【奥州戦国浪漫】  金山篭城の計

■ショートシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:12人

サポート参加人数:4人

冒険期間:12月13日〜12月16日

リプレイ公開日:2005年12月22日

●オープニング

 夢の中で死んでしまうと、人は己が死を知ることなく逝くのだろうか。たとえば死の淵の老人が若き日の己を夢に見ながら死ねば、彼はきっと在りし日の青年として逝くのか。では、そこで誰かまったく別の人物になった夢を見ていたとしたら? その時一体、誰が死んでしまうんだ‥‥?
 さて、今宵冒険者達が見るのは悪夢。ところが只の悪夢じゃない。こいつはとても危険な代物だ。触れれば切れるし、押せば血が出る。目覚めまでの暫しの時、死に物狂いで地べたを這いずり回って貰おうか。夢だと思って気は抜かないことだ。忘れちゃいけない、こいつはとても危険な悪夢なのだ。
 さて、今宵の夢の筋書きは‥‥‥‥。


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 百年の昔。新皇を僭称した平将門と、朝廷の討伐軍との間に激しい戦いが繰り広げられた。
 東国を追われて北へ敗走した将門は、藤原家を頼って奥州を目指した。諸侯は是を追撃するも将門はこれを悉く撃破。だが奥州の地にてある時わずか一晩にて壊滅的な敗戦を喫し、討死したとされる。この事実を伝える軍記・将門記は神皇家によって焚書の憂き目にあい、乱の事実は百年の後の世には知られていない。将門の最期もただ壮絶な死に様であったといわれているが、その末期はいまだ謎に包まれている。
 果たして闇に消されたその真相とは。それを今から語ろうではないか。これはその三月に渡る乱を追い、将門の無念の死までの刻を暫しともに歩むものである。これは将門の乱、その誰も知らぬ真の姿を描き出す闇の軍記である――。


 神聖暦864年師走。
 東で新皇を僭称した将門は朝廷により逆賊の汚名を着せられた。朝廷軍は各地で将門軍の城を攻撃。総勢三万を誇った各地の手勢は散りぢりとなる。将門は残った一万の軍勢と共に神剣草薙の力を借りて北へと逃げ落ちるが、遂に上州の金山城へ追い詰められた。南には朝臣・小野好古ら一万数千がその背を窺い、東では平貞盛の五千。北へ逃れるためには、将門はこの追っ手を振り切らねばならなかった。
 将門はこれに対処するため、奥州に領を構える旧知の藤原秀郷へ使者を出す。だが秀郷は将門の亡命にあたり二つの条件を出した。
 一つ、藤原は援軍を一切出さず、朝廷軍とも矛を交えぬこと。
 一つ、神剣を手放さねば、一兵たりと領内へは入れぬこと。
 軍議を開いた将門は、この二つの条件を呑むことを決める。将門は神剣を江戸の地下遺跡に封印。更に金山城にて敢えて篭城し、追っ手を迎え撃った後に北へ逃れる。
「討伐軍なにする者ぞ。金山は我が軍の誇る稀代の名城よ」
 城のそびえる金山は利根川と渡良瀬川とに囲まれた土地に立つ、標高190m程の険しい岩山。これを中心とした峰々に複数の砦を配した長城である。城への主要な登城口は谷筋となっており、これを攻めるのは容易ではない。また城内には大量の兵站が備わり、将門軍の手によって多くの用水が置かれ、一冬をこすだけの蓄えが成されている。城は数多くの石垣と石塁に覆われ、如何なる敵も寄せ付けぬかのようだ。事実、この城は中世当時の技術の数百年先を行く恐るべき築城技術によって築かれていた。
 しかし、将門軍の主力は騎馬弓兵。篭城には最も向かぬ兵種。しかもこの戦いには秀郷の援軍もない。古来より篭城は援軍が見込めるときのみ行うべしというのが定石だ。いかな名城といえ、孤軍でのこの篭城は余りにも無謀に思えた。
「いいえ、我らの援軍は冬という名に御座ります」
 それは腹心の興世王の放った必殺の策。
「折りしも今年は富士噴火の起こりし年。東国への雪の訪れは早いものとなりましょう。関東のこの寒さ、敵の主力である都の越し抜け侍どもにはとても耐えられますまい」
 冬の遠征は厳しい。急峻たる岩山の金山城を攻めるなら尚のこと。討伐軍が陣を払ったその時こそ、北への扉が開ききる刻。将門軍は一転この金山城を捨て、敵軍が再び追撃の態勢を戻す前に全軍で北へ逃れる。それを支援するのは、城外に配された独立騎兵部隊。一千の遊撃隊が敵対軍の横腹を食い荒らさんと密かに気配を殺している。将門の牙とは即ち騎馬。その身を堅き鎧で覆い、秘めたる牙を外に配さば、これは変幻自在の篭城となろう。
 これぞ将門の金山篭城の計。
「明日か、明後日か。雪よ、この将門の頭上へ舞い降りよ」
 そして遂に決戦の幕は開ける。小野好古八千と大蔵春実四千に平貞盛五千が合流した。朝廷の大群は金山城を包囲。一兵たりとも逃がさぬ包囲陣を敷く。対する将門軍は本丸のある実城に将門三千、南の砦に玄明二千、長い石塁の長城で実城と繋がれた西城へミズクの一千五百、そして実城より離れた北城に興世王の二千を配した。城外の平野部には遊撃騎馬隊一千が囲みの外より伏兵として機を窺う。
 将門軍一万足らずは、倍以上の討伐軍をこの稀代の名城・金山城で待ち受ける。歴史の闇に埋もれた激戦、金山篭城の計の幕は、今斬って落とされる――。

 
 西陣、平貞盛軍。
「おのれ‥‥憎き将門め」
 貞盛は将門の従兄弟にあたる。だが以前に親族間の争い事で父である国香を将門に討たれ、自身もまた仇討ちの戦を仕掛けたが返り討ちにあうという過去を持っている。将門の新皇宣言に臣従の意を見せながらも常に心は復讐の虜であった。ずっと窺っていた将門討伐の勅令が遂に下り、貞盛は暗い炎に胸中を焦がす。
「貴様だけは許さじ。首を都へ届けた後は、貴様の体は寸刻みにし、部下ともども豚鬼どもに喰わせてくれよう」
 東陣、源経基軍。
「者ども、よいか! 此度こそ、此度こそはこの経基の下へ勝利をもたらすのだ!」
 池袋、多摩と寡兵の将門を目前にしておきながら取り逃がすという大失態を演じた経基。後の日本史に燦然たる名を残す源氏武士の祖たる彼だが、この彼に武の才はない。
「我ら三千で華々しき武功をあげ、都の者どもへ源氏武者ここにありと知らしめねばならん!!」
 南陣、小野好古軍。
「将門の奴め。ここで凌ぎきり、後は悠々と奥州へ逃れようというのじゃろう」
 好古は小野妹子の血を引き、朝廷でも古き武門の一族。この討伐軍の総大将だ。
「頼みの綱は奥州藤原の秀郷か。奴と将門は若き頃に親しくした仲らしいからのう。だが、奥州藤原百年の安泰と、ひとときの友情なぞ秤にかけるべくもないと、秀郷は密かに賢き答えを朝廷へ返しおったぞ。そうとも知らず将門め、秀郷の策に乗って神剣を手放しおった」
 多摩では神剣によって将門を取り逃がした好古だが、今度は完全な包囲を敷いて対策は万全。将門の手にした神剣も取り除き、もはや彼に勝利を疑う要因は一つもなかった。
「しかしちと寒いのう。総攻撃で手早く城を落とすと春実へ伝令を飛ばせ」
 北陣、大蔵春実軍。
「我が軍は北の砦を落とす。準備はよいか」
 春実の一族は大昔に華国を追われたさる王の血筋。怪しげな道士など、華国の技術を今に伝えている。
「春実様。先駆けの栄誉は我ら格闘兵団に」
「うむ。我らの武を忠を示し、大恩ある神皇様へ報いるのだ」
 四方をぐるりと四人の将が囲み、金山からは蟻一匹這い出る隙間もない。好古はその全軍をたなごころで動かし、一人ほくそえむ。
「見よ、この大軍を。愚かなるかな将門よ。この軍勢を前に篭城とは。たかが山城の一つ、一夜の内に落としてくれようぞ。将門よ、貴様はこの北の地で逆賊として僅か一晩の内に首級となるのじゃ」

●今回の参加者

 ea1170 陸 潤信(34歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1488 限間 灯一(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2756 李 雷龍(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4112 ファラ・ルシェイメア(23歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 ea8917 火乃瀬 紅葉(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

天乃 雷慎(ea2989)/ ミリコット・クリス(ea3302)/ 大鳥 春妃(eb3021)/ 桐乃森 心(eb3897

●リプレイ本文

 いよいよ篭城の計は放たれる。
 最後の軍議が終わり、諸将は持ち場へと動く。出陣を前に闇鳩こと風斬嵐は将門を呼び止めた。
「将門殿、あんたが覇道を貫く限り‥‥俺は最強の剣となろう。あんたの進む道を邪魔するモノを全て斬り捨てよう」
 覇の為でなくただ己の武を磨く為だけに戦に加わる嵐は将門軍中でも異色の無頼の将。このような口を聞くのを将門が認めているのも彼と玄明くらいのものだ。
「だから覚えておけ、もしあんたが覇道を踏み外すことがあるならば、俺は躊躇わずあんたを斬り捨てる‥‥‥何、戯言だ」
「この将門を斬るに柔な刃など通さぬぞ。己を磨き、技を磨き、ひたすらに侠を磨け。この将門が道を違わば迷わず斬るが良い。我はただ己の覇の器を示すのみよ」
 見詰め合った視線が熱を帯びる。それきり言葉をかわさず二人は互いを振り返りもせずに去っていった。嵐の口許にはニヤリと不敵な笑みが覗く。
 玄明ら四天王らも次々に持ち場へと向かっていく。玄明の元には戦を前に、一の腹心である黒崎直衛の忍びが最後の報告に遣ってきている
「黒崎様よりの言伝をご報告申し上げます。騎馬一先は既に配置を完了とのこと。騎馬隊による南の支援予定はありませんが、玄明様のご武運を信じておりますとのことにこざいます」
 自軍の配下から、遂に一軍の将となった直衛。玄明はその報告を耳にするとふと口許を緩めた。
(「朝廷に追われた俺を、兄貴は身の危険も顧みずに匿ってくれた。神皇宣言なんざ大仰なことになっちまったが、今も俺に取っちゃ義理厚い将門の大親分よ」)
「俺からも伝言だ。俺ら騎兵隊は将門軍の牙! 存分に奴らの喉もとに喰らい突いて見せろと直衛に伝えて置け!!」
 その重臣らと肩を並べてミズクも初めて軍を率いることとなり、強張った表情で西城へと向かっていく。ふとすれ違った与十郎が微笑みかけた。
「ミズク様、将門公、心配。心配する、好きだから」
「あ、‥‥いえ、私はその‥‥」
 珍しく声を上擦らせたミズクだったが、与十郎の微笑に魅入られたようにやがてにこりと微笑んだ。
「ええ。神皇様は私が唯一人、日ノ本を統べるべき器を見たお方。私はこの先もずっと、神皇様ただお一人の巫女としてお仕えする覚悟です」
 その答えに与十郎は眩しそうに目を細めて笑った。ミズクも釣られて笑う。今日の与十郎は姫将の影武者として紅葉と同じ装束で将門のいる実城を守る。紅葉が与十郎のもとへ駆けて来た。
「あ、姉上! 紅葉は妙策を思いつきました!」
 息を切らしながら紅葉はふと天を仰ぐ。
「この季節になると流石に寒うございますね。兵達も体を壊さねばようございますが‥‥と考えておりましたら」
 そこでぽんと手を打つと、思わせぶりな笑み。与十郎の耳元で何事かを囁く。頷きあうとやがて二人はミズクと別れてへ兵の下へと向かう。ミズクの元には同じく西城の守りにつく日高の姿がある。
(「最近意識が遠のく事があるが‥‥本当に心労なのか‥?」)
 ミズクのあの言葉からこれまで、日高は不意に足元が崩れるような不安を内に抱えながら過ごしてきた。しかしこれより始まるは将門軍の命運を決める大戦。それらを心中から振り払い、日高はミズクの背に続く。その様を、異人の風使いユエが危ういものを見るように遠くから見守っていた。
(「興世王とミズク‥‥この二人の言が、発端。将門公を新皇と称させた。何だろう不安‥‥」)
 表情には見えないがその眼差しは暗く翳っている。だが一兵卒のユエに、心に差したその陰りを晴らすだけの力はない。口を閉ざすとユエは持ち場の南の砦へと向かった。実城、西城、北城、南の砦、そして城外の伏兵。将門軍およそ一万が配置へと付く。戦支度を万端に終えた姫将部隊も戦端が開かれるのを今かと待っている。紅葉が与十郎の手を取った。
「姉上、くれぐれもお気を付けくださいませ」
 見詰め合う二人に言葉は要らない。堅い絆で結ばれた二人は、それを確かめ合うようにただただ繋いだ掌を強く結んだ。

 金山に法螺貝の音が木霊する。金山城をすっぽりと包囲した朝廷の討伐軍は日没と同時に一斉に攻撃を開始した。
 南、八王子砦。
 玄明の守る砦へは敵総大将・小野好古軍が殺到する。それを真っ向から迎え撃つのは玄明が将、久方士魂。
「攻め手には巌が如き楯となる。それが士魂が盾兵隊の身上に御座る!」
 戦の始まりは矢戦だ。互いに射程に入ったと同時に矢嵐を打ち込み、動きを止めた所で歩兵を進軍させる。士魂の主力である盾兵300はその矢の手を防ぎ切ることに特化した部隊。士魂自らが陣頭に立ち、敵の矢に応じて兵を展開させる。一の矢、二の矢、三の矢と続き、敵が矢の手を緩めたその時こそ戦の変わり目。
「今です、弓兵隊、前へ!」
 将門軍中に聞こえた名将限間が150の弓兵へ斉射の号令を下す。押し寄せる敵歩兵を出足を挫き、この矢嵐で戦の流れを奪い取る。
「好古軍は大軍ではありますが、多摩川の時の様に付け入る隙はある筈です」
 彼の元に付き従うのは腹心の五人衆。激戦を極めた池袋退き口の生き残りだ。限間の手足となって兵を動かす。やがて敵の第一陣が矢嵐を抜けて殺到するが、既に限間は二百の歩兵を動かしていた。城壁の上から丸太や岩を落とし、攻め手を悉く捻り潰す。派手さを好まぬ実直な用兵ぶりだが、それ故に付け入る隙もない。これに守りの士魂が加われば手堅さでは軍中でも一頭地を抜けるだろう。士魂の盾兵隊も落石による攻撃に回り、各所に仕掛けた罠と共に敵の攻め手を難なく躱わして見せる
 西城、ミズク軍。
「来たぞぉぉ!! 手前ぇら、覚悟はいいか!!?」
 日高の怒声が山野に響く。涼しげな風貌の内には熱き魂が燃える。日高の叱咤の声に押されて弓兵百が動き出す。攻め寄せる敵へは高所からの矢嵐で釘付けにする。弓兵には日高隊の誇る軽装歩兵250が守りにつき、押し寄せる敵兵を突き落とし、或いは槍で押し返し、寄せ付けない。
 陣頭に立った日高が腰の物を抜いた。それは兵に命じて作らせた贋作草薙の内の一つだ。偽の銘とはいえ、なかなかの業物。それを振るうと、西城が揺れるような雄叫びが兵達から上がる。
「さぁ行くぜ、ここが正念場だ! 全員気合入れて行けぇっ!!」
 その西城と八王子砦に挟まれた大田口から経基の軍が実城へと迫る。しかし堅牢な石塁は攻め手を用意には寄せ付けない。経基は圧倒的な物量で強引に押し切りに掛かるが、かなりの兵を失う羽目になった。それを見るや、姫将は前線を下げて兵を実城内へと撤退させる。
「士気は高くとも、功を焦るは三途の渡し‥‥とも申しまする」
 経基は度重なる失敗に急かされて焦りも出る頃だろう。容易く討てるとはいかないまでもその隙を突くには手頃な按配だ。
「経基殿と見えるは三度目。此度もこの紅葉が手を尽くしてお相手いたしまする」
 姫将が配下へ合図を出した。と同時に三百の弓兵隊が城内の配置に付く。幾重にも渡る登城口の関を破って勢いづいた経基は真っ直ぐに城門と殺到する。そこを紅葉隊の矢撃が雨となって降り注ぐ。陽の傾いた金山へ夜の帳を誘うような黒い矢の雨。実城前は夥しい死体が積み重なり敵の戦意を挫く。出足を止めた兵達へ経基が怒声を振り絞る。
「ええい、何をやっておるか!! 一度ならず二度も煮え湯を飲まされた姫将が相手ぞ! 此度こそ雪辱を晴らすのだ!!」
 矢嵐の中を経基の歩兵が殺到する。それお待っていたとばかりに与十郎の精鋭弓兵50が徹底的に狙い打つ。姫将の部隊は将門軍中随一の弓兵部隊。百毎に分けた三隊の射手が入れ替わりに矢継ぎ早の攻撃を浴びせ、敵には近寄る隙もない。横一列に並んだ弓兵の矢は確実に敵陣をずたずたにする。辛うじて僅かな兵が城壁へ梯子をかけて突入を試みるが、それも既に想定の範疇。歩兵二百によって月の池、日の池から組んだ冷水が浴びせられ、怯んだ所を返り討ちにする。
「この寒い季節、水をかぶるのはさぞや敵も辛うございましょう。将門様のため、この門は守り通して見せまする。紅葉、時間稼ぎは少々得意にございまするゆえ」
 城壁の上へ姿を見せた姫将がにこりと微笑んだ。遠くそれを目にするばかりの経基が歯軋りする。
「ぬうう‥‥憎き姫将め! 貴様の首はその顔に幾重にも刃を当てて醜くなぶってくれるよう‥‥!!」
 この当時、山城といえばせいぜい砦という規模であった。金山城も所詮は山城と舐めて掛かっていた討伐軍はその認識を改めなければならなかった。
 同じ頃、南砦でも将門軍は好古の大軍を圧倒している。
「‥風よ‥‥嵐よ‥‥」
 城壁の上に一人屹立するのは風使いのユエ。彼の周りには怪しげに大気が渦を巻き、風の精霊力が増大を見せている。やがて風が濃く密度をなすようにユエの全身を渦巻く流れが蒼い迸り姿を変える。
「‥‥我が意に従いその力をここに示せ‥荒らぶる風の精霊たちよ‥全てを飲み込む突風となりて‥‥‥‥彼の者たちの逆風となれ‥‥‥!‥‥」
 その掌中に小さなつむじが起こる。敵軍に弓鳴りの音。壁上のユエへ向けて矢嵐が襲う。それを一掴みにするようにユエが掌をかざした。突如。つむじは獣が牙を剥くように一瞬で巨大な旋風へと姿を変えた。降り注ぐ矢嵐を瞬く間に飲み込むと、その勢いのまま敵陣へと嵐となって殺到する。その凄まじい勢いは巨大な手が振り払ったかのように敵陣を押し戻した。
 ユエが踵を返す。
「ここが落ちたら、実城が丸見え。南の一番の敵大群が、背後から牙を剥く。時間、稼がないと‥‥将門公が、北への突破口を開くまで」
 弓兵隊と入れ替わりに城壁を降りると、ユエは肩をすぼめて兵達の後ろへと退いた。その控えめな風貌からはあの獰猛な嵐を意のままに操る様はとても想像できない。将門軍には彼等のような優秀な魔術師も従軍し、単純にその戦力は兵数だけでは測れない。何よりはこのとき日ノ本に唯一存在した本格的な騎馬弓兵の存在。城外に伏した黒崎直衛の一戦が開戦間もなく春実の尻を叩き敵の足並みは脆くも崩れた。
 北城、興世王軍。
 斉藤継信は義弟忠信隊の一員として従軍している。
「南の砦から狼煙があがりましたね。友軍は善戦しているようですよ」
「そうだね兄貴♪ 北城も負けてらんないよね!」
「ええ。誰一人と欠けることなく、必ずやこの北城を死守しましょう」
 北城の周りには斉藤忠信隊によって多数の対人罠が張り巡らされている。鋭く研いだ枝を幾重にも仕込んだ罠は敵の進軍を阻む。対して大蔵春実の率いるのは格闘兵団と方士集団。軽装が身上の部隊は罠を避けて迂回路を取る。
 そこへ忠信の弓兵隊が矢の雨を降らせた。この急峻な金山は如何に軽装の春実の兵とはいえ楽にはいかない。そこを見越して予め見通しを効かせる為に邪魔な枝木は切り落としてある。斜面を駆け上る敵兵は滑降の的だ。そうして数を減らした所で、城壁まで到達した敵には定石通り丸太と岩の洗礼が待ち受ける。
「いきますよ、イチ、ニィの‥‥‥サン!」
 継信が仲間と力を合わせて巨石を放った。後続の敵兵も巻き込んで落石は大きな被害を巻き起こす。しかし肉体だけを頼りに鍛え上げた格闘兵達、数に物を言わせて尚、幾重もの防塁や柵を乗り越えて城壁へ殺到する。幾つもの鍵縄が城へかけられ、怒涛の落石や丸太を掻い潜って敵兵が侵入する。遂に敵の尖兵が城壁へよじ登り、突き落とそうとした将門兵をかわして城壁へと払い落とした。守りが破れればそれは綻びとなって全軍へ波及する。そうはさせてはならぬ。戦場に継信の雄叫びが木霊した。
「おおおぉぉぉおおぉぉぉぉ!」
 真っ先に敵兵へ殴りかかると一人を壁下へと叩き落す。その身には闘気が溢れ、普段の穏やかな表情とは一変して鬼神の如くだ。それに同じ華国の出の李が加わった。敵兵の戦意を挫く堅い拳を叩き込み、継信と共に奮戦する。
「相手も同じ格闘戦なら、純粋に技量の差で勝負が決まります。己の功を信じ抜きます」
 身に纏った闘気は鎧となり、生半な技は突き通させもしない。固めた拳には闘気が燃え、左の十手とあいまって隙はない。継信と共に瞬く間に敵兵を掃討する。
「戦とはいえ、私の行く道は武道のみ。いつもと変わらぬ戦い方が出来ればいいのですが‥‥。全力を尽くしましょう」

 陽が没して敵の攻撃は止む所を知らない。南の砦もまた怒涛の波状攻撃に晒されていた。ユエの魔術により数度の大攻勢を退けるも、疲労は目に見えて濃い。敵軍は多数の負傷者を抱えながらも数に任せて押し切りに掛かる。士魂は五人の陰陽師により密な連携を図るが敵の攻勢の前に二人を失い、大きく戦力を殺がれていた。
「盾兵隊、ここが踏ん張りどころにござるよ! 各員、不退転の覚悟を決めるでござる!」
 限間隊も部下の忍びを城内各所へ放ち、敵の工作へ警戒する。
「城の中を乱されれば如何に我らといえど抗し切れません。鉄壁の守りを維持するためには一時たりと気は抜けませんよ!」
 五人衆に支えられながら南の砦は敵の侵入を阻み続けた。ユエも玄明の命に従ってここぞの場面で嵐を呼び、敵陣容を徹底的にかき乱す。一進一退の攻防が続きながらも敵はじわじわと進軍を続けている。士魂が傍らの陰陽師に指示を出した。
「敵軍も近づいておるでござるな。頃合にござる。お見せ致そう、士魂隊必殺の訃の矢の陣にござる」
 陰陽師が符を放つとそれは光の矢となって敵将の下へと真っ直ぐに飛ぶ。
「今にござる! 弓兵隊、あらん限りの矢を放つでござる!!」
 五十の弓兵が一斉に光の矢の後を追う。符術の射程まで兵を進めれば訃の矢の陣による指揮官への斉射、かといって近づかねば鉄壁の守りは突き通せない。玄明の元で諸将が巧く連携を保ち、南の砦は敵の侵入を阻み続けた。
 一方で実城は大攻勢に晒されていた。南城は落とし難しと見た好古は早々に兵を分け、経基と共に城壁へ殺到している。最大の懸念は、敵軍による将門への強襲。金山は城といってもやはり山城。その堅牢さは急峻な山肌に守られた内にある。城の内へ入られればどれだけ守りきれるか。
(「少数精鋭による強襲が最大の懸念に御座いましたね、姉上」)
 山頂という立地ゆえに城内の守りはどうしても弱い。城門を突破されて乱戦となれば苦しいだろう。巧く他の部隊が要所を抑えられればよいのだが。特に兵の少ない西城のミズク軍は窮地に晒されていた。
「将門を殺せ!! 悪鬼羅刹となりて将門が兵を殺しつくせ!!」
 西城攻略に当たる平貞盛の勢いは凄まじかった。高所から狙い打つ矢の嵐も物ともせず、重い武者鎧に身を包みながらも城壁まで一気に殺到する。出だしこそ日高の用兵に主導権を握られたものの、数に任せて遂には戦況を覆さんばかりだ。
「敵将を血祭りにあげろ! 敵将日高を討ち取った者には更に十倍の報奨金を遣わす!!」
「おおおおお!!!!」
 怒涛の勢いにより遂に虎口が破られ、敵兵が城内へと雪崩れ込んだ。西城は乱戦の渦中に叩き込まれる。日高の元には真っ先に敵兵が殺到した。即座に、日高の元に侍っていた忍びが大ガマを呼び寄せ敵兵へと立ち向かう。
「日高様、ここは我らにお任せを!」
 城内で戦うには日高の軽装兵では歯が立たない。ミズクの元へ駆け寄った日高が軍礼を取る。
「ミズク様、もはやこれまで。撤退のご命令を!」
「分かりました。これより神皇様のおわす実城まで兵を退けます」
 ミズクの命を受けて日高が全軍に号令し、ミズク軍は一斉に撤退を図る。ミズク直属の兵が実城まで駆け抜け、それを日高が援護する。追いすがる敵兵は日高の忍びが火遁で焼き払い、その間に日高隊は西城を後にする。
「いいか手前ら! 俺たちはミズク様の撤退を援護する! 覚悟決めて俺に命預けてついてこい!!!」
 登城口を外れて日高隊は脇の山道へと進路を変えた。ここからが軽装歩兵の真骨頂。金山の土地勘を活かし、山道や獣道を走って回り込む。険しい山肌もこの軽装なら縦横に駆け巡って敵軍の脇腹を抉ることが可能。貞盛の主力が実城へ殺到するのを少しでも遅らせる。
 西と南の二方からの大攻勢。ここを凌げるか否かが決戦の明暗を分かつ分水嶺。今こそ、秘めたる牙を突き立てるとき。攻める敵の後背を突いて現れた部隊は嵐の騎馬隊400余名。
「疾風の如く、大地を駆け抜けろ」
 騎兵の武器はは速さ。騎兵隊はそれぞれ十の部隊に分けられ、各指揮官の判断で敵陣へ楔を穿つ。恐るべきはそれら独立した部隊を一つに束ねて軍略に乗せる嵐の用兵術。敵軍の注意を引き付けると嵐は間髪置かずに兵を下げる。
「全軍撤退だ」
 伝令により十の部隊は即座に踵を返した。
「そうだ、それでいい。俺達の役割は死なぬことだ」
 退くと見せては攻め、またその裏を掻く。小波の如く、寄せ手と引き手が交互に裏返る絶妙な攻め。嵐はその才を遺憾なく発揮して敵軍を翻弄する。
(「そう、俺達は先に倒れてはならぬ。敵の集中を切らすこと、泥戦化が俺達の目的だ」)
「引き際を心得よ、好機を見逃すな、そして生き延びろ。‥そんな難しい顔をするな‥‥何のために俺がいると思う。俺はそんなに頼りない男か?」」
 部下へ矢継ぎ早に伝令を飛ばして連携を取りながら嵐は敵の統制へ揺さぶりをかけ続ける。
(「死なせはせんさ。お前達は、‥‥この俺の部下だ」)
 遊撃騎馬隊は十二分にその牙を敵軍へ突き立てた。春実の後ろでは直衛が必要に揺さぶりをかけている。兵糧を焼き払い、散発的に牽制の攻撃をかけ、また蹄音での威嚇で背後から重圧を与える。それに助けられ北城はまだ敵の侵入を阻み続けていた。李も矢面に立って城壁を守っている。
「寒さが厳しくなって、敵軍を撤退させられるかが鍵ですね‥‥。それまで持久戦に持ち込めればいいのですが‥‥。一兵士では戦術云々よりも生き残ることを考えないといけませんね‥‥。愛する彼女が待っているのですから」
 多少の傷は闘気で塞ぐ。弱音は吐けない。ひたすらに李は戦線を維持する。継信もまた敵の攻めてが弱まる間は体を休める。
「月が巡ってどれだけの時が経ったでしょうか。時期に正念場を迎えるときですね」
 そろそろ城内の備えも心許なくなってきた。罠も看破され、後は正味の勝負だ。寡兵ゆえに、気持ちで負ければもう続かない。継信は歯を食いしばって耐え、味方を鼓舞する。
「冬将軍が舞い降りる迄の辛抱です! ここは命を捨てる場にはあらず! 最後まで気を抜かずに戦いましょう!」
 だがその願い虚しく、遂に最後の大攻勢が北城を襲う。敵軍は4将示し合わせての大攻勢に出たのだ。防塁は突破され、敵の大部隊が一斉に城壁をよじ登る。それを全て押し留める力は北城の兵には最早残されていなかった。遂に城内へ達した敵小隊は北城の門を内から開け放った。
 城門が開き、敵軍が退去として城内へ流れ込んでくる。もはやこれまでと継信は興世王へ進言する。
「もはやこれまで! この城は捨て、速やかに御殿のもとへ馳せ参じて本陣の守りを固めるべきかと!」
 是非もなし。石塁などの防策を崩された今、少数の兵で4つの城を守るよりも実城に増援を向けるべき。
「よいか、これより我が軍は新皇様の下へ馳せ参じる! 全軍撤退!」
「もはやこれまでですか、ならば私も将の元に従うまでですね」
 最後の置き土産にと龍叱爪での抉りこむような龍飛翔を敵兵へお見舞いする。李は即座に踵を返して仲間達と撤退した。忠信の軍もすぐにこれに呼応する。
「兄貴、撤退命令が出たよ! 急いで逃げるよ、兄貴!!」
 しかしその呼びかけに継信は無言で首を振った。次々と友軍が城を後にする中、流れに逆らうように継信は立ち尽くしていた。
「忠信、輪廻の先でまた逢おう」
 そう一言。
 それだけ残して継信は敵兵の雪崩れ込む北城の奥へと身を投じた。

 実城、将門護衛軍。
「急報! 急報に御座る! 貞盛軍により西城は陥落、敵軍は実城西の虎口へ殺到しております!!」
 日高の放った忍びが報せを届けた直後、虎口の一つが破られた。残る守りはもう一つの虎口のみ。これ以上は許さじと姫将は遂に決断を下す。
「姉上!」
 その呼びかけに既に与十郎は支度を終えている。彼女の元には、配下の精鋭弓兵から選りすぐられた五名が護衛に従う。与十郎の任務は囮。これより姫将の影武者となりて敵にその身を晒して引き付ける決死の任務だ。
「将門公、強い。紅葉、強い。与十郎、戦える。死なない。絶対」
 与十郎の瞳は真っ直ぐに注がれている。紅葉は思わず滲みそうになった涙を部下の前と自ら叱咤して押し留めた。
「姉上、ご武運を!!」
 その激励を背に与十郎は西の虎口へと駆ける。今や実城内へ雪崩れ込もうとする貞盛の次の手はおそらく。少数精鋭による将門、もしくは紅葉への強襲。これが討たれれば将門軍の士気は崩壊する。ならば、敢えてそれを逆手に取ることで敵を誘う。それが紅葉と与十郎の策。
 二段構えの虎口が開き、敵軍が実城内へ殺到する。鎧武者たちは姫将の姿を探して城内へ雪崩れ込んだ。
「いたぞ!姫将だ!! 今ぞ、奴を討て!!」
 与十郎は月の池を脇に城内奥へと撤退する。それを追って敵軍が殺到したとき。左手の三の丸とに挟み込まれた石段へ無数の矢嵐が降り注いだ。逃げ場などない。石畳を駆け上がった与十郎が振り向くと、そこには串刺しになった無数の屍。運良く生き残った者もいるが、それも二の矢で命脈を絶つ。与十郎が部下から弓を受け取って振り絞った。
「与十郎、撃つ。一矢、討つ」
 放たれた矢は敵の先駆大将の額を射抜いた。時を同じくして密かに放たれた紅葉衆が虎口を塞ぎ、再び閂を下ろす。ぎりぎりの防戦が続く。
 北城、興世王軍。
 物見櫓に継信の姿。もはや北城は敵の手に落ちた。その中を視線が彷徨い、やがて格闘兵団を統べる一人の武道家を瞳が捉える。
「敵将はやはり、あの時の‥斉藤継信、お相手致す!」
 南の砦、玄明軍。
 鉄壁の守りは未だに敵兵を寄せ付けない。守りを固め、耐え忍ぶ。それはただ時を待つが故。闇鳩嵐による遊撃隊が敵軍へ楔を打ったその時こそ好機。
「今です! 限間隊、出陣!!」
 腹心の五人衆がそれぞれに兵を率い、敵兵へ総攻撃を駆ける。今こそ好機。嵐の用兵により楔を打たれた敵陣容を横から揺さぶる。打ち込まれた楔によって生まれた溝は、側面からの鋭い攻撃に叩かれたたわみを生む。これまで内へ溜めた激情を発露するかの如く、鬼と化した限間隊は敵軍を次々と撃破する。
 その時だ。
 金山を低い地鳴りが駆け巡った。否、それは兵のどよめき。天から舞い降りるそれは。
「この久方、感激至極にござる!
 久方の陰陽師が遂に天候を操り、雲を呼び寄せた。それは小雨を呼び、やがては雪となって降りしきる。
 南陣、好古軍中。
「ええい、忌々しい。ここで悪天に見舞われるとは!」
 この雪は俄然として将門軍を勢いづけるだろう。この悪天がどちらに利するか。山城に篭る将門軍を見ればそれは明らかだ。
「全軍に命令じゃ。一時兵を下げ、降雪をやり過ごすとな。まだ雪の帳には十日と早い。暫し待てば治まろうに。くれぐれも深追いはせぬように伝えよ」
 これを機に戦況は一変する。敵が退く気配を察した将門軍は、即座に北城、西城へ遊撃騎馬隊を差し向けた。勝手知ったる金山城。破られたままの城門から騎馬が突入し、敵兵の油断を突いて蹴散らしていく。これに限間も呼応し、伸びすぎた貞盛軍の横腹を突き破って城近辺の支配権を奪還する。
 そんな中で北城では敵格闘兵団の将と継信による一騎打ちが繰り広げられている。
「将門様に仕えることこそが、我ら華人の日ノ本へ生きる道。それを置いては我らに未来はなし!」
「何を言うか! 御恩ある神皇様に刃を向けて我らは生きられぬ」
「目を覚ませ! このままでは華人は剣奴隷と変らないではないか!」
 拳には想いが乗り、敵の信念ごと挫かんと堅く振るわれる。
「将門公の下なれば、功の下には出自も何もなく全ては平等の待遇を受けられる! 見たか、異人の将や女性の将をも従えるその軍容を! 今からでも遅くない、朝廷など捨て、公の下で華人の夢を共に語りましょう!!」
「馬鹿な‥‥我ら華人が倭人と同じ待遇を約束されるだと‥‥いいや、そんなことがある訳が‥‥ええい、惑わされはせぬ!!」
 腕は僅かに敵将が上。拳がぶつかり合い、継信が苦痛に顔を歪ませる。敵将の鉄拳は継信の拳を砕けさせていた。敵将が必殺の龍飛翔を放たんと身を屈めた。それを避ける術を継信は持たない。それが二人の実力の差。
(「ならば、それは‥‥この命で埋めて戦おう」)
 継信が地を蹴った。弾丸となった継信は敵将を突き飛ばした。見守っていた敵兵から悲鳴が上がる。
「ああっ!」
 敵将もろとも継信は城壁の外へと飛んだ。
(「去らばだ、義弟よ。将門公の未来は、忠信‥お前に預けたぞ」)
 残された兵達の消えない悲鳴を残し、二人は城壁から山間へと転落して消えた。
『‥‥こうして金山城での戦いでは将門軍は敵の猛攻を凌ぎきった。やがて一夜が明け、上野に雪が降りる。金山一帯はまっさらな雪に覆われ、夜が明けた頃には討伐軍はこの地を去っていた』
 そこまで書き記してマスター・ウェストは筆を止めた。池袋退き口、多摩川の対陣、そして金山篭城の計。ここまで激戦を彼は巻物へと異国の言葉で書き連ねている。
「なかなかの分量になりますね。しかし、完成まで何とかこぎつけねばなりません」
 夜が明けて、将門軍は即座に金山を捨て奥州へ旅立った。ここから先の将門軍の記録を残すか、それともここで筆を止めるか。その決断の前に、ひとまずマスターはその身を落ち着ける。
「さて。ひと眠り――」
 ふとニヤリと含み笑いを洩らして。
「おやおや。私がこれから眠るのか、はたまた誰かが目覚めるのか。夢と現とは、なるほど興味の尽きぬものですね」


 ――神聖暦一千年、師走上旬。
(「また、あの夢ですか」)
 限間灯一(ea1488)はあの既視感を感じて夢より覚めた。覚えの無い傷も三度目。「きりまとういち」と、聞き慣れた筈の名が何故かこの時は誰か自分ではない事の様な気もして。なのにどうしても夢の内容を思い出せず、彼は軽く頭を押さえた。
 同じ頃、火乃瀬紅葉(ea8917)もまたそんな目覚めの中にいた。
「‥夢でも与一姉様に助けられた、そんな気がいたしまする」
 白羽与一(ea4536)のことを想い、ふと胸の中に広がる熱い気持ちに気づき、紅葉は微笑を洩らした。
 この日、江戸の街では七瀬水穂(ea3744)によ江戸大火の被災者への救災活動が行われていた。
 七瀬は那須の茶臼山戦役で九尾の狐によってむざむざ部下を殺された過去を持っている。大火で余りにも多く失われた人の命、その死の場面はまだ癒えぬ七瀬の傷を苛んだ。彼女にとっては江戸大火はまさに悪夢であった。今、七瀬は医療局員として地道な救助活動に力を貸している。営んでいる薬屋の在庫を全て放出し、被災者を訪ねては献身的に治療活動を行っている。慰問などの他にも、楽士を雇って音楽を披露したりと心のケアまで考えた活動が展開された。
 そんな折に、不可解な傷の噂を彼女は耳にしていた。久方歳三(ea6381)、風斬乱(ea7394)、李雷龍(ea2756)、ファラ・ルシェイメア(ea4112)といった冒険者から体験が寄せられ、これは後に風斬の手を経て事件の解決に寄与する一つのきっかけとなる。また彼女の元には重傷を負った陸潤信(ea1170)も運ばれていた。
 飛鳥祐之心(ea4492)も軽い怪我を負って運ばれていた。
「知らない間にだなんて、なんだか気味が悪いですね」
「あ、いえ自分は‥‥七瀬さんもお気遣いなく‥自分は大丈夫でありますから‥‥ええっと、その‥‥」
 女性が苦手らしく飛鳥はたじたじだ。前世で何かあったのだろうか?
(「しかし女性と対応するのは悪夢を見るより気が疲れる‥‥」)
 その頃。
 実験動物の記録用に使っていたスクロールを探してトマス・ウェスト(ea8714)は首を捻っていた。確かに戸棚に仕舞った筈なのにどこにも見当たらない。トマスが不思議そうに首を捻った。
「‥‥お、おや、記録用の巻物が‥‥、何処にいったのかね〜?」