●リプレイ本文
事実、江戸の復興は満足には進んでいない。上州戦費が江戸城の金蔵を圧迫し、資金が絶対的に足らぬのだ。武家・商人街の再建は進められつつあるが、下町の復興は遅れがちだ。
「このお金を復興に役立ててください」
リノルディア・カインハーツ(eb0862)は、復興基金でもっとも大口の寄付となる二千両をギルドへと持ち寄った。このおかげで復興にも明るい光が差した。だがそれでもまだ基金の高は十全とはいえない。それほど下町の再建にかかる莫大な費用だ。龍深城我斬(ea0031)が指折り数えだす。
「資材の確保や大工や人足の手配だろ、土地の確保などまで考えると全部ひっくるめて‥‥」
「一千両は下らないでしょうね。或いは、二千、いやそれ以上ということも」
限間灯一(ea1488)が試算の資料をぱらぱらと捲って嘆息付く。今回の運用の柱は住居の確保を優先することが決まっているが、これから掛かる費用を考えると気が遠くなる思いだ。
「七瀬さんがギルドの担当者へ掛け合っている所ですよ。自分は一足先に人員の手配の方を整えておきましょう」
基金についての決定権はギルドが握っている。
七瀬水穂(ea3744)の掲げたのは、雇用の促進と食料支援の一体化だ。まず瓦礫の撤去と市街の再建に被災者を雇いあげる。建設作業や資材運搬、また炊き出しや雑用などで広く雇用を促進するというものだ。ここで問題となるのはそれを賄うだけの予算をどう捻出するかであるが。
「そこで、報酬の一部を食料の配給で賄うことで経費の削減を図るです」
これなら形の上では援助ではなく正当な対価となり、江戸っ子の面子も立つ。これを機に、江戸の民が自ら立ち上がれるようになれればと、そう七瀬は願う。
「これでしめて一千二百両を申請するですよ。7百両が報酬としての食料の炊き出し、2百両が金銭的報酬、3百両が住居や資材の雑費の予定です。一月に800人以上の雇用を目指します」
七瀬が計画書を差し出した。しかし担当者は黙って首を横へ振る。
「目の付け所は良いが、金銭的報酬が安く見積もり過ぎだな。八百人の雇用では二千両超は必要となる。それに家屋が百世帯で五百両は必要だろう。被災者の雇い入れの他、大工の人件費も必要だ」
「うにゅ‥‥専門的なとこの試算までは流石に専門家じゃないので疎いです」
「では、目標値を低く見積もり直した上で予算をテコ入れして‥‥」
協議の結果、雇用目標を4百人で2百世帯の建設を目指し、リノルディアの大口寄付からも資金を回した総額三千両で計画はスタートすることとなった。
「5月になり暖かくなればなんとかなります。今の寒い時期を乗り切ることが重要だと思うです」
冬を越えたことで救い小屋や炊き出しは終了し、市民は生活に喘いでいる。寛永寺の境内ではもう一つの計画として、下町の住人への炊き出しが行われている。エプロン姿のジェームス・モンド(ea3731)が陣頭に立ち、集まった人々を誘導していく。
「列を乱すな。貧した時こそ、誇り高くあれ。我ら英国の民はいかなる時も誇りを重んずる。それはこの江戸の民も同じだろう?」
不敵に笑むモンドのエプロンには、炊き出しに協力してくれた商家の名前が記されている。炊き出しにあたり、モンドは江戸の商人達へ頭を下げて回ってきた。少しでも安い値で食料を卸して貰えればそれだけ多くの人を救えるのだ。
(「町の荒廃は、そのまま商いへの痛手となって帰ってくるもの。江戸の商人達もそこは分かっているか」)
モンドは炊き出し所での宣伝を引き合いに商人を説き伏せ、仲間達の手を駆りながら安い仕入れルートを確保した。これに、リノルディアの寄付金から五百両が充てられ、数百人分の食料が半月に渡って供給される予定だ。
食料や人員の確保には江戸の大衆居酒屋・竹之屋からも協力があり、計画は滞りなく進んでいる。竹之屋と渡りをつけた山岡忠臣(ea9861)も陣頭に立っている。
「ちゃんと全員分あるから慌てなくても大丈夫だぜ。力雑炊だ。餅食って元気つけてくれよな! 復興は俺たち江戸っ子の手でやんねーとカッコつかねーからよ」
境内に忠臣の明るい声が飛び沈みがちな人々の気持ちを盛り上げる。忠臣はここで動かねば江戸っ子の名折れとばかりに張り切っている。
「おう、お千ちゃん。汁が足りなくなってきたな。あっちの鍋のを移すから手伝ってくれよな」
「御餅やお米もどんどん用意しないとですね。山岡さん、後で御餅つきも一緒にお願いします」
味噌汁に麦飯と餅を入れただけの簡単なものだが、素朴な味が今は胸に温かい。
「本職の料理人みてぇな腕はねーが、お千ちゃんと俺の愛がたっぷり詰まった料理だ。こいつはあったまるぜ」
「‥‥えへへ。今日は味付けとかも山岡さんと一緒にがんばってみました。美味しくできてるかちょと心配ですけど、皆さんおなかいっぱい食べていって下さいね」
源徳の救い小屋打ち切り以来では初めての炊き出しとあって、訪れる人の数も多い。滑り出しの初日は休む間もない慌しさだったが、モンド達も今は疲れなど意に介している時ではない。
「困っている人々がいるとあっては、黙っておるわけにもいかんからな。ましてやそれが、亡き父の故郷なら尚更だ」
さて、その境内の奥には仮の住坊が建てられている。寛永寺復興に尽力した嵐真也(ea0561)はそこを訪れていた。
「ここまでの大惨事ならば、黒派、白派といっている場合でもない」
あの火事で江戸は余りにも多くのものを失いすぎた。死者行方不明者だけで四、五万人。更に今冬の餓死者、凍死者は約1万六千人とも言われ、国抜けや人買が横行する酷い有様だ。この半年の間に、江戸四十万の民の多くが江戸を去ったのだ。
寛永寺も五重塔や中堂など主要な堂塔を焼失する被害を受けた。嵐がとある地方領主から寄付金を引き出したお陰で仮堂だけは建てられているが、寺院全体の復興には一万二千両ほど必要との試算がされているそうだ。
「一刻も早く本堂の再建と行きたいところかもしれないが、今暫くは堪えて欲しい」
「そこは存じております。ですが江戸のどこの寺も源徳候からの支援も得られぬ状態で、この寛永寺もとても民草の支援に回す余裕はないのが現状で」
対応に出た僧侶は重苦しい顔で目を伏せた。
「我ら僧侶が世のため、人のために何をなしえるのか。それが今試されているのだろうな」
(「再生への歩みは、踏みしめる一歩いっぽが重く険しい。それは承知の上だ。何はともあれ。前に進むべきだな」)
ギルドではリノルディア達が早速準備に動いていた。
「そうですね。生活の場を失ってしまった方々のためにも、雨風を凌げる住居の確保は大事ですね」
「仮設住宅の人足として被災者を使っているが、その時にでる残骸はどうしているのだろうか?」
カイ・ローン(ea3054)がふと疑問を口にした。市中で倒壊した家屋等の瓦礫の約八割は撤去済みだが、復興の遅れた下町などにはまだ追いついていない地域も多い。
「火事の残骸なので難しい向きもあるだろうけど、木材を薪等の燃料に加工したり、金属を分別てみたりと再利用など出来ないだろうか? 薪ならそのまま人足に渡せば場所をいらないし」
「それでも費用が嵩みますね。‥‥材木問屋さんや大工さんへ、もう少し安くはして頂けないかお願いしてみますね」
「‥‥あ、そうだ。木材に関しては少し伝がある」
我斬がぽんと掌を打つ。
「知り合いに木彫り師がいる。木材を安く仕入れられないか当たってみよう。釘とかなら俺の鍛冶師仲間の伝をた手繰ってみてもいい。細かい物なら俺が作っても‥‥焼け石に水か?」
「いえ、とんでもない。お願いします。きっと‥‥上手くいきますよ」
リノルディアの言葉に我斬はまんざらでもない様子でぽりぽりと頬を掻いた。
「ま、別に刀しか打てない訳じゃないしな、俺も」
「そうと決まれば時間が惜しい。龍深城、リノルディア、すぐにでも手分けして進めよう」
下町再建に向けて冒険者は動き出す。そんな中で、クリス・ラインハルト(ea2004)はある想いに突き動かされ、計画に加わっていた。
ノルマンで魔方陣絡みの事件の解決に携わる中で、クリスはある組織に暗殺者として養成された少女たちに関わった。
(「エドでも人買いに売られる子供が出てるって報告書で読みました。辛く悲しい連鎖をこの地で起しては駄目です」)
聞けば被災孤児の支援には殆ど手が回っていないという。寺社や篤志家等が保護している者が約二百名、今この江戸だけで千人程の子供達が路頭に迷っていると言われている。冬を越せずに命を落とした者となると数千に及ぶだろう。クリスの小さな胸は酷く締め付けられた。
(「ボクは異邦人ですが何かしたいです」)
クリスは下町再建案の一環として孤児院の創設を計画している。幸いパリで同様の施設の創設に携わった経験がある。それを基にして二百両の予算を申請し、承認を得た。クリスはこれから建設予定地へ向かうところだ。
「ボクはこの街にとっては異邦人かも知れません。でも。それでも。何かやれることがあって、こんなボクの力でも必要とされているなら、ボクは精一杯を尽くしたいんです」
それぞれの想いに突き動かされ、冒険者達は同じ目的を目指して動いている。赤霧連(ea3619)は上州は大田宿を訪れていた。金山城の城主、松本清を訪ねるためだ。
「清君、今日は私から貴方にお願いが会って来ました」
大田宿で江戸の被災者を一時的に受け入れて欲しい。そう連は切り出した。清とは依頼で大きな貸しがある。
「多少無茶なお願いを簡単に適えて見せるのが、カッコいい男の子と言うものなのですよ? ‥‥いつもと立場が逆転ですネ」
「うーん、俺も協力したいのはやまやまじゃん‥‥けど‥」
苦笑交じりの連へ何やら清は歯切れが悪い。側近の由良具滋が口を挟んだ。
「赤霧殿。この大田は上野国。武蔵国からの移住は源徳候が許さぬだろうな」
国抜けの横行で江戸の奉行所はピリピリしている。ギルドとしても表立って移住案は採れない。
「それに金山の蔵も苦しく‥‥」
「そんなに人員を避ける状況じゃ有りませんネ‥‥お互い頑張りましょう♪」
明るく振舞うが、連は肩を落としている。由良が呼び留めた。
「わざわざ訪ねて貰ったというに何もできず、申し訳ない。だが『私的に』この街を訪ねるくらいであればお上もとやかくはいうまい」
きょとんとした顔の顔へ由良が不敵に笑んで返す。
「また大田を訪ねてほしい。そうだな。その時は、知人など連れ合わせで暫くゆっくりしていくといい。我らもできる限りのもてなしをしよう」
「ハイ、ありがとうございます☆」
寛永寺の炊き出しは順調に進んでいる。炊き出し所の脇には、モンドの案で雇用促進の場も設けられた。
「名前と連絡先、それから特技なども記入して行ってくれ。人手が必要なときはこちらから連絡が行く仕組みだ」
食は人を呼ぶ。人が集まれば、そこには仕事が生まれる。とはいえ、炊き出しの片手間でやるには手のかかる事業だ。まだまだ気休めほどの成果しか見込めそうにない。ある程度の予算をつぎ込めれば成果を挙げれるかもしれないが、今はまだ難しい所だ。
「事業は始まったばかりだ。腰を据えてじっくりやっていこう。復興を願い手を貸す民がいる限り、心配はいるまい。俺もできる限り手を貸そう。なに、神は違っても、人々を救いたいという気持ちに代わりはあるまい」
モンドがにかっと爽やかな笑みを覗かせる。彼らに切り盛りされ、山岡達の協力も得つつ炊き出し所は連日の人だかりである。
「お千ちゃん、ここ数日で人も徐々に増えてる。明日からは仕込みの量を増やさねーとな。それと順番待ちの人に毛布やら必要なものがないか聞いて回ってくれっかな。ギルドに要請してみんぜ」
「‥‥は、はい!」
炊き出し所の傍では、巡回医師でもあるカイが無料診療所を開いている。今回は住居確保と炊き出しの案が採られたため予算が下りなかったが、医師仲間で有志を募っている。
「赤貧から被災者は弱っていても医者に診てもらおうとしない人がいるだろう。そんなことでは俺達医師の名折れだ。やれるだけのことはやらせて貰う」
建設作業の方も進んでいる。冒険者による宣伝で四百人の雇用はすぐに達成された。我斬や限間達が現場の監督を行いながら作業は進められる。また、カイの案で消火設備の補強もできる範囲で行われた。理想は江戸全域での設備の見直しだが、それは江戸城側の復興計画との連携抜きにはできない。
七瀬は責任者へ面会を求めたが、多忙を理由に丁重に断られた。一応、陳情書を提出しておいたので、巧く運べば今後動きが見れるかもしれない。
もう一つ。七瀬は江戸城地下空洞についても尋ねていた。こちらは、普請奉行板倉勝重が難民用仮設住宅を建設し、復興のために動き始めているという。報せを聞き、我斬も顔を綻ばせた。
「アレだけの空間を遊ばせとくのも勿体ないしな。奥の方の危険な所とかは封鎖しちまうにしろ、この調子でどんどん進めてって欲しいものだな」
孤児院の創設も巧く運んでいる。孤児の現状に心を痛めていたリノルディアが訪ねていくと、ちょうどクリスが子供達を集めて横笛の腕前を披露している所だ。子供たちの目から希望の光を失わせてはならない。クリスはそのことを酷く心配していたが、彼らの笑顔を見ていると心の雪も溶け出していくようだ。
「聞きましたよクリスさん、何とか建設の方は問題なく運びそうですね。子供たちの笑顔が失われずに済んでホッとしました」
「ボクもこの子達の笑顔に勇気付けられる思いです。力になれて、ホントに良かった‥‥」
一週間の短い間であったが、冒険者達はこうして仕事を終えた。とはいえ、復興はすぐに終わるものでもない。限間はギルドで引継ぎの作業に追われている。
(「大火で火消しに携わった者として。復興への力添えができることを幸いに思いますよ」)
「‥‥あの時助けられた子も、元気でいると自分も嬉しくは思いますが‥‥」
新設された孤児院には数十の孤児が保護されることとなった。まだまだ現状に足りてはいないが、嵐の尽力で寛永寺でも若干の孤児を受け入れて貰えることとなり、展望にも光明が差す。
嵐は寛永寺の協力へ丁重に礼を述べ、境内を後にする。
「必要なのは継続する事か。どんなに道、険しくとも、いつかは報われる」
言い聞かせるように嵐はそう呟いた。
江戸の復興は始まったばかり。だがこの歩みはきっと報われる日がくるはずだ。厳しい冬の寒さの先に、必ず‥‥必ず春は訪れるのだ。