郎も精鋭の弓兵達の騎射稽古を行い来るべき戦に備える。
 そして夕刻。軍議の前に紅葉はミズクの部屋を訪ねていた。部屋には先客がある。日高だ。
「その『飛鳥』とは一体、ミズク様」
「それが私にも‥‥ですが、確かにその言葉が私の心の中で『観え』たのです」
「心の中で‥‥」
 日高が押し黙った。頃合を見計らって紅葉が声を掛ける。
「それよりミズク様。もうじき軍議が始まりますゆえ」
「ええ。これから向かいます」
 そう答えるとミズクは小さく咳き込んだ。慌てて側女のルリア・プリエスタが背中を摩る。
「ミズク様、なにやらお顔が優れぬご様子。長旅でお疲れなのでしょう、御体をお大事になさって下さいませね」
「ええ。大丈夫です。心配かけますねルリア」
 ミズクは紅葉らに付き添われて部屋を発つ。
(「ミズク様はお風邪でも? 心配にございまする。あれではまるで、狐‥‥」)

 そして夜。将門軍の今後を占う軍議が始まった。
 口火を切ったのは日高だ。
「残る猶予はおよそ十日といったところ。今なら南の好古・春実だろうが十分振り切れる。貞盛五千だけが阻みなら、いくらでも蹴散らしてやれるだろう」
 配下の忍び・柳に探らせた所、好古・春実の軍は貞盛と呼応しながら緩やかに金山へ迫りつつあるという。おそらく十日の後には城攻めが始まるであろうと柳は報告した。士魂の放った忍びや、姫将の紅葉衆も同様の情報を掴んでいる。
「いつの世も、よりよい目や耳を持った者が戦を制する。幼い頃よりそう教えられましたゆえ」
「忍びらの報告を聞くに、主力を安全に北へ逃す機は今しかござらん。やはり全軍の篭城は論外にこざる。少数の部隊を捨石にし、騎兵を外に伏せるのが限度にござるよ。全軍ともなれば我が軍の騎兵が活用出来ないのが難点でござる」
 その時だ。
「‥‥私には‥北の地で大きな敗北を喫する新皇様のお姿が見えます‥」
 その声はミズク。
「いま北へ行ってはなりませぬ。それは二度と戻れぬ、覇道の終わりとなりましょう」
「ミズク様の御告げがそうあれば、やはり機の熟せぬ内に北へ逃れるべきではなかろう」
「いや、そのような怪しげなものに頼らず、ここは定石を通すべし!」
 この御告げを興世王ら篭城派が押し、それに反論する北行派とで帷幕に激しい議論の応酬が巻き起こる。その中に、ひとり冷めた目で成り行きを見守る男がいる。闇鳩こと嵐だ。
 将門がふと視線を向けると、気づいた嵐はそっと立ち上がった。
「将門殿、俺はあんたの意見を聞きたい」
「貴様、新皇様の御前で不敬至極!」
「まあよい。反骨が闇鳩の持ち味よ、そのまま続けい」
 その答えを聞くと、嵐はニヤリと笑ってこう続けた。
「出来ない事を話しても時間の無駄だ。根拠のない希望など持たないほうが良い。俺たちは明日を望める立場にいない。――俺たちはあんたに従い、あんたのために命を捧ぐ。だから、俺はあんたの意見を聞きたいんだよ」
 二人の視線がぶつかり合う。
 不意に将門が唇を捲った。
「我が心は常に覇道にあり。その道を往くは真なる王者ただ一人。たとえどのような戦であれ、この将門の戦は小手先の知恵なぞを超えた王者の戦でなければらぬ」
「それでこそ俺が矛を預ける武人だ」
 ニヤリと嵐が笑う。
 しかし、と士魂。
「篭城は古来より、援軍が見込める時のみ行うべしというのが鉄則にござるよ。此度の篭城はどう足掻いても下策にござる。我らには援軍がいない以上は、これは覆らぬでござるよ」
 一冬を越す蓄えがあるとはいえ、敵もそれは同様。長期戦になれば不利は明らか。忠信も不安を口にする。
「序盤は戦えるかもしれないけど、敵に援軍があってこっちにはない以上は‥‥」
「援軍ならば、御座いますぞ」
 その興世王の声に座が静まり返った。 
「皆みな様方、一つお忘れではないか? 時節はもう冬の足音の聞こえる頃。我らの援軍は冬という名に御座りまする」
 あと二十日余りで冬至を迎える頃だ。折りしも今年は富士の噴火が起こった年。富士のような大規模噴火は数度の気温低下を伴う。今年の初雪は例年よりも確実に早い。もし難攻不落の金山城に雪が落ちれば、城攻めを行う討伐軍の出足は確実に弱まる。
「関東のこの寒さ、敵の主力である都の越し抜け侍どもにはとても耐えられますまい。更には玄明殿が城外にて遊軍として是を叩けば、どれだけ囲みを維持できるか」
 この金山は上野の兵站の拠点。一冬を越す兵糧があることは時期に敵も掴むだろう。冬の遠征は厳しく、討伐軍も春の訪れを待って兵を下げざるを得まい。
「あれだけの大部隊が陣を払えば、容易には建て直しが効かぬもの。その機を突いて我らは一転この金山を捨て、全軍で北を目指しまする。後は残る貞盛が五千を城外にて我らが騎馬で蹴散らさば、北への扉を阻むものは最早この地上にはおりますまい」
 場は水を打ったように静かだ。
 しわぶき一つ立たぬその静寂を破ったのは直衛。
「面白い、中々の妙策。ならばこの黒崎が成すべきは一つ。龍の如く速く駆けるが身上の龍騎兵なれば、存分に敵の横腹を食い荒らしてご覧にいれましょう」
 これより城を出で、将門軍中にあってその外で動く独立した遊撃騎馬隊。将門の牙とは即ち騎馬。その身を堅き鎧で覆い、秘めたる牙を外に配さば、これは変幻自在の篭城となろう。
「直衛、欲っする兵の数を答えい」
「は。騎兵一千にて」
 おおと帷幕にどよめきが走る。
 玄明が直衛を肘で小突いた。顔を見合わせた二人が頷きあう。
「将門兄貴、そうと決まれば早速準備だ」
「そうにござればこの久方、数日の内に金山の守りを整えるでござる」
 諸将の前で士魂は大きく胸を張った。
「お任せあれ、士魂が隊の身上は盾にあり。全員を総動員し、いかな矛でも突き通せぬ鉄壁の盾をこの金山に敷いてご覧に入れるでござる」
 将門の腹は決まった。これに全軍は総力をあげて動き始める。
 こうして遂に、金山篭城の計は放たれた。

 ――江戸。
 将頼と刹那は少数の手勢を連れて武蔵へ潜入した。忍びの者らの力を借りて目指すは江戸の地下遺跡。国家開闢の覇業を成した神剣の霊力ゆえか、刹那らは敵中を無事に抜けて遺跡へと潜り込んだ。
「草薙の剣‥‥神話に登場し炎を切り裂いた剣。火之迦具土神の戦巫女としては興味がありますね」
 草薙の剣は、朝廷が大和を平定する際にヤマトタケルへ遣わせた国家開闢の神剣だ。ヤマトタケルは東征で火攻めに遭って窮地に立たされたが、その時にこの剣で草を薙いで炎を逃れたことから、草薙の剣と呼ばれるようになったと伝説にいう。その出自は定かではないが、古の刻にスサノヲノミコトがヤマタノオロチの尾より見出した竜殺しの魔剣・天叢雲であると言われている。
 刹那が何かを察したらしく足を止めた。
「炎の精霊力の高まりを感じますね。我が一族に伝わる伝説によれば、この先には‥‥」
 その時だ。
 肌を焼くような熱い空気が一行を押し返した。
(「おお、ほんとに現れましたよ。長老達の話は本当だったんですねー。びっくりです」)
 立ちはだかったのは遺跡の番人である焔法天狗。
『我が前に人の身が立つのは数百年ぶり‥黄泉人の乱の平定を願って剣を借り受けに来た、ヤマトの英雄以来であるな。人よ、貴様は何者だ』
「我は新皇将門の命を受け、神剣草薙の封印に遣わされた将門が臣、平将頼なり」
『‥シンノウ‥‥』
 焔法天狗は反芻するようにそれを繰り返した。
 刹那が耳打ちする。
「将頼様、神剣を振るいて己が力を示して下さい。それが百年の長きにわたる守護の盟約となるでしょう」
 促されて将頼が剣を抜く。澄んで震える音を伴い、刀身が顕となる。刃から放たれる霊威は強風のように天狗の炎を揺らした。
「新皇将門の名において命ず。草薙の剣を奉戴し、正当なる守護者たる新皇の再び現るる刻までこれを守護せよ」
『我はこの門の番人。やがてくる神剣の帰りを待つ者なり。その神剣を、いずれ帰るもう一振りの剣の代わりとして我が預かろう。正当足る所持者シンノウの現るる日まで』

 その夜、金山城では大きな宴が催された。謎の白髪の老人マスター・ウェストや士魂の提案による士気高揚のための盛大な宴だ。
「苦労をして頂いたからには、当然皆には労いがなければならんでござるよ」
 準備はルリアが中心となって行い、この一夜にとご馳走と酒が全軍に振舞われた。
「一時の休日。今の私達にはとても大切な時間。あまり多くを要求は出来そうにありませんが、出来うる限りのご馳走を」
(「安住の地に付くまで、このようにゆっくりとした時間を過ごせる時がまた次に来るか分かりません‥‥少しでも、皆様の疲れを癒せれば‥‥」)
 怪我人の救済はもちろん、食事の世話など。微笑を絶やさず甲斐甲斐しく世話を焼く。
 日高も酒にありついた。
「しかしやっぱ軍議は肩がこる‥‥」
(「しかし『飛鳥』か‥」)
 ふと日高の胸に女の顔が過ぎる。
 遠くフランクでの戦へ行ったきり生き別れになった女のことを思い出し、彼の胸中に郷愁にも似た念が起こる。
(「‥‥元気でやってるだろうか。噴火が無けりゃ、今頃は婚礼を挙げてたかもしれないってのにな‥‥」)
 仰げば今宵は月夜。部下達や他の隊の者達も皆陽気な酒を楽しんでいる。そんな中で闇鳩こと嵐は、部下達からは離れて一人で杯を傾けていた。
 激戦の池袋で彼の部隊は殿として捨石になり、彼一人だけが生き残った。あの時の傷はもう殆ど塞がりかけている。だがいつまでも癒えないものもある。
(「阿呆共が、頼みもしないのに俺を庇いやがって‥‥」)
 託された思いを引き摺って進むように、だが一顧だにせずに、闇鳩はただ一人未来へと立ち臨む。
(「俺はお前等の作った屍の上を躊躇わず進んで行こう」)
 鳩とは群れるもの。
 鳩とは昼に飛ぶもの。
 だがしかし、闇に飛ぶ鳩がいるならば。
 それはとても孤独かもしれない。

 そこより離れた金山の山中。暗い木々の中。そこに椿の姿はあった。
「遂高殿、我らが王は相も変わらず堂々たるこの日ノ本の王にございますぞ。どうか後のことは任せ、安心して眠って下され」
 元所属の者として、将の遺骸や首級が晒されるのは見るに堪えない。同じ武に生きる者として敬意を払い、遂高の遺骸を椿は荼毘に附した。討伐軍に辱められぬよう、遺骨や遺髪は遺品と共に地中深くに埋められた。墓標もなく、遂高は山中にひっそりと葬られた。
「戦中ゆえ碌な弔いはできませぬが、これで許しては頂けまいか」
 その場で膝を屈めると、持ってきていた酒を開ける。
「我らはこれより彼奴等を迎え撃った後に北へ逃れまする。これは暫しの別れの酒。この私にも一献傾けさせて下され」
 杯へ注いだ酒をくいと煽ると、残りを地へと流しかける。
「それでは征って参りまする。いずれ、また杯を酌み交わすこともありましょうや。その時まで我らの便りを待ちながら此処に眠っていて下され」
 椿が立ち上がった。
「我らが王、将門殿の率いる軍は至強の軍。きっと華々しき戦果の数々を伝える便りになりましょうや。――いざ。去らば」
 同じ頃。
 ミズクの部屋にはウェストが訪れている。
「ミズク君、いったい何にお気付きになられましたかな」
 怪訝な顔のミズクへにやりと笑うと、ウェストは手の甲を彼女へ向けて見せる。
「私は齢50を超えますが、時折研究を重ね節くれだったこの指が、若くしなやかになるのですよ」
 困惑するミズクへウェストは唐突に切り出した。
「『胡蝶の夢』をご存知でしょうか」
 そういいながら、ウェストは覗き込むようにミズクの瞳を深く見詰める。
 その昔、華国に荘周という男がいた。ある日、男は自分が蝶であるという夢を見る。夢の中の蝶は、自分がもはや荘周であることを忘れてしまう。はたと目覚めたとき、彼は自分が荘周であることに気づく。ふと男は思う。はたして自分は夢の中で蝶となっていたのか、或いは蝶が荘周を夢見ているのか――。
「私達はどちらなのでしょうね。けひゃひゃひゃ」
 そこへルリアが食事を持って現れた。
「あら、マスター様」
「おやプリエスタ君。なに、少しミズク君とお話をね。それより火乃瀬君の居所を知らないかね?」
「それでしたら、先ほど湯浴みへ行かれましたよ」
 にこりと微笑んで返すと、ウェストは不気味な笑いを残して去っていった。彼が去った後、何やら困惑した様子のミズクへルリアがそっと声を掛ける。
「焦らないで下さい。ミズク様は、そのお力を含めてミズク様なのですから」
 教養深くまた従者としても優れているルリアを、ミズクは深く信頼して友のように慕っている。
「この力を含めて、私‥‥」
「力を恐れず、受け入れ、そして自らが成すべき事を見極めて下さい。何かございましたら、遠慮なくお申し付け下さい」
 宴はそろそろお開きになったようだ。だがまだ寝付けないのか、斉藤兄弟は武芸の稽古をして体を動かしていた。
「遅くに稽古につき合わせて悪いですね忠信。しかし――これまで本当にいろいろありましたね」
「池袋で逸れた時はもう二度と会えないかもと思ったけど、こうして無事でいられるのも兄貴のお陰だよ♪」
「お互い様ですよ。多摩では忠信に助けられました」
 不意に手を止めて継信が空を仰いだ。
 瞬く満天の星が二人を見下ろしている。
 忠信がぽつりと呟く。
「‥‥あの空を見てるとボク達がどんなにちっさいか、思い知らされるよ」
 継信を振り返った微笑みの端には小さく苦笑が覗いている。
「忠信、何も心配ないさ‥‥」
 ふと掛けられた一言に忠信の表情が揺れた。義兄はいつもと変わらず穏やかな眼差しでそれを見詰めている。忠信がはにかみ笑いを浮かべた。
「うん、‥大丈夫」
 横に並ぶと兄弟は揃って夜空を見上げた。
「ボクはまだ戦える、兄貴が一緒だから。どこまでもついて行くよ」
 やがて城内には忠信の奏でる笛の音色が響き渡った。心を落ち着かせる静かな音色の染み入る中、ウェストは紅葉の元を訪れている。
「おや、紅葉君。湯上り姿もたおやかだねえ。けひゃひゃ」
「マ、マスター殿まで‥! 先ほども湯浴みを共にした兵達が、その、皆の何かを期待しているような視線を‥‥」
 与十郎に髪を梳いて貰っている紅葉へ、ウェストはこう語りかけた。
「池袋からここまで。君との付き合いは長かったですね。まあ、私はそろそろ潮時と思っているのです」
 ウェストの頬に小さく含み笑い。
「私達が確保した駒、どう使うかは君にお任せしますよ」
 そして翌日、彼の姿は城から消えていた。その詮議の間もなく将門軍は篭城とその後の北行の備えに奔走する。今年の冬は百年来の厳しい寒さになるだろう。城を一望する紅葉の表情はいつになく険しい。ふと与十郎が微笑を向けた。
「紅葉、将門公、信じる。与十郎、紅葉、信じる」
 将門の覇道へは多くの武者が夢を乗せる。新皇とその剣の下に集った諸将は間違いなくこの日ノ本における至強の軍。だが歴史は、討伐軍としての悲惨な末路をその先に用意している。
 彼らの夢の舞台、その幕引きのときはもう幾許もなくそこまで迫っていた――。



 ――神聖暦千年、師走初め。
 その朝、七瀬水穂(ea3744)は言い知れぬ寝覚めの悪さを感じながら夢より覚めた。それは東国へひっそりと忍び寄る悪夢。陸潤信(ea1170)や天乃雷慎(ea2989)、浦部椿(ea2011)、白羽与一(ea4536)、火乃瀬紅葉(ea8917)、そして久方歳三(ea6381)といった者達も、例の体験をしながらも何も思い出すことができずに、曇った気持ちを抱えていた。
 トマス・ウェスト(ea8714)もまた、三度その体験に遭遇した。
「これは‥‥涙?」
 頬の濡れる感触に起こされ、彼は首を捻る。ふっと、まるで胸に風穴があいたような喪失感が襲い、トマスは呆然として落涙を止めることができなかった。
「妹が死んだ時に捨てたものと思っていましたが‥‥」
 既に動き出している者達もいる。飛鳥祐之心(ea4492)ら、とある事件を追う冒険者である。
「間違いない。およそ信じ難いことだが、夢の世界で何かが起こっている」
 仲間の風斬乱(ea7394)と黒崎流(eb0833)も調査開始以来この不思議な体験に悩まされていた。その中で飛鳥は独自の調査により、将門の呪いの夢について断片的な情報を以前に掴んでいた。
「皆は覚えていないのか?」
 手掛かりを掴んだ当時は非常に不確かで曖昧な疑念でしかなかったものが、今度の夢見より確実に形を取り始めている。
「本当に微かだが‥俺は見たんだ。朝廷と戦う平将門とそして、不思議な力を持つ少女の顔を‥‥」
 同じ頃、カレン・ロスト(ea4358)は江戸のギルドにいた。
 先の神剣争奪や江戸大火を始め、今の江戸は多くの災いに晒されている。度重なる大事件の裏には九尾の狐の関与を危ぶむ声もある。つい先日もその玉藻が江戸城を襲ったらしい。城を襲撃した九尾は偽物だったとか。ともあれ傾国の大妖の動向は冒険者の関心事だ。関東各地の騒乱と一連の目撃情報が事態を複雑にしていた。
「‥‥」
 何か焦燥のようなものに駆られたカレンの横で、そんな噂話が聞こえていた。彼女は騒がしさに悩まされつつ昨今の東国各地の事件へ目を通している所だ。その中のとある報告書の記述が、カレンの胸に小さな引っ掛かりを生む。それはある地方領主の変死を追う、飛鳥ら冒険者の報告書だ。
 死因の調査から始まった報告は、やがてオカルトめいた怪しげな調査へと傾倒していく。だがカレンは不思議とその記述から目を離せずにいた。報告書のとある下りには、百年の昔に平将門という逆賊が討伐軍に北で討たれたと記されている。その記録が何だか気になって目を通すうち、いつしか彼女の双眸から涙が溢れる。
(「涙が出るのは悲しい話に弱いから? しかし、何故これほどに喪失感を覚えるのでしょう?」)
「私は、何を“見た”のでしょう‥‥」
 報告書によると将門に関する詳しい資料は殆ど現存していない。将門の下へは多くの将が従っていたと、辛うじて記述が残るばかりである。また資料はこうも伝えている。その傍には将門に御告げを授ける美しき巫女がいたのだと。だが将門の配下の名将達も、またその少女の名も、今の世に伝わっては――。
 ――いない。