●リプレイ本文
村へ辿り着いた冒険者達は、更に村人から小鬼についての詳細な聞き込みを行って入念な準備を重ね、翌日早朝に件の洞窟へ向けて出発した。報酬こそ少ないが不確定要素の少ない確実な仕事、一行は生木を焼いて小鬼を燻し出す作戦を立て、その準備をしながらの登山行となった。
火種の藁束を担いで、風羽真(ea0270)も道すがら持参の手斧を振るい生木を集める。煙が出て臭いの強い、松や杉のような針葉樹が煤も多くこれには適している。普段は無愛想な嵐真也(ea0561)の顔も今日はどこか生き生きとして見える。
「こういう小さな事からこつこつとだな。俺にはこっちの方が性に合ってるよ」
今回は小鬼退治。いつもこなしている無理難題を考えれば何も難しい事は無い。用心を重ねて今回は助っ人に斥候を依頼し不測の事態に備えている。その第一陣が血相を変えて戻って来たのは昼を過ぎいよいよ到着を前にしてのことだった。
「大変だ!」
報告によると、洞穴の近くには雀蜂の巣が多く、また周辺は岩盤が脆いため中で戦おうものなら何時崩れてもおかしくないとのこと。
「なにか話を聞く限りじゃ‥とても大変のような。――大丈夫なのかな?」
天乃雷慎(ea2989)が不安げな顔を覗かせるが、その頭をぽんと叩いて嵐が微かに微笑む。
「困ってる人を放ってここで泣き言を言う訳にもいかんしな。全力で殲滅にかからせて貰おうか」
とそこへ続けて第二陣が。
「小鬼が時折外で飛び跳ねたりおかしな動きを見せていたので気になって調べて見たのだが、洞穴周辺にこんなものが」
と言って彼が取り出した包みから出て来たのは見た目にも毒々しい赤の茸。
「‥ねえ、これってひょっとして」
みなまで言わずとも一目瞭然。
「毒茸だな。おそらく幻覚作用のある‥」
素手で触ろうとしていた雷慎から茸を取り上げ、榊原信也(ea0233)が注意深く観察する。
「紅天狗茸かもな。だとすると厄介だ。周りを飛んでるだけの蝿が殺られるなんて言われるくらい毒性の強い茸だ」
「それが入り口周辺に群生していた」
‥‥‥‥‥‥‥。
「どんなに易しそうな依頼でも油断大敵。予想外の事は起こるものだ」
沈みかけた空気を吹き飛ばそうと嵐が口にした所で狙い済ました様に遠くで雷鳴が鳴り、瞬く間に山を黒雲が多い始めた。山の天気は変わり易い。見上げた空からぽつぽつと雨まで降り出した。
「‥‥誰ですか、厄介な要素などこれっぽっちも無いと言ったのは」
李焔麗(ea0889)がぼそりと小さく呪いの言葉を呟き、が湿気を含んで重くなった髪を掻き上げて嘆息した。
(「‥‥まあ、受けたからにはしっかりこなしますが‥‥なんだか、年中頭痛なのは気のせいでしょうか‥‥」)
山歩きに慣れた雷慎の的確な指示のおかげで火種が濡れてしまうのは何とか防ぐことが出来たが、またいつ降り出すか分からない。その後の調査では洞穴の裏手に小さな抜け穴も見つかり、また小鬼は8匹で子供が3匹、更に武装した茶鬼が2匹いることも判明している。周辺には遮蔽物も少なく、うかうかしているとすぐに発見されてしまう。雨で到着も遅れた為一行は急ぎ準備に取り掛かった。
「‥‥やれやれ、これでほんとに何も無かったら‥‥‥大赤字だな」
既に報酬に見合わぬ仕事になってしまったが、これで追加の手当てでも出なければ草臥れ損だ。せめて日が暮れる前には村に戻りたいものだ。道具や情報を集めたり生木を刈ったりと雑用を買って出ていた不破義鷹(ea3671)が、煙と毒茸対策に手拭を配り事に備える。
「長引いて広範に流れては逆効果としても、この煙は蜂避けにもなるでしょう。それより怖いのは雨ですね」
焔麗が眉根を寄せ、まだ黒雲の棚引く空を仰いだ。
「今度降られたら作戦を継続するのは困難。迅速な行動を心掛けましょう」
「‥‥どいてな、これで一気に火をつける!」
手馴れた所作で風向きを調べると、信也が火遁の術で一気に火を起こした。脂を含んだ生枝や葉が燃え、目に染みる煙が立ち昇る。
「‥‥鬼さんこちら手のなる方へってか? 待ってるのは冥土への道先案内人だがな」
その裏手で、木賊真崎(ea3988)も裏の抜け道で密かに準備を続けていた。
「‥しかし、お前も小鬼出し抜いて良く拾ってくるものだな」
そりゃね、と無愛想に答えたものの傍らの実弟の機嫌は悪くはないようだ。こうして裏方をこなすのもそう嫌いではないらしい。
バイブレーションセンサーで調べた所、小鬼達は幸い昼寝の最中らしく内部で動きは感知できない。プラントコントロールで蔦を操り、蜂の巣を洞穴へと運ぶ。刺激しない様にして押し込むのは苦労したが何とか準備を済ますと、仲間が燻し出しを始めたのに合わせて真崎たちも行動に移った。持参の毛布を構えた真崎が頷くと、弟が蜂の巣を目掛けてオーラショットを放つ。内部へと這った蔦はそのまま照準となる。見事に砕け散った蜂の巣がどうなったかは言わずとも知れている。直ぐに真崎が裏口を毛布で塞ぎ、満足げに兄弟は頷き合った。
洞穴の入り口へと黒煙が吸い込まれるように流れて行き、暫くしてから奇声を上げながら小鬼達が次々と飛び出してきた。
「くかかかか‥‥選り取りみどりとはこの事だねぇ」
それを待ち受けるのは最年長の馬籠瑰琿(ea4352)。ひよっ子たちには任せて置けないとばかりに先頭で仁王立ちし、出てきた一人を見定めて得物を抜く。左右の小太刀とナイフが煌めき、止めに重い頭突き。一太刀浴びせることすら叶わず小鬼の一匹がその場に沈む。
「切り刻まれたくなかったら、あたしに近付くんじゃないよッ!」
その様を間近で見せ付けられ、たちまち小鬼達は恐慌状態に陥った。そこを纏めて火遁の術で信也が焼き払い、散り散りになった所を仲間達が各個撃破する。煙に目をやられた小鬼の攻撃では、避けるのはそう難しくも無い。不用意に襲い掛かって来た所を狙い済まして、ミハイル・ベルベイン(ea6216)が長剣を振るった。
「歯ごたえもない、一匹仕留めたぞ!」
「こっちも一匹!」
真もまた武器を狙い打った後に急所打ちで危なげなく一匹を屠る。
「1、2、3匹‥‥」
仲間が打ち倒した数を控えながら義鷹が油断なく辺りを窺っている。事前の情報に照らせば残りの数と対策はすぐに知れる。
「こっちにもいたーっ」
入り口から少し離れて見張りをしていた雷慎が大声を上げた。たまたま洞穴を出ていた小鬼が異変に気づいて戻って来たという所だろう。逸早く義鷹が駆けつけ、雷慎に助太刀して片をつける。
最後の一匹は嵐が槍で貫き
(「単なる小鬼だけならこの程度で済むが、統率役の茶鬼は厄介だろうな」)
異変に最初に気づいたのは義鷹だった。洞穴の暗闇から聞こえたのは、金属のぶつかり合うガチャガチャという重い鎧の音。
「来た! ‥‥‥茶鬼だッ!」
「小鬼よりも格上の相手、背後だけは取られぬよう。後は手数で攻めるのが良いでしょうね」
その拳にオーラを纏い、攻撃の機を窺う。もう一方も信也達が囲み挟撃の構えを見せている。
(「敵としては茶鬼でもそう恐れる相手でもありませんからね」)
背後に回った仲間が初撃を放ち、それが合図となった。機を合わせて御影涼(ea0352)が茶鬼の構えた斧に太刀を打ち込んだ。それを阻止されまいと焔麗が拳の連撃で援護する。
茶鬼は小鬼よりも体格が大きく注意すべき相手だが豚鬼や山鬼と比べれば格下の怪物だ。だがそれは簡単な武器を手にした場合であって、鎧を着込み盾で武装した茶鬼に関して言えばそれどころか熊鬼よりも強力な敵と成り得る。
「ッ!」
初撃を盾で受け止め、茶鬼は振り向き様に涼に向けて斧を振り下ろした。並みの攻撃では鎧に阻まれてしまう。焔麗の拳では手数を持ってしてもなお非力だ。
「危ない!」
義鷹が加勢に入り辛うじて斧の一撃を受け止める。その隙に二人を囮にし、死角に回った涼が足を狙って剣撃を放つ。だが相手は大柄な茶鬼、容易には動きを止めることが出来ない。煙と蜂で弱っているとは言え、明らかに彼らの手に余る相手だ。迎撃重視の戦いを組み立てていたミハイルを始め、一撃離脱の信也らもう一方を相手取っていた仲間達も苦戦を強いられている。
「こっちだ!」
真が鋭く叫んだ。その声に応じ、仲間達が一斉に彼の方へ逃げ出した。追いかける茶鬼2匹を挑発するように馬籠が待ち受け、茶鬼達が斧を振り上げ彼女に突進する。
そして。
草むらに仕掛けられていた縄に足を掬われ二匹は激しく転倒した。辺りは猛毒の茸が群生している。元より弱っていた二匹はこれで戦闘能力を奪われ最早抵抗することも出来なくなり、一行は何とか事なきを得たのであった。
予想外の事態で窮地に立たされはしたが、その後の一行の行動は早かった。うかうかしては煙が広がって蜂が襲ってくるとも限らない。早々に火を消し止めると彼らは洞穴へと踏み入った。残った子鬼を始末するためだ。
洞穴にはまだ煙が残っており、手拭で顔を押さえながらの探索行となった。中には襤褸を纏った子鬼が三匹、隅で震えている。他に生き残りはいないようだ。ふと、涼は足元に転がっていた茸に気がつき、手拭越しに摘みあげた。外にあった赤い毒茸だ。
(「ひょっとすると‥‥これを食べた小鬼達が、村の人間が子供を襲う幻覚を見て麓を襲ったとも――」)
今となっては確かめる術もないが。
「小鬼にも子供はいる、分かっているけど‥‥な」
鬼にも生きる営みがある。だが彼ら冒険者達も生きる糧を得るために仕事をこなさねばならない。殺業を避けては通れぬ稼業とは言え、因果なものである。
「‥‥錆びたり、刃毀れしてない小太刀があると良いんだがなぁ?」
傍らでは早くも真が戦利品を掻き集めて品定めを始めている。盗品は別として、武器の類などは皆で分配すれば怪我の治療費くらいにはなるだろう。一方の焔麗はというと、自らの認識の甘さと経験不足で失態を演じ、悔しそうな様子で塞ぎ込んでいる。だが始めから終わりまで予定外のことばかりだったこの依頼、仕方ないと言えばそうでもある。やれやれとばかりに嵐は小さく肩を竦めて見せる。
「まあ、話が違うなんて話はありきたりか。ま、良いさ」
悪天候に時間を取られた為、冒険者達が村に帰りついたのは夜半になってからであった。遅い時間だと言うのに村人達は総出で彼らを迎え、感謝の意を込めて酒宴でもてなした。
「ところで、例の毒茸はどうした?」
思い出したように嵐が尋ねると、涼が答える。
「毒も強く危険だと言うからな。明日にでも焼いて捨てておこうと思う」
「あー‥、マズいな」
と信也。
「煙もヤバかったような‥。茸汁にしようとして湯気に中てられるって話があって‥‥」
さて、ここに先走った者が一人。毒々しくも美しい紅色に好奇心を駆られて雷慎が早速茸を火にくべたのは、宴もたけなわと言う頃合であった。後の世では濃縮粉末が合法ドラッグとして密かに取引されたりもする紅天狗茸である。おかげで夜通し随分とまたタノシイ宴になってしまったようだが、お釣りにしてはちと重過ぎたのかも。