●リプレイ本文
落城のすぐ後に金山城へは家康の兵一千が差し向けられ、一帯は源徳方の勢力下となっている。太田までの道程は特に問題もなく運んだ。天乃雷慎(ea2989)は義兄達が戦ったというこの地を一目見たくてこの依頼に参加していた。
「ここが兄貴達が頑張ってた土地かぁ‥‥でも、それはと別にこの依頼はなんだか妙に気になったんだよね」
雷慎が小首を傾げると、沖田光(ea0029)が人懐っこい笑みを向ける。
「僕の先輩も何だか気にかけてらっしゃったので‥‥それに、僕も何故か気になるんですよね。将門記というその書物、書いた方はよほど将門公に強い思い入れがあったんでしょうね。‥‥ボクがキャメにいた時も、その類の書物は影で色々噂になってました」
ふと隣の鋼蒼牙(ea3167)が俯き加減に呟いた。
「ふぅーむ、将門記ねぇ。胡散臭いものではあるが。何か感じるものがあるなぁ‥‥。それに何だか、あの妙に寝覚めの悪い夢を思い出す」
鋼は思いだせぬのがもどかしいのか難しい顔だ。柳川卓也(ea7148)がそれを一瞥し、視線を泳がせる。
(「そういや俺も寝覚め悪いこと、1一日だけあったねー。結局なんだったんだろ、あれ?」)
金山城の城下町である太田宿は源徳・反上州連合の支配下にある。馬を進み入れながら七瀬水穂(ea3744)はぐるりと街中を見回した。
「初めて訪れたんですけど何だか懐かしいですね。この感覚は前にも感じた様に思えるです」
ギルドでこの依頼を見つけた瞬間、七瀬は不思議と心が惹かれる思いがした。その思いに背中を押されてここまで来て見たがその選択は正しかった様に思える。ここ暫く気持ちの沈むことの多かった七瀬だが今日は心なしかその表情も晴れやかだ。
やがて一行は大手口より金山の城へと招きいれられた。彼ら不思議な予感に招き寄せられた冒険者に混じって、事件の裏を知るもの達も依頼に参加している。久方歳三(ea6381)ら義侠塾の塾生達である。
「‥‥おぼろげながらも富士での顛末を記憶する者としては後ろ髪を引かれる思いにござったからな」
彼らは江戸に降りかかった呪いの変死事件を追っていた冒険者とその仲間達。公にはなっていないが、怨霊将門によって引き起こされた夢幻世界の事件を記憶する者達である。
「この手でその証を調べておきたいでござるよ。将門殿と共に戦った諸将達の最期について、それに将門殿の最後の記述‥‥大陸に渡ってモンゴルの方に行ったという話も」
それに風羽真(ea0270)が小さく肩を竦めて返す。
「最後の瞬間は確認できた訳じゃないが‥‥流石に将門が蒙古に渡ったってのは作り話だろ? でなきゃ、こないだの富士決戦で将門の霊が助っ人に来られねぇし」
将門と共に夢幻の内に戦った記憶はまだ残っている。それは薄れようとする夢の記憶のようにおぼろげではあるが。嵐真也(ea0561)が俯き加減に洩らした。
「一連の事件に関わった者としても、一応、資料の方には目を通しておこうか」
「事によりゃ『正史』ならぬ『真史』な訳だが‥‥今更それを持ち出した処で、全てが引っ繰り返る訳でも無し。‥‥ま、あの大将が天下を取った世の中を見てみたかった気もしないでもないがな」
「全ては夢の後か‥‥ついぞ夢幻世界には関わることは無かったが、せめて見て回るぐらいはな」
問題の資料は蔵から持ち出された数点の書物である。アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)が早速調査に着手した。アルスダルトは江戸の冒険者集団である誠刻の武から代表として参加している。
「権力者の都合で故意に葬られた可能性のあるこの記録‥‥今後のジャパンににおいて何時の日にか役に立つかも知れん‥‥。そんな事が無い方が良いのぢゃが」
アルスダストが写本の作業に当たり、柳川や光ら他の仲間達も思いおもいに作業に取り掛かる。
「ま、今回は依頼とは別に人から頼まれ事もあるし、手早くやっちゃわないとね。一応誰に頼まれたかは内緒ねー。んで。えーと、何調べてって頼まれたっけ‥‥」
「戦場に現れた物の怪の所‥‥どの時代にも、詳しい人はいるんですね。思わず親近感を憶えてしまいました」
書物には将門の乱のあらましや、将門軍中の様子が記されていた。鋼はその中に気になる名前を見つけて目を留めた。滲みが酷くて正確には読み取れないが、辛うじてある一文字だけははっきりと分かる。
「この武将‥‥蒼の字‥‥俺と同じ字‥‥」
その武将は将門の乱の緒戦を飾る池袋の退き口で捨て駒となって殿を務めた。後に生還し、数々の戦場で弓兵を率いて活躍したと記されている。綺羅星の如き軍中の名将達と比べてともすれば活躍は地味ではあったが、彼らを影から支えて将門軍の数々の勝利に貢献して新皇の信頼も厚かったとされる。
「‥‥うん? なんだか他人のような気がしない将だな‥‥。特に戦闘力が高くない所とか」
その後はこうだ。彼は奥州で藤原秀郷の攻撃を受けて更に北へ逃れる途上でも度々殿を務めた。たが連戦の最中で遂に本軍と寸断され、そこから先の消息は分かっていない。朝廷に捕えられた記録がないことからうまく逃げ延びたのではないか、と書物は伝えている。ふと一瞬だけ脳裏に戦場の光景が過ぎったような気がするが、それは淡い印象となって鋼の心の奥へと沈む込む。それきり先はもう思い出せない。七瀬も将門記を読み進めながら次第に引き込まれていく。
「この時代の方々は何を想って戦ったのでしょうか」
戦いの記録は三月以上の長きに渡る。雷慎はその中に、戦場を駆けた兄弟の将の活躍を見つけて夢中で読み進めていた。共に競い合い、励ましあい、将門の剣の下で戦い続けた兄弟たち。
(「‥‥何だかボク達がそこに居るみたいだよ♪」)
兄弟は後に、北の地から大陸へと渡る将門と行動を共にした。小さな島国を捨て、大海を越えてやがて世界へと。戦いの果てに彼らが安息の地を得られたのか否かは定かではない。だが騎馬民族の生活に溶け込み、将門の覇道を支えたという。
雷慎は胸が熱く高鳴るのをもう止めることができなかった。
浦部椿(ea2011)は調査を途中で切り上げて、気分転換に金山を散策している。
「何故かは分からないが、唐突に山歩きがしたくなった。本当に何でだろうな‥‥?」
文献には、将門四天王が一柱、坂上遂高の亡骸を山中に埋葬せり、とあった。この金山のどこかに墓標の一つもなく武者の魂が眠っている。何故だか郷愁に似た感情を抱き、椿はひとり微笑を浮かべる。
「‥‥うっかり秘密の墓所を踏み付けて祟られては敵わんな、山を歩く時は精々気をつけるとしよう」
戦役から百年。当時の石塁やら陣地跡はまだ消えずに残っている。そうやって彷徨うに様に当て所なく歩きながら、椿はその『場所』へと辿り付いていた。
不意に掠める奇妙な既視感。
「何だろう‥‥この風景、何処かで見た様な‥‥来るのは初めての筈なのに‥」
そこへ不意に掛かった声は久方だ。
「どうしたでござるか、浦部殿」
久方が周辺を調べた所、文献に記されていた通り金山城の井戸の幾つかが将門記が書かれた頃に掘られたと見られる痕跡があることが分かった。
「その内の一つが椿水道と呼ばれる秘密の抜け道になっておったそうでござるよ。ちょうどその椿の木の傍の小川から中へ通じる横穴が‥‥‥浦部殿?」
椿の頬を熱いものが伝う。
(「‥ッ‥涙? 私は何故、泣いている‥‥」)
同じ頃、城内では真が気分転換にと連合の農民兵へと稽古をつけている所だ。
「いーかぁ? 基本だけでも知っているのといないのとでは、結構違うモンだ。流石に今の段階じゃ付け焼刃に過ぎんが、この状態が長引く様ならまるきし無駄って訳でも無い。兎に角、継続していくことが大事だ」
「は、はい!」
「‥‥ま、初めの内は相手1人に対して必ず多数で掛かれ。どんな剣豪だって、一斉に来られりゃ簡単にゃ対処できんからな」
落城から後に源徳が一千の兵を差し向け、金山城は軍事的には事実上の源徳の支配下となった。連合の主導権を握っている由良具滋は土地の豪族として民の支持があることから政に加わっているが、実権は源徳のものとなっていると言っていい。これからこの地も、源徳と新田を巡る戦いに否応なく巻き込まれていくことだろう。将門記では、将門は千年の王国を築く理想の為に戦ったとあるが、未だこの日ノ本には戦乱の種は尽きない。
「今の江戸とその周辺は決して平和ではないです。もし将門様が理想郷を興していればこの混乱は防げたでしょうか」
七瀬は読み進めながらいつしかその登場人物達に強く感情移入していた。新皇将門や戦友達と共に、夢と理想を追い求めて駆け抜けたあの輝ける日々。
「神皇家に逆らった逆賊のはずなのに‥‥不思議と心惹かれるですね。あれ、何だか涙が溢れて来たですよ」
「何故なんだろう? 僕もとても懐かしい気がします」
光がその顛末を調べた所、書物によると将門は後にモンゴルへ渡ったようだ。
「凄い、新発見だ! 夢があっていいですよね!!」
そしてもう一つの発見。
アルスダルトが顎をなでつけながら呟いた。
「将門の傍に付き従う謎の巫女の存在ぢゃな。予言によって将門ほどの人物を動かすと言うのだから只者ではあるまい‥‥何者ぢゃろうかの」
「あー、俺の依頼人もこれが一番気になってたみたい」
巫女の名は書物のどこにも記されていない。雪のように白い肌をした美しい娘であったという。鋼が釈然とせず眉根を寄せる。
「やっぱり引っかかるものはあるのだが‥‥何なんだろ。その巫女は‥‥人‥‥?‥‥‥ミ―――」
この金山城での篭城戦でもその巫女は軍を率いて西城を守ったとされている。その能力ゆえに将門の側近の一人であったようだ。
資料によると北城は当時激戦区の一つであったとされる。雷慎は馬を走らせてそこまで足を運んだ。
北城の高台から辺りを一望する。目を閉じると、浮かんでくるのは戦乱の記録の数々。雷慎は将門記を思い返しながら金山城での戦いをイメージする。
(「金山城で戦いがあった事は事実なのかな? ここで戦い、散っていった彼らがどんな想いで戦ったんだろう?」)
再び目を開くと金山に西日が差している。雷慎は眩しそうに目を細めた。
「昔と変わらず戦いは繰り返されている。けど‥‥より良い方向に進んでいるとボクは思う」
こうして調査は特に事実を裏付ける結果は出ぬままに終わった。
嵐は周辺に伝わる将門伝説を聞いて回ったが、どれも伝説の域を出ぬ情報でしかない。この地ではどうも百年以上前にここで将門が朝廷と戦ったという伝説が残っているようだが、それを裏付ける明確な証拠は見つからなかった。ただ一つ、椿によって発見された墓がそれらの伝説が或いは真実である可能性を暗に伝えている。
件の椿の木の傍を掘り返したところ、遺骨と遺品が見つかった。墓標もないため誰の墓かは分からなかったが遺品から身分の高い武人ではないかと推察される。城内の社の一角を借りてささやかに弔いの儀式が行われ、遺骨は元の場所へ新たに墓標を立てて手厚く葬られた。
「何故かは分からぬが、ずっとこうする約束だったように思う。遠い‥‥遠い約束だ」
椿が墓標へ一献傾ける。久方もまた花を手向けた。
(「或いは、遂高殿の遺骸だったので御座ろうか。拙者の士魂の心は忘れはせぬでござるよ」)
城内では資料の調査を終えた柳川達が、旧い蔵で当時の痕跡を隈なく探して回った。当時を伝える物は殆ど残されていなかったが、百年程前の旧い武具などの兵站が幾つか発見された。
手に取った鋼の頬を涙が伝う。
「‥‥あれ?どうして‥‥涙が‥‥」
「‥‥これ、どう見てもただの風呂桶とひしゃくですよね? なんで立派な箱に?‥‥こっちのこれに載ってる絵姿は、どことなく雰囲気が紅葉先輩や与一さん達に似ているなぁ」
それらはまるで、英雄達の見た夢の欠片。彼等の思い描いた千年の王国は夢と消えたが、或いはその夢が実現していたならば今ごろ日ノ本は‥‥。
七瀬が小さく頭を振った。
「いえ、違うですね。私達は今を生きています。東国を守るのは私達の使命です」
(「そうですよね。将門様‥‥」)
そこで七瀬はもう一度頭を振った。
「うにゅ、何だか混乱してきたですよ。良く分からないですが、がんばるですよ」
成果は得られなかったものの、写本はアルスダルトによって江戸へ持ち帰られることとなった。
「この資料が伝える事は悲劇なれど、本当にそれだけぢゃったのかのぅ‥‥悲恋、悲哀、信頼と裏切り‥そして野心‥‥人の持つ欲と業が渦巻いておるようぢゃ。だがそれだけとは思えん何かが感じられて仕方が無いのぅ‥‥そう、例えるなら熱い魂の想いとでも言える何かがの‥‥」
写本は報告書とともにギルドへ大切に保管されることとなる。柳川が思い出したように口にする。
「あぁ、書物に『今までの任務ご苦労、後はゆっくり休んでくれ』って伝えておいてくれだった。‥‥何で今の時代に生きてる俺らが労うかは良く分からないけどさ」
残された将門記は厳重に封印され、金山城の古い蔵へと再び収められることとなった。
いつしか城には哀しげな調べの笛の音。嵐達が帰り支度を始めている。
「皆の話を伝え聞いていただけだったが、こうして縁の地を実際に歩いて回ることが出来てよかったな。さて。また帰りがけに寛永寺を覗いてみようか。復興の様子も気になるしな」
嵐は将門の恨みを鎮める儀式を行った僧でもある。それは後に七星祈祷の儀を通して、九尾の陰謀を阻むという結果へと繋がった。
「まだ江戸も寛永寺も復興が始まったばかりだ。真に民の為の寺となっているか、将門もそれを望んでいるはずだしな」
傍らの真がニヤリと唇を捲る。真は遠く北の地を眺め渡した。
「兵共が夢の跡、か。俺も何時か、将門の大将くらいデカい夢を見られる時が来んのかねぇ?」
夢は覚めたのか。全ては終わってしまったのか。寝覚めに覚えた喪失感を、心の片隅へ今は留め置いて。冒険者達は、いまのこの世に覚めて終わらぬ夢を見る。